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ほしのごしそんさま。  作者: ひろつー。
風邪のご子孫さま
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風邪のご子孫さま

   第五章  風邪のご子孫さま


 ――オレはバカだ。


 イキナリだが、今日ほどソレを強く実感した日はない。

 朝起きてから……いや正確には、昨日から既にオレは浮かれていた。

 色々とハプニングはあったが……このオレが、この『鋼鉄の瑠琉奈』とまで呼ばれちまったオレが、あんな風に“女の子”として男と接するコトが出来るなんて。


 もうオレは、『鋼鉄』なんかじゃあないのかもしれねえ。

 もうオレは、百合として生きなくてもいいのかもしれねえ。

 だって昨日はあんなにも楽しかったのだから。きっと今日も楽しい一日になるだろう。


 もし今日も、アイツに逢えるのなら……。




 いつもの様に朝の新聞配達のアルバイトを終えた瑠琉奈は、鼻歌まじりで唯一のペットであるオオクワガタの雄、『レックス四世』に百円ショップで購入した固形昆虫ゼリーフルーツ味をやり、素早く学校へ行く支度を済ませ、上機嫌のまま築四十数年のボロアパートの玄関ドアをぎぎっと開け、


 ――固まった。


 建て付けの悪いボロアパートの玄関ドアがまた動かなくなった訳では無い。

「うあ……?」

 間抜けな声が、瑠琉奈の喉から洩れる。

 こちらを向いて微笑みながらそこに立っているのは、知らない美少女……では無い。

 黒眼の大きな神秘的な瞳。高貴で儚げな雰囲気。走り去るいつものリムジン。

 そこに立っているのは、親友の双芭星崋……の、筈。


 だが、いつもの彼女の象徴たる大切なモノが――きれいさっぱり無くなっている。

「おはようございます、瑠琉奈さん」

(その声は……やっぱり星崋だ。でも――)



 その腰まで長くてオオクワガタの背中の様に黒光り(瑠琉奈ボキャブラリー)していた宝石の様な髪は、ものの見事にざっくりと肩の上あたりで切られていた。



「瑠琉奈さん? ……やっぱりわたくし、似合いませんか?」

 心配そうに片手で髪を触り、小首を傾げる星崋。

(いや……正直これはこれで、メッチャクチャ可愛いッ!)

「お、おう! おはよう星崋。その……す、すっげえ、似合ってるぜ」

「うふっ、本当ですか? それを聞いてわたくし安心しました。さあ、行きましょう」

「おう……」


(ヤべえッ! 横に並んで歩く星崋の、見え隠れする白いうなじが眩しすぎるッ!)

 ごくりと生唾を呑む瑠琉奈。

(ま、まさか!? このオレの新たに開拓されたショートヘアーというストライクゾーンに合わせて髪を切ってくれたってのか!? だだ、だったらオレはやっぱりもう百合として生きるしか……って、ンなワケ無え! っていうかストライクゾーン広過ぎだろオレ……)


「な、なあ星崋。ナンで突然髪を切っちまったんだよ? 確かに短いのも似合ってるケド、あんなに綺麗に伸ばしてたのに」

「それはですね……。夏らしく涼しげにしたかっただけです! ずっと以前から一度短くしてみたかったんですよ? うふ、本当に涼しくって、頭も軽いですね」

 星崋は微笑みながら、頭を軽く振ってみせる。


「そうか……。イキナリだったんで、ちょっとビックリしちまったぜ」

「うふっ。ちょっと瑠琉奈さんを驚かせたくって、内緒にしてたんです。……ところで、昨日はとても楽しかったですね? わたくしちょっぴり日焼けしてしまいました」

「おう、そうだな! オレも少し……」

 昨日の出来事を中心にとりとめの無い会話をしながら、並んで学校へと向かうふたり。


(でも――ホントウに、ソレだけの理由なのか?)




 ――そして放課後。


 萌木瑠琉奈は、職員室前の廊下の壁に貼り出された追試試験の結果表を眺めた状態で、再び固まっていた。


(ゼ、ゼンブ落ちちまったッ! 夏休み中、見事に補習づけだ。やっぱりオレはバカだ……)


 勉強が出来ない事自体もそうだが、三教科ぐらい何とかなるとタカをくくっていたのがそもそもの間違いというかバカだった事に気付く瑠琉奈。

(これじゃあ、まるで遊べねえ。ビンボーだから、バイトもかなりしないといけねーし……。間違っても星崋に、『お金、貸しましょうか?』なんて台詞を吐かせちゃいけねえ。もしそうなったら、『親友』ではいられなくなっちまう)

 補習も真面目に受けないと……このままだと、ダブってしまう。もう一年余分に学費を払うコトなんて、出来るワケがない。せっかく交通費のかからない近くの高校に、死ぬ程ベンキョーして補欠で滑り込んだのに。しかも、星崋と一緒の学校に。


(ガッコー、辞めたくねえ。でもこれじゃあ夏休み中、アイツと、逢えねえ……)

「うぐ…………」

 声にならない声が喉から出て、瑠琉奈は唇を噛む。すると、


「よう瑠琉奈! どしたぁー? シケたツラしちゃってよー、美少女台無しだぜ~?」


 後方から聞こえた聞き飽きた軽薄な声に、瑠琉奈はチッと舌打ちをした。

「俺たちバカは仲良く夏休みは補習じゃねーかよー、嬉しくねーのかぁー? なあ瑠琉奈」

「一緒にすんなバカ白鳥! オレも重度のバカだケド、オマエは軽薄なバカだ」

「? よく分っかんねーけど、違うって言いたいのは分かるぜ?」

「けッ! テメエは女の尻追っかけてる時間が減っちまうケド、ソレで嬉しいのかよ?」

「俺はお前と一緒にいられれば、ソレだけで幸せだぜー?」

「キモい。いっぺん死ね」

「まあ、いつもの挨拶はこれぐらいにして」

「……! ホントに死にやがれ、オマエ」


「瑠琉奈お前……紫音たちと海へ行ったろ? 俺をハブにして」


「――ッ!?」

(ち、やっかいなヤツに知られちまった。コイツはアイツの友達らしいから、仕方ねえが)


 瑠琉奈は苦虫を噛み潰した様な表情で、

「シオンから聞いたのか?」

「聞くも何も、俺は昨日の夕方に駅でお前らを見かけたんだよ。海方面の電車から降りて来たしー、カッコウも海帰りっぽかったしー、しかもお前らそろってちょっと日焼けしてやがるしー。まあ、休み時間に紫音をトイレに拉致監禁して、ゼンブ吐かせたけどなー」


「……オイ。アイツに酷いコトしてねーだろうな?」


「してねーよ、ちょっと羽交い締めにしてくすぐっただけだぜ? ……しっかし今日はイロイロ驚いたなぁー。イオちゃんは熱出して休んじゃうしー、星崋ちゃんの方は髪をバッサリ切ってくるしー。しかもプールの授業に初めて水着で……ウヘッ」

「テメエ! その腐った眼と濁った心で星崋を見てんじゃあねえッ!」

「オイオイそんなに睨むなよ、仕方ねーだろー? あんなプレミアムなモン見せられたら誰だって脳内保存……オイ! 止めろ、俺が悪かった!」

「記憶が飛ぶまでボコってやろうか?」

「分かった! 忘れる! 忘れるから! ……でもな、俺が一番驚いたのは――」

「何だ? 気色悪くニヤけやがって……」



「あの難攻不落の『鋼鉄の瑠琉奈』が、『植物系の紫音』に、惚れちまってるってコトだ」



「―――なッ!? なななななななななななななななななななななななななななッッッ!?」


「うおッ!? メチャクチャ赤くなりやがった、図星か!? 紫音は決定的なコトは何も言ってねえぞ!? 俺はお前の言動から判断して……しっかし、分っかりやすいなーお前?」


(どどどど、どうする? よりによってこんなヤツにバレちまった! バカなオレは、もう上手く取り繕うコトなんか出来やしねえ!)

 瑠琉奈は真っ赤な顔で伏し目がちに白鳥の方を向き、プルプルと震える両の拳をぎゅっと握りしめながら、こう答えた。



「……わ、悪いか、よ……?」

 


「み!? 認めやがった……ッ! お、驚いた、今世紀最大のビッグサプライズ――」

 その時、職員室の扉がガラガラッと開き、

「うるさいぞお前ら! 職員室の前で何をダベっとるか! 下校時刻だぞ早く帰らんか!」

「うわッ、生活指導の!? ハイスンマセ~ン今帰りまーす! ってオイ、待てよ瑠琉奈!」


 瑠琉奈は猛ダッシュで教室へ戻って自分の鞄を掴むと、そのまま下駄箱へと直行。素早く靴に履きかえ、校門を一気に駆け抜けた。

「おーい! 待てよ瑠琉奈ーッ! 待ちやがれーッ!」

「付いてくんなバカ白鳥! つ、付いて……」

 そう言いながらも瑠琉奈は、路上に立ち止まった。そして前を向いたまま振り返らずに、

「オマエ……オレを笑いたいんだろ?」

「ゼエゼエ……は?」


「こんな男みたいな性格をしたオレがッ! 女みたいな顔をしてるとはいえ一応男のシオンを、す、すす好きになっちまうなんてッ! 面白過ぎて、笑いモノにしてーんだろッ!?」


 むこうを向いたまま俯いた瑠琉奈の肩が、小刻みに震えている。そして白鳥は――

「そんなコトねえ! ゼエ、そんなコトねーよッ!」

「……ウソこきやがれッ!」


「ウソじゃねえ! ホントだ! ゼエ、ホントはちょっと嫉妬……、いや、でも俺は、ゼエ、お前と紫音の共通の『親友』として、そしてお前に、『鋼鉄の瑠琉奈』に最初にフラれた男として、お前らに“協力”してーんだよッ!」


「…………」

 少しの間があって、瑠琉奈は振り向いた。泣いてはいなかった。『鋼鉄の瑠琉奈』は決して悲しくて泣く事は無い。でもその瞳は、ほんの少しだけ潤んでいた。

「ゼエ……。紫音はお前をハッキリ『好きだ』とは言ってねえけど、気にしてるのは確かだ。アイツはいいヤツなのに全く女っけがねえ。だから俺は何とかしてやりてーんだよ」

「ホ、ホントか……?」

「ああ。でもアイツには、色仕掛けとか通用しねえだろー?」

「そう……かも……しれねえ」

「そこで俺が考えた作戦は……、オイ瑠琉奈、耳貸せ」

「ヤだね。フーッて息吹きかけたりすんだろ?」

「なッ! 何でバレて……!? 仕方ねー、周りに誰もいねーし、このまま話すぞ?」

「最初からそうしやがれバカ」

「ぐ……あのな、こういうのはどうだ―――――――――」


 白鳥が伝授したのは、特に“作戦”と呼べる程ヒネリが効いた物ではなかったが、

「そ、それは……!? い、いけるかもしれねえ……ッ!」

「だろー? 補習もその日は休みだろーし、バイトが忙しくっても、一日ぐらい何とかしろよー。……でもよ、その前に一つ、ちょっとばかり気になる事があるんだがよー……」

「何だ? もったいぶらずに話しやがれ」


「星崋ちゃんが……髪を切ったろ?」


「―――ッ!」

「紫音との会話を横から聞いた限りじゃー、単に暑いから切ったっていうコトだけどよー」

「それは……オレもそう聞いた」

「そーか。でも、何か引っ掛からないかー? だって古今東西、女の子が長い髪をバッサリ切っちまう一番の理由って、“失恋”だろー? そんな大事件、最近あったのかー?」

「そ、そんなハナシ、ききき聞いてねえ……ッ」

(――まさか。それは、まさか――――――)



「じゃあやっぱり、星崋ちゃんも――『氷の星崋』も紫音のコト好きだったのかなー? でもお前に遠慮して、キッパリ諦めた。そして髪を切った、とかー?」



「――――――ッ!!」

 瑠琉奈は、ガツンとハンマーで頭を殴られた様な気がした。そして頭の中で、必至にそれを否定する言葉を探す。

「そ、そんなワケねえッ! アイツは、星崋はオレに、『紫音くんはただのお友達です』って……。アイツがオレにウソつくハズはねえ! 第一、星崋はシオンの告白を断っちまってるじゃねーかッ! 憶測でヘンなコトぬかすんじゃねえこのバカ白鳥!」

「……そうか、そうだよなー! 悪い、俺の考え過ぎみてーだ、忘れてくれ! でも気になるんなら、星崋ちゃん本人にでも確かめといてくれよー。お前ら親友なんだろー?」

「お、……おう! そうするぜ……ッ!」


 そう気丈に答えたつもりの瑠琉奈の視線は――あてもなく宙を彷徨っていた。




 陽の長い真夏の空の下。瑠琉奈は自宅のボロアパートにひとりとぼとぼと帰り着いた。


 物を大事にする瑠琉奈にしては珍しく鞄を四畳半の和室に放り投げ、六畳のキッチン兼食堂兼居間に座ると卓袱台(ちゃぶだい)にばったりと突っ伏した。

「……暑い……」

 瑠琉奈は再び立ち上がって部屋の窓全てを全開にすると、古くてカラカラ音のする扇風機をオンにし、再び卓袱台に突っ伏す。そして親友と自分の想い人の関係について、思考を巡らす。


 ――どうして。


 本当に星崋が紫音の事を想っていたのなら、何故その告白を断ったのか?

(こんなコト――星崋本人に訊いても、オレに気を遣って本当のコトを話してくれないかもしれねえ。アイツは、そういう優しいヤツだ。……考えろ、考えろオレ。その足りねえ頭で。オレは真実が知りたい。こんな気持ちのままじゃあ、とてもいられねえッ!)

 そうして真剣に思索する瑠琉奈の視界に、ふと“あるモノ”がチラリと入る。

「ゔをッ!? あ、アッブねえ……ッ。ま、まさか、親父に見つかっちまってねえよな?」


 隣の和室にある本棚……教科書の列の隙間から、あるモノ――アルバイト先の新聞配達店で回収した古雑誌の中から拝借した、瑠琉奈秘蔵の大人の教科書(内容は百合)が、かすかに顔をのぞかせていた。


 それは、『瑠琉奈ちゃん、古新聞と古雑誌の回収ご苦労様。ご褒美に好きな雑誌持ってっていいよー』という新聞配達店のご主人のお言葉に甘えて選択した、女の子らしさ研究用のティーンズ向けファッション雑誌の間に、何故だか、偶然、不思議なことに、ひょっこりと挟まっていた一品だった。


 ――本当に。偶然。


 決して誰にも気付かれない様に間に挟んでこっそり持ち帰った訳ではない。

 “女の子”が、そんな事する訳がない。

 行動パターンがまんまアナログ時代の男子高校生な瑠琉奈は、慌てて本棚に歩み寄り教科書を隙間無く並べ直して、その奥にある“瑠琉奈トップシークレット”の一品に参考書のカバーを掛け直し、本来の偽装状態に戻したその時――彼女の脳裏に、ある星崋の言葉が甦った。


『紫音くんは、“えっち”だから――』


 たしかにアイツは、無自覚っぽくそういう事をする時がある。

 でも自分を見る時は、真っ直ぐに眼を見てくれる。他の全ての男どもは、まず胸をガン見するというのに。

 さらにあの時。シャワー室の中で、紫音は決して眼を開けなかった。

(アイツは“えっち”なんかじゃねえ。でも、星崋がウソをつくとは思えねえ。じゃあ何故――?)

『妹のイオさんの胸を触って―――』

(――そうか!)

 紫音は、ソレはたまたま躓いてしまった為の事故だと言った。

 しかしソレを見た星崋は、完全に誤解して、


 ――シオンが好きだったのに、告白を断った――


(おそらく、その後星崋はオレの気持ちに気付いてから、自分のココロを押し殺してまでオレがシオンと上手くいく様に……)

 それでも尚、消えない気持ちに区切りをつける為に――髪を切った。

(バカだ。オレは筋金入りのバカだ! いや、鋼鉄入りのバカかもしれねえッ!)

 自分はそんな星崋の気持ちも知らずに、自分のコトだけを考えて、ひとり浮かれていた。


 考えてみれば。星崋が普通に接して会話出来る男は、知りうる限り現在地球上に紫音たったひとりだけ。好きになるのも当然、いや必然的にそうなるだろう。そうなるべきだ。

 だって彼女にとって――それは運命を変えてくれるハズのコトだから。

(でもそれは、オレにとっても……)


 ――ああ、まさか。星崋と自分の『運命のヒト』が――同一人物だったなんて。


 なんて、残酷。

「いったいオレは、オレはどうしたらいいんだ? なあ、『レックス』…………」

 彼女は昆虫ケースの中のペットに語りかけるが、彼はただ美味しそうにカップに入った昆虫ゼリーにありついているだけで、当然何の返事もありはしなかった。




 ――翌日。


「ただいま、イオ。起きてる?」


 ひとり学校から帰宅した紫音は、今日も休んでしまったイオの部屋のドアを開ける。

 すると……、イオは青地に白い星柄のパジャマのままベッドから身を起こし、ぼんやりと窓の外を眺めていた。


「コラ紫音! ダメだゾ? 乙女の部屋に入る時はノックぐらいしないト! 減点一!」

 いつから減点制になったのだろうと首を傾げつつ、紫音はベッドの側の椅子に腰掛ける。

「ご、ごめん。でも、元気になったみたいで良かった。キッチンに用意しておいたお昼ゴハン、食べた?」

「ウン! 美味しかったヨ」

「そう。それで、熱はもう下がったの?」


「ワカラナイ。ネエ紫音……計ってヨ、熱」


 イオは両手で前髪をかき上げると、上目遣いでその可愛らしいオデコを突き出した。

 紫音は一瞬だけ躊躇したが、直ぐに自分の額をイオのオデコに突き当てる。

 同じ様な、顔とカオ。

 イオの星の様に輝く瞳を眼前にした紫音は、何故だかとても懐かしい気分になった。


「僕と同じくらい。うん、もう熱は下がったみたいだね」

「ホントカ!? じゃア、さっそく作戦を再開……」

「駄目だよイオ! もう一日くらいは安静にしてないと」

「チェッ、ナンだヨー! 今日で学校終わって明日カラ夏休みダロ? さては自分ダケ遊ぶ気かコノーッ!」

「わーっ!? 安静に安静にっ……そうだ! これイオの」

 紫音は慌てて傍らの鞄の中から取り出した、白い紙の冊子をイオに手渡す。

「オオ!? 紙の通知表カ、レトロだナ! えート、どれドレ……」

 イオは嬉しそうに、ベッドの上で自分の通知表を覗き込む。


「凄いねイオは。まだ学校に来て間もないのに、そんないい評価を貰えるなんて」

「まーナ! エヘヘのヘ……って紫音! あたしの通知表、先に覗いたナァーッ!?」

「えっ!? だ、駄目だった?」

「紫音のも見せてヨ♪」

「えと、それは…………その」

「イイカラ見せろコラーッ!!」

「う、うわっ!? 止め―――」


 ――ピルルルルルルルルル!


 ベッドから飛びかったイオが紫音を床に組み伏した所で、ものすごくオーソドックスで味気ない、持ち主の地味なパーソナリティを具現化したかの様な携帯電話の着信音が鳴る。

「チェッ! イイトコロデ……。でなヨ紫音」

「うん…………あ」

 ポケットから取り出した携帯電話に表示された名前を見て――紫音は固まった。


「誰……? ア!? セイカ……ッ!」


「う、うん。そうみたいだね」

 イオは馬乗り体勢のまま、少しの間紫音をじっと睨んでいたが、

「……イイヨ。でなヨ紫音。怒らナイカラ」

「わ、分かった。……もしもし、双芭さん?」

『あ、刻任くんっ? ご、ごめんなさいっ! 今……大丈夫ですか?』

「えと、大丈夫……みたいだけど……?」

 眼前で、がるるるルル……と唸るイオにびくびくしながら、紫音は答えた。


『あの……突然ですけど、今から刻任くんのお家にお邪魔しても……よろしいですか?』


「うん。……えええぇぇえっ!?」

『あっ、あのっ、瑠琉奈さんも一緒ですっ! イオさんのお見舞いに……』

「あ。そういうコト? だったら是非来てよ! イオも待ってるよ」

『ホントですか? じゃあ今からふたりでお邪魔しますので、また後ほど……』

「うん。じゃあまた後でね」

『はい、それでは』


 ぷつっと電話が切れると共に、紫音は激しく胸ぐらを掴まれた。

「オイコノ色男。いつもあたしに隠れテ、セイカといちゃイチャ電話してたのかヨ?」

「ち、違うってば! 双芭さんと電話で話すのは……これで二回、いや三回目かな?」

「フン。マア、ソノタッチパネル式原始携帯電話を買ってからの履歴はゼンブ調べたカラ、知ってるケド」

「え!? いつの間にそんなコト……?」


 ピンポーン!


「うわっ!? 早っ! もう来ちゃったよ!?」

「フフフのフ! 飛んで火に入る夏の巨にゅ……イヤ、『究極(アルティメット)豊乳遺伝子(ブリースト)』&オジャマ虫だヨ紫音!」


 不敵に笑うパジャマ姿のイオに……紫音は不安を隠しきれなかった。



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