一話
今回予告
目覚めたその日、君は思うだろう。その両手に何を握ろうと。
目覚めた次の日、君は思うだろう。その両手で何をなせるかと。
目覚めて二日で、君は思案にふけるだろう。その手に握るべきものはなんだったのかと
そして君は考えるだろう。その両手で犯した罪の許され方を。
そして最後の日、絶望するのだ。罪は許されないことを知って。
両手は何かを守るために使うものだったと。君は後悔するだろう。
ダブルクロス the 3rd edition 『壊れてしまった日常』
ダブルクロス――それは。裏切を意味する言葉
一章 胎動
その空間には清算たる光景が広がっていた。
港の端にひっそりと建つ倉庫は、朽ち果て歪み、傷ついたコンクリートの壁はその傷を塗り固めようとするように血が塗りたくられていた。
まるで人為的にやったようにも見えるそれらは、別に刷毛や何かで塗ったものではなく。想像を絶する量の血の噴射によってそうなったものだった。
「むごい」
そうつぶやいたのは紅姫、後処理をするUGN職員に同行したいと強く願い出て、ここにいる。
「あとは、俺たちがやるから」
そう、鋼鉄男が声をかけるが紅姫はその光景から目を離さない。
「いや、いいのじゃ、妾にもやらせてほしい。村のもの達じゃ、わらわが弔いたい」
数時間かけて細かく散った肉片を回収する作業、それを鉄男と紅姫とは手伝っている。
「お前たちにはつらいだろ」
そう、シェイプは声をかける。
「ここまで破壊されると、我々にとっては人間には見えないんだ。だがお前たちは違うだろ。その破片が人間の死体に見えてしまうはずだ。つらいはずだ」
そういい、シェイプは拳を握りしめる。
「本当に申し訳ない、レネゲイドビーングの襲撃はおとりだった、全て一族を根絶やしにするための罠だったんだ。私がもっと早く気付けていれば。すまない」
それを紅姫は悲しそうな顔をしながら聞いていた。
「私はこれから、本部に戻る。対策をたて、本部に救援を要請するつもりだ」
そう、シェイプは語り、後処理を他の者にまかせ現場を離れた。
紅姫は着物が汚れるのも構わず作業に没頭する、そんな悲しそうな悲しそうな姿を見かねて鉄男は紅姫に駆け寄った。
すると紅姫が鉄男を見上げて言うのだ。
「わらわたちはもう二人きりになってしまったのう、二人きりじゃ」
「だが、二人もいる、そういうこともできないか」
「かわったのう、鉄男」
そう紅姫は笑みを浮かべた、それは鉄男が久しく見ていなかった紅姫の明るい表情だった。
* *
零はあの一件以来、UGNやレネゲイドがらみの事件にはかかわっていなかった。
力に目覚める前と同じように学校に通い、授業を受け、友人と会話する。
以前と変わらない日常がそこにあった。
だが、それはあくまで、周囲の何も知らないごくごく普通の人間にとっての日常だ。
零の、零にとっての日常はあれから変わってしまった、力を手に入れ、友人と命の駆け引きをし、殺しかけて。
その結果黄泉彦がいなくなった。
零の中で日常の意味は大きく変化した。ただそこにあるものから、守るべきものになった。
「黄泉彦……」
レイは屋上にいた、一人になりたかったのだ。
黄泉彦はここ数日学校を休んでいる、それも当然のように思う。黄泉彦の裏側を知ってしまった今では。
「お前は今、どこにいる」
その時、零の背後のドアが開く。そして声が聞こえた。
「ここにいるぞ」
はじかれたように零は振り返った。そこには黄泉彦が何食わぬ顔をして立っていた。
「零、まさか、こんなすぐに学校に来るなんてな」
「それはこっちのセリフですけど……」
「なんで敬語なんだよ」
「いや、いろいろあったし」
二人は視線をそらす。かける言葉がとっさには出てこなかったのだ。喉の奥で言いたい言葉が濁流のように渦巻いて、結果として声に出ない。
そんな中零はやっとの思いで、言葉を一つ、口にする。
「どうしたお前、よく生きてたな、あれで」
零は思い出す、自分が黄泉彦をどんな姿にしたか。
「俺はこういう非日常には慣れっこだからな、復帰するのも早い。と言っても今回は傷が深くてな、少し時間がかかっちまった」
そうアバドンは腕をまくる、そこにはひびが入っているようなおおきな傷跡が残ったままになっていた。
「黄泉彦。お前は日常生活に戻りたいはずだ」
「唐突だな」
「お前は言ったはずだ、俺に生きろと」
そんな零の言葉を、黄泉彦は鼻で笑って一蹴した。
「それより聞けよ、零。お前だけでも、UGNから抜けた方がいい、次にやってくるマスターはやばい。マスタータオ、やつは別格だ」
「どんなに強い相手でも、ワンと鉄男の力を借りれば負けない。どんな敵でも倒せる、だからお前の力も貸してくれ、現状をどうにかするために立ち上がるんだ」
「バカかお前本当の絶望を知らないからそんなことが言えるんだ」
「絶望?」
「そうだ」
そう言って黄泉彦は踵を返す。だが、何かに思い当たったように足を止めて、零に言う。
「なぁ、お前の小さいころの夢ってなんだ?」
「……俺は、正義のヒーローになりたかったよ、だからお前も救いたいと思っている」
「あついねぇ」
「熱くて何が悪い」
「だが、お前の信じている者、信じた俺も、幻だったらどうする?」
「そんなことはない」
「せいぜい頑張れよ、甘ちゃん」
そう黄泉彦は吐き捨て、今度こそ屋上から立ち去った。