三話 華麗なるチキン?
あぁ、空が紅い……こんなにも空って紅かったっけ? ――「ちげーよ!」
目をパッと開けて、気付くと保健室のベットの上で、天井が赤いのではなくて僕の鼻血が散乱していたせいで赤く感じたようだ。今までのことを走馬灯のように思い出してみる……いや、イライラとかが入り混じって良く思い出せない、間違った、思い出したくない。嫌だよ、高校の入学式初日から誘拐されて遅刻しましたなんて。ましてや、お金持ちのお嬢様に誘拐されてその似非女性執事とそのお嬢様にビービー弾打たれて、挙句の果てにその似非女性執事には変態扱いに……って言えるわけがねぇ!!
「起きた?! 一生死んだままかと思ったよ!!」
いや、気分的には死にたかった感MAXだからね。上半身を起こして、声の主を探すとあのさくらんぼ女がベットの横に居て椅子にちょこんと座っている。
「何か用?」
無愛想な面持ちで聞くと相手も唇を尖がらして「相変わらずだね」とのこと。相変わらずって僕は誘拐された時しか貴女と会っていませんよね、って話。小神が看病してくれたらなぁ……とか考えると鼻血が滝のように出て行きそうなので目を瞑り瞑想。迷走でもあってる気がするんだがな。
「…………」
静かな保健室に沈黙が訪れる……。目を開くとそこには小神が頬を赤らめて目を瞑り、唇を差し出すように仕向けている。いや、待って。なんかいろいろ僕、お婿さんに行けなくなっちゃう気がするよ!
「thyme! 誰もキスとか求めてないからねっ!」
「えぇ~?! キスか瞑想かと迷ってたんだけど……蒼君のちょっとえっちな脳内だとこっちが適切じゃない?」
自分の唇を右人差指でを触れてウィンクしてくるがそのようなハードなものは誰も要求してないよ。いや……こういう面で僕はチキン……ですよ。
「酷いですよ先輩……ってなんでまたおもちゃの拳銃?!」
制服の胸元からおもちゃの拳銃を素早く取り出して僕のおでこへと銃口を向ける。待って! それ結構痛いって男の子なら誰でも分かることなんだ、えへへっ。
――彼女は容赦という言葉は訊いたことが無かったようだ by橘蒼汰
「名前呼んでくれなかったらこれで撃てって、レーデルが言ってた……けどって伸びちゃった?」
「あぅ……あぅ……」
チーン、それが僕の効果音に使われる日が来るとは。おでこを押さえて悶絶状態で布団をかぶり蹲っている中、保健室のドアが開き布団の中へと誰かがって、小神しか入ってくる奴はいない。顔はもう数㎝の距離であって、心臓の心拍数は上昇したままで止まらない。それと……どことなく香るこの匂い……殺人匂だ!
「ちょ、ミユ?!」
「静かに……」
ニヤニヤした顔で右人差し指を口に持って気して如何にも静かにしてくださいの合図。いや、言葉でも言っているが。声を量を控えめに「出てください」と保健室の床へと強制送還させようと押すも微動だにしない。むしろ、吐息が本格的に近づいてくる勢いだ。
「お~い、蒼汰? 大丈夫か?」
何の気も知らず深月先輩は、のこのことこちらへと足を運んでくる。一歩一歩が異常に大きく聞こえて頬を染めて蒸気のように茹って行く。どうやらしでかした当本人も暗い中で頬を異常に赤く染めて息が荒い……おっさんかミユは?
「開けるぞ?」
とうとうこちらへとやってくる深月先輩。白い純白のカーテンがひらひらと舞いながら開けられる……。一秒一秒が愛おしく感じてしまう……お願いだからそのままUターンして下さいって!
心の中の抵抗空しく「蒼汰?」という疑問形で何かを問われる。
「……もしかして、この声って……ナッチー?」
急に声のトーンが落ちてこちらを凝視するミユ。ナッチーとはきっと成瀬深月から来ていると思い込み、僕は声に出ず、首を傾げながら頷く。ミユは凄く悪魔の笑みを浮かべて腕を引っ張り、ミユ本人が下で覆いかぶさるようになった。ミユの脚の間に僕の脚が挟まり、外から見ればそれは『子作り』に何も変わらなくて……。ニヤニヤと本当に性質の悪さを露呈する。心臓は、はち切れそうなぐらい鼓動は鳴り響き、その上にミユの手が重なる。
「ナッチー……どう反応するかな? えへへ」
どう反応するも男としての反応する部分をどう沈めるかでいっぱい……って匂いがっ!
「そんなに丸まって熱くないのか?」
「……んっ、だ、大丈夫だよ!」
顔を反らして答えるがあっちはどうやら疑っているようにしか聞こえない。それとミユが僕の頬を撫でまわしていて反応する部分が反応してしまいそうで……。
「そ、そのだな……俺が捲ってやる!」
「「え!?」」ついついミユと声が重なり、「ん?」との言葉の返しが……。
「おい、蒼汰」
やけに声のトーンが下がるが今頃の女子高校生は異性相手にそれが流行っているのか? それとも深月先輩が僕を男として観ていないとかも大分、事故だが。変に試行錯誤して返事をし忘れて「聞いてるのか?」との声が……。
「あ、はい……」
聞いてますとも!
「事情は訊かないが……ここに『水色のクマの携帯ストラップ』が分離されているぞ? しょうがない、俺が付け直してあげるから携帯電話貸せ」
なんだそんなことか。確かにそれは僕のだ。14歳の誕生日プレゼントに深月先輩から貰ったものでなんだかんだで色気の無い僕の携帯電話のストラップとして付けていた奴だ。
「ありがとう深月先輩」
「……?」
胸ポケットの携帯電話を取り出すまでに上半身を起き上がらせないとミユに触れてしまうのでいったん離れて取り出すがミユはどうやら謎めいた表情でこちらを再び凝視をしている。それは関係なしに深月先輩の恩恵に手を布団の外へと出した刹那――「頂き」
あれ? これってもしかして……そのもしかしてであったのだ。
「さぁ、醜態を晒せ!!」
布団を思いっきり捲らされた僕は態勢を崩してミユの両手首を両手で押さえて唇と唇が合わさってしまった……。まるでこれじゃ……僕が犯人?!
「「んっ!?」」
上手く合わさってしまった僕とミユ。そこに深月先輩の怒号が鳴り響くのだ……。
「蒼汰あああああああ!!!!」
――僕の人生が終了を告げるかのように予鈴が虚しく保健室へと鳴り響いたのであった。
「どうした橘?」
B組と宣告された僕は腫れあがった顔の状態で入ると担任に心配の眼差しで見つめられた。
「いえ、廊下走っていてこけました」
見苦しい言いわけにちょくちょく反応するクラスメイト。席を案内されて教室の中央の列の三列目の前から三番目の席へと着席をしたのだった。さすが、僕の馬鹿。
「蒼汰の馬鹿、蒼汰の馬鹿、蒼汰の馬鹿」
――私の隣で蒼君を罵倒というか呪文のように唱えているナッチーこと成瀬深月はカンカンに怒っている。
私、小神ミユはその可愛らしく、乙女のような表情に頬を緩まして見つめてしまう。2年は体育館の椅子の片づけだけが本日のメインで「男は力仕事」ということで切り上げて、今は人数の少ない学園の食堂に居る。本来、こっちは教職員専用食堂と言っても過言ではないが学生が使っても何もメリットもデメリットも無いので男子寮、女子寮である食堂を使ってもどっちでも良いわけである。
真っ正面に座るナッチーは何か遣る瀬無い気持ちで「あの下僕め」などと呟いている。そういえば私も下僕が……ってあの子は私専用執事だったわね。
一つ言うと、私は猫かぶりかもしれない。あの子や私の事を知っている人の前では口調が崩れてしまう……蒼君の時もそうだった……それにキスもされた……。友人は私の前でそれについて悩んでいる。
余計な罪悪感に胃がねじれる思い……。でもスリル感はあった。
病弱だったあの頃の私とは違うって自分を信じてるから楽しくなかった頃と比べて楽しもうと思う。
あの子には悪いけど私は自由にこの学園でやらせてもらう。私は、過去の私とは違うんだ。勇者伝説がこの学園にあるように私には『橘蒼汰』が居るから、もう心配は無い。蒼君はあの人の――
「聞いてますか、キスされちゃったミユさ~ん?」
「あ、え~っと胡麻アイスって北海道にあるって聞いたことあるよ!」
「どんな話?! 俺はあの変態(蒼汰)を教室から拾ってくるから、この荷物見ておいて欲しいんだけど頼めるか?」
「うん、いってらっしゃい~」
あれ? 私嫌味言われた? 首を傾げる私とそれを見て苦笑いしているナッチー。ナッチーに私……嫌われてたりするのかな……。う~んと分からない。
銀髪のツインテを揺らして食堂を出て行く背中を見送った私。その頼まれた荷物を見るとエナメルやらボストンバッグやら置いてあり、一人で持ってきたところに思わず感心してしまう……。
「力持ちだなぁ……」
そういえばナッチーが言った『水色のクマの携帯ストラップ』ってあの時、相談を受けた物だった。蒼君はあの時のナッチーが大好きだった人だったんだ……。恋って楽しいのかな? 私は蒼君と近くに居て心臓が高鳴った……それにキスも……思い出すだけで頬が熱くなってどうにかなりそうで頭の中が蒼君だらけだよ。
「蒼君って……面白い」
天井を見上げて胸元からおもちゃの拳銃を取り出して、一発、天井へと放つ。そのまま落下してきておでこを擦り何故か笑顔になってしまう私。そしてとあることを思い出して自己嫌悪が発生する。
「胸……ナッチーは私よりツーカップ上ぐらいあるしなぁ……」
素直に自分の微笑にある胸を見て「蒼君は……大きい方が良いのかな?」などと羞恥の発言と自分で思い、両手で口を塞ぎ頬が再び熱くなってくる……私の馬鹿!
テーブルに突っ伏す私はショートカットの頭を両手で掻き乱して思考回路が停止するのであった――
『ミユお嬢様になんたる仕打ちを!!』
「許して下さいレーデルさん! そ、それだけは!」
『ビービー弾をそんなに喰らいたいか? それとも今までの罪を懺悔するか? あ?』
「お嬢様にキスしか……僕は悪いことはしていません……本当です!」
『お嬢様に使える身として言うが、お前を私の『華麗なるチキン』として雇ってやる、感謝しろ』
「か、華麗なるチキン?」
――グゥ~、腹の音で目を覚ますとすぐそばで担任が近くに立っていて僕を起こしていたそうだ。は、腹の音が鳴ったのを笑ったのかクラスメイトは何故かツボに入って笑いが止まらない人が多数。酷く嫌な汗と恥ずかしさが入り混じる。担任の顔を良く凝視すると女教師であって釣り眼鏡を掛けた20代の若い方の先生で……新人と見た。
「橘君、貴方……許して下さいとかお嬢様とか華麗なるチキンとか言ってたけど……良い夢見れた?」
寝言が聞かれてた! 慌ててヨダレを裾で拭き取り、立ち上がる僕。寝言でクラスメイトは笑っていたのか……騙された畜生。担任はどうやら引いた面持ちで眼鏡のレンズを片手で持ち、ずり下がった分、掛けなおして苦笑いをしている。絶対馬鹿生徒扱いされるでしょ……今後。
「大丈夫です、きっと」
どうやら僕の余計なひと言で困り顔をしだした……どうしたことやら。
再び保健室と新手の苛めのように精神科の病院をやけに推奨してくる先生を避けきって本日の時間割が終了をして午後まで自由行動で一三時から寮の部屋割の発表を男子寮と女子寮で行うらしい。
「あ、深月先輩」
「何?」
教室を出てすぐドアの手前に潜んで、仁王立ちの深月先輩に話しかけるがどうも不機嫌だ。悪い食べ物でも食べたのか?
「何って食堂じゃ……」
「お前、場所知らないのにどうやって来る気だったんだ?」
ため息を深くついて首を左右に振って顔を上げて睨みつけてきた。理不尽な怒りが飛んできそうだな。
「そ、そうですよね……」
なんとも絡みにくい……ここまで不機嫌だと深月先輩って感じじゃない気がする。
「ありがとうぐらい言え、馬鹿」
「ちょ、痛! あ、ああありがとうございま、痛、痛っ!」
その場で一回転を(高速で)する深月先輩を目の前に再びツインテ攻撃を両目に喰らい廊下に虚しく僕の悲鳴が響く。なんとも横暴な性格なんだ……不機嫌な理由は僕にあることは分かったが……キスで怒るのか?
「キ、キ、キスで怒ってるんですか先輩?」
「お前死ね! 何回でも良いから死ね! 輪廻転生してくんな!」
うぐっ、僕に深月先輩は生き返るなって言うの?! そんなことより、集中しているつもりがツインテ攻撃に僕は耐え切れずしゃがんで交す。すかさず隙を狙った深月先輩の蹴りが僕の身体の中心の急所へと鋭く入って意識が一気に吹き飛ぶのであった。次も絶対人間に生まれ変わって――華麗なるチキンさんが人間界からログアウトしました。