四話 勇者なチキン野郎
「ミルクティとメロンパン食べたけど問題、無いよな?」
条咲学園の廊下を僕は歩いている。その隣に凄く不機嫌な表情を顔で見事に出し切っている僕の朝食泥棒さんという名の深月先輩は銀髪ツインテを揺らして僕の歩幅と同じに歩いている。
渋々なのか僕は適当に「そうですか」と相槌を打ち、何か言いたげな口の動きをする深月先輩は……『ば』の口の開き方だったが、なるほど『馬刺しが食べたい』のか。
「お前、俺の馬にでもなる気か?」
「いや馬になっても良い事無いですし」
「おし、馬になれ」
無理やりだ! この人無理やりすぎる! 現実で『馬刺し』なんて良くないよ! いきなり学ランの襟元を両手で鷲掴みにされた僕は必死に首を横に振り命乞い。ヘタレとか関係なしにこれは脅迫の一種だろ。
無事に降ろしてもらった、もとい落としてもらった僕は廊下に尻もちをついて深月先輩を見上げると……凄いアングッ――「どこ見てるんだ!」
スカートを抑えたまま頬を赤く染めた深月先輩は片足を後ろへ下げて勢いよく前へ持ち
だして僕の顔面へとクリーンヒットをしたのだ。
「ど、どうしたの?!」
――食堂へとナッチーに腕組みで運ばれてきた彼はまるで干物のようであって生気が……頬が赤いから男の子としての反応はどうやらあるようで、だが次第に青く薄らと染まり、の繰り返しをしている。
「ちょっと聞いてくれよ。蒼汰の奴、俺のスカートの中見てニヤニヤしてるんだぞ!」
テーブルに座り蒼君の腕をそっと離して頬杖をついて、空いている手で頬を掻いている。とても……女の子らしいってナッチーに言われるけど、ナッチーが私には一番女の子らしく見えるよ……。
「そういうお年頃だよ、きっと」
「――でだ、お前。琴音さんの弟なんだから条咲学園の『勇者伝説』の噂知ってるだろ?」
「唐突ですね。……、睨みつけないでくださいって。噂って言うか僕的には”デマ”だと思いますよ」
場所は女子寮と男子寮を繋ぐ学園本館2階から来る渡り廊下の一角の休憩室という小部屋。ここしか女子寮と男子寮に行く道は無くて男子寮と女子寮の1階は主に食堂。下駄箱はあるが外へ行くドアは夏季休業と冬季休業と春季休業だけしか空いておらず、なんとも不便なんだろうと、システムを知った時は……今だけど溜息が洩れた。
今いる小部屋は白い壁紙でなんの施しも無い。目の前の深月先輩は相変わらずスカートを抑えて余計な情報を僕の耳へと入れてくる。ちなみにミユは自動販売機の隣に設置してある植木鉢との間に体育座りでコンポタージュの温かい缶を両手で握っている……僕の奢りです、はい。それと僕の荷物は何も言わずにミユの尻の下敷きに……僕の荷物、僕と代われ!
「”デマ”って言ってもそりゃあ噂だからそう思う人間が居て、不思議ではないけどな」
否定はしないのは当然論を口にする深月先輩。苦笑いで缶のアイスミルクティを一気飲みして缶専用と書かれているところへと投了。
深月先輩は再び僕へと視線の戻して「でも可能性って知ってるか?」とのこと。
可能性、それは何らかの事象が発生しうるか、あるいは故意にに発生させることが可能かということ。
「要するにその可能性の噂を信じろってことですか?」
珍しく首を横に振る深月先輩。いや、我儘だからって殆ど他人の言うことに首を縦に振るとは思わなかったが、なんかイメージが違うようでそのようで。
「別に信じろなんて強制をするとかどこの信教だって話さ。俺が言いたいのは『勇者伝説探求部』へ入らないか? ってことなんだが、どうだ?」
ウィンクをして誘うとも無駄だ。そもそもどんな部だよ、どうせ同好会とかだろう。僕はそんなデマに付き合っていられるほど、優しくは……無いんだ。
「悪いけど、僕にそんな”未練”も無いんです……」
「私、練乳はあるよ?」
ちょこ、っと恥ずかしそうな顔のまま様子を窺うようにミユの顔が出てくる。セーラー服のスカートのポケットから練乳が出てきたと思いきや、再び顔を引っ込めた。後から「口の中に出して、イメージとかそんな恥ずかしい事は……」とか聞こえたが今の僕にはそんな囁き……本能が嬉しがったよ畜生。緊張してたのか、また溜息が出てきて顔を上げて深月先輩の顔を見上げる。
「未練が有るまいか無かろうかどっちでも良いんだよ。今欲しいのは新入生にして超高校生級の大型新人君が欲しいのさ! さぁ、一緒に勇者伝説探求部へ!」
厚かましい誘い、そしてなんとも訳の分からないテンション。
「知りませんよってなんで深月先輩がその拳銃を! 小神をわぁっ!」
――パキューン、そんな音は僕の脳内変換効果音で実際「ドッ」。
小部屋で二丁拳銃のままビービー弾から逃げる僕の姿は後々、生徒指導部の先生にこう言い触らされるのだった。
『勇者なチキン野郎』って――