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第三章 生き人形 (4)


      十二


 早い夕食を済ませるとすぐに、幸弥は自室で日課の読書で時間を潰していた。

 幸弥の部屋には大きな本棚が並び、今まで読んだ作品が収められている。すべて、本棚ごと父親から譲ったもので、児童向けであるのを無視すれば、ジャンル、国内外、古典近作と多種多様な本が占めており、父親譲りの豊かな読書量を物語っていた。

 事実、幸弥は本を読むのが好きだった。その反面、スポーツが苦手なのは、やはり父に似ていた。

 六年生からいじめに遭い始めていた時から、彼は古社にこもって読書ばかりした。友達を作るのを避けてきたのだ。時々、幼馴染の美紀がお節介にも心配したが、静かないじめが続く中で、自分の殻に閉じこもった。

 それを叩き割ってくれたのは、あの輝馬だった。転校してきて一カ月もしないうちに、彼は外側から殻をこじ開けて、閉じこもる自分を叱咤した。輝馬なら友達になってほしいと思った。神社を案内した時も、すごく楽しかった。

 そうだ! 幸弥はある事を思いついた。

 毎年の夏休み初日に、丹波に住む父の知り合いの寺に泊まりに行くのだが、彼も誘うというのはどうだろうか。いつも美紀とだけでは、こちらも大変だったのだ。

 輝馬の都合もあるかもしれないし、断られるかもしれない。それでも言ってみる価値はある。スマホに登録してある輝馬の番号にメールしてみようと思った時だった。液晶に浮かぶメールの着信表示が目に入った。しかも、珍しく三件も入っている。

 それは六年二組の連絡網であった。こんな時間に珍しい。明日は別段変った行事もない。授業で何か必要な物でもあるのか?

 幸弥はメールを確認した。


 『号外! ☆ロクツーシン★』


 『ロクツーシン』とは、六年二組の連絡網を介して行われる回覧板だ。その内容は、日ごろの面白いネタを披露するものである。最近はまったくなかったのに。とりあえず、大袈裟なタイトルをスクロールする。

 発信者は……長谷川実。クラスの中では中心的な位置にいて、成績がよくて、おまけにロクツー部屋の作成者でもある。だが、時々放つ言葉には刺を感じさせる。意識していなkれば気にはならないが、幸弥にはどうしても気にならずにはいられなかったせいか、五年生から会話を交わした事はない。


 副題には『衝撃! 僕らの中に中学生がいる!』


 幸弥は息を飲んだ。タイトルの意味を考えるなら、“僕ら”とは六年二組を意味するならば、件の中学生が輝馬なのは明らかだった。わざわざ、題目に『衝撃!』と付けるところに悪意を感じた。彼自身が自分以外にカミングアウトしたとは到底思えなかった。

 幸弥は文面に目を落としていく。どうか、取り越し苦労で終わってほしかった。 


  筆者は三十分前にある人物から

  六年二組に関する重大なニュース

  を聞かされた。

  

  週刊誌の記者I(実名は止めとく)

  と名乗る人物は、筆者に二組の

  ある人物について質問されたのだ。

  一体誰だったと思う? 

  

  個人情報とかの理由で実名は

  伏せておくが、その人物とは

  転校生のTだった。

  

  次のメールに続く。


 幸弥はベッドから体を起して、液晶を凝視した。何が個人情報だ。転校生で、イニシャルがTなんて、二組の誰もが、輝馬を思い浮かべるに決まっている。悪い予感は的中してしまった。こういうときだけはバッチリ当たってしまうものだ。

 続いて、二通目のメールも開いてみた。


  記者Iさんは筆者に、T君について

  聞かれたが、あまり親しくない筆者は、

  彼は一か月前に転校してきた事ぐらい

  しか答えるしかなかった。質問が

  終わった後、Iさんに筆者は質問した。

  もちろん、Tを調べている理由だ。

  

  筆者を始め、六年二組はまだ小学生だ。

  週刊誌の記者が調査しているのだから、

  当人は我々にはない秘密が隠されている

  のではないかと思ったのだ。

  

  筆者が頼むと、I氏は衝撃の事実を

  教えてくれた。はたして、転校生Tに

  隠された秘密とは!?

 

  次のメールへ続く。(長文です)


 幸弥は本の事や夏休みの合宿の事を忘れていた。三通目のメールの内容を斜め読みで確認すると、いち早く、輝馬に電話をかけてみたが、彼が出ることはなかった。


      十三


 翌朝、父より先に家を出た輝馬は、体操服を入れる袋に月子人形と入れた。今日の授業に体育はない。放課後、また壱与野家に向かうつもりだった。

 教室に着いた途端、輝馬は突然の違和感に足を止めた。いつもと空気が違う。見えない針が突き刺さるような感覚。肌はヒリヒリする。

 そのまま扉口で立ちすくんでいると、背中に保健係の生島がぶつかった。

「痛いな……何してんだよ?」

「ごめん」

 振り向いたこちらが謝った直後、なぜか気まずそうな顔を浮かべながら、教室の中に逃げるように入った。教室の隅で話していた一人の女子が輝馬を見てから、口元を隠しながら笑った。彼女と一緒にいた数人も倣った。

 何だか様子がおかしい。なぜか、教室に入ってはいけない。頭の中で別の自分が警告している。何か取り返しのつかない事が起きそうな気がする。

(何かあったの?)

 輝馬の疑念を感じ取ったのか、体操服袋の中に収まる月子が聞いた。彼女をあまり心配させないように、構わず自分の席に座ったが、ホームルームが終わるまで誰かの視線は途切れなかった。転校初日に感じた時とは違う。今回は、明らかに自分に対して向けられている。そんな感じがしてならなかった。

 朝の朝礼が終わり、鈴村先生が教室から消えた直後、自分の読みが悪い意味で間違っていなかった事を思い知らされる。

「はい、皆、注目!」

 副委員長の舞子が教卓から手を叩いた。

「昨日のメール見た人いる?」

 半数ほどが手を上げて、残りは気まずそうに黙っている。

メールとは何の事だろう? だが、頭の片隅で小さな警報が鳴り響いていた。鼓動が徐々に上がっていく。

「このクラスにはさ、留年した人がいるんだよね」

「留年ってなんだ?」

 男子生徒の一人が質問した。

「勉強が全然できなかったり、家に引きこもったりしてると、同じ学年をもう一回やり直すんだって」

 舞子が説明すると、何人かの声が飛ぶ。

「うわ、だせえ!」

「馬鹿じゃん、それ」

 頭の警告が黄色から赤になる。サイレンの幻聴が鳴り響いた。

「実は、このクラスには一人だけいるんだよね、留年して六年生をしている人が。一体誰だろうな?」

「昨日、メールで教えたろ? 名前は伏せたけど」実が笑いながら言った。「でも、イニシャルがT・Aで、転校生なんていったら一人しかいないよな」

 間違いなく、クラスの大半が輝馬の方を見た。

 椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がろうとした時、隣に座る幸弥が抑えた。今にも泣きそうな顔をしながら首を振っている。

「ダメだよ、相沢くん」

「僕が留年していたらどうなんだ?」

 輝馬は、一瞬ひるんだ舞子を睨みつけた。

「相沢くんだったの?」

「何が悪いかって聞いてんだよ!」

 舞子は「ひい!」と大げさに叫んで机に座った。

「悪いと思ったら、今まで黙ってたんだろ?」

 実が後ろからそう言った。

「中学生になれずに六年生をやり直すなんて、恥ずかしくて外も出られないよね?」

 教室の隅にいたグループがクスクス笑う。実と一緒に、幸弥をいじめていた連中だ。中には「もう止めようよ、皆」と誰かが諌める声がしたが、輝馬はそれすべてを無視した。

「メールって何の事だ?」

「メールの確認ぐらいしとけよ。だから、皆の前で恥をかく羽目になるのさ。嫌なら最初に言っておくんだったね」

「そっちこそ馬鹿じゃないの?」

 輝馬の後ろの席から美紀の冷ややかな一声が響いた。実が眉をひそめる。輝馬以外に反論する者がいるのを予期していなかったためだろう。

「昨日の長いだけの迷惑メールといい、さっきから聞いてたらさ、幸弥の次は相沢にまで嫌がらせして、あんた達は、うちらの班に何か恨みでもあんの?」

 いつの間にかうやむやになっていた幸弥の件が話題に出た途端、教室中に小さなざわめきが起こる。あの時の被害者は副学級委員の舞子だったし、実の一言により幸弥が疑われた。そして、今回も同じ二人が口火を切った。そこから導かれる答えは一つしかないが、二人がいじめの主犯だと口に出す事は憚られていた。

「僕は……正直とても辛かった」

 隣の席から幸弥が静かに言った。

「自分がそんな目に遭っているのは何となく肌で感じて分かってた。でも、誰にも言えなかった。父さんにも迷惑をかけたくなかった」

「幸弥……」

「たくさんの人の前で晒し者にされるのは、死ぬほど辛かった。相沢くんが助けてくれなかったら、僕は自分を傷つけていたかもしれない。こんなの、された人にしか分からない。影でそれをさせた人達は、人の傷つけた事を決して知らない。だから、やっちゃいけないんだ」

「バカバカしい考えだね、それは。だから、君は皆からつま弾きにされたのさ」

 実がため息交じりに言った。

「小六にもなれば、この世界からいじめは消えないのを、いい加減分かるだろ。皆の中で能力の劣る奴がいじめに遭うのは当たり前なんだ。大人の世界だってあるのに、子供の世界にないわけないだろ。嫌なら、賢くなればいいし、スポーツや特技を持つとか、普通になればいいんだ」

「普通? じゃあ、僕は普通じゃないの?」

「気づかなかったのか? 根暗で勉強もろくにできない上に、神社の神主の息子ときている。他より目立つ上に、能力の劣ってる奴にも問題がある」

 そうか、と輝馬は確信した。実にとって理由など何でもいい。要するにいじめる理由がほしいだけなのだ。群れから違う色の、違う鳴き声の、または変わった歩き方をする羊を見つけ出せば、後は仲間外れにするだけだ。仲間外れか逆算されているにすぎない。

(素敵なクラスね)

 今まで黙っていた月子人形が皮肉混じりに言った。

「いじっていた手前で言うのは何だけど、ユッキーの根暗は誰でも分かる。相沢くんの場合もどうだった? 彼はずっと僕らに隠していたんだよ。留年でもちゃんとした理由なら、初めから言えたはずだ。バレなかったら、最後まで内緒のままでいたはずなんだ」

「それをあんたが言いふらすのと、どう関係があるの? 楽しんでるだけじゃないの?」

「嫌がらせのつもりじゃないよ。これには理由がある」

 美紀に反論した実は、教卓に手をつくと、まるで教師みたいに咳払いする。

「転校してきた相沢くんに、勇気を与えるためだったんだ」

「勇気……?」と、美紀が怪訝な顔を浮かべる。

「留年を内緒にしたまま、相沢くんは肩身が狭い思いをしていると思った。本当なら中学生、僕らの先輩になってる。普通に考えたら恥ずかしい。でも、これで秘密が秘密でなくなったわけだ。このクラスで、相沢くんが年上なのを知らない者はいない」

「あんたのせいでね」

「僕はたまたま、週刊誌の記者に教えられただけだよ。いずれ他の誰かが気づいたと思う。今の世の中、知らない情報なんて存在は少ない」

 実の詭弁が続く中、輝馬の耳はあらゆる声を拾っていた。

(ざまあみろ、転校生の分際で僕には向うからだ。僕は選ばれた人間。お前や瀬川は、僕に選ばれた道化だ。笑われるだけの役だ)

(それにしても笑える。小学生で留年って、どんだけ馬鹿なの)

(あいつのあだ名はセンパイでいいよな?)

 嘲笑と一緒に漂う言霊の群れが、鼓膜に貼りついてくる。これがあいつらの本音だ。だまされるものか! 輝馬は実の机を睨みつけた。無言の言霊を放つ。

(長谷川実の机。僕はあなたの声が聞こえる人間だ。聞こえますか?)

(聞こえるよ。珍しい人間だね)

(君にはあいつがいつも座っているだろ。あいつの秘密を教えてくれ)

(秘密とは?)

(君を使っている時、実がしている恥ずかしい秘密とか)

 机は沈黙した。しばらく低い唸り声が漏れる。教えるべきか、悩んでいるのが分かる。

(彼は今、悪い事をしている。懲らしめなくてはいけない。ところで、君の表面は傷だらけだね。彫刻刀で削られたんだろ)

(そうだ。私を使っている少年は、時々、私の上に彫り物を施す。正直なところ、あれは痛いし、迷惑だ。これ以上、痕が増えると私はお役御免になるかもしれん)

(じゃあ、あなたの知っている事を教えてくれませんか)

 輝馬は静かでひと際強い言霊を、実の机に送った。老いた声は仕方なさそうに、実の秘密を教えてくれた。いいタイミングで実の演説が終わったところだった。

「相沢くんも瀬川くんも、今回の件で皆の注目を浴びた。これをうまく利用すれば、皆の輪の中に入ってくれるんだって事を、僕は教えたかっただけだ。度が過ぎたのは謝るよ。ごめんなさい」

 実はわざとらしく頭を下げた。

(これで満足だろ、留年生)と本音を漏らしながら。途中から聞いていなかったが、大した内容ではないのは分かっている。

「長谷川くんの言いたいのは分かったよ。確かに、内緒にしていた僕にも責任がある」

 一瞬勝ち誇った笑みを見逃さず、輝馬は続けた。

「僕が留年した理由を知ってる?。実はね、冬眠していたんだ、五年間もずっと。トイレも食事も、管を通してしてたんだ」

 体中に熱がこもる。止めておけ。別の自分が警告するが、ここまで来たら止めようもない。そもそも、相手が悪いのだ。

「でも、起きたら起きたで大変だったよ。ろくに歩けなかった。骨も折れていないのに車いす生活。それから、勉強も二年生のまま止まっていたから、もう勉強が大変だった。親は慰めるどころか、九九もできない中学生だと言ったんだ。親に構ってもらえなかった妹は、僕は死ぬまで冬眠していればいいとも言った。ついでに言うとさ、うちの親は離婚したんだ。お母さんと妹には会えないし、教育熱心な父さんは、僕が御三家を受験できるほど賢いと本気で信じてるんだよ」

「もういいよ……もう無理しないで、お願い」

 幸弥は必死に訴える。目が涙でにじんでいた。

「相沢くんはもう無理したら駄目だよ。私だって、皆にだって秘密にしておきたいような、辛い事や悲しい事もあるよ」

 里桜もメガネをはずして、泣きはらした目で言った。

「これで秘密じゃなくなったね」

 輝馬は実に笑いかけた。あまりの不敵さに、優等生の表情は若干曇った。

「次は君の出番だ、長谷川くん。君は先日の算数のテストでカンニングをしたろ? 十日前の漢字テスト、三週間前の理科のテストでもしたよね? 斜め前の沖野さんと生島くんの答案をさ」

「い、いきなりなんだよ……そんなの、知らない!」

「君のシャーペンと消しゴムは、買った物じゃない。店から盗んだ物だ。盗んだ理由は、まさか、受験がうまくいくか、験担ぎのゲームだったとか?」

 実の顔は今にも爆発しそうなくらい、赤く染まっている。ふと、先日の貴史を思い出した。

(なんで、こいつはあの事まで知ってんだ?)

「今の世の中、知らない情報はないんだろ?」

 その一言が起爆剤となった。実はわめきながら、輝馬に突進した。机からはじき出され、幸弥にぶつかる。怒号と悲鳴が巻き起こる。

「なんで、お前なんかがこの学校に来るんだよ! うちのクラス、僕のクラスに! さっさと出て行け!」

 小さな子供みたいに実が何度もこぶしを振り上げてくるのを、輝馬は手で顔をかばいながら避けた。直後、美紀の声が上がった。

「幸弥、大丈夫!」

 その声で振り返ると、床に倒れる幸弥の姿があった。頭から血を流している。さっき、押し飛ばされた際、机の角で頭を打ったのだ。

「平気……平気だよ、ごめん」

 保健係の女子と美紀に支えられ、幸弥は教室から連れ出された。入れ変わるようにして、鈴村先生が入って来ると、教室の惨状に目を丸くした。

「どうしたの、一体? 何があったのか、説明してちょうだい」

舞子がしどろもどろに弁明する中、僕は悪くない。泥棒じゃないし、カンニングもして

いないと、実は何度も大声で喚いている。里桜は机に突っ伏したまま、頭を上げようとしなかった。

自分の名前を呼ばれるまで、輝馬はただじっと、床に残った小さな血だまりを見つめ続けていた。


      十四


 大阪市此花区にある某テーマパークから北に過ぎて、此花大橋を渡った先に人工の島、舞洲がある。大阪港の夢洲と隣接するそこには、球技場やアリーナ、大阪ガスの施設等が軒を連ねる中で、ひときわ奇妙な存在感を放つ建築物があった。

 青を基調に赤の筋が流れるデザインの塔が構える、カラフルな外観を持つ建物を、知らない者が目にしたら遊園地か博物館だと勘違いするだろう。舞洲工場は、市の環境局が運営するゴミ処理施設である。

 事前に予約をすれば、ゴミ処理の過程を映像や展示を通して見学もできるようになっている。ゴミが集積される焼却場の様子はガラスの向こうから眺めるのも可能だった。

 今日も平日にもかかわらず、観光客の団体でごった返していた。その中で六十後半の見学客が、焼却場を埋め尽くすゴミの山からあり得ないものを見つけた。

「おい、あれは人じゃないのか?」

 夫に肩を叩かれて、妻は仕方なしにそこに目をやったが、老眼鏡をかけるほど視力が悪いせいか、ゴミの山に立つそれの、顔の輪郭までは見えなかった。

「何もないじゃないの」

「よく見ろ。あれは人だよ」

「どうせ、人形でしょう。着物みたいなものを着てるでしょ」

「でも、動いてるようだぞ」

「目の錯覚よ、きっと。あんなところに人がいる訳ないじゃない」

 妻はそう言って呆れたが、彼は確かに何度も確認したが、明らかに人の形をしたそれは動いていた。時代劇に出てくるような赤い着物に身をまとったそれは、長い黒髪をしている。明らかに浮いた存在だった。

 そいつが頭を動かした。ガラス越しにこちらに顔を向けた。遠目からでも分かる青白い肌に、眼が赤く光る。目と同じ色をした口元が動いた。

 その時、ゴミの山が揺れた。三輪車が、廃家電が、ゴミ袋が宙に浮いていく。少女を囲むようにして浮かぶのを見えて、男が叫ぶ前に「なにあれ?」と妻が言うのを聞いた。ほら、俺の言ったとおりだ。そう言おうとした瞬間、ゴミの塊がこちらに向かって殺到した。ガラスは衝撃でヒビが入り、見物客が避難したところで粉々に割れた。

 ゴミの波が施設内になだれ込み、見物客や職員をのみ込んでいく。悲鳴と緊急のランプが鳴り響く中、赤い着物をまとった少女は、当たり前のように通路を軽い足取りで歩いてく。彼女の後ろをゴミの塊がついていく。

「もうすぐ、乱が起こる」

 ガチャガチャとゴミ袋の一団が歓喜の音を立てた。

 少女は人の名前を口に出していくと、どこからともなく白く光る小さな固まりが浮遊して、彼女の手に収まった。その足が止まる。男子トイレがあった。その中に入り、閉じられた個室の前で止まる。扉の奥からかすかな吐息が漏れる。

「開け」

 少女がささやく声で言った。すると、ドアは勝手に開いた。中には見物で来たらしい少年がいた。制服からして、小学生の低学年ぐらいだろう。少年は泣いていた。鼻からは鼻水を垂らしている。目の前の少女は普通ではないと悟っているようだった。

「怖いか?」

 少年は怯えて口を震わせるだけだった。

「すぐに終わる。痛みもない。わらわに魂をおくれ、佐藤達樹」

 少年から小さな光りが抜け出た直後、小さな体が床に倒れた。光りを懐に収めると、少女はため息を漏らした。相手が人間とはいえ、小さな子供まで犠牲にするには心が痛む。だが、これも本人のためだ。もうすぐ、この世界は人のものではなくなる。一人だけ生きるなら、全員で仲良くいなくなった方が幸せだろう。そう、間もなく、人の世は終わるのだから。

 少女――ナギニは通路に戻ると、人の名を呼びながら光りを集め続けた。

七月十五日(水)より、別の長編作品を投稿します。

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