夜会へのお誘い
「なに? 莫大な財産だと」
コージマの家を監視していた人物がおり、ナータンはコージマに夫の財産の多かったことを耳に入れると、ほくそ笑んでいた。
「なるほど・・・・・・そいつはいい、相続人である息子は死んだ。その後に妻が手にすることは不可能だからな・・・・・・わっはっはっは」
「執事殿、アレンシュタイン家の監視は、引き続き続行されますか」
ナータンは濃い紫色のシュヴァルツ・ヴァインを手にすると、グラスごと回転させ、
「ふむ。そうだな。続けろ」
と、男に命じた。
男が敬礼して部屋を去っていったあと、計画の大半が終わったことに安堵のため息を漏らした。
「遺産か・・・・・・遺産な・・・・・・なるほど」
「何をそんなにうれしそうにしておるのかね」
ナータンの部屋に現れたのは、ディーターであった。
「これはこれは、だんなさま」
ナータンはうやうやしく頭をたれるも、心のうちでは舌打ちをしていた。
「わしにもヴァインをくれ」
ディーターはグラスを渡し、ナータンにヴァインを注がせる。
「あのコージマとか言う未亡人だが・・・・・・」
突然アレンシュタインがそういったので、ナータンはぎくりと冷や汗を流し、肩を震わす。
「・・・・・・美しいな」
ナータンは、遺産のことでもばれたのかと、肝を冷やしていたのであったが、案外間抜けな主人にほっとしていた。
「さようですか」
事務的に返答をするナータン。
どうやらディーターは、コージマのことが気にかかって仕方ないらしい。
「そういえば、モーツァルト・・・・・・とか言う作曲家のコンツェルト(コンサート、イタリア語ではコンチェルト)が今宵、行われるそうだ。よかったらお前の同伴で、いい席を頼む」
夜会か、いい気なもんだぜ、とナータンは手もみをしながら、はいはいと返事しておき、内心ではいらいらしていて仕方がない。
――よりにもよって、今夜遺産のことでアレンシュタイン家に向かう予定だったのに。狂わせやがって!
「あ、そうそう、あのな」
ナータンは引きつった笑顔で、再びはいと返事をする。
「できればアレンシュタインの未亡人も誘ってやってくれ。お詫びの意味もかねて」
――なんだって!
ナータンは愕然としてしまった。
――何だってこんなことを言い出すんだ!?
「どうした、顔色が優れないぞ」
「何でもございません・・・・・・わ、わかりました。ではコージマ・アレンシュタインもぜひ」
ナータンはゆりイスに腰掛け、ヴァインを口へ運ぶ主人を背に、ドアを閉め、激しく呼吸する。
「なんてことだ、なんてことだ・・・・・・こんなことあってたまるか」
意外すぎる展開が待っていたとは露とも思わずに、しかしずるがしこいナータンのこと、今の地位を失うわけにも行かず、大弱りに弱ってしまった。
あらら、ディーター卿は奥様に気があったのね・・
対して憎らしいナータンは・・!?