五話 臆病者
「蒼君! 私の下着がってコト先輩!」
誰もが同じ反応を取るのはどういうことなのか。ミユは慌てて荷物整理をしている僕と葉也の部屋のドアを勢いよく開けて僕の胸へと飛び込んできての一言。若干おでことおでこが当たり「痛っ!」とのこと、貴女が悪い。そして一方、能面のような表情で琴音姉は手首を柔軟させて骨の音がポキポキと。そもそもミユって琴音姉の存在をなんで知っているのかが不思議に思えたんだが、今は良いか。
「良い度胸ね……この琴音様の弟の蒼ちゃんへと手を出すとは」
僕は首にミユの手が回っている状態でミユと琴音姉のなんか訳のわからない睨み合いに巻き込まれているんだが。そもそもいきなり抱き着かれて心拍数上昇でプラス良い匂い(女子高校生以上の年齢の特権な匂い)は悩殺すぎる。
「あらあら、コト先輩。久しゅうございますね」
どこの王奥なんだよって言うミユの発言。そして懐かしき敬語。誘拐された以来聞いてなかったがこういう状況で自然と出るんだな……なるほど、理解した。
「ミユさん……突然だけど貴方、もしかして蒼ちゃんの事が好きなの?」
それは愚問だろうとか思ったが……愚問でどうやら正解だ。挙動不審になったミユ先輩は僕と目が合うなり「す、好きとかじゃ、無いよ!」と言って慌てて首に回した手を引く。僕の真っ正面へと正座してパニック状態に陥っているらしい。
「分かってるから大丈夫だよミユ」
優しくフォローをかけるつもりで微笑んだつもりだったが歩くアトラクションゲームが始動した。
「死ね変態!」
背中を勢いよく蹴られて悲鳴が出る前に蹴りを浴び続けて死ねを連呼する深月先輩。
「もう!」
と、なんとなく叫んでみて深月先輩を退けて「静粛に」という慣れない言葉を前置きにして場が静まる。たまには怒らないと女子陣は暴走が止まらないからな。
「久しぶりに再会するのは良いと思うけど時と場合を考えて!」
反省したのか、「は~い」という空返事が女子陣三名から聞こえた。咳払いをして改めて、
「で、ミユはどうしたの?」
と、先ほどの言いかけの下着がという言葉に戻る。別に下心とかじゃないからな。ミユは苦笑いをして頬を掻きながらこちらを見て口にした。
「盗まれちゃったんだ……」
「……」
部屋には何か重たい空気が流れているがみんなきっと
『リアルな事件来た!』
と驚いているはずだ……ストーカーがいるんだでの顔面硬直より遥かに顔面硬直……日本語らしくないけど実際そんな顔して驚いている。
「とりあえず、冷静に考えると『ミユさんのストーカー犯=ミユさんの下着を盗んだ犯人』で成立って考えるわ」
琴音姉の久しぶりの姉らしい言葉。軽く尊敬したぞ。いつも……ってなんか頬が痛い!
「なんで琴音姉、僕の頬をがっしりと両手で掴むのさ!」
「なんか恥ずかしかった、そしてムカついた」
どうやら僕の顔は四次元ポケットのような性能にはなれないと思った。意味分からんが。
「本当にお前良く顔に出るな」
横へと座り、座高の関係で深月先輩が僕を見上げる形で右人指し指を突き立ててその死んだ魚のような目で見てくるではないか。知らんよ。そもそも顔に表情が出るのは橘家独特の能力って奴だろ。生まれつきだ生まれつき。
「それはどうも」
「今、お前……『生まれつき』とか思ったよな?」
「……」
「何か言えよ!」
痛っ! 耳引っ張るとか暴力反対だろ。そもそも何もしゃべらないと顔に出ないってどんなキャラだよ。顔にでも喋る言葉とか書いてあったりな。
「とりあえず、聞きましょう、ね!」
「分かったから顔近い!」
僕の右頬を両手を添えて思いっきり押し飛ばしてくるのはかなり首に負担が掛るんだぞ、という心の中の抵抗。
「とりあえず犯人捜索を今日の放課後したいと思うから図書館集合で、解散で」
場を仕切り今日の放課後に犯人捜索をすることに満場一致で終わり、深月先輩はつまらなそうに口を尖がらせて僕の腕を引っ張りと他の周りより先に廊下へと出る。
「なぁ、蒼汰」
「どうしました深月先輩?」
いつになく挙動不審な先輩なのだが、どうやら真剣な話らしい。まぁ、長年一緒に居る勘なんだけどね。廊下にただ突っ立っているだけで会話は進んでいく。
「ここだけの秘密なんだがKFKって知ってるか」
「消しゴムがファイティングポーズするキッチンですか」
「どこのキッチンだよ。全く違う。勝手に大喜利始めんな」
「は~い」
「KFKとは≪琴音様ファンクラブ会≫の略なんだ。そんでいきなりだが俺の過去を話すつもりはないけどお前なら話せる気がするから言うよ」
「琴音姉のファンクラブ会か……(別に近所の商店街にもあるから不思議ではないんだよな、一応可愛いって言うのは弟でも分かってるし)。別に聞く気ないんで無理してまでも言わないで良いですよ」
「お前の過去だって俺は……琴音先輩に聞いたんだ。だからついでだ。……勇者、なりたかったんだろ?」
「少し違いますよ」
苦笑いでその話題を振りきろうとする僕に深月先輩は小声でこう呟いた。
「勇者になりたかった訳じゃなくて、呼んでほしかったんだろ。自分は小物って決めつけて自分で勇者にはなれないって思ってたからこそ呼んでほしかったんだろ」
「半分当たりで半分はずれです、深月先輩。確かに僕は自分で自分の価値を決めつけてました。でもその時はすんなり”ケジメ”がつけられなかったんです。今と違って」
「ケジメか。そうだな……心が子供だと諦めきれないよな。俺の場合もその”ケジメ”が付かなかったんだ――」
両親を失い呪われた娘と謳われて親戚中をグルグルグルグルと回されていって最終的に両親の父方の祖父母に引き取ってもらうことになった俺は正直、嬉しいようで悲しかった。当時四歳の俺には理解は出来ないが厄介扱いだったのは小さい俺でも分かっていた。だから分かっている分、悔しくて悲しくて涙が夜中に流れて行く。別に両親が居なくて寂しい訳じゃない。もともと両親は俺の世話なんかしてくれなかった。全部今の祖父母に面倒をみてもらっていたんだ。だからあの涙は亡くなった両親なんかに向けたわけじゃないのだ。全部、『不幸で惨めな俺へと送った涙』なのだから……。
五歳になると祖父母が習字教室のチラシを観て、「懐かしいわね」と微笑んでいたのがきっかけでその習字教室へと行くことを決めて祖父母へと言い、通い始めた。通い出して二年の月日が経ち小学生以下の習字展覧会コンテストで同じ学年の越谷優子が金賞で俺が銀賞のワンツーフィニッシュで琴の死は七歳という最年少で世間から注目を浴びるようになったのだ。
勿論、習字教室で友達が居なかったのでその金銀をきっかけに越谷優子が人生初めての友達になった。だが一年が経ち越谷優子は俺を毛嫌い話さなくなった。講師方が言うにはライバル視をされたと俺に説得をして習字へ専念させようとした……。
九歳になり、ある一つの事件が起きた。俺の作品と墨が突如消えたのだ。家を探してもどこにない。焦る俺は毛嫌いをしていた越谷優子を犯人と決めつけて本人に話すも泣き始めて結局は俺が悪者になったのだ。理不尽すぎる怒りは誰に当てることもなく小心者の自分が許せなかった。そしてなによりも『これから習字が出来なくなる』という恐怖心に煽られて、祖父母をがっかりさせてしまうと考えて胃がねじれるように気分が悪くなる。その年の習字展覧会コンテストには作品は間にあったものの作品には越谷優子がこけたと言い訳をして墨で台無しになり……絶望をして引き籠るようになったんだ――
「深月先輩はそれでも、引き籠っても諦めて無かったんですよね?」
「当時の俺にその質問をされたら確実に”諦めてない”って答えてたけど今の俺には分からない。結局のところ、子供の時って何しても罪悪感がなかったし、なんでもできたから、そう答えてたと思う。子供の事に平気で罪を犯す者には罪悪感って言う言葉は存在してないんだろうけどね」
「何でも出来るか……僕もきっとアリスのために勇者になりたかった、ただそれだけで満足を得ることができたから」
「俺にはそうは思えない。勇者になりたかったのは”誰かのため”じゃなくて臆病な自分と”ケジメ”を付けたかっただけだと思うぞ」
「自分の……ために……」
結局のところ、僕は、勇者は誰のためでは無くて自分のためになりたかった……勇者の定義なんて無くて誰かのためにと言うのはきっと良いわけであったってことだ。そしてあのときもアリスの気持ちを考えずアリスを守った気でいる僕は、ただの『臆病者』だったてことだ。
「だけど俺はお前の姉、琴音先輩に中学の時に出会って、お前とも出会って自分が変わったって思ってるからよ……その、ありがとな」
背中を向けて、深月先輩はツインテールの両サイドの結び目の赤いリボンを取り、「感謝、してるからな……お前にも」と捨て台詞を吐いて廊下をまっすぐ走って行ったのであった。
全てが全て自分の思い通りに動くと信じるのではなくて、動けば『勇者』。動かなければそれはきっと助けた気でいる気弱な『臆病者』ってことだ――