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エンジュは、困ったなと小さなため息を吐いた。







 エンジュ・フォーゼットは、その名が示す通りフォーゼット家の娘だ。しかし、フォーゼットの血は引いていない。もとは捨て子だったのだという。ある夜、フォーゼット家の前に捨てられていた赤子を、フォーゼット家の末娘が拾ったことによって、その赤子はフォーゼット家で育てられることになったのだ。


 フォーゼット家は貴族であり、爵位は伯爵とそこそこであるが、現フォーゼット家当主は陛下の右腕と称されるほど王に信頼されており、今をときめく貴族のひとつだ。

 そんなお貴族さまに、なぜどこの馬の骨ともしれないエンジュが養子として育てられることになったかは、フォーゼット家当主が娘を溺愛する親ばかで、そしてまた、妻のことを何よりも愛している愛妻家であったことに所以する。


 マリア・フォーゼットはフォーゼット家の第三子として、この世に生を受けた。

 母譲りの美しい金髪に、父譲りの深い青の瞳を持った彼女は、フォーゼット家初の女児であるということもあって大層可愛がられた。


 周りの大人たちに溺愛されて育ったせいか、ちょっとおませなところがあったマリアは、5歳の誕生日には妹が欲しいと言い出した。

 マリアには歳の離れた兄二人しかおらず、妹も弟もいない。弟もいいけれど、妹がいればドレスだとか靴だとかそういった身の回りのものを姉であるマリアが選んであげることができるし、お揃いのドレスを着てお出かけすることだってできる。なんて素敵なんでしょう、とマリアは思ったのだ。


 蝶よ、花よ、と育てられていたマリアはすぐに自分の希望を侍女頭に言ってみた。

 すると、侍女頭はなんとも形容しがたい表情をしてみせてから、ご当主様に言われたらどうでしょうか、と言ったのだ。

 新しい子どもができるのだから、それは家長たるお父様に言わなくてはだめよね、そうよね、なのに侍女頭に先に言っちゃうなんて、わたしもまだまだね、なんてそんなことをマリアは考えて、侍女頭の言葉に、そうね、と頷いたのだった。



 目に入れても痛くないほど愛している親ばかであるエミリオ・フォーゼットはマリアのお願いに表面上はにこにこ笑いながら、これは困ったことになったぞ、と内心では汗をかいていた。

 エミリオは妻であるユマを心から愛していたから、彼女と子づくりに励むのが嫌だというわけでは当然ない。

 ない、のだが。

 問題はユマにあった。

 ユマはマリアを産んだ後、とある病気にかかり、子どもができない体になっていたのだ。幸いすでに男児が二人に女児が一人おり、跡継ぎなどでもめることはない。強いていえばいつかは可愛い可愛い娘を嫁にやらなければならないというのが業腹なことで、婿養子をとったほうがいいのではないか、というのが最近の懸案事項だ。


 側室なんてもつつもりもないエミリオにしてみれば、奥さんが子どもを産めないのであるからマリアのお願いは聞いてあげられないことになる。

 だがあの娘のことだ。そう簡単には諦めず、なにかしら突拍子もないことをしでかすに違いない、と子煩悩な割には案外実子のことを理解しているエミリオはこれから起こる出来事を想像して背筋がぞっとした。

 いちばんいいのはマリアに妹をあきらめさせることである。しかし、彼女はそう簡単にあきらめたりしないだろうし、忘れたりもしてくれないだろう。普段は彼女の聡明さには感心するばかりだが、こういう場合はちょっとばかし困る。

 もっともすばらしい解決策はないだろうか、とエミリオが頭をひねっていた矢先に、あの日がきたのだ。




 その日は珍しく家族五人でのお出かけだった。

 エミリオが忙しいのはもちろん、息子であるレンドリアとクリストフもそれぞれ文官、武官として働いており、三人の休みが重なることは、あまりない。そこでせっかくの休みだから、と家族でオペラを観に行き、レストランで食事をして帰ってみれば、門の前に捨てられていた少女を発見した、というわけだ。


 最初、エミリオはその捨て子を侍女頭のもとで育てようと思っていた。優秀な侍女を育てるなら早い方がいい。身元がわからなくともきっちりした教育を施せば、問題は起こらないだろうし、侍女頭のマーサからも新しい侍女候補の子どもが欲しいと言われていたばかりだったのだ。

 ちょうど良かった、とほくほくしていたエミリオだったが、娘の一言で開いてそんな考えも吹っ飛んだ。


「素敵。とうさま、この子を妹にしてくれるのね。ちょっと早い誕生日プレゼントだけどとっても嬉しいわ」


 いや、違う、とエミリオが言う前に愛する妻に、そうね、と同意されてしまえばエミリオはどうすることもできない。そればかりか赤子を春とはいえ夜中に放置するとは何事だ、とその目はエミリオを責めている。

 結局、そういう経緯で捨て子はエンジュと名付けられ、正式にフォーゼット家の末娘として育てられることになったのである。







 それから十数年のときが過ぎた。

 まだまだ赤ん坊だったエンジュは控え目ながらも美しい娘に成長した。


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