中性的な彼(彼女)と俺たちの秋休み
わりとあらすじ、キーワード詐欺です。すみません。
「これは……どういう状況なんだろうか」
目が覚めたら、そこは人っ子一人いない林だった。頭の中で考えても対処法が一切思い浮かばなかった。独り言のようで痛々しいが、周囲に誰もいないようなので問題ないだろう。
さて、状況を整理しよう。まずは現在どこにいるか。これは簡単だ。俺と友人たちで造った秘密基地がある林の中だ。製作期間約二年の傑作でもある。
ここから秘密基地までは三キロほどだったかな。
妥協案として家に戻るというのもあるが、家まで帰るのに徒歩という手段は辛すぎる。自転車ですら一時間以上かかるのだから。
次に先日の行動を思い出してみようか。
昨日は帰ってきてから風呂に入った。そのあとゆっくり夕飯を食べて、トイレに行った。そして小説を読んで寝た。それくらいか。我ながら平凡な生活だな。そういえば、布団に入って三十分ほど経ってから電話がかかってきたような気がするが、何もなかったな。
多分親にかかってきた電話だろう。
先日、特におかしい行動はしていないし、なにか特殊な事態が起こったわけでもない、と断定できるな。唯一普段あまりかかってこない電話が気になるが……電話の内容を知っていたとしても現在の状況に一切変わりはないだろう。
まとめに入ろうか。
今俺は早朝と思わしき林にいる。周囲に人がいる気配はなく、特に目立つものもない。なぜこの時間にこの場所にいるかは全くと言っていいほどわからない。この林には俺と友人が造った秘密基地がある。そこにいくのが一番ベターであると思われる。理由は一つ。予定だと友人たちがこの秘密基地に来る、それも今日。現在は異世界や他地域にいるわけではない可能性が高いので、友人たちは秘密基地に来るはずだ。徒歩で帰るより友人たちにどうにかしてもらうのが得策だろう。
一番得策なのは友人に頼ることだろう。
だから俺は秘密基地に向けて歩みを進めることにした。
鬱蒼と茂る森、とまではいかない燦々と照らされる林を見て自然の凄さに、俺は感心していた。よく観察してみると、前回来た時よりも葉が散っていた。その光景はどこか哀愁が漂うと同時に、俺に違和感を感じさせていた。
林にそびえ立っている木の中に、スギの木があった。俺たちに花粉症という症状を煩わせる外敵とも言えるその木の葉は、単なる人間には届かないような高い位置に生えているのだが……一部だけ葉が散っていた。それも、風に煽られて散ったというわけではなく、例えると芝刈り機に刈られた、というように。
自然的な風景の一端、人工物が何気なく混じっているその様子は異端としか言いようがなかった。
それは何故か。俺は疑問に思ったが、今の俺ではスギの木に眠る真実を解明することはできないだろう。理由は簡単だ、現状の俺には十メートルほどの地点にある葉まで到達することが出来ない。……木登りは苦手なんだよ。運動神経は悪くないんだけどな、感覚を掴めない、というか。
まあ、くよくよしていてもしょうがないよな。
とりあえず、前に進まないと意味がないからな。俺はスギの木から視線を外し、再び歩き出した。
しばらく静かな林の中を歩いていると、視界が開けた場所にたどり着いた。あれ、こんな場所あったけかな。頭をひねって考えてもこの場所の記憶は俺の頭の中にインプットされていなかった。記憶力はいい方なんだけどな。
さわやかな風がスギの匂いを漂わせながら俺の横を通っていった。スギの匂いは個人的に好きだからなごんだが、俺の心情はそんなことをゆったりと感じる余裕はなかった。
開けた視界の隅をちらと見ると、そこには紅い血のように思える液体を纏った手首が落ちていた。どう見ても人の身体の一部である手首だった。沈黙を保ったまま、俺は瞬きを繰り返していた。不思議なほど俺の心は落ち着いており、冷静に思考を回転させることが出来ていた。
観察だけではこれ以上わかることはない。そんな状況に陥った俺は決意を決めた。
手首らしき物体に接近したのだ。警察を呼びたいところだが何より手段がない。雑念を払い、細心の注意を払いながら俺は手首に近づいて行った。
一歩一歩ゆっくりと近づいていた俺は気付いた。赤い液体から鉄の匂いがしないのだ。本来大量の血が流れているならここら一帯は鉄の匂いが充満していてもおかしくないはずだ。何故だろうか、その答えは手首に触れればわかるような気がした。
ガサッ。
「誰だ!?」
突如、背後から葉が擦れる音がして、直後重いものが地面に着地した音が響いた。それが人間だとは限らないが、反射的に俺はそう口走っていた。背後を見ると、俺の親友がこちらに寄って来ていた。
咄嗟に身構えていた俺を見た親友は小さな唇を開いた。
「落ち着きなって、親愛なる我が友よ」
にやにやと挑発するように笑みを浮かべながら親友はつぶやいた。
こいつは常に挑発的な態度だから、気にしてもしょうがないとあきらめているが……。そんなことはどうでもいい、俺は率直な疑問を口に出そうとした。
「ストップ。ボクから話すよ」
俺の行動を読んでいたのか、「中性」と呼ばれる友人でもあり親友でもある曖昧な存在の親友は言った。人差し指を唇の前に置いてほほ笑む親友の姿はどこか色っぽかった。中性的なその容姿に魅力を感じるものは数多くいるが、その事実を再確認させる笑みでもあった。
親友の性別? それは俺にもわからないかな。容姿はどちらかと言うと女子よりだ。長めのショートカットに切り揃えられた黒の髪に、ぱっちりとした大きい瞳。容姿だけで合ったら多くの人間は「中性」をボーイッシュな女子と判断するだろう。
「この先に真実がある、それだけだよ」
透き通った綺麗な声。男子であれば声変わり前の幼い声と言える声だ。と、中性の説明はこんな感じか、本題に戻ろうか。
この先に真実がある、か。大胆不敵な親友の笑みを見ているとそれが正論に感じる。ただ、俺は誤魔化されないぞ。
「なんでお前がここにいるんだ?」
うーん、とつぶやきながら親友は困った顔のまま両手をペッタンコの胸の上に置いた。あ、やべ。
「殺すよ?」
今俺は親友に殺されかけてます、本当に。簡潔に言うと親友が刃渡り三十センチほどのナイフを俺の首筋に当てている。おかしいな、警戒して五メートル以上離れていたんだけどな。刹那の動き、ということか。目にも留まらなかったな。
「何のことだ?」
俺はとぼけた。思考は思考で終わるものだしな。というかこれピンチじゃないか? 親友は平気で人を斬るからな。前科はありだ、俺の目の前で何人か人を斬ってるからな。他人事のように考えてたがまさか自分に矢が立つとは。蛇足になるが親友の綺麗な顔をこんな間近で見るとなんというか……照れるな。
「はあ。しょうがないね、キミは」
俺の首からナイフを離し、ため息をついた。ナイフはそのままどこかに消えて行った。どこへ行ったのか。そんなことを訊いたら今の俺では、瞬殺されるから恐れ多くて訊けないな、残念。
珍しい気がする、親友が俺のことを「キミ」と呼ぶなんて。いつもはにやにやして「我が友よ」なんて嫌味ったらしく呼ぶんだけどな。それだけ本気で呆れてるとでも言いたいのだろうか。
「顔が近いぞ、中性。俺が照れる」
そう、顔が近いのだ。今更照れる仲ではないが、美少女が近くにいるとどうも緊張するのだ。まあ、性別不明だけど。
その言葉に親友はえ、とつぶやいた。あ、これ素で出たやつだ。親友はポカンしたマヌケな表情をしばし保っていたがすぐにいつもの笑みに戻った。そして言った。
「キミってバイだったんだね」
バイってなんだっけ……。えっと、「両性どちらにも魅力を感じること」を表すのか。多分俺は違うだろう。だって俺、人間に魅力を感じないしな。
って言うか本題から話が逸れてるぞ。話題を戻さないと。
「結局、中性はなんでここにいるんだ?」
俺の言葉に親友は再び人差し指を唇に当てて言った。
「ひ、み、つ。秘密が多い方が魅力的でしょ?」
コイツ、ものすごくイラつくな。まあ、答えるつもりがない、というのはわかった。俺は無言で秘密基地に向かって歩き始めた。
と、見せかけて人の手首の方に向かったが親友に抱きとめられた。そう、もう一度言おう。
抱きとめられたのだ。しつこいようだがもう一度。
抱きとめられたのだ。
ふんわりと香るシャンプーの香りに、一部を除きやわらかな身体。人間に魅力を感じない俺でもこれは――応えるな。ナニカはわからないけど。緊張する。
と、いうか前から思ってたけど中性に人間的なものを感じないのはなぜだろうか。普通の人間にこんなことをされたとしても俺はこんなんにはならないんだけどな。にこにこと笑っているこいつは何者なのだろう。まあ、気にしても答えは返ってこないだろうし、考えるのはやめようか。
「ほら、進んで進んで」
俺を抱いていた手を離し、先の方への道を指さす親友は真剣な表情をしていた。珍しい、なにか悪い事でもしたのか? いや、こいつはそのくらいでへこたれるようなやつじゃないしな。まさか俺になにかしたとか……。
俺が怪しんでいる様子を悟ったのか、大丈夫、と言いながら親友は前方を指さした。
しょうがない、進むか。俺はそう決意してやっと歩み始めた。
歩き始めた矢先であった。
「グルウウウゥゥゥ……」
えっと、なにかいるんですけど。
急展開に自分でもついていけなくなりながらも、この状況を理解するために必死で頭を回転させた。俺の目の前に立ちはだかるその物体はいわゆるオオカミというやつだろう。
狼、オオカミ、おおかみ。漢字カタカナひらがな。そんなどうでもいい戯言を考えながら俺はどうするかを決めていた。逃げてもいい、だがこのオオカミには何か秘密がある、俺の第六感がそう告げていた。危険を承知で近寄るか、素直に逃げるか。
決めかねた俺は親友の方を向いた。
「なあ、どうすればいいとおも……」
よし、逃げよう。言いかけた俺は親友の姿を確認できなかった。これで戦闘手段はなくなったも同然だ、もう戦えない。
オオカミの様子を確認しながらも、俺は秘密基地に向かって駆けた。何故かオオカミは俺を追ってはこなかった。怪しい。
「ギャウウゥゥゥッ!!」
もっと怪しい。駆ける俺の背中からオオカミの哭く声が響いた。しょぼいし迫力もない。……むしろ同情してしまうほどのレベルだった。絶対群れには入れてもらえないタイプだろう。
秘密基地まで後一、五キロほどだろうか。この地点に来た俺は一息つき、休むことにした。
「はあ、結局なんなんだか」
ため息をつきながらつぶやいた。普段は独り言などは言わないが、どうしても不思議に思ったことなんかはたまに口から出てしまうんだよな。
秘密基地に行けばわかることがあるのか、なんで俺はここにいるのか。疑問は多い。中性にも逃げられてしまったしな。まあ、アイツは俺に聴こえないくらいの声で秘密基地がどうやら、と言ってたしあそこに答えがあることは確信してもいいだろう。
思考を回転させながら休憩して五分が経った。体力も全快したし、走ろうか。この距離なら六分ほどで着くだろう。持久力はある方だしな。
俺は呼吸を整えて、走り始めた。
駆けながら俺は考えていた。何故こんなことを俺に仕掛けたのか、どうやって俺をここまで運んだのか。様々な疑問が頭に浮かぶ。少しでも落ち着くと思考の海に沈んでしまいそうだ。目標を達成するまで気は抜けない、そう教えてくれたのは友人たちだ。
一定のリズムで呼吸を刻み、自らのペースを崩さないように着々と走る。それが今の俺ができる唯一の行動だった。俺の息を吐く音、吸う音が聞こえる。周囲からは風で葉が揺れる音が聞こえる。スギの木の匂いが香っていた。個人的にこの匂いは好きな方だ。そして視覚が教えてくれる情報は、たった一つだった。
秘密基地が見えてきた。
有益な情報だった。暗くなっていた心に希望の光が差し込む、というのは言いすぎかもしれないが、確かにこの情報は現状を打開してくれる情報であった。
喜び、昂る気持ちを抑え、秘密基地に向けて歩いた。一歩ずつ着実に、なにかを失敗してしまわぬように。
秘密基地がだいぶ近づいてきた。開けた場所にあるその場所は外観のせいもあるが、非常に目立っていた。
かなり月日が経っていると思われる、途中で切断されている小さめのスギの幹を支柱の役割を持つスギの木に結んでいるだけの簡単な天井。いかにも手作りと言う感じだが、いい雰囲気が出ていて俺は気に入っている。ここからは見えないが、あの天井は下から詰め物がされていて防雨性にも優れている。ただ、野ざらしにしておくと木が劣化するので雨がひどいときはブルーシートをかけるが。
外側は、下に地盤としてレンガブロックを積んでおき、その上にプラスチックなどを重ね、最後にテント用のシートをかけてある。
そんな見慣れた秘密基地が今では始めてきたお化け屋敷のような、恐怖の象徴である建築物にしか見えなくなっていた。
すだれが設置してある入口には血痕のような跡が残り、紅い色をした足跡が点々と続いていた。
「はあ……」
俺はなにかを察知した。
大股ですだれに近づいていく。どこからどう来ても対応できるように。
すだれに手をかけた。
ガサッ。耳を澄ましていなければ聞こえなかったであろう、複数の足跡が聴こえた。
「ん? 何だ?」
これは演技だ。やつらを誘い出すための。わざと大きな足音を立てて、光の射さない秘密基地の中を闊歩した。
俺は大きくため息をついて、手を膝に持っていき、視界を下げた。
「トリックオアトリートっ!! ……もういたずらしてるけどね」
「トリックオアトリート。誕生日おめでとう」
俺に飛びついてきた友人たちを蹴り飛ばして、俺は言い放った。
「お菓子くれなきゃ――」