二話 誘拐犯
「アレ? レーデル、意識を失わせるだけで良かったのよ? 何も殺すなんて……」
「ミユお嬢様、私はそんな茶番なことはせず……一突きです」
え? あれ……おかしいな。深月先輩とコンビニに居たはず……。ちょっと待て。今、僕は死んだ扱いなのか? そして、聞こえてくるのは女の子の声が二人分。
「レーデル、殺すのも良いけど……」
「死んでないですって!」
「あら、おはよう。”橘蒼汰君”」
「え?」
僕は突然と言われた自分の名前を見ず知らずの人間の口から出てきたことに驚き放心をしてしまった……。
――小神ミユ、16歳で条咲学園高等部2年。
あの深月先輩と同学年で金持ちなのか、僕はリムジンでどうやら誘拐をされたらしい。
誰でも納得できないのがリムジンと誘拐であって誰も高級車に乗って誘拐されるなんて予知、出来ただろうが? 僕なら自信持って、予知出来ないと断言できるぞ。
「蒼汰君、だから蒼君か……黒髪好きだよ~」
勝手に誘拐して勝手にあだ名付けて勝手に僕の左腕へと手を回して抱き着いてきている。本来なら大喜びするところだが状況が状況だ。空いている右腕で苛立つ風に頭を掻く僕の悪い癖が出る。
「えっと、小神……」
「ミユ!」
心拍数上昇。耳元での大声は勘弁していただきたいが、かなり可愛い声での大声だから本能が許してしまうらしい……、僕の馬鹿、変態! そっぽを向いて深呼吸をしてもう一度トライ。
「ミユ……小神ミユ! 君は一体何が目的なんだ!」
若干、探偵ドラマ風の探偵役の台詞を吐く僕。
「ミユ」
そんな僕の言葉を受け入れず、彼女は一方的に同じ言葉を繰り返すだけ。
「だから言いましたよ僕」
何かが根本的にズレているのか分からないが小神自体は小声で「乙女心分かって無いなぁ」とのことで。誘拐犯の気持ちよりは乙女心の方が分かってると思うだけど。
「ミユって呼んで!」
なるほど。小神の顔を覗きこむように横を向くと頬を膨らましてお怒りになっているご様子だ。今頃気付いたが耳の上でさくらんぼのリボンを彼女は掛けていてサイドポニテが両サイド二つある。いや、これをツインテと言うのだろうけど……何か違うような。小神の髪色は水色で、僕の第一印象は可愛い、けどこの子は誘拐犯、気分は複雑だ。
「ミユさん……」
「さん要らない!」
「ミユ……何が目的?」
年上にタメ口が日常茶飯事なのがいけないと思うけど相手の勢いでついついタメ口へと僕の口調が変化して行く。
小神は制服に身を包んでると言っても女性特有の強調が無くて……俗に言う貧乳。その貧乳さくらんぼ女は無い胸を張り「教えてほしい?」との一言。僕は気になるから聞いたのだが興味が無くなった。
「やっぱ良いわ。降ろしてくれ」
「貴様、ミユお嬢様にタメ口とは良い度胸だな? あぁ?」
前の助手席から偉そうに聞こえてくるレーデルという赤髪でポニーテールのメイド? 執事? さんの声が僕をけん制するが元はと言えばレーデルという訳の分からん似非女性執事が僕を誘拐して事が発展したんじゃないか? という疑問。
「レーデル、折角の材料なんだからもっと丁寧に扱いなさい。分かりました?」
見た目は幼くて、ただの誘拐趣味というか悪趣味を持っている変態女だと思ったけど……やはりそんなことは……。
「もう一度言うわ。蒼君は”材料”なのよ? 大事な事だから二度言ったわ」
無かったよ、馬鹿野郎。
僕はどん底へと落とされた気分で”材料”とは何のことかと試行錯誤してみたが見つからない。きっと今日ホームパーティで闇鍋で僕が食材に……無い無い。レーデルさんは渋々と返事をしている。僕にだってそのぐらいの態度をしてくれたって良いじゃないかよ、もう。
「そのさ……小神」
パチンッ! 唐突だった。鋭い音で僕の頭はレーデルさん持参のおもちゃの拳銃からビービー弾をおでこへ命中させられて悶絶をする。拍手をしてハイタッチをする二人。僕が何か悪いことしたっけ?!
「ミユって言ったのに……馬鹿。レーデル、ロープとガムテープ」
「ミユお嬢様、学校の方は宜しいのですか?」
ナイスレーデルさん。さすが殺人スナイパー……あだ名決定だろこれ。
小神はどうやらsinking thymeへと入ったようだ。腕と足を組んでいるが色気が足りないとか言うと、またビービー弾が飛んでくるので控えておこう。そして、そんなに学校へ行くことって難しかったっけ?
「ねぇ、蒼君」
レーデルさんに今度は額貫かれそうなので渋々、「はい」と素直におでこを押さえながら返事するとそのまま話が進んでくれるそうだ。
「一緒に登校してくれないかな?」
悶絶する僕を尻目に背中へと無い胸を押しつけられて興奮するわけでもなく平静のままと首を縦に振り、レーデルさんが「感想は?」と聞いてくる。何の感想だろうか……。
「無かったです……痛、痛痛っ!!」
胸の話かと思ったのは正解だったらしい……おもちゃの拳銃をレーデルさんと小神が死んだ魚の目でフルスロット使う気満々で連発をしてきて僕は顔を伏せて背中でその攻撃を受けるのであった。
――「いってらっしゃいませ、お嬢様……とドM様」
右手を左胸に当てて深くお辞儀をする燕尾服を来たレーデルさん。というか、誰がドMだ! というクレームはさて置き、あのリムジンの中で一五分話していたそうだ。時刻を見ると八時一四分。改めて思うが気を失ってからの復帰、僕早いね。さすがある意味鍛え上げられたものだ……姉に。
着いた場所は条咲学園で荷物はどうやら何通もメールと電話をしてきた深月先輩が持っているらしく、昼間に食堂で待っていてくれるらしい。さすがってところだな。
「じゃあ、行きますか」
顔を上げてそう合図を小神へと送る言葉を言った傍から僕は思考回路がフリーズしてしまった。
「「「「「おはようございます、ミユお嬢様と……」」」」」
「蒼君よ」
「「「「「蒼君様」」」」」
変な違和感十割。あぁ、この感情は変な違和感というだけで構成されていたのか。それどころではないのは重々承知だがたまには現実と目をそらしたくなるのは僕だけだろうか?
僕の目の前は条咲学園だ。それは御存じの通りだが校門から2年下駄箱へと繋がるようにメイドさんが異常な数で出迎えてくれている……ざっと見、100人手前だ。命名しよう、メイドさんロードと。
それにしても一人一人が違う服装と思うのは僕だけでは無いはずだ。周りに登校生徒がいるにも関わらずこの様だ。他の生徒も小神へと軽く会釈を交わしてそれに対して手を振り応対。まるで金持ちだ……いや、金持ち確定。学園は許すのが謎だと思うが。
「どれか一人、抱きたい?」
僕の鼻から鼻血が勢いよく噴射する手前で鼻を押さえる。どうやらレーデルさんが僕の耳元で囁いたらしく足早に「あとは頼んだぞ、蒼汰」と言って助手席に乗り、運転手ドライバーの伯父さんへと声を掛けて後ろにあったリムジンは走り去って言った。慌ただしいにもほどがあるって。
どれか一人、抱きたいって言えば……小神かなって僕の馬鹿。さすが変態男子高校生って思われちゃうでしょ!
そんな下心と戦闘する中、小神が僕の腕を取り、腕組をして歩き出す。正直、恥ずかしくて死んでしまいそうだ。でもここで逃げだすのも……。周りから殺意の眼差しとかが……怖いんだがミユがそれを察してウィンクをして対応……どうやら僕を誘拐した誘拐犯は笑顔とさくらんぼがトレードマークの愛らしい人と似非女性執事でした。