四話 ストーカー犯捜索
『……アリスって呼んで蒼汰』
三年ぶりに再会した幼馴染の彼女はそう言った。何もかもが嫌な思い出で思い出したくない思い出に変換されてしまったのに、今さらなんと言おうとも彼女は”あのこと”を許してはくれないだろう……。珍しく僕は男子寮の自室のベランダで頬杖をついて溜息何かを漏らしている。辺りは春ならばの涼しさでホクロウが鳴いている。
「考えても何もないから……寝るか」
消灯時間一一時から四時間を超して三時。寝付けなかった結果、ベランダで時間を潰していたが結局のところ悩んだって今は何も変わらないという結論に至った訳だ。僕は部屋の中へ戻り天井にある楕円の光に目が行った。恐らく葉也だ。いや葉也確定だ。
「寝れないのか」
「私は寝てます」
「嘘付け。携帯電話弄ってるだろ」
突然とその天井の楕円の光が消えたわけでもなく返事が返ってくるわけでもなかった。だが「独り言だけど」と前置きをして話を続ける。
「ミユの護衛任務、僕だけじゃ守れないって思うんだが」
「……」
相変わらずのNO返答。まるで屍のようだ。
「ストーカー犯が実は秋山ノビルだったらどうしますか、橘君」
ボソボソと聞こえた声は音が無いせいなのか分からないが透き通って耳へと届く。僕もミユをストーキングしているのはノビル、もといアリスだと思った。どうしても『……アリスって呼んで蒼汰』が耳から離れずにいるのもまた事実。アリスは確かに小さい頃同じ横尾道場で剣道を習っていて僕より遥かに上手いが……こう、物体に表せない凄さがあって昨日の夜の夜襲の際の擦り足は何か物足りていなかったのだ。
「そんなことをする奴じゃないって僕は思ってるんだ」
「信用、してますね」
信用、僕はアリスを信用して裏切りなどをしないと心では誓っていた。だが彼女は僕の事を信用するわけでもなんでもない。今となってはただの古い友達。進行形での友達なんかでは無い。高校が同じになったただの同級生、それだけのことだ。
「一方的な信用って奴だよ」
ベットへと身体を預けて寝転がり携帯電話を開けて時刻を無意味に確認をしてその言葉を吐く。動揺しているのか両手が震える。彼女がこの高校へと居るのがそんなに嫌なのかも分からない。ストーカー犯とか厄介事になっていて何がどうなのか頭の整理が付かないだけなんだ……きっと。
寝がえりを打ち、丁度良い抱き枕のような状態の布団に抱き着き深い眠りへと就く前に「きゃぁ!」という悲鳴が布団の中から……。急いで危険回避のためにベットと距離を取ろうと強制脱出を試みるも足をその悲鳴を上げた人物に掴まれて顔面は勢いよくカーペット上の床へと激突。ちなみに今日二度目な。腕立てのように両腕の筋肉で上体を起こしてゆっくりした動作でベットの中へ戻ると巻き布団の中から「大胆、だね……蒼君」とのこと。
「きゃあああああああ!!」
――僕の眠れない夜は担任からの反省文で過ごしきったのであった。
「不幸中の幸いでしたね」
「どこがだよ葉也」
今日は珍しく苛々した朝だ。昨日というか日にち的に今日なんだが反省文を二五ページをひたすら書きつづった僕は精神的に疲れて今日分の気力は無い、と自分で痛感をする。その気力が無いせいなのか朝食は部屋の冷蔵庫に一週間放置してあったヨーグルトを葉也と二人で分けて朝食を取っている。そんな中、部屋のドアへとノックがされて葉也が「はいはい」と呟き応答をしてドアのカギを開けて大きな荷物を受け取っている光景が見える。一つの大きな段ボール箱は部屋のドア擦れ擦れで入ると次から次へと荷物が運ばれていく。
「浦島太郎な気持ちですよ」
どんな感じなのかは分からないがどうやらこんなに荷物を頂くとそうらしい。基本葉也の荷物で僕のは学園の入学式にいろいろ持ってきたからその大きな段ボール箱一つだけが僕の荷物らしい。僕の父や琴音姉は基本的に心配性だからなのかもしれないな。
「知らん。取り敢えず朝食食べたら今日は学年集会朝からあるから片づけられる荷物から片付けるか」
「そうしますか」
「……(ごくり)」
喉をゆっくりと生唾が通り緊張しているのか両手が震えている……何がこの大きな段ボールの中にあるのか気になるが浦島太郎を耳にしたせいで躊躇う僕。お爺ちゃんになったり性転換してお婆ちゃんになったりしないよな、きっと。段ボール箱の開け口のガムテープをハサミで開けて行きガムテープがはがれた工程まで行った。葉也は相変わらずの笑顔でこちらを凝視……送り主は琴音姉であるからして……エロ本は無しで、エロ本は無しで、エロ本は無しで……と念を込めてゆっくりと開封。
「……ってえぇぇぇ!?」
「来ちゃった、エヘッ」
来ちゃったエヘッで許されることではない……とその前にエロ本では無かったものの中身は僕の姉の琴音姉で歩くエロ本のような感覚の人。
「なんで来たんだよ琴音姉……」
「え、橘君のお姉さんですか!?」
「……いや魚類に転職した姉を持った覚えは無い」
「?」
ふつくしいを連呼する葉也。お前って一途キャラに思えたんだけどな……まぁ良いか。問題はこの歩くエロ本感覚の実姉の琴音姉だ。服装は家で居るような格好で上ジャージ、下ジャージのジャージ姿で居る。どうやって勇者伝説探求部の女子陣へと説明しようか……。そんなことで先が思いやられる僕は琴音姉に引きつった笑顔で右人差指を突き立てて「帰れ」と御指令。
「蒼ちゃんのいけず~」
頬をやたらとグーで擦り付ける琴音姉はどうやら機嫌が悪いのか耳元で「蒼ちゃん、言葉づかい悪いと……襲うゾ」とのこと。身の毛も弥立つ心霊スポットに居るのか僕は背筋に悪寒が走ったのであった。
「邪魔するぜって琴音先輩!」
「あら、あからさまに表情を作るのが上手いと定評の深月ちゃんじゃない」
唐突にベランダから侵入してきたのはこの会話で分かるように銀髪ポニテの深月先輩である。琴音姉とは対照的な性格、いや同類並みな騒がしさ。中学時代もこんな風に僕の部屋を琴音姉と深月先輩が荒らしに来たのは記憶に新しい出来事で今日は男子寮の自室までも荒らしに来たって奴か。騒がしいにもほどがあるって話だ。
「蒼ちゃんに手、出したら……分かるわよね深月ちゃん」
琴音姉の笑顔がキラキラ輝くが僕にはダークサイドにしか見えないのは秘密裏に心の奥へと閉まっときます。そんな腹黒い笑みに威圧感を感じた深月先輩はまさかの怯え顔。この人たちの過去に何があったのだろうか。
「りょ、了解です……琴音先輩」
珍しいにも程があるって話なんだがシュンと縮むしおらしい深月先輩も面白、痛っ!
「ちょ、なんで僕の背中蹴るんですか深月先輩!」
気付くといつの間にか僕の背後に周り背中を蹴っていたという新感覚のアトラクションゲーム……というのはポジティブ思考すぎたか。
「なんか顔に『シュンと縮むしおらしい深月先輩も面白い』って出てたからムカついたからだ」
凄いな、僕の顔。早く四次元ポケットみたいにならないかな……顔。
「あらあら、暴力、反対よ? 性的なら、別だけど」
なんか危険な人が学園に紛れ込んでいるのは気のせいだろうか……。というより不審者。
「せ、性的?!」
「少々落ち着いて下さい成瀬先ぱ――」
ふつくしい連呼をしていた葉也はどうやら状況判断が出来たのか『性的』という言葉に過剰反応を見せて頬を赤く林檎のように染めた深月先輩の暴走を止めようと誰よりも先に動くが誰よりも先に先制パンチを貰いKO。無事に来世で会おう、相室の住人。
「性的って……な、何なんですかー!」
暴走の矛先は無論、僕宛でした、畜生。
――「ストーカー犯? だ、誰の?! 誰のストーカー? 蒼ちゃんがストーカー被害受けてるの!?」
突然現れた琴音姉に手伝ってもらおうとストーカー被害の事を教えた僕。荒れ狂う琴音姉は連鎖妄想を繰り返してどうやら僕がストーカー被害を受けてるような話になっているが説明がしにくいんだよな……この人には。例えば男の話であるならスルーをしてニコニコしているが女の話になると一々突っかかって面倒臭いところまで持って行く。ミユの名前、ましてや下の名前でお互い呼び合っているのは何かとまずい気がしてならない。ストーカー被害の話は夜襲までは話したがあとは略。それと話の辻褄が曖昧だったが女の名前は一応伏せといて正解だったようだな。
「あぁ、俺その被害受けてる子知ってますよ」
「ほ、本当なの!? 教えて、教えろ!」
「お、おお落ち着いて下さい琴音先輩!」
「了解承知の助!」
どこの時代の御方だよ。というツッコミは心の中で出来る状況というのを把握しといて頂きたい。
「ミユですよ、ミユ」
「……あのヒンヌー娘か?」
どこの宗教の娘だよ。というツッコミ(以下省略)。落ち着きを急に取り戻した琴音姉は目が点でまるで脳内が真っ白のような感じなのか凄く間抜けな表情で正座をして「あの娘なら大丈夫よ」とのこと。投げ槍だな、おい。
「それで今、蒼汰が護衛としてミユの執事になってるんです」
「おし、ストーカー犯を今日中に捕まえてみせる。琴音、我が命の炎の灯火が消えるまで!」
何故か琴音姉は深月先輩の発言で闘魂を取り戻してやる気を漲らせている……灯火って一体どこの時代の(以下省略)。