五話 後日談
「……手紙は気にしてない、だから蒼汰はアリスを好きになって」
ファンクラブ同士の抗争、第一次対戦はKFKに軍配が上がり無事に勝利を収めてから、アリスに言われたとおりに彼女の話を聞いた。アリスからの話はラブレターの事件の事は気にしてないらしく、僕はアリスを好きになるのが条件らしい……一嵐きそうなのは気のせいだろうか?
僕からの話は勿論、転校したせいで有耶無耶になっていたラブレター事件の事を謝ろうとしたのだが謝るタイミングが無くて、結局アリスには何も言わず終わった。
「……課題、捗ってる蒼汰?」
忘れていたが条咲学園には特別授業という枠があり、授業を休んだ生徒への制裁、もとい課題プリントを提出しなければいけない。このルールは昨日の帰りの電車で宣告をされた。遅い且ツッコミを入れる気力がなかったのは自分でも思うが盲点だった。そんな課題をしている場所は勿論、特別授業を担う生徒指導部であることから生徒指導室である。監修は一人ついているが一年B組の生徒数二名が対象なあまりにあの女担任がついている。うん、明らか僕と葉也のせいだ。時間帯が朝の五時半というだけあって眠さと昨日の疲れからまったく捗らない事実。
「アリスはどう?」
「……彼氏を支えるのが彼女の役目。アリスは終わって無いけど頑張る彼氏の横顔を見たいのが上回ったの」
終わって無いのか……ワンチャンス、書き写しできると思ったのに。そんな僕の考えとは裏腹に『彼氏』『彼女』という単語に敏感に耳を立てているミユと深月先輩。みんな横一列に折りたたみの青い椅子へと腰を掛けて折りたたみの茶色いテーブルへと課題を乗せて一生懸命にペンを走らせているのだがおよそ三名のペンが止まってることは確認できたぞ。ミユ、深月先輩、アリスはペンを止めてそれぞれに不可思議な行動を取っているではないか。ミユは席から離脱をして僕の後ろへと回り、アリスの過度な露出を指摘している。確かにセーラー服からは少し大人の色気が出ていた……。深月先輩は僕の左横の席で、間接的に手の指に訳のわからん技を掛けていて何気に痛い。アリスは勿論、ミユからの指摘を無視して長い黒髪をサイドポニテへと縛り直して僕の太腿へと手を伸ばして弄り始めている。もう何もかもが訳のわからん状況になりつつあるのであった。
――拷問という拷問が終わったものの女性陣からは引き続き拷問のようなものを受けて精神的にボロボロだよ、まったく。平日の五時から八時、三時間に渡る拷問は正直窺えないものだ。ミユは身体が弱いって深月先輩が昨日、電車の中で言っていたことを思い出して気を遣うものの、「だったら心臓を落ち着かせるために秋山さんは蒼君から離れるべきだと思います!」とのこと。引き剥がそうとするもののアリスは、「彼女のご奉仕を無駄にする彼氏はいない」と抵抗をして追加で「彼女が居る蒼汰に色気仕掛け、良い度胸ですね先輩」とのこと。色仕掛けと言えば胸以外でしか行えないミユのことは余計に心配である。まぁ、親心って奴なのか。
「早いですね~橘君」
「おはようございます橘君」
えっとアレだ。一年B組の教室の中に入ってきたのは拷問組の葉也と生徒会長の浦安重人である。重人の手の中にはオレンジジュースが二本。
「暑中見舞いです」
季節は春だろとか思ったが思わぬことに呆けていた僕は返す言葉がなく、重人は手の中にあるオレンジジュースを二本こちらへと投げてきて、「それでは一旦adieu」と捨て台詞を吐いて何故か全力疾走で食堂へと走って行ってしまった。葉也と目が合いお互いに首を傾げて苦笑いしている間に廊下を団体で駆ける足音が聞こえ自身のように床が揺れて、ふとした瞬間に女生徒達が重人の走って行った食堂方面へと駆けて行く……まさかとは思うけど重人ファンなんて言わないよな、アハハ。
「そういえばですね橘君。……黒髪美少女様が廊下で待っていますよ?」
黒髪美少女様ってとんでもないあだ名をつけられるのはモチのロンでアリスだ。葉也はきまづいのか曖昧な笑みを浮かべて廊下側を差している。おもむろに立ち上がる僕に催促のように、「さぁさぁ」と言葉で流している。葉也がきまづいと僕も自然と葉也の仲を気にしなくてはいけない連鎖被害が起きるため、「そんな顔しないでよ葉也」と笑顔で励ますと共に「ただの知り合いだけだからな」と付け加えて廊下に出たのであった。
「……蒼汰、遅い」
「ごめんアリス。ところでどうしたの?」
僕は廊下で棒立ち状態のアリスへと謝りながらもここへ来た趣旨を聞くことにした。アリスは制服のスカートのポケットから『入部希望』の封筒を取り出してこちらへと差し出してくる。手に取る僕は、「まさか?」と思わず生唾を飲みそんなことを口にする。だって驚きなんだもん。
「……うん、アリスは『勇者伝説研究部』に入る」
照れ隠しなのかアリスは封筒を受け取ってもらったのを確認して頷きながら僕の頭目掛けて頭突きを繰り出すのであった――「ぎゃああああああああああ!!」
「――人間の限界って知ってるっけ主様は?」
「利業以外だから普通に言いなさいよ」
「生徒会室に居るんだから誰に訊かれてるのかも分からないんだからしょうがないよ主様。ボクはいつだって監視される立場なんだからね」
「それもそうね」
「なんか食べてるの主様?」
「別になにも。なんでよ?」
「なんか言葉に詰まってたからさ」
「……そうか。結局勇者って言うかチキンと成長してる気がするわ」
「唐突だけど主様は弟ラブだから弟君の事だよね?」
「弟ラブで何が悪いの? そもそも貴方って人は」
「あぁーはいはい。弟ラブはボクも重々承知さ。だけど敢えて言う、『こんな楽しい用事にボクも混ぜてくれてありがとう』」
「話遮って……まぁ、楽しかったのはちょっと同意かな。でもジェットコースターで最後の下りで『ごめんなさい!』って叫んだのはちょっと誤算ね。『琴音姉愛してる』がベストアンサーね」
「琴音姉愛してる」
「殺すわよ? 今ならデコピンで貴方を殺せそうだわ」
「物騒だなー。ボクの妻は鬼嫁になりそうだ」
「だ、誰が貴方の嫁よ! 馬鹿!」
「ツンツンデレデレすぎるな~」
「もう……取り敢えずお手伝いありがとうね」
「……うん」
「どうしたのよ、いきなり黙りこんで」
「いやちょっとね。そういえば主様はこれから弟君の部屋に籠るの?」
「そうね籠るわ」
「過激なのは画面越しだけだよ?」
「弟なんだから問題ないわよ」
「弟なんだから問題有る気が……」
「ん?」
「い、いやなんでもないよ」
「ふーん。また今度……手伝ってね。お礼の肉じゃがは蒼汰に持たせて明日向かわせるから」
「了解。朝だけどおやすみ」
「そうね……書類処理も終わったし寝る。おやすみ」
――ツーツーツー、電話口からは電話を切ったあとの音が聞こえて携帯電話を閉じる。今回ボクがあのお遊びに加担をしたのは第一に琴音さんが居たからであったことと琴音さんが作った『勇者伝説研究部』のメンバーが居るからだ。誘拐したのもボクなんだが一つだけ誤算はあった。あの飯沼勇人が潜んでいたことだ。そのことをボクは今後警戒線を張らなきゃいけないのもまた事実。飯沼勇人はボクの父を金で買い取ったおぼっちゃまだ。そんなアイツの間抜けな顔が一日でも早く見たい。琴音さんと一緒にアイツの全てを暴いてや――バキッ
「癖が出ていらっしゃいますよ浦安会長」
「あぁ萌香。今日は朝に何の用事もないだろ?」
生徒会室にいたのは赤髪ポニテで似合いすぎる眼鏡をかけている端正な容姿の癖に何故か男性の同性愛に趣味を持っている入澤萌香だった。そしてボクのいつもの癖というのはなんでも握り潰してしまう癖で今は握っていたシャープペンシルが被害を受けたらしい……。
「話を逸らして……浦安会長は。それウチのお気にのシャーペンやったのに」
そして彼女のもう一つの難癖は怒ると関西弁風な喋り方をすることだ。地方の人には気に居られると良いものだ。って痛っ!
「聞いてるんですか浦安会長?」
「聞いてるから耳たぶを離して! 一回そのピンセットから離脱して!」
強制離脱を計ろうとも困難すぎることに白旗を上げて降伏をしてピンセットを取り外しての彼女の一言は惨かったのである。
「……浦安会長は女たらしすぎます」
――あぁ、昨日の書類整理を頑張る一存であります。