イエローのご子孫さま
第八章 イエローのご子孫さま
「ルルナさん。ちょ、ちょっと真剣な話が、あるんだけど」
「お!? おう」
ゆっくり歩いて来たつもりなのに、もう目的地である神社の本殿裏に来てしまった。
そして予想通り、いや予想以上に全く他に人がいない。
(し、しかもなんかこれは、シオンの方からオレに、こ、こここ告白してきちまうみたいな流れじゃねーのか!? ……嬉しい。もしそうだったら、メチャクチャ嬉しい!)
もう嬉しさのあまり、瑠琉奈はこの場で踊り出してしまいそうだった。頑張って浴衣を着て来た甲斐があったというものだ。
(ずっとオレのココロを束縛してきた鋼鉄の鎖は、オレの浴衣の色みたいな灼熱の気持ちで溶け――オレの中身は男だから男とは付き合えないっていう呪縛は、もうほんの少しで解けちまいそうだ。やっと、やっと出逢えた、『運命のヒト』によって。――でもよ)
約束した。星崋と、約束した。親友と、約束した。一緒に……シオンに告白しようと。
それにあの時、『星崋に未練は無いのか?』という質問の答を紫音から貰っていない。
(もし、実は星崋もオマエのコトが好きだと知ったら……オマエの気持ちは、はたして変わっちまうのか? 早く、早く来い星崋! シオンがオマエの本当の気持ちを知らないまま、オレに告白しちまう前に。早く―――――――――)
神社の本殿裏、石の階段に腰掛けたふたり。
意を決した紫音は隣の瑠琉奈に顔を向け、彼の心の内を滔々と語り始めた。
「僕はさ、ルルナさん。ずっと他の人たちから、『植物系男子』って呼ばれてきたんだ。自分の意思を持たず、存在感も無く、ただ風に流されるだけのヘタレ野郎だって」
「お、おう。聞いてるぜ。ヒデーよな? そんなコトねーのに……」
「ありがとう。でも、そんなコト――あるんだ」
「……え?」
「僕は――ずっと異性に、女の子にあまり興味が持てなかった。そう、まるで本当の植物の様に。動物的な、異性を自分のモノにしたいっていう欲求が薄かったんだ」
「――ッ!? そ、そう、なのか……?」
「うん。でも高校に入学して……隣の席になった『学年一の美少女』って周りが囃し立てる女の子に、よく話しかけられる様になった。その娘との会話は楽しかったけど……それでも残念ながら僕は、ドキドキしたりとか、ムラムラしたりなんてコトはなかった」
「…………」
「でもその娘――双芭さんは、容姿だけでなくって中身も綺麗な娘だってコトは分かったんだ。それにその娘が話をする男子は自分だけで、他の男性全般とコミュニケーションが全く取れないコトに気が付いて、何か自分と親近感を覚えて……。そして圭からそそのかされたってのもあるんだけど、双芭さんに告白した。その結果はそう――はは、キッパリ断られちゃった」
「……………………」
それはある誤解が原因だと瑠琉奈は伝えたかったが……でもそれは星崋本人の口から聞くべきだと、瑠琉奈は口をつむった。
「僕は本当に双芭さんが好きだったのか、それが女の子に興味が無いハズの、僕の初恋だったのかどうかは、今でも解らない。ただ他の楽しそうにしている恋人たちの真似事がしたかっただけなのかもしれない。それでも、やっぱり結構、落ち込んだんだ」
「……そうか。そいつは、その、残念だったな…………」
「……うん。でもね、その後ルルナさん――君に、出逢えた――」
「―――――――――!!」
「イオの助けもあったけど、初めて逢った日から今日まで、本当に楽しかった。何故だか考えたんだけど……ルルナさんは、僕に足りないモノを持ってる。僕に足りないピースを全て持ってる。能動的な、動物的な魅力に。あ、気を悪くしないでね。人間的という意味だから」
「い、いや別に……」
「ルルナさんと一緒なら僕は――新しい自分に変われる気がするんだ。そして、え、と、その、今さらだけど、今日の浴衣もすっごくルルナさんらしくって、に、似合ってて、その、き、ききき綺麗だ、よ…………」
「うあッ!? あ、ああああアリガト、な…………」
(――もう、ダメだ。もう、耐えられねえ。オレの顔は今、下手すると浴衣の赤より紅いかもしれねえッ! 膝もガクガク、胸の中もまるで火が着いたかの様に熱い。こんな気持ちは、生まれて初めてだッ! そしてシオンが、真剣な顔でオレの眼を見てる! ゴメン、星崋。オレ、いや、わたしは、もう――――――)
「え、と、だから、ルルナさんっ! ぼぼぼ僕と――――――」
「ちょっと待ってくださ―――いっ!! 紫音くーんっ! わ、わたくしも……っ!」
「チョット待てコラ―――ッ!! セイカ―――ッ!」
「……イオ殿ッ!? 何処から現れて!? 気配は感じてましたが?」
「イオちゃんっ! ちょっと待つですっ!!」
「「!!」」
四者四様の叫び声が聞こえ、驚いて振り向く紫音と瑠琉奈。
しかし、何故か、もうひとつ――――――
「チョット待ったれやボケエエエエエエエエェェェエエエエエ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッッ!!!」
突然の頭上からの大絶叫。びくっと同時に肩を振るわせ、咄嗟に顔を上げる紫音と星崋。
他の四人も、同時に。
そして。ずざざざざざ――っと、銀杏の枝の間から何かが墜ちて来たかと思うと――ぼふっという衝撃と共に、紫音の視界が真っ暗、いや……真っ黄色になった。
正確には、イエローの中に大小の白い三日月がいくつか。
そのまま仰向けに倒れた紫音は、自分は後頭部を強打したショックで――
ここで紫音は、強烈な既視感を感じた。
「あいテテテテ………………。いヤー、失敗やったナ。何でか知らへんケド、百十一年前は地面の高さが違うねんナ」
月が意味不明な事を呟いている。紫音は仰向けに倒れたまま再び戦慄した。
(ま、まさか、このイエローバックのラブリームーンズは…………、また、パ――)
「――ン? エ? …………ウ、うっぎゃああアアアァァ―――――――――――ッ!? ナ、ナニすんネンこのヘンタイッ! コノッ! コノッ!」
立ち上がったホワイトムーンズの持ち主に、またしてもげしげしっと蹴られる紫音。
「い、痛っ!? やっ、やめっ! ちょ、ちょっと待ってよ!」
「『ちょっと待て』やテェー!? ソレはコッチのセリフやデ! ソレより今の行為でウチはもうお嫁に行ケ……ガリッ! うっワーッ!? マ、マズ! ペッ、ペッペッ!」
先程の落下中に口に入ってしまったらしい、まだ青い銀杏の実を吐き出している相手に対し、紫音を含めその場に居合わせた全員はその顔を確認し――――――眼を、疑った。
――――――――――それは、まるでイオ。
でもそれは、イオではない。
イオ本人は、星崋の後ろで水色の浴衣姿のまま呆然としている。
紫音とも同じ顔だが、カッコウは女の子。それもイオが初めて登場した時とそっくり。
短い丈の半透明素材の白いワンピース。立った衿の辺りからスカートの裾まで、ギザギザにイエローのラインが入っている。
そこからすらりと伸びた白い脚には、同じ様なイエローのラインの入った白いロングブーツ。腰には星ではなく三日月形のバックル? の白いベルト。
そして月の様に輝く瞳と、イエローのラインで縁取られた、白い三日月形の髪留め。
しかし――大きく異なる点がひとつ。いや、ふたつ?
デカい。胸が、デカい。そしてその大きさと張り具合はまるで――
「だ、大丈夫かよ? 紫音……?」
ようやく我に返った瑠琉奈が、紫音を助け起こそうとした、その時――
「コラーッ! コノ“アホ女”! ウチの紫音に近づくんやないデーッ!」
「な……何だとッ!! テメエ、ナニモンだ!?」
「ナンダ? 分からへんのカ? ウチはナ―――――――――」
その場にいる全員が、耳を傾けた。そして――――――耳を、疑った。
「ウチは『月乃◯簒奪者』――『刻任リオ』! 紫音とオマエの『四代後の子孫』! だカラ紫音ハ……ウチのひいひいおじいちゃんやナ。ウチは百十一年後の世界カラ、紫音とオマエ――“アホ女”がくっつくのヲ、阻止しに来たデ!」
「「「――――――――――――――――――――――――――――――――――!?」」」