表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

帝国厨房の主

 カイル陛下への朝食提供を終えた私は、その足で城の裏手にある厨房へと向かった。

 これから毎日、私が食事を用意するにしても、部屋でこっそり作るわけにはいかない。

 拠点が必要だ。


「ここね……」


 重厚な扉の前で足を止める。

 中からは、怒号と金属音が響いてくる。

 私は意を決して、その扉を押し開けた。


 ムワッとした熱気と、油の酸化したような臭いが鼻をつく。

 広々とした厨房では、筋肉隆々の男たちが大鍋をかき混ぜたり、巨大な肉の塊をナタのような包丁で叩き切ったりしていた。

 料理というよりは、解体作業現場に近い。


「なんだ、あんたは!」


 入り口に立った私に気づき、一人の大男がドシドシと歩み寄ってきた。

 身長は二メートル近いだろうか。熊のような体躯に、白いコックコート(油で茶色くなっているが)を着ている。

 彼がこの厨房の主、料理長のガントだろう。


「ここは女子供が遊びに来る場所じゃねぇ。怪我しないうちに帰んな、お嬢ちゃん」


 ガントは太い腕組みをして、私を見下ろした。

 威圧感はすごいけれど、私は公爵令嬢として、もっと陰湿な貴族社会を生き抜いてきたのだ。これくらいでは動じない。


「初めまして、料理長。私はリリアーヌ。今日から陛下の食事担当になりましたので、ご挨拶に伺いました」


「あぁ? 陛下の食事担当だと?」


 ガントは鼻で笑った。

「冗談言うな。陛下の体を作るのは、俺たちが作る『帝国式パワーシチュー』だけだ。貴族の嬢ちゃんが作るような、軟弱な飾り菓子なんぞ必要ねぇんだよ!」


「パワーシチュー……あの、深緑色のスープのことですか?」


「そうだ! 野菜も肉も皮ごとぶち込んで、半日煮込んだ栄養満点の傑作だ!」


 なるほど、原因が分かった。

 アク取りもせず、皮も剥かず、ただ煮込み続けるから、野菜のエグみと雑味が凝縮され、あのようなドブ色……いえ、深緑色になるのだ。


「……では、勝負しませんか?」


「あ?」


「私がそのシチューを、もっと美味しく、見た目も美しく作り変えてみせます。もし私が勝ったら、この厨房の一角と、私の指示に従う権利をください」


「ハッ! 面白い。俺たちの魂のスープを否定するなら、やってみろ!」


 ガントが指差した鍋の前には、泥のついた根菜と、筋張った肉が置かれていた。

 私は袖をまくり、ウィンドウを開く。


「まずは下ごしらえですね。……召喚、『ピーラー』」


 私の手に現れたT字型の器具を見て、男たちが「なんだあれは?」「武器か?」とざわつく。

 私は野菜を手に取ると、ピーラーを滑らせた。


 シュッ、シュッ、シュッ――!


 小気味よい音と共に、野菜の皮が薄く、均一に剥かれていく。

 包丁の数倍の速さで、あっという間に山盛りの野菜がツルツルの裸になった。


「な、なんだその速さは!? 皮が紙のように剥がれていくぞ!?」

「魔法剣か!?」


 驚く男たちを無視して、私は肉の筋を切り、適度な大きさにカット。

 そして、鍋に油を敷き、肉と野菜を炒める。

 ここで重要なのは、煮込む前に「炒める」ことで旨味を閉じ込めることだ。


 水を入れ、沸騰したら丁寧にアクを取る。

 この「アク取り」という工程を知らない彼らは、不思議そうに私の手元を覗き込んでいる。


「そして、仕上げはこれよ」


 私は小袋から、茶色いキューブを取り出した。

 『コンソメキューブ』。

 牛と野菜の旨味を凝縮した、現代の魔法石だ。


 鍋に投入すると、スープの色が濁った緑色から、透き通った黄金色へと変わっていく。

 立ち上る香りは、青臭さではなく、食欲をそそる芳醇な肉と野菜の香りだ。


「で、できたわ。これが『真・帝国スープ』よ」


 私が小皿にスープをよそい、ガントに差し出すと、彼は震える手でそれを受け取った。


「こ、こんな透き通った汁が、スープだと……?」


 彼は疑わしげに口をつけた。

 そして――。


「う、うめええええええ!!」


 野太い絶叫が厨房に響き渡った。


「なんだこれは! 雑味がねぇ! 野菜の甘みと肉の味が、喧嘩せずに手を取り合って踊ってやがる!」

「おい、俺にも飲ませろ!」

「ずるいぞ料理長!」


 群がってきた男たちが、次々と鍋のスープを味見し、次々と膝から崩れ落ちていく。

 

「かあちゃん……俺が今まで作ってたのは、家畜の餌だったのか……」

「野菜って、こんなに甘かったんだな……」


 涙を流して感動する大男たち。

 ガントは空になった皿を置くと、私の前で膝をつき、深々と頭を下げた。


「……完敗だ、リリアーヌ嬢。いや、師匠!」


「師匠?」


「あんたはすげぇ。その『皮剥き魔法剣ピーラー』といい、『黄金の味のコンソメ』といい、未知の魔法だらけだ。頼む、俺たちにその極意を教えてくれ!」


「教えてくれ!」


 男たちのキラキラした(むさ苦しい)視線を浴びて、私は苦笑した。

 どうやら、胃袋だけでなく、帝国の台所も掌握してしまったらしい。


「ええ、いいわよ。まずはその泥だらけの手を洗うところから始めましょうか。衛生管理は料理の基本よ!」


「「「イエッサー!!」」」


 こうして私は、帝国厨房という新たな武器を手に入れたのだった。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!

少しでも良いなと思ってくださったら、

ページ下の【☆☆☆☆☆】から評価いただけると、とても嬉しいです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ