side story ①~専属メイド・レーデル
平日、それは学生であるはずならば通うべき場所がある。それは学校。社会の基本を身につける場所としては最適な場所であり尚且つ恋愛の場としても一目置いておける場所だ。そんなところに私はお嬢様からの許可を得て学園内で入澤萌香に扮している。赤髪とポニーテールがトレードマークでひそかに大切にしている異性たちの同性愛を語る薄い本を持参しているのはお嬢様専属メイドのレーデルとは違う。そう私は自由。自由に恋愛も青春もできるのね。そう考えると胸のドキドキが止まらないのは秘密だ。今は転入から二年が経ちお嬢様と同じ学年で過ごしているがお嬢様は気付いていない……それとも気付いてるけど無視、無い無い。
そして私がお嬢様以外に気になって仕方ないことは橘蒼汰。そしてお調子者の浦安会長。この二人は似ているように私は感じた……なんとなくだが。
二人を見ていると癒されるというか飽きない。特に蒼汰に至っては毎度毎度のツッコミが楽しいというのもあるしな、うん。浦安会長は女の敵で楽しくは無いけど面白い。面白いだけで決して何も思ってはいない……ほ、本当だからなッ! って私は誰に話してるのでもなく廊下の窓ガラスを恥ずかしげに叩いていた……。
「入澤どうした?」
「佐藤先生?! な、なんでもないです!」
気付いたら社会科担当する学校生粋のエリート大学出身の二四歳男、佐藤和乃先生って説明長いな……。私は振り替える間際にあの例の”執事流記憶消去術”を実践しようと佐藤先生の首元を両手で掴みスカートがたくしあげられながらも佐藤先生を吹き飛ばすのに成功――「ぎゃあああああああああああ?!」
――悲鳴なんてソラ耳ね……きっと。
「――萌~、一緒に帰ろ~!」
教室に最後まで残ったのは私と親友とも言うべきなのか越谷優子。彼女は生徒会執行部の人間で副長を務める十年に一度の天才と誉め称えられていてプライドが高くて……知ってる限りでは王道のツンデレで、お嬢様の親友の成瀬さん並みの口の悪さは私だけの秘密という吐露。容姿は学年一可愛いと言われているお嬢様と互角の可愛さを持っていて、男の心を読んでいるのか手で可愛い仕草をして同性には若干引かれていて……いやここまで来ると陰口モードだからやめておこう。私は会計ノートに黒のボールペンを挟み、閉じて適当にと返事する。
「萌も大変よね」
「なんでユーコは私の胸を見て言う」
ユーコのオヤジ的視線はどうやらこの慎み過ぎた私の小さな胸を制服越しで見つめていて腕の鳥肌が勢いよく立った。視線を反らせようと片頬を勢いよく押して、本来なら逆方向を向くはずだったが……、
「ギブ、ギブだって!」
思わず鼻の穴へと指が突き刺さり緋色の血がチロリと……。思わぬアクシデントに鼻笑いをしてしまい、何を思ったのかユーコは指を穴からはずして私の背後へと回る。
「ちょ、ちょっとユーコ?!」
勢いよく下から押し上げられた胸に周りからの男子生徒からの視線に気付いた私は”執事流記憶消去術”を使いそうになったが考えてみろ萌香……相手は親友、一世一代稀に見る私の親友……傷つけるわけには……。
「淫らな萌も可愛――」
「すいません先輩。ついつい強制的にされてしまってるのかと思い助けてしまいました」
ユーコはプシューっと空気の抜けたのように頭にコブを作り昇天をしている。勿論、私の目の前には黒髪で特徴が無さ過ぎて表現できない後輩が土下座をしている。私は正直有り難くて、私を見ていた男子生徒はどうやら溜息をもらして去って行ったがどうして同性のこういう絡みを好むのか男子生徒の気がしれてる……男同士なら何も問題ないのだけどね。
「良いわ別に……」
「どうしたんですか先輩?」
ハッと我に帰る私は顔を俯き、たった今マジマジと目の前の男子学生の顔を確認及び認識をしたが……、蒼汰だったとは! 嫌な汗を掻いてるって私変だなぁ……別にバレても何が起きる訳でも……、
『僕にメイド服でご奉仕してくださいよレーデルさん!』
「で、でも……きゃ!」
『ではご奉仕は僕から』
「んな訳あるか!」
顔を上げて、思わず叫んでしまい口を封じるように両手で覆い深呼吸をする。蒼汰はいつもどおりの表情で私の叫んだ意味を理解せず頭を傾げる。って理解できる訳ないか……お嬢様が大好きなのも気付かないで鈍感でシスコンだからね。
「先輩、僕これから冗談言います」
「は、はぁ……」
どうしたことか頭のねじが吹き飛んだのはこんな状況で私だけでは無くて蒼汰もだ、そうだ。いきなり得意げな顔つきに変わり思わず拳が唸るところであった。執事流顔面崩壊パンチと名付けよう、そうしよう。
「えっと……先輩ってもしかしてレーデルさんだったりします?」
つまらねぇぇぇぇぇぇぇ! こいつの冗談つまらねぇぇぇぇぇぇぇぇ! なんで、なんでなの?! お嬢様の好意に気付かない癖にこういうどうでも良いことに敏感な変態男子高校生主人公ってどうなの!? 蒼汰は主人公失格で明日から主人公は始まってから作られた岩槻葉也を使えば良いと思うよ!!
「あはは……冗談オモシロイ」
「先輩目が虚ろで棒読みになってますよ?」
ふとおでこへと触れる蒼汰の片手。驚いて身を引くが勢い余って蒼汰が私の上へと覆いかぶさってきた……。
「痛っ! 先輩大丈夫ですか……ってなんで目を瞑るんですか!」
「痛いのは覚悟してる……」
待て、私。どうしてたった何分前にあった女とやろうという蒼汰が居るって想定なんだ。あっちがまだ私の事を知らない……だったら、
「脱ぐ」
「えぇー?!」
「嫌か? まぁ、胸は小さいけど我慢してって……なんで目をつぶるのよ」
「し、失礼しました!」
上から立ち上がり蒼汰は勢いよく食堂側の渡り廊下へと走って行く。少しメンタル面でショックを追ったぞ私は。
暫らくユーコを背中に乗せて寝込んだところの廊下から引きずるように運び女子寮へと辿りつく。荷物になっているユーコを私の部屋のベットへと置いて行き夕飯を自炊のためにと買い出しへ出ることにした私は財布とスクールバックと花柄のショルダーバックをチェンジをして郊外へと足を踏み入れることにした。あたりは春から夏へと移行しようと言う五月初旬。あたりは六時半で夕空が碧暗い。心臓破りの坂を下ると商店街が右側にあり左側には大手メーカーのデパートがあるが私は勿論、お嬢様曰く『庶民派を選ぶ』のは変わりないこと。これではレーデルになってしまうけど素の萌香もこっちを選んだと言うことにしておくわ。
i podを通してイヤホンから聞こえてくるメロディに私は癒されながらの買い物。今日の夕ご飯は相部屋の子が作ってくれると言うことでメモ帳の切れ端を渡された。一番気になった具材は「アミノ酸」。これは……楽しみだ。
買い物は殆ど薬局で済み、帰りの帰路に切り替えて歩いている途中に不意に公園で泣いている十歳ぐらいの男の子が居た。メイドたるものご主人様以外に使えるべきではない、そうは言われてもこれは萌香、私自身だからご主人様も何も関係ない……小神家の人間にバレたらどうするかは後で考えよう。元々この学園に入ったのは影護衛と呼ばれるものだからな。
「だ、大丈夫君?」
ベンチに座り泣いている少年の隣へと座り話を掛けるとこちらを向いて、呆然とする少年がそこには居た。服装は普通に長袖短パンと春から夏にかけての小学生らしい格好。特に怪我などもなくただ少年は泣いているように私には見えた。
「お、お姉ちゃんは『如月魔法探偵事務所(きさらぎまほうたんていじむしょ』の人?」
なんだろうか。少年はやけに長い探偵事務所の名前を自慢げに言ったように聞こえた。私が舌足らずと知っての狼藉だろうか。そんなことより如月なんとか事務所のことはスルーで。適当にうんと返事を返して少年は涙を止めた。
少年は不安げな顔ではあるが先程よりは”生気を取りも出したような顔色”をし出した。私も自然と止まっていた皮膚呼吸も活動し出したよ。
「じゃあお姉ちゃん」
上目遣いで訴えてくる少年。あぁ、もうそんな無邪気な目で私を見ないでいただきたい。お嬢様もそんな顔で見つめてくるときは嫌な予感しかしないがこの少年にやられると悪い気がしない自分が居る……。って私は萌香だから今はお嬢様は関係無くて、えっと……関係ない。
「何?」
引きつり笑顔で返事する私にお構いなしに少年は碧暗い空を差したかと思えば木に引っ掛かっている風船を差していた……嫌な予感しかしないわ、やっぱ。
――さて、ここで蒼汰に言われた女性似非執事というレッテルが本物と言うことを証明してしまうのか……。私は実にヘタレ的(いや、女子と言うのは本来こういう物だよな)に木の上で腰が抜けていて太い木枝に抱き着いている状態。ベンチの上には少年が靴を脱いだのか裸足で立って指先で指示をしてくれるが……取れるか馬鹿! いや待てよ私。執事たるもの全てが完璧じゃないでどうする……。
「って私はレーデルじゃない!」
ハトの泣き声が聞こえてくるのが無性に寂しくなるなぁ。まるで私がスベった芸人扱いじゃないか。岡●みたいにスベった後も試行錯誤しなくてはならないのは執事である私にはってだから違う!
「どうしたのお姉ちゃん?」
「大丈夫、私は私で私は執事で、えっと……あぁーもう、執事で良いや」
「?」
首を傾げて謎めく男の子に私は愛想笑いをしつつスカートの中へと来る風に驚き急いで手で押さえる。目先にあるピンク色の風船。手に届きそうで届かない悔しさ。余計になんかお嬢様の気持ちが分かってしまう。こんな感じに想いが届きそうで届かない蒼汰の鈍感野郎とかお嬢様は思っているのだろうか……ついつい笑ってしまうが今は自分の状況の方がよっぽど笑えるって話だ。男の子曰く「下に降りられない猫」とのこと。良く言うもんだ……泣いてたくせに。
「そういえばお姉ちゃん優しいね」
「そーね。執事だったら貴方のことを微塵切りにしてたところ」
「執事ってお姉ちゃんなれるの?」
「完璧に最後の一文無視しやがって、畜生。私だってなれるわよ。大体お嬢様の恋する相手が馬鹿すぎて面白いけど……君はなるんじゃないぞ。なったら君を含めて三人の男をお嬢様の目の前から消さなければならないからな」
「鯉?」
「多分小学生らしい漢字変換だと思うが恋だ、恋。異性を胸が苦しくなるほど愛してやまないことだ」
「お姉ちゃんはあるの?」
「私は……」
我に返り今は木の上=自分の体重+地球の重力=私落ちる。脆かったのか甘くヒビの入っていた木の枝はパキッと不吉な音を立てて崩れて私ごと床へと急転直下するのである。勿論地面へと直接落ちたら骨が折れる高さ。私は運良く助かったのか執事で良かったと自覚する瞬間であった。身軽に地面と着地をして木屑などを払う中、少年はそのベンチから消えていた。私は仰向けになり碧暗い空を見上げてみた……星が綺麗だな、の感想の前にここ公園なんだよなぁが正しい反応だ。私は一体……恋をしているのだろうか。青春の醍醐味を私は味合うことは出来るのか……出来なそうなときは蒼汰か浦安会長にでも手伝ってもらうとするか……。
「――あぁ、あそこの公園って男の子の霊がって萌?」
撃沈する私を励ますユーコにルームメイトの柏八木さん。あの男の子の真相を知った私は翌日、生徒会の担当の先生へと話をするとどうやら恋愛成就するようになる座敷わらしのような霊とのこと……夏でもないハズなのに死ぬ寸前の思いをした甲斐、あったかな。