三話 アリス
「平民から勇者へとって話か。山で見つけた剣が民達が困っていた悪魔を倒せる剣ってだけで正直、どこが勇者伝説なのか俺には分からんがな」
場所は学園本館の食堂。一緒に朝ご飯食べたいとのミユのご要望で腕をふるっているのはまさかの葉也だ。以外に料理上手かったんだな。そして腹を減らし過ぎて勇者伝説の説明が適当になっている深月先輩。僕の隣にはメイド三人を並べて雇っているミユ本人はメイド服とは行かず制服でいる。ちなみに今日は月曜日で昨日、僕はあの知り合いのようだった影を逃してミユの執事は継続中。正直誰にも執事をやれとは言われてない気がするが燕尾服を来ている僕。本当にミユは何が目的なのだか……。
「あとそこの執事」
「はい?」
いきなりなんだろうか。人を名前を燕尾服来ただけで執事に変える淀姫は。
「誰が川の神様だ。アレだよ……昨日自室だからってミユに変なことしてないよな?」
「べ、別にベットの中に二人一緒に居ませんでしたよ」
あれ、何故だろう。深月先輩は能面のような表情で上体を起こして僕の脇に来て完全に上から物を見てる視線を送っていらっしゃる。あとやたらと心を見通す能力が……超能力者か、深月先輩は。
「要するにベットの中に居たんだな、殺す」
「違うよナッチー!」
イヤイヤイヤ、と反論しかけた間にミユが珍しく言葉を挟んでくる。笑顔が似合いすぎて可愛いのは内心に閉まっておく。ミユはその笑顔のまま右人差指を立てて、「本当は抱き合いました!」とのこと。あぁ~、僕の走馬灯が深月先輩の手でみることに。
「変態はほっておいて朝食頂くとするか」
だんだん僕の扱いが適当になってるのは気のせいか、ビービー弾を当てただけで心配もなくなってきたぞ? 目の前は葉也が作ってくれた野菜炒めにトースト二枚ずつが各テーブルに置いてあり、バターを塗って野菜炒めを挟んで食べるとか。僕がその朝食へと手を伸ばした途端に深月先輩が不機嫌そうな顔で強盗をしてくる。すいませ~ん、ここに朝食強盗が居ます!
「ちょ、朝の源なんですけど深月先輩!」
「罰だ、罰。生徒指導の先生の代わりに俺がお前に罰を下す」
理不尽極まりない目の前の朝食泥棒はズカズカとがっついて口へと僕の朝食は姿を消した。その脇から僕の「深月~先輩~!」という情けない声にミユは同情してくれたのか野菜炒めを挟んだトーストを差し出してくれた。貴方は女神ですか!? 恩恵を頂こうと手を伸ばした途端に手がミユによって阻まれる。
「はい、あ、あ~ん」
「え?」
手先がお綺麗ですね、と言う感想しか今の僕の思考回路には無い。上目遣いでこちらへとそのトーストが口元へと迫ってくるではないか。困った僕は助け舟を出してもらおうと深月先輩へと視線を移すが睨んでいるだけで何の解決策もなかった……舟、沈んだよ。
「あ~んしてっ!」
「いや……でもそういうのは」
「あ~んしてっ!」
「本当のカップルがやるものじゃ……」
「あ~んしてっ!」
「やっぱできませんっ!」
「出来ないなら……坂田、祠堂、涼乃、蒼君の口あけて」
「「「はい、お嬢様」」」
「ちょっと待て!」
どんなだよ。どんだけ僕はメイドに囲まれるのさ。メイド服が一角の恐怖症になるって。慌てて席から離れて逃げようとしたところで真っ正面の深月先輩のロンファへと足が引っ掛かり顔面から床へこんにちわ。
鼻を擦る暇もなくうつ伏せの僕の両腕を可愛らしいメイドの坂田さんが優しく持ち上げて……両腕を一気に四五度へと持ち上げられてそのまま坂田さんの両足が僕の背中へと入りKO。
「あぅ……あぅ」
言葉にならないのを哀れむように他のメイドが「さすがレーデルさんが言うドM変態様ですわね」や「レーデル姉が言うんだから問題ないよ」とのこと。前者がサイドポニテで止めてる祠堂さんで姉御肌の雰囲気を臭わす口調が涼乃さんが後者。なんとも個性派メイ……ド。
「蒼君の……馬鹿」
小さくつぶやき声が聞こえたが応答する力が僕には無かったようで混迷状態へ……。
「昼休みって言うのに元気ありませんね橘君」
教室の自分の机で突っ伏している僕へと話しかけるのは他でもない相部屋の葉也だ。
「メイドが恐怖症になりそうなんだが」
「それは大変でしたね」
顔を上げると笑顔が輝く葉也の両手には焼きそばパンが二つ。丁度腹が空いた時間だし気がきく奴だな。という淡い幻想の中、手を焼きそばパンへと伸ばすと「ダメですよ」とのこと。
「なんでだ? そんなに食べたら腹壊すぞ」
「どこの乳酸菌ですか。私は生活委員ですから学園郊外の猫ちゃんへとご飯を上げに行くんですよ。付いてきます?」
「暇だし、行くよ」
「確かこの辺りなんですよね」
学園にこんな場所があったのか? という疑問さえ抱く場所だな……。辺りは小さい農家のような田畑と池がある。こんな辺りに猫って言うよりは野良犬っぽいイメージがあるな。
「名前とか決まってるの?」
「黒髪の容姿端麗の女の子が居たんですよ」
なんでいきなりそんな典型的な物例えなのだろうか。黒髪で容姿端麗なんてまんま大和撫子かそこらの一〇代、二〇代女子でもいるだろうに。首を傾げる僕に苦笑いして「恥ずかしながら一目惚れしちゃいまして」とのこと。そういう意味か。猫ちゃんっていうのは照れ隠しから来たジョークってことか。だから今さっきの焼きそばパンもその彼女が好きだからって理由なのかはさて置き、
「どういう容姿なんだ?」
容姿端麗じゃ可愛いか美しいでとどまってしまうから細かく詳細を詳しく聞こうではないか。
「可愛いって言うより美しいですかね。私、橘君と違ってロリな趣味ないんで」
輝いて言うな、輝いて。ロリってなんだよ全く。そもそも年上好きって言うのは妹が強烈なキャラすぎるとかで年上に逃げる現実逃避をして年下好きって言うのは姉が強烈なキャラすぎるとかで年下に逃げる現実逃避の一つなんだって話だ。いや、別にミユとか深月先輩は年上な訳なんだが。無論、その年上好きでも恋愛対象の好きじゃなくて友達って言う意味で好きだ。
「あっそ」
適当にあしらう僕の言葉に葉也は苦笑い。
「しょげないでください。携帯のバイブ音が聞こえてますけど良いんですか?」
言われてみれば胸ポケットで鳴っていて多少くすぐったい感じはあったが僕のだったか。
「しょげてねぇよ。別に深月先輩の使いパシリになるよりこっちで葉也の恋の行方が見たいから」
「恋の行方って言われると恥ずかしいですね。鈍感って良い響きですね」
「嫌味のように聞こえたんだが?」
「気のせいですよ。含みなんてありませんから」
いつも以上の葉也の笑顔はいつも以上に僕を苛々させるのであった。
「あ、ちょっと隠れてください」
顔が衝撃で縮んで伸びたような感覚を味わいそこらの隠れきれなさそうな茂みへと葉也の鍛えた腕に拉致をされる。必死なのかは分からんが僕の口を封じる意味なんだが。もがもがとしかならない僕の声は届くはずもなく、少し興奮気味の葉也はその一目惚れのような人物を覗いている。初々しすぎるぞ。ここで気になるのは当然な訳で隙間からちらりと覗くと……腰上まで伸びている綺麗な黒髪、そしてどの角度から見てもスカートからは綺麗なくびれのようなラインが……確かに美しくて一目惚れする葉也の気持ちが分かるが、誰かに似ていた。
「美しいって思いませんか、ロリ教授?」
「もふもふ、もふふんがっ(誰が、ロリ教授だ)!」
やはり誰かに似ている……僕は塞さいでいる手を強引に引きはがし、隠れていた茂みから出て行きその彼女の元まで早歩きで向かう。背中を思いっきり引っ張り引きとめてくる葉也だがしっかりとこの目で確認したいんだ。
「ダメですって橘君!」
「良いじゃん。僕の自由だ。権利侵害するなら僕の姉呼んで告訴するぞ」
諦めが付いたのか「仕方ないですね」と付いてくる葉也。諦めも肝心って言うからな。顔を下げてテンションも下がり切った葉也を横に僕は彼女へと「すいません……あの」と話しかける。すると耳に髪を掛けて振り向く黒髪の彼女。
「……アリスって呼んで、蒼汰」
第一声と発言で彼女は……僕の良く知る知人であったのが分かった。慌てて取り乱す僕よりか取り乱す葉也。葉也は予想外の展開に校舎側へと全力で走って行ってしまい一対一の対話状態になってしまった。そして僕の過去でアリスって呼んでというのはあの子以外あり得ないのだ。
秋山ノビル、そう……僕の過去に一番影響を与えた彼女だった――