四話 呪いの席
「――おばちゃん、カレーライス甘口」
学生、それは時にしてお互いに競争し合ったりとするものである。僕は今、まさにその競争の中らか抜け出して、学園本館の縦にと無駄に大きい白壁の食堂へと居る。食堂の出入り口では上級生や同級生達が死闘を繰り広げているのか、「てめぇー」、「死ね、お前ら!」と聞こえてくるが、まぁ、勝者の余韻に浸ろうではないか、ハハハ。
「三五〇円ね。五百円からで一五〇円のお返しだよ」
そっとおばちゃんの暖かそうなぬくもりのある手に五百円玉を差しだして、残金がまた、その手から渡される。働くおばちゃんをこんなにもカッコいいと思ったのは松本屋の牛丼と味噌汁を渡された時と一緒の感覚である。まぁ、僕の勝手な思い込みに変わりは無いさ。おばちゃんからカレーライス(甘口)とプラス水が入った紙コップの白いトレーを受け取り、そのまますぐ後ろを振り向くと、何となくみんなが避けているらしい、曰くつきの『呪いの席』へと腰を落とす。あと三人座れるが、深月先輩とミユはきっと教室で昼食だ。あの人達は僕に何故か自分の弁当を味見させる癖があるが……美味しいから文句は言えないよな。
「はぁ」
と、幸せが本当に逃げそうなため息が身体の奥底から口へと伝わり外へ排出される。
視線を降ろすとカレーライスは湯気だっていて熱そうだ。だからどうしたって話なんだよね。一人会話、一人ツッコミ。常人の技とは思えないぜ、僕。
「……いただきます」
手を合わせて合掌。うん、普通の僕だ。スプーンを片手にカレーライスへとそれを入れる。ご飯はやや硬目でカレーライスには適切であって、って僕はどこのカレー評論家なんだ。黙々とスプーンを進めてカレーライスが半分になったところで、水を口へと含む。独特の食堂のカレーはそこらの学校の給食と同じ感覚だ。チーズが欲しくなるよ、まったく。
そんな気の抜けた心での独り言に水を差すように、「橘蒼汰君。隣、拙者が座っても良いか?」との声。
何となくスルーしたほうが身のためと感じた僕は再びカレーへと――バチンッ、右頬へ一発。バチンッ、左頬へ一発。何が起きたのか分からないが両頬が暖かいというレベルを通り越して熱い。そして次第にじりじりと痛みを帯びてくる頬。我に返ったのは数秒後で、叫んだのも数秒後であった。
「言っとくが、女の子が折角、君みたいな童貞君を相手してるんだ。二つ返事は義務のうちだろ、この軟弱な愚か者」
酷い言いようだ。隣に腰をおろして同じカレーライスを食べる茶髪ポニテの黒ぶち眼鏡女子。標準女子にこんな過度な言われようは初めてだぞ、いくら僕でも。
「返事はどうした、駄犬」
なんともお嬢様な発言。いや、方向性の間違った夜のお嬢様ね。
「駄犬って僕は」
「橘蒼汰君、あたしって人類に希望を照らす、天才ね」
「名前当てたぐらいで調子乗らないでください」
当たり前だが、時々ムカっとする。今がまさにその状況。カレーライスを食べ終わり、何故か名前を知っているその普通女子とはこれで金輪際、接することもなかろう。と思った五秒前。学ラン越しに普通女子は抱き着いて止める。ミユよりかは……大きい。何かがとは言わないぞ。
「どこへ行くの? まだ調教が済んでないわよ?」
「どこの調教師?!」
どんな調教を目の前で行うのかは楽しみではあるが、今はそんな気分ではないんだ僕は。
「良いから今日はあたしと話しなさい。あたしの謎と身体、どっちが知りたいのよ?」
どこから出てきたのかは分からないが、安定のスルー。僕はそんな特別な性癖の持ち主じゃないしな。
「どっちも要りません」
「駄犬の癖に生意気ね。良いわ。あたしの名前、特別に君に教えて授けようじゃないか、ワトソン君」
「黙ってくれませんか、バカ探偵」
「は~? あたし、天才だけどバカでも探偵でもないよ? バカでスケベな橘君♪」
うざい、ここまでうざいと思ったのは琴音姉以来だ。段々、エスカレートする自重を知らない暴言。僕はバカでもスケベでもなくて、ムッツリというのを理解してない……え、意味変わらない? なんのこっちゃ。
「そうそう、橘君」
抱き着きを解放してくれた普通女子。残念な気でもあるが、病む負えなく、席へと腰を下ろす僕。人の話はしっかりと訊かないと、だしな。嬉しそうな笑みで人差指を唇に付けて話す普通女子。そろそろ名前を聞きたいところだ。
「なんですか普通女子」
「あたしのこと覚えてる?」
普通女子だからって少女漫画に稀に見る強法的なやりとりでの主人公への絡みを行う気なのか! そもそも主人公って誰? この流れ上、僕ですね、うん。
「地球外生物」
仕返しとも言わんばかりに、口からポロリと出る言葉。
「芹島愛祐よ。この学園の三年。何故、名前を知っているかと言うと、君のお姉ちゃんの唯一の親友だからよ」
見事にスルーをしてきた。畜生。僕らの周りではガヤガヤと騒がれている。何事かと思い、席を立ち上がりあたりを見渡すと僕達にそのガヤガヤと視線は向かっていた。思わず突っ伏す僕と、「愉快じゃき!」と大らかに笑いだす芹島先輩。突っ伏しているのを良いことに背中をさっきの言葉と一緒に叩きだす始末。結果、僕の口からはため息しか生まれなかったのである。
「そういえばソータ」
「何ですかセナさん」
ちなみに芹島のせと愛祐のなでセナという略し方。センスの無さは琴音姉のせいだから。セナは黒ぶちを耳から外して、セーラー服でと眼鏡のフレームを拭きながら僕へと話しかけている。職人技だ。僕ならどっちかにしか集中できないのに……。
「呪いの席ってどこな~んだい?」
背中をゆっくりと流れる一滴の水。その成分には動揺が含まれているものであって、俗に言う、冷や汗。思わず逃げだしたくなるセナさんの発言。
『ここが呪いの席です!』
『まじかー!?』
という押収が目に見えているから……。
「ん? ど~した、ボ~イ」
この人の性格がよく分からないのだが。
「何でもないです。ところでセナさんはどこまで、その……呪いの席のことを知ってるんですか?」
「ん~」
と頬づえをついて考えている。僕が知っている限りでは、次の日に二度寝や不意打ち小テストをすることになるって琴音姉に訊いたんだけどなぁ。
セナさんの頭の上にあるデフォルト豆電球が点灯をして、「なるほど!」と一声。どうしたらなるほど! という返しになるのかは謎なんだが。
「死体がこの下から発掘されたんだね!」
「どこの迷推理?! 無茶苦茶ですって。動機は何だったんですか!」
「たびたび、授業中に起こる二度寝。そして小テスト! この二つの罪を犯してしまって……カツオォォォォォォォォ!」
「いや、まんまサ○エさんだから。勝手に殺すと偉い人から苦情きますし。それとその噂は僕の知っている奴と同じですね」
「どうせ琴音から聞いたんでしょ?」
「なんでそんなあからさまに嫌がる顔してるんですか!」
「別に」
「沢○エ○カですか、セナさんは!」
ハァハァ。興奮じゃないぞ。疲れて息が途切れ途切れになり、進行形で気持ち悪くなってきた。セナさんは僕の全力のツッコミに笑いながら、「つまらないね~」と一言添える。偉く、心が傷つくが思わず笑う僕。
「まぁ、気に入った。あたしも勇者伝説研究部で琴音のやり残したことを手伝いたいわ。良いでしょ、ソータ」
「また唐突に……。僕は構いませんよ。でも深月先輩が……」
「部長の子ね。大丈夫、あたしにサディスティックで勝てると思う?」
「それもそうですね」
お互いに笑い合い、握手を求めてきたセナさんに答えるように手を差し出して、「よろしく、ソータ」と頬にキスを頂いて頬を染めながら僕は「こちらこそ」と丁寧に頷いたのである。
――翌日。
「文化祭の出し物は、蒼汰がターゲットのダーツだ。いぇい」
「ちょっと待って!」
「異論は認めないよ、蒼君。昨日、私より芹島先輩と一緒に居た時間、長かったし……」
勇者伝説研究部の部室、あのめんどくさいルートを辿った部屋では文化祭の出し物について議論をされているが僕の隣に座っているセナさんのおかげで自体は急展開を迎えていたのだ。まさかの僕がターゲットのダーツになるとは。深月先輩は、「またキスかよ」と小声で何度も呟き、ミユに至っては冷静で居られないのか、声がいつもの三倍、大きい。胸がいつもどおりなんて口が裂けてもこの場で言えない。
「ご、ごめんミユ」
罪悪感から謝るがセナさんは、「ミユちゃん可愛い!」とテレポートをしたのか分からないスピードで、メイド服を着ているミユの身体をスカートの中に手を入れて、弄り始めている。男にとっては至福のひとときなんだが……。
「きゃあああ!」とミユの悲鳴。そう思ったのもつかの間、僕の首は四五度に右へと傾き、次に鳩尾へと人差指と中指が入り、深月先輩の「破廉恥だ、バカ!」と叫んだ声を最後に僕は意識を失うのであった。
――文化祭の出し物は、僕をターゲットにしたダーツ、だそうです。呪いの席のせい、とか思ったのは気のせいでは無く、まさにその通りと僕の部屋に居た琴音姉はそう告げたのであった。