第42精霊
病室から抜け出した彩加は病院の屋上にある
ベンチに座り、膝を抱えて泣きじゃくっていた。
大好きな兄である友春が死ぬという悲しみから泣いているのではなく、自分が
兄の為に何もできないという悔しさから涙を流していた。
「彩加ちゃん」
後ろから声をかけられ、振り返るとそこには加奈と茜、そして涼子が
手に缶ジュースを持って立っていた。
「ぐすっ! なんですか」
「隣イイっすか?」
涼子は彩加にそう尋ねるが返答を貰う前に彩加を挟み込むようにして、三人が座り込んだ。
「はい、これ。飲んでいいよ」
茜に渡され、彩加は一度はいらないと言って缶ジュースを茜に返すが
何度も缶ジュースを渡されたので彩加は諦めて貰うことにした。
「…………何もできないって悲しいわね」
加奈は表情を曇らせながらそう言った。
その感情を抱いているのは加奈だけではないらしく、茜も涼子も
それを聞いた途端に表情を暗くして、顔を俯かせた。
「好きな人のために何もできない……こんなことほど悲しいことはないっすよ」
「………そうね」
三人とも悲しそうな表情を浮かべて空を見上げた。
鳥たちは人間が滅ぼされるかもしれないという状況にも
かかわらず、呑気に空を飛んでいる。
「でもさ……友春君が私たちのことで心配していたら戦えないとは思わない?」
加奈の質問にずっと、うつむいていた彩加も顔をあげて考え始めた。
「友春君はその命を犠牲にしてでも私たちを含めた人類を守ろうとしている……
もしも、それを私たちが友春君を失いたくないがためにそれを邪魔したら……
彼は間違いなく、私たちを怒るわ。なんで邪魔したんだって」
人類の滅亡を防ぐには命をひとつ、犠牲にしなくてはならない……その状況で
想い人を失いたくないがためにそれを邪魔すれば結果としては人類は滅ぶ。
加奈たちからすれば想い人を亡くすということだけだが彩加からすれば
想い人かつ家族を失うということになる。
「貴方はまだ中学生。高校生の私でさえ、決断するのに苦しんだもの。
時間はかかって仕方がないわ……でもね、家族であるあなたにしか分からない
友春君の思いっていうものがあるんじゃないかな?」
「お兄ちゃんの……想い」
彩加は加奈の質問を聞き、目を閉じて今までの友春の姿を思い返し始めた。
学校を休んでまで彩加の学校行事に来てくれた兄、さやかが望むものをアルバイトしてまで
お金を貯めて買ってくれた兄、例え喧嘩して罵声を浴びせようが自分が悪いと言って
謝りに来た兄――――――言葉で言い表そうとすれば年単位の時間がかかるであろう莫大な
数の兄の姿、そして想いが彩加の頭になかに一つ、また一つと思い浮かんでいく。
友春の想い―――――――それは、家族である彩加を守り、その周りにいる加奈たちをも
果てはこの全世界の人類を守りたいという想い。
「……お兄ちゃんのところに行ってくる」
「行ってらっしゃい」
加奈は彩加の頭を何度か優しく撫でて彼女を送った。
「流石は生徒会長っすね」
「ほんと。あんなこと云えないわよ、わたしじゃ」
「……そう言えば、私生徒会長だったわね」
彩加は廊下を可能な限り早く歩きながら友春がいる病室へと向かっていた。
病室へ向かう際、必死に自殺を試みる老人を抑える医者の姿、泣きじゃくりながら
暴れている患者を押さえようと必死の医者の姿が映った。
彩加はその景色を見つつも、友春がいる病室の前へとつき部屋に入ると
サクヤとエックス、そしてトレースと話し合っている彼の姿があった。
「……お兄ちゃん……話があるの」
「……ああ、俺も待ってた」
友春はエックスたちに部屋から退出するように頼み、彩加と二人っきりにしてもらった。
「…………ユウのところに行くの?」
「ああ……倒せる可能性があるのは俺だけみたいだしな……エックスが
精霊の力を取り込むことはできないらしくてな」
「…………嫌だよ」
彩加は眼から大粒の涙を流して彼の胸へと飛び込んだ。
「嫌だよ! お兄ちゃんを失いたくなんかない!」
友春は何も言わずに彩加の頭に手を置き、軽く抱きしめた。
「……俺だって彩加と、みんなと離れたくない……でもさ。俺は
彩加が……みんなが幸せになれるなら……俺は死んでもいいって思ってる」
彩加はその言葉を聞き、友春に抱きつく力をさらに強くする。
「……それはさっきまでの考えだ」
「え?」
彩加は思わず抱きついていた力を弱めてしまった。
「まだまだ彩加が一人で暮らせるとは思わねぇしな! 料理はできるけど
家の掃除はヘタッピな妹を嫁に出せるかっつうんだ!」
彩加は友春が言っていることがイマイチ理解できなかった。
命を犠牲にしてもいいと言ったかと思えば、突然ニコニコし出して
彩加を嫁には出せないという……理解不能だった。
「だからさ……お前の傍からまだ消えるわけにはいかねぇ……必ず生きて
ユウを倒す……俺を信じてくれるか?」
「………………もちろんです。貴方を信じて……待っています」
そう言って彩加は顔を赤くしながら友春の頬にキスをした。
「……何年ぶりだろうな。彩加からキスしてもらうの……みんなにもこのことを言ってくる」
「うん」
彩加は先ほどとは違う――――――希望に満ちた笑みを浮かべて友春を送った。
友春が病室から出ていくのとは入れ違いでサクヤが入ってきた。
「これが人間の愛というやつですか」
「そうよ……あなたのエックスに対する愛なんかよりもずっと強いんだから」
「クフッ! 何を仰って。わたくしのエックス様に対する愛の方が強いに決まっています」
「いいや私の方が」
そんな言いあいが十分ほど続けられた。
「聞いているこっちの身にもなって。ねえ、トレース」
「……自分には理解できませぬので」
そんな言いあいを聞いていたエックスは顔を少し、赤くしていた。
こんばんわ~! さーてと! 今月中に精霊を完結させるぞー!
そして、新作の小説をまたひっそりと書くぞぉぉぉぉぉ!




