月のご子孫さま
第九章 月のご子孫さま
――あのな。
恥ずかし過ぎて、まだ誰にも教えてねーケドな。
一応、こんなオレでも――将来の『夢』みたいなモンはあるんだ。
ガキの頃は、何でもいいから、プロのスポーツ選手になりたかった。
とにかく男友達と一日中、外で身体を動かしているのが好きで。駆けっこでも、サッカーとかの球技でも、とにかくスポーツなら相手が男の子でも誰にも負けなかった。
――でもな。
オレの身体が徐々に“女”になり始めて……その夢は崩れていっちまったんだ。
その…………ぶっちゃけこの無駄にデケー胸が、やたらと重くて邪魔なんだよッ!!
コイツさえ無ければ、オレは百メートルをあと二秒は速く走れるのに!
ただし。夢が破れてイジけてるなんてのは、オレの性に合わねえ。
だったらオレは、“女の子らしく”なってやろうじゃねえか!
神様が、何かの間違いで女の身体に男のココロを入れちまったのかもしれねえがよ。
そんなコトは、もうカンケー無え!
――結局。
オレの『夢』は――普通の女の子が普通に願うモノと、結果は一緒になっちまった。
そう。“女の子らしく”なるというオレの目標の、ずっとずっと先は。
――いつか巡り会う『運命のヒト』の、綺麗で可愛い『花嫁さん』に――――――
「オ、オレと、シ、シオンの…………………………し………ししし『子孫』だと???」
その意味を考え、瑠琉奈は耳まで赤くなった。
しかし現実的に考えたら、そんなコトがあるワケない。自分の子孫が、未来からタイムスリップして来るなんて。
(――でも。た、たしかにカオは紫音にそっくりだし、そのデケー胸は……ひょっとして、オレの遺伝か? もしこの娘の言うコトがホントなら、しょ、将来オレはシオンと――?)
「聞こえんかったカ? 早く紫音カラ離れんカイ! コノ“アホ女”!」
我に返った瑠琉奈は、リオと名乗った少女に向け無意識に伸ばしていた手を引っ込める。
「な、何だとテメエ! オレとシオンの子孫だと名乗っておきながら、何でオレたちがくっつくのを邪魔すんだよッ!? ワケ分かんねえぞ!?」
「オマエが“アホ”なせいデ、ウチは不幸のどん底だからヤ!」
「…………は?」
「ソノ、アホなオツムがウチの代まで遺伝しとるせいデ! ウチは高校にも行けズ、時空泥ぼ……イヤ、『時空トレジャーハンター』として生計を立てとんのやデ!」
「な、なに? 『時空トレジャーハンター』だと……? お、面白そーじゃねえか!」
「オ、オモローないワッ!! オマエやっぱアホヤロ!? ウチの仕事は毎回命がけヤ! おかげでウチは追われる身ニ……」
「人のせいにすんじゃねえよバーカ! オマエの努力が足りねーダケじゃねえのか?」
「何やテ!? コノ“アホ先祖”! じゃア力ずくで言うコトきかせたるワ!」
「イイ度胸だこの“バカ子孫”! 泣くまで躾けてやるから後悔すんなよ!?」
額に青筋を立てた自称子孫とその先祖が、ぐぎぎぎと歯ぎしりをしながら拳を握りしめて睨み合うと、これまで呆気にとられていたもうひとりの先祖――刻任紫音が仲裁に入る。
「ちょ、ちょっとふたりとも落ち着いて! ねえ、えーと、リオ?」
「何ヤ? 紫音、止めるんやナイデ」
「君は先祖であるルルナさんを僕とくっつけずに……も、もしかして、他の人を僕とくっつけようと企んでたりするの?」
「オオ! さすがはウチのご先祖さまやナ! 話が早いデ、そのとーりヤ! ウチの外見はほとんど紫音の『究極◯優性遺伝子』が発現しとるシ、オツムの出来がええ『究極◯頭脳遺伝子』の持ち主を発見して紫音とくっつけれバ……アラ不思議ヤ! ウチのオツムがアインシュタイン級ニ!」
「な、何だソリャ!? ふざけやがって!」
憤る瑠琉奈。そしてまるでデジャヴの様などこかで聞いた話に、紫音は再び戦慄する。
(まさか。まさか『究極◯頭脳遺伝子』って――)
「ど、どうやってその『究極◯頭脳遺伝子』とやらを発見するの? テストの結果とか?」
「イイ質問やナ、紫音。手っ取り早くソレを発見スルにハ……ジャ、ジャ~ン! 《頭脳◯遺伝子探知機》やデ!」
かつてイオがそうした様に。リオが指でいくつかのサインを作ると……左腕にした三日月型の腕時計の様なモノが点滅し、この周辺を縮尺した小さな立体映像マップがポウッと空中に展開される。
すると――明るく金色に輝く点が、最初から満月の様に現れている。
「――ア! 来タ! 来タデ紫音、イキナリ現れおったデ~! えート、コノ位置ハ……………………………………オマエカ!?」
リオがびしっと指差した先にいるのは、今だに呆然としていた――――――――
双芭星崋。
「え!? わ、わた、わたくし、ですか……!?」
「そーヤ! 確かに賢そうなカオしとるシ……オマケにメッチャ可愛いデ! グフフのフ!! どーヤ紫音? いっちょコノ娘ト………………………………………………ア」
リオはそこで、まるで金縛りにでもあったかの様に動けなくなった。
それは、星崋の後ろで力なく地面にへたり込んでいる――とある人物を発見したから。
「ダ……誰ヤ、オマエ? ウ、ウチと同じカオしおってからニ……? 紫音に姉妹がおったなんテ、ウチが調べた記録にはあらへんデ? ホナ、コノ時代の従姉妹とかの親戚カ?」
とある人物は、ゆっくりと首を振る。
「ン!? ソノ頭のウチと似た髪留めハ? モ、モシカシテ……、《マキナイト・コア》カ!?」
とある人物は、今度は力なく頷く。
「じゃア、ウチと同じ時代カラ来タ、ウチの知らない親戚カ?」
とある人物は、やや間を置いて再び静かに首を振る。リオはウーンと少し考えた後、
「……マ、マサカ……ッ!? ウチのじーちゃん『シオン三世』は“別宇宙”カラ《マキナ》を盗んで来たゆうとったケド……? マサカ、マサカオマエハ―――――――――」
「『平行世界』……ですか?」
「「「―――――――――――――――――――――!?」」」
星崋がぽつりと呟いた言葉に、その場にいた誰もが凍り付いた。
「もしかして……紫音くんが、そ、その……わ、わわわたくしを選んでくれた場合と、瑠琉奈さんを選んだ場合とで――未来の世界がふたつに別れてしまっているのでは……?」
「??? どういうコトだよ星崋!? バカなオレにも分かる様にもっと説明してくれ!」
「はい瑠琉奈さん。つまり紫音くんとわたくしの、し、子孫であるイオさんがいる未来世界『α』と、紫音くんと瑠琉奈さんの子孫であるリオさんの未来世界『β』が、同時に平行して存在してしまっているというコトです。ですからイオさんとリオさんはお互いの存在を知らずに、もしくはそうなると知らずに……それぞれ自分の思わしくない運命を変えようと、まだ共通の過去であるこの時代にタイムスリップして来たのではないでしょうか?」
「な……ッ!? イオが――シオンと星崋の子孫だ、と??? た、確かにイオとオマエは同じくらいアタマがいいケド……。で、でもじゃあ何でイオの方も、紫音とオマエがくっつくのを阻止しようとしてんだ?」
「そ、それは……」
既に星崋は、イオが成りたかった筈のリオの姿をひと眼見た瞬間に、その理由を看破していた。自分とイオに共通して足りないモノを、彼女は持っている。それは――
「ウ………グ………ウ、エ……………ヒック………」
イオは地面にしゃがみ込んで俯いたまま、声を殺して泣いていた。
紫音のパートナーをすり替え、子孫である自らの胸を大きくするというイオの野望は、今完全に潰えた。
なぜなら、先祖のパートナーをすり替えた事の成果は――もうひとつの世界、もうひとりの自分の誕生。そして自分自身にその成果は――全く、返って来ない!
そしてそれは、リオにとっても。
「ナ、ナニ泣いとんのやオマエ!? 泣きたいのはコッチやデ!? せっかく危険を冒しテ、はるばる月のコロニーカラ百十一年前の地球へ《時間◯跳躍》しテ、キ、来たったノ、ニ…………………ウ、エ……………ヒック………」
そうしてリオは、もうひとりの自分――イオの隣に座り込み、
「「ウ、うええええぇぇえええエエ――――――――――――――――――――ンッ!!」」
まるで双子の様なふたりは、並んだまま一斉に大声で泣き出した。
「う、うわっ! 待ってよふたりとも! ぼ、僕は――」
慌てた刻任紫音が、子孫であるふたりに手を伸ばしかけた、その瞬間――
「――――待チナサイ、『トキトウシオン』。ソノフタリカラ、離レナサイ――――」
突如。
天から機械仕掛けの様な電子的な声が聞こえたかと思うと、ぴしっと空間がひび割れ――まるで花火がそこで破裂したかの様な閃光が奔った。