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帝都到着と絶望の朝食

 衝撃の焼肉パーティーから一夜明け、私たちは野営地を畳んで帝都へと向かった。


 扱いなれなかった「捕虜」のような扱いから、私は一気に「VIP」待遇へと昇格していた。

 用意されたのは、クッションが敷き詰められた馬車。

 すれ違う兵士たちは、私を見ると敬礼し、「あの方が噂の肉の女神だ……」「拝めば飯が食えるようになるらしいぞ」などと囁き合っている。

 ……いつの間にか、肉の女神として崇められているらしい。不本意だ。


「着いたぞ、リリアーヌ」


 カイル陛下の声で、私は馬車の窓から外を覗いた。

 目の前に聳え立つのは、黒い石で造られた巨大な城壁。

 ガルア帝国の帝都『ガルディナ』。武力国家の中心地らしく、街並みは整然としていて、どこか無骨で重厚な雰囲気が漂っている。


 城門をくぐり、皇城の前で馬車が止まる。

 出迎えてくれた侍従たちに案内され、私は城の中へと足を踏み入れた。


「……随分と、シンプルなお城ですのね」


 私は思わず呟いてしまった。

 「シンプル」というのはオブラートに包んだ表現だ。率直に言えば、殺風景で陰気くさい。

 廊下には装飾品のひとつもなく、壁は灰色の石がむき出し。窓には分厚いカーテンが引かれ、昼間だというのに薄暗い。

 まるで、城全体が巨大な「男の合宿所」のようだ。


「先代までの皇帝は贅沢を好んだが、俺は興味がない。機能的であればそれでいい」


 隣を歩くカイル陛下は、気にした様子もなく答える。

 確かに、彼は戦場に生きる覇王だ。花瓶の花や絵画よりも、剣の手入れの方が重要なのかもしれない。

 でも、これからここで暮らす身としては、少し気が滅入りそうだ。


「貴様の部屋は俺の寝室の隣だ。……逃げようなどと考えるなよ」

「逃げませんわ。美味しいご飯が食べられない場所に行くつもりはありませんもの」


 案内された部屋は、広さだけは十分だったが、やはり家具は最低限だった。

 まあいい。インテリアなんて、私の『お取り寄せ』でどうにでもなる。

 問題は――食事だ。


 翌朝。

 私はカイル陛下と共に、朝食の席に着いた。

 長いテーブルの端と端。運ばれてきたのは、銀の食器に乗った帝国の朝食だ。


「……これは?」


 私は目の前の皿を凝視した。

 そこにあるのは、石のように硬そうな黒パンの塊。

 そして、スープ皿には、何とも言えないドブ色……失礼、深緑色の液体が波打っている。具材は見当たらない。ただ、青臭い匂いだけが漂ってくる。


「これが帝国のスタンダードな朝食だ」


 カイル陛下は眉間に皺を寄せ、申し訳なさそうに言った。

「……すまん。昨夜の貴様の料理を知ってしまった今、これを客人に出すのは拷問に近いと分かっている。だが、今の料理長にはこれが限界なのだ」


 私はスプーンでスープをすくってみた。

 ドロリとした感触。口に含むと、強烈なえぐみと酸味が舌を襲う。

 野菜の皮や芯をただ煮込んで、保存食の干し肉の塩気だけで味付けしたような味だ。


(……栄養はあるのかもしれないけれど、心が死ぬ味だわ)


 カイル陛下は無言でパンをスープに浸し、義務のように胃に流し込んでいる。

 この国の頂点に立つ人が、毎日こんな食事を?

 戦場ならいざ知らず、城にいてこれでは、心が休まるはずもない。


「……陛下。食べるのをやめていただけますか?」


 私はスプーンを置いた。

 カイル陛下が驚いて顔を上げる。


「口に合わんか。……代わりのものを用意させようにも、まともな食材が」

「いいえ、私が用意します」


 私は立ち上がり、テーブルの上の惨状(料理)を端に寄せた。

 そして、ウィンドウを開く。

 朝といえば、これだ。


「召喚――『厚切りバタートースト』と『コーンポタージュ』、そして『挽きたてコーヒー』」


 光と共に現れたのは、黄金色に焼かれた食パン。

 表面には溶けたバターが染み込み、ジュワッという音と共に芳醇な香りを放っている。

 スープ皿には、鮮やかな黄色のコーンポタージュ。

 そして湯気を立てるマグカップからは、深みのあるコーヒーのアロマ。


 灰色の食堂が、一瞬にして鮮やかな朝の色に染まった。


「なっ……!?」


 給仕をしていたメイドたちが、目を見開いて息を呑む。

 カイル陛下もまた、呆気にとられたようにトーストを見つめていた。


「これが、朝食……? 宝石のように輝いているぞ」


「さあ、冷めないうちにどうぞ。パンはサクサクですよ」


 彼がおずおずとトーストを手に取り、齧り付く。

 サクッ、という軽快な音。

 

「……甘い。そして、軽い。口の中でバターが溶け出す……!」


 次にコーンポタージュを一口。

「なんだこの黄色いスープは……! 野菜の甘みが濃縮されている! あのドブ色の液体と同じ『スープ』という名の料理とは信じられん!」


 彼は感動のあまり、少し目を潤ませながら交互に口に運んでいる。

 その姿を見て、私は確信した。


 この城に必要なのは、豪華な家具でも美術品でもない。

 「食べる喜び」だ。


「リリアーヌ」


 完食したカイル陛下が、コーヒーの香りに包まれながら私を呼んだ。

 その表情は、出会ってから一番穏やかで、満足げだった。


「礼を言う。……久しぶりに、『朝が来るのが楽しみだ』と思えた」


 その言葉に、胸がキュンと鳴った。

 無骨で不器用な覇王様。

 彼がこんな食事で満足してくれるなら、私がこの城の食卓を革命してあげようじゃないの。


「お任せください、陛下。これからは毎日、私が『楽しみ』を作って差し上げますわ」


 私が微笑むと、彼は嬉しそうに、けれど少し照れくさそうに顔を背けた。

 ……ちょろい。いえ、可愛い方だ。


 こうして、私の「帝国食生活改善計画」が幕を開けたのだった。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!

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