一話 ぼっちガール
条咲学園、六月中旬の恒例の行事『桜咲祭』。
今年も例年通り開催予定で、開催までに残り一週間を切ったところ。アリスは正直、あの勇者なんたら部に入部したのは昔、いきなり目の前から消えてしまった唯一無二と言っても過言ではない親友であって、この世でもっとも好きな蒼汰が居るから……。他に理由なんて、無い。
「おはよー、詞」
「おはよ~ん、結衣た~ん」
後ろでは朝の教室で挨拶をする女生徒達。アリスは……蒼汰がいないと、一人ぼっち……。そう実感せざる負えない状況を作ってしまったのも全て、アリスのせいだと自覚している。
『アリス……です』
自己紹介の時だった。自分の名前が嫌いなアリス、もといワタシは自分の名前を公表したくなかった。一人称もアリス。そう不思議の国のアリスから、自分の夢の中でしか楽しめないアリスから取ったもの。別に生まれてきたことに腹立たしい訳でもないし人生なんかを呪ったりはしない。周りや担任が何を言おうとも、私はアリス。軽蔑のまなざしを私は浴びる。ただ、蒼汰が……あの時のラブレターをワタシの目の前で破ってしまったことが……悔しくて、そこからのワタシの世界観は変わったんだ。悲しいより悔しくて、クラスメイトに脅されて破ったって琴音さんから聞いた……はずなのに、心のモヤモヤは取れないし、蒼汰はあの頃と比べたら……余計に鈍感になってる。まるでワタシからみた蒼汰は大木に乗った王子様。王子様なんだけど、乗ってるのは馬ではなくて、大木。殴られても罵声を浴びても傷つきはするが揺るがない大きな大木。
蒼汰は昔からそうだ。何を言われても反論もなく、全て真に受けて……。
果てしないように口からはため息が流されていく。もっと蒼汰との思い出を深く掘り起こすと、ラブレターを渡す数年前に蒼汰苛めていた男子三人組を一蹴したのを思い出して、自然と頬が紅潮をしてしまうのが何となく分かった。まるで夏の教室に居るかのような暑さ。蒸してくるセーラー服。急いで机の中から無地の下敷きを取りだして、空気を急いで逃がすように仰ぎだすワタシ。軽く失態……。
「……ダメ、ね」
「おはよ、アキ」
ビクンッ、いきなりの右隣からの声。蒼汰と同じ黒い髪に笑顔が蒼汰と同じようにカッコ良くみえる爽やか青年、糸野楓が教室の後ろドアから手を振ってるのが見えて、周りの女子たちは、
「楓君だ、きゃあ」
とキャピキャピ。ワタシを除いて、このクラスの女子は全員、糸野ファンってワタシが無視して話を流している時に糸野が自分で暴露していた。ここが蒼汰と違う。女性に対して謙虚さがない。性欲の固まったのが糸野。謙虚で大木男児が蒼汰。そう考えると、蒼汰と糸野の似ている部分があると思ったワタシはバカでどこが爽やかなのか、と矛盾している部分に独りでにツッこんでしまう。
「みんな、おはよ」
ニッコリ、そんな具合に笑顔が輝いていて、やはり蒼汰に似ている……。近づいてくる糸野に危機感を覚えて、来るなオーラを醸し出すように楓を睨み始める。目が合い、「嫉妬?」と首を傾げて、またしても強烈な笑顔に少し心が揺らぐ。
彼は席に着くなり、茶色のショルダーバックを膝上に乗っけて開封。その中からワタシに
渡してきたものは、
「桜咲祭クラス出し物……」
そう書かれたA四サイズの一枚の紙。このクラスの桜咲祭実行委員は糸野とワタシ。正直、強引になったものであって、おかげで蒼汰とは桜咲祭は一緒に回れそうにない。そして、おまけに部活の方にも顔出しは……一応出来ないと言うことにしておく。
「そう、本当は一週間切ってから決めるなんてことはあり得ないんだが、ウチのクラスの担任って、 やや鈍いところがあって、今に至る」
話は理解できた。コクリ、とワタシは頷いて糸野は話を続ける。
「んで、俺の提案は女装・男装メイド喫茶inお化け屋敷なんだ」
気が一瞬、朦朧と……。立ち直り、折り返しに「なぜ?」と問いかける。
糸野は少し、悩むように右人差指を眉間に寄せて考えた結果、
「萌えの境地を逆手に取る美のバランスさ」
と、してやったぜ、とでも言いたいような顔でこちらを凝視してくる。
「却下、死ね」
「えぇー。俺はアキの男装見てみたかったのにな」
子犬がしょんぼりしたような顔を見事にリアル再現している糸野だが、ワタシ自身がそんなことをするのは却下以前の問題に蒼汰がワタシの男装を見て、ガッカリしたら嫌、それが本音。周囲からはコソコソと、
「秋山さん、ちょっと堅いよね」
「ちょっとどころじゃないよ」
などの言笑に近い物が聞こえてくる。うざい、むかつくなども聞こえてくるが、丸聞こえすぎてなんとも思わない。蒼汰に嫌われたらワタシはきっと死んでしまいそうな気持ちになると思うが、こんな平凡以下の女子男子共なんかに嫌われるなら〇点取って、その教科の先生に嫌われる方が嫌だ。
「まぁ、アキが言うなら仕方ないけど、検討して貰えないかな?」
え? 今、このバカ(糸野)は何と言ったのだ。少しの動揺で聞きとれたが聞きとれないフリをしたい発言をした……。そんな驚いたワタシの顔をみて、糸野はこう口にした。
「アキってどんな顔でも可愛いよな」
口説き文句、口説き文句、と頭の中で言い聞かせて、胸の高揚を抑えつけて、浅く、息を吸って吐いてを繰り返す。このバカ(糸野)はきっと……ワタシをカラかっている。
そうに違いない。ワタシは否定として横へと首を振り無地の下敷きでカラかってくる糸野の頭を軽くたたく。バカ……。
「痛っ。やっぱ、俺なんかより橘が……良かったか?」
拗ねたような子供のように頬を膨らましている糸野。ワタシは慌てて、机を叩いて立ち上がり、「ごめん!」と謝る。周囲の女子生徒達はクスクスと笑い、自然と糸野もこちらに笑顔を向けている。
「何よ……糸野のバカ」
「わりぃわりぃ」
このバカ(糸野)は人の話を聞いていないのかやはり、笑顔。天真爛漫、そんな言葉がそっと頭をよぎったのは気のせいだろうか。
「じゃあ……用はそれだけ?」
「えっとだ……その、一つだけ聞いてくれるか?」
何を照れくさそうにしているのかワタシには分からず、首を傾げながらも、「うん」と声を漏らすように承諾。
「桜咲祭実行委員は後夜祭の時間帯はフリーなんだ」
後夜祭は一七時から二一時の四時間。通常運業(文化祭)が朝の九時から一六時。そして文化祭と後夜祭までの間、一時間。ここでワタシはその一時間で蒼汰達と合流する予定だった……ハズだが、ワタシはすんなりと、「一緒に回るの?」と問いかける。動揺したのか糸野は右人差指と右中指で自分の襟足を弄り、「お、おう」と応答。
「一緒に俺と回ってくれ!」
改めて言われ、考える間は少なく、ワタシはOKサインを出すように頷いた。糸野はよっぽど嬉しかったのか聞いていたクラスメイト(男)達は「爆発しろ、楓!」、「リア充爆発!」との声。爆発と言うのはどういう状況なのかワタシには理解できないんだが。勿論、歓喜の声などもあり、ワタシは何となくだがクラスの輪に入れた気がして、ぼっちガールとは縁が遠くなった気がしたのだ。
「よろしく、アキ」
何気なく差しだしてきた手にワタシはドキドキ、と心臓の音が伝わらないようにと願いながら、そっと手を置くのであった――