消滅のご子孫さま
第十二章 消滅のご子孫さま
「あ………………ああ………ああああああああああああああああああ……………………」
脳内で、シナプスが急速に繋がる。忘却していた過去の記憶が、鮮やかに甦る。
そう、そこに居るのは、自分の、分身。
「い…………………………………………『委音』!」
白枠に黒の星形の髪留めがされた、紫音よりいくらか長く艶やかな、髪。
漆黒の星々を散りばめた様に輝く、睫毛の長い、瞳。
この世に一緒に生を享け、その魂を分けた、半身。
そう。それは美しく同い年ほどに成長した、“双子の妹”。
『黒乃時空管理局』のエース――『ダークライオン』刻任委音は、永らく生き別れていた自らの半身へ向けて、まるで天使の様な微笑みを魅せた。
「――久しぶり、お兄ちゃん。思い出してしまった様だね。ボクも今、お兄ちゃんの顔を直に見て、完全に思い出したよ。あ、膝の怪我、大丈夫? その程度なら、ボクが治してあげるよ? ………………そう、父さんと母さんは、元気?」
「シオンのヤツ、帰って来ねえなあ。『ここで待ってて』って言ったきり消えちまったケドよ。イオの方も心配だな。あの黒すけ、相当つえーぞ? 一体ナニモンなんだろうな? ブッ倒れてるツレの方を叩き起こして訊いてみっか?」
「その必要はありません、瑠琉奈さん。おそらく、不正なタイムスリップを取り締まる未来の組織から派遣された、刑事の様な方でしょう」
落ち着きを取り戻した星崋は、冷静に応える。
「ホントか!? ナンで解るんだよ星崋?」
「タイムスリップが可能であるのなら……逆に個々人が勝手に過去未来を行き来して歴史が変わってしまわない様に法が制定され、監視・取り締まりをする組織が必須になる筈です。そして違反者であるイオさんとリオさんはその組織から追われている――といったところでしょうか?」
「そ、そうか……。やっぱスゲーなオマエは、ナンでも解っちまうんだな!」
「そんなコト、ありません…………瑠琉奈さん」
まだ気を失ったまま倒れている長月と神無月の間に座り、そのふたりの手を握りながら、星崋は思う。
(それがテスト問題であるのなら。たとえハーバード大学やマサチューセッツ工科大学の入試問題でも、たとえ神様が創った難問でも、どんな問題でも解いてみせます。……でも。恋愛に関する問題だけは。いくら頭をひねってみても、さっぱり解りません)
幼い頃から、異性との関わりを避けてきた弊害なのだろうか?
(紫音くんは、わたくしと瑠琉奈さんの、いったいどちらの方が好きなのでしょうか? その答えを知ることは、とても怖いことです。でもわたくしは――その問題を、解きたい!)
「ちッ! やっぱダメだ! このリオを縛ってやがる黒い稲妻の糸は、触れようとするとビリビリしやがってどうしようもねえ。やっぱあの黒すけを探し出してブン殴って解かせるしか……。はは! ナンか、オレたちの告白どころじゃなくなっちまったな!」
「その必要もありませんし、そんなコトもありません。瑠琉奈さん」
「? ナンでだ?」
「あの方は、間もなくここへ戻って来るでしょう。その組織の使命には、異変をきたした歴史の修復も含まれている筈です。いくら違反者を罰しても歴史は元には戻りませんし、修復作業の方が優先されるのなら、わたくしたちの告白はその為に必要不可欠な――」
「――“正解”だよ、『氷の星崋』。いや、さすがは『究極★頭脳遺伝子』――――」
「「――――――!?」」
突如声のした方を星崋と瑠琉奈が振り向くと、そこには――――――
「だ…………ッ、ダレだッ!? オマエ……!?」
みっつ並んだ、同じ顔。
混乱した瑠琉奈は、それぞれが誰であるかを順番に確かめる。
真ん中は、気を失っているイオ。暗くて良く見えないが、外傷は無さそうだ。
そして右側は、イオに右肩を貸して立っているシオン。同じく、無事な様子。その落ち着いた様子からして、イオは大丈夫なのだろう。
このふたりの顔が同じなのは、知っている。――――――――――――しかし!
(その左側で、イオに左肩を貸して立っているのは、いったい――ダレだ!?)
リオはここで、稲妻の網に捕らわれたまま気絶している。
(じゃあ、そのダークライオンと呼ばれた黒すけと同じボディスーツを着て、シオンと同じ顔で、でもいくらか髪が長いその、げ、激カワな娘は…………ッ???)
そしてシオンとその同じ顔をした誰かは、イオをゆっくり丁寧に石の階段に座らせた。
「な……っ? ま、まさか、あ、あなたは紫音くんの……本当の双子の、い、妹さん?」
「まッ!? …………………………………………マジ、か!?」
「――本当に凄いね、『究極★頭脳遺伝子』双芭星崋。その通りだよ? ボクがこの時代に存在した痕跡は、キレイに消したつもりだったけど。それと……えーと、君の“ソレ”も本当に凄いね、『究極★豊乳遺伝子』萌木瑠琉奈。正直、羨ましいよ」
「なあ星崋、前にイオも言ってた気がすんだケドよ、“ぶりーすと”ってどういう意味だ?」
「……む、胸です……」
「ナンだとこの黒すけッ!? 表に出やがれッ! って、浴衣の上からじゃ、そんなに分かんねーだろッ!? それにテメエだって、そこそこありそーじゃねえか!?」
「ルルナさん! ちょっと話を聞いて……」
「――あはははは。とにかく初めまして。ボクの名前は――『刻任委音』。こちらの時代で小学生だった頃、時を司る未来の機関『黒乃時空管理局』にヘッドハンティングされてね。まあ、そういう組織が存在する事は、さっきの『究極★頭脳遺伝子』からの説明と同様に、予想していたけど。そしてこのボクを、スカウトしに来る事も」
「タイムスリップが……将来可能になること自体もですか?」
「――うん。だって、昔から魔法だの奇跡だのオーパーツだのって騒いでいるのは、みんな科学技術の進んだ未来の人間が過去にジャンプして行った事だろ? 例えば、ボクらがこの時代で《マキナ》を行使すれば、それは魔法みたいに見えるよね? 宇宙船ごとジャンプして来れば、それはUFOだと思うよね? そう考えれば、この世の不思議は大抵説明がつく。だからそう、時間の跳躍は、いずれ可能になると」
「その通り……ですね」
「――そう。そして実際――全くその通りだった」
「オイ、イオンとやら。ムツカしー話はもういいから、リオの縄を解きやがれ!」
「――せっかちだね、萌木瑠琉奈。それは、君たちをこの場に留まらせる為でもあったけど、もうその必要は無いね。これで、いいかい?」
委音が左手の指を素早く動かすと、これまでリオを拘束していた稲妻の網が、ぱしっと一瞬でかき消える。
「ああ、とりあえずいいぜ。でも一発殴らせ……ん? “君たち”って、オレと星崋か?」
「――もちろんだよ。ボクが何故例外的に、自分の正体とこの世の理を君たちに明かしているかというとね――」
そこで委音は、星崋、瑠琉奈、そして最後に紫音に向けてその視線を動かした。
「――君たちが、この歴史的異変の当事者だからだよ。先に『究極★頭脳遺伝子』が解答したとおり――『平行宇宙』の問題解決の為に、お兄ちゃ、いや、刻任紫音に、双芭星崋か萌木瑠琉奈のどちらかだけを“将来の伴侶”として選んでもらう為だよ」
「―――――――――――――――――――――――――――なッ!?」
萌木瑠琉奈は、絶句した。
まさか、まさか自分と星崋の告白が、こんな一大事になるなんて。
(そりゃあ、今まで男と一切恋愛が出来なかったオレと星崋にとっちゃあ、元から一大事だったケドよ。でもこんな、こんなバカげたデカいスケールの話に……ッ? しかも)
「ちょ、ちょっと待ちやがれッ! じゃ、じゃあ、選ばれなかった方の世界はどうなるんだ? 選ばれなかった方の子孫は、いったいどうなっちまうんだよッ!?」
「――消滅する。キレイさっぱり」
「てッ!? テメエ――ッ!!」
「ルルナさんっ!?」
ばシィィィッ!
紫音の制止も聞かず、瞬時に踏み込んで繰り出された『鋼鉄の瑠琉奈』の右拳を、委音は涼しい顔で左手の平で受け止め……たかに見えたが、僅かにその端正な顔を歪め、
「――イイ拳だね。でも落ち着きなよ、『鋼鉄の瑠琉奈』。女の子らしくなりたいんだろ?」
「ぐ、な、なんでソレを!? ……って、そんなコトはどうでもいい! 人間を、ヒトの子孫を、たやすく“消滅する”なんて切り捨てるんじゃあねえッ!」
「――でも、これが“最善の手段”なんだよ? 誤解してもらっちゃあ困る。僕は君たちを救いに来たつもりなんだけどね? だからそれを邪魔しようとする面子には、当事者も含めて全員眠ってもらった。まあ、少々興奮して強引にやりすぎたかもしれないけれど」
「? どういうコトだ? サルでも分かる様に易しく説明しやがれ!」
少しだけ平常心を取り戻した瑠琉奈は、拳を引いて委音から距離をとる。そして、
「――このままだと、君たちふたりの未来――刻任イオとリオ、双方とも消滅する」
「「―――――――――――――――!?」」
この委音の言葉には、瑠琉奈だけでなく星崋までもが絶句した。一方紫音の方は、ここまでは委音から聞かされていたのか、神妙な面持ちで次の説明を待っている。
「何故ならね、歴史っていうのは『自然治癒能力』があるんだ。何らかの要因で歴史が曲げられると、浄化作用が働いて――『平行宇宙』の場合、弱い方の宇宙が破綻して淘汰される。歴史上の出来事に異説や様々な解釈があったりするのは、多くはこの名残だよ。源義経のジンギスカン説とかね。まあ、ボクら『黒乃時空管理局』の存在自体も、歴史の『自然治癒能力』に含まれるのかもしれないけど。でもね、例外的に君たちの『平行宇宙』は双方互角で、百十年以上も続いてしまっているんだ。そしてその場合、どういう事態が引き起こされるかというと――」
「イ、イオっ!? リオっ!?」
突然、紫音が大声を張り上げる。瑠琉奈と星崋が振り向くと、気絶したままのイオとリオの姿が――うっすらと白く透けて、ゆっくりと消え始めていた。
「イオさんっ!?」「リオッ!?」
三人は石の階段にもたれかかっているイオとリオの側に走り寄り、懸命に抱き起こそうとするが、
「くっ、ダメだ! 透けちまって、触れねえッ!」
「そ、そんな……!」
「イオ…………リオ…………」
「――遂に、始まってしまったね。そう、歴史は双方を淘汰し、第三の新しい宇宙『ネオユニヴァース』を創造してそれを唯一の正史にしようとするんだ。だけど、今ならまだ間に合う! 他に選択の余地は無いよ。『刻任イオのいる未来』と、『刻任リオのいる未来』。どちらか一方を救いたいのなら――選ぶんだお兄ちゃ、いや刻任紫音! 『双芭星崋』か、『萌木瑠琉奈』か! それとも―――――――――」
――?
『黒乃時空管理局』のエース――『ダークライオン』刻任委音は、何故自分がそんな矛盾した事を口にしたのか理解出来なかった。『他に選択の余地は無い』と自分で言っておきながら。
(それとも――――――何?)
まさか。
(その想いは、あの時に封印したハズ。この時代の記憶と共に全てを捨てた、あの時に)
自分が“女”であるという意識さえ捨てた、あの時に。
この世に共に生まれ落ちて以来、ずっと寝食を共にした実の兄を捨てた、あの時に。
だってそれは禁忌。だってそれは絶対不可侵領域。だってそれは決して成就しない――
(――それとも、わたし? わたしと新しい未来を創る? お兄ちゃ―――――――)
しかし。
刻任委音は、紫音の視線の行き先を見て、悟った。
(お兄ちゃんは、わたしを見ていない。そしてその視線の先にあるのは――)
「双芭さん、ルルナさん」
刻任紫音は、ふたりの名を呼んで立ち上がった。
「はい、紫音くんっ」
先に立ち上がったのは星崋。そして、紫音より先に――
「紫音くんっ。一度あなたの告白を断ってしまったのは、紫音くんとイオちゃんの仲にヤキモチを焼いてしまったからです。でも、わたくしにもう一度チャンスを下さい。あなたと初めて出逢い、あなたと最初にお話出来たその瞬間から……ずっと、ずっとあなたのことが好きでした。あなたと視線を交わす度に、わたくしの胸の鼓動は高まります。あなたと言葉を交わす度に、わたくしは自分が生きているのだと実感します。たとえ未来のことがあってもなくても、わたくしにとってこれが最初で最後の恋です! ですからわたくしを――紫音くんっ! あなたの“将来の伴侶”にして下さいっっっ!!!」
そして星崋は、ぎゅっと両眼をつむってその右手を紫音に向けて差し出した。
その様子を、呆然と見上げていた瑠琉奈は思う。
(――驚いた。星崋のヤツ、何て度胸だ。何て肝の据わり方だ)
自分の未来と子孫の存在が懸かっているというこの土壇場で――サッカーに例えるなら、ワールドカップ決勝、延長戦後半アディショナルタイムの様なギリギリの精神状態の中で。
(自分の想いを、一字一句間違えずに真っ直ぐに述べやがった。たいしたヤツだ。やっぱりコイツはタダのお嬢様じゃあねえ。タダモノじゃあねえ。しかも、『これが最初で最後の恋』だなんてなかなか言えるモンじゃねえ。オレたちはまだ十五歳だ。半分子供のまだケツの青いガキだ。内緒だが、オレはまだホントにちょっと青かったりするいや何でもねえ)
この年齢で、生涯のパートナーを決めてしまうなんて。
この先の長い人生で、まだどんな出逢いが待っているかも分からないのに。
――でも。
(星崋とオレの場合。そんな出逢いはもう二度とねえ。多分ねえ! いや絶対にねえッ!イオとリオの存在が、何よりその証だ。星崋にとって、そしてオレにとっても『これが最後の恋』。そしてオレも、自分の想いと夢と未来と子孫の存在を護りてえッ!!)
瑠琉奈は意を決して立ち上がり、星崋の横に並ぶ。そして――
「おいシオン! ……じゃあなくって、え、えーっと、シ、シオン、くん? そ、その、オレ、いや、わ、わわわわわわわわわたしは、は、はははははははははじめて逢った時から、あ、あなたのコトをかっ、可愛いと…………………じゃねえッ! やいシオン! オレはテメエが好きだッ! どうしようもなく好きだッ! だからこのオレを! テッ、テメエの“将来の花嫁”にしやがれッッッ!!!」
………………………………………………………………うわあ。
(やっちまった。最悪だ! まるでワールドカップ決勝、延長戦後のPK戦、最後のキッカーでゴールを外しちまったみてえな気分だ。さんざん噛みまくった挙げ句――何だ? 『オレをテメエの嫁にしろ』だって?)
紫音は以前、『そのままのルルナさんも……』と言ってくれていたのに。
(それでもオレは、 “女の子”になりたくって。でも結局“女の子”になんて、なれやしなかった)
女の子らしいバイトをしても、綺麗な浴衣に身を包んでも……ダメだった。
(すまん、リオ。オレは、ダメな先祖だ。オレがバカなせいで、オマエは――――――)
萌木瑠琉奈は、生まれて初めて本気で泣きたい気持ちになり、その垂れた眼をつむる。
(もしかして、これまでオレがフってきたヤツらも、こんな思いを……?)
これまでの『鋼鉄の瑠琉奈』は、どんなに辛い時でも決して泣いたりはしなかったのに。
両膝ががくがくと震え、両の瞳にじんわりと、冷たい涙の粒が滲む。
その、時。
瑠琉奈の片手を、隣に立っていた星崋が、ぎゅっと握りしめた。
その星崋の小さな手は、瑠琉奈と同様――ぶるぶると震えていた。
(!? ――そうか! 星崋だって、怖いんだ。それなのにコイツは、勇気を振り絞ってあんな大胆な告白を……。そうだ。オレだってまだダメだって決まったワケじゃあねえッ!)
実際に紫音は、自分に告白しようとしてくれていた。
(眼が覚めたよ、星崋。たとえこの結果がどうなろうと――オレとオマエは、絶対に永遠に親友だからな!)
そして瑠琉奈は眼をつむったまま、空いている左手を紫音に向けて差し出した。
そんな様子を、徐々に薄れていく意識の中、イオは薄眼を開けてぼんやりと眺めていた。
こんなトコロで消えてたまるカ――と思う。
デモ、もういいカナ――とも思う。
その脳裏に、この時代に来てからの楽しかった日々と、最後に自分を救ってくれた紫音の姿が、走馬灯の様に浮かぶ。
そもそもこうなったのは、自分が撒いた、種。こうなるコトも、少しは予想していた。
イオは、少しずつ星屑の様に分解されていく己の姿を見つめる。
これまで幾多の《マキナ》を紡いで来たその指先は、今はもう、ほとんど動かない。
いったい自分は、この手で何を掴みたかったのだろうか?
(モウ、涙さえでないヨ―――――――――――――――紫音)
その、時。
イオの片手を、隣に横たわっていたリオが、そっと握りしめた。
既に現世との境界があやふやな者同士。透過してもおかしく無い筈なのに。
もう満足に身体が動かないイオは、直ぐにリオの方を向く事は出来なかった。しかし自分と同様、朦朧としながらも意識がある様子はその手から感じられた。そして――まるで双子間のテレパシーの様に、握った手を通じてリオの意識がイオの脳内に転送されて来る。
――オイ! ウチの別宇宙の分身。
全ク、とんでもないコトになってまったナ?
もちろんウチハ、こんなトコロで消えてまうつもりは毛頭ないデ。
でもコレはお互いニ――まさしく自業自得ってヤツヤ。
先祖を取っ替えようなんて大それたコトしよるカラ、バチが当たったんやナ。
そいでもナ。
どちらかが消えテ、どちらかが残ってもソレハ――自分自身カ、理想の自分。
せやからナ―――――――――――――――
刻任イオは、最後の力を振り絞って刻任リオの方を向く。
その霞む視界の中で。
まるで月の雫の様に、徐々に闇夜に溶けていくリオは。
こちらを向いて、微かに笑っていた。
『――――――たとえどっちが残ってモ、恨みっこナシやデ? ――――――――』
ここまで読んで頂いて、誠にありがとうですっ! ちょっぴり寂しいですが、このお話も残りあと三話でフィナーレとなります。もうここまで来ちゃったら、この勢いで最後までっ! 各キャラクターの迎える結末をご覧になられますよう、よろしくお願いいたしますっ!




