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A5ランク和牛の衝撃

「な、なんだその黒い板は……? 魔道具か?」


 隻眼の将軍ガルドが、警戒心を露わにして私が取り出した『ホットプレート』を睨みつける。

 無理もない。コードレスで魔石駆動するように改造されたこの黒い鉄板は、この世界の人々には未知の物体だ。


「ええ、調理用の魔道具ですわ。……少々、香りが強くなりますのでご注意を」


 私はスイッチを入れた。

 プレートが熱を帯びていくのを確認し、アイテムボックスから取り出したのは――見事な霜降りの『A5ランク黒毛和牛サーロイン』。

 常温に戻しておいたその肉は、芸術品のようなサシが入り、照明の下で艶やかに輝いている。


「肉……? だが、そんなに白っぽい肉、見たことがないぞ。腐っているんじゃないか?」

「脂身ばかりで食えるところがないではないか」


 将軍たちが怪訝な声を上げる。

 彼らが普段食べているのは、おそらく筋肉質で硬い赤身肉か、干し肉なのだろう。

 私はふふっと不敵に笑った。


「腐っているか、脂身だけか……。それは、食べてから判断してくださいませ」


 私は牛脂をプレートに滑らせた。

 チリチリと脂が溶け、透明な油が鉄板に広がる。

 温度は完璧。


 私は分厚いステーキ肉を、躊躇なく熱々のプレートに乗せた。


 ジュウウゥゥゥ――ッ!!


 暴力的なまでの焼き音が、静かな天幕の中に炸裂した。

 その瞬間、立ち上ったのは――脳髄を直接揺さぶるような、甘く芳醇な脂の香り。


「なっ……!?」

「うおおぉぉ!?」


 将軍たちが仰け反った。

 ガルド将軍に至っては、鼻をヒクヒクと動かし、まるで魔法にかけられたように目を見開いている。


「なんだこの匂いは……! 肉を焼いているだけのはずなのに、なぜこんなに甘い香りがする!?」

「たまらん……! この匂いだけで白パン三つは食えるぞ!」


 焦げ目がついたところで、肉を裏返す。

 こんがりとした狐色。溢れ出した肉汁が、プレートの上で踊っている。

 私はナイフで一口サイズに切り分け、仕上げに粗挽きの岩塩と、この世界にはない薬味『わさび』をちょこんと乗せた。


「さあ、焼き上がりました。……どうぞ、熱いうちに」


 私が皿を差し出すと、屈強な男たちはゴクリと喉を鳴らし、恐る恐るフォークを伸ばした。

 まずはガルド将軍が、肉を口へと運ぶ。


 そして――咀嚼しようとした、その瞬間。


 ガタンッ!


 彼の手からフォークが滑り落ちた。

 彼は口を押さえたまま、ガタガタと震え出したのだ。


「お、おいガルド!? どうした、毒か!?」

「貴様、やはりスパイか!」


 他の将軍たちが色めき立ち、剣に手をかける。

 しかし、ガルド将軍は涙目で叫んだ。


「ち、違う……! 消えたんだ……!」


「あぁ? 何が消えたんだ」


「肉が……! 噛んでもいないのに、口の中に入れた瞬間、雪のように溶けて消えたんだよぉぉぉ!」


「はあ? 肉が溶けるわけがあるか。どれ……」


 疑わしげに肉を口にした別の将軍もまた、数秒後には「んんんん~ッ!!」と奇声を上げて天を仰いだ。


「なんだこの脂の甘みは……! 今まで食っていた硬いゴム(干し肉)はなんだったんだ!」

「この緑色の薬味わさびも凄いぞ! 鼻に抜ける爽快感が、脂の重さを完全に消し去っている!」


 そこからは、まさに地獄絵図……いや、天国絵図だった。

 国の重鎮である将軍たちが、我先にと肉を求め、皿の周りに群がる。


「リリアーヌ殿! 私にもう一切れ!」

「ずるいぞ貴様、俺が先だ!」

「ああ、この溢れ出る肉汁を拭うパンはないのか! 皿を舐めたい気分だ!」


 その様子を、カイル陛下は玉座のような椅子に座り、不機嫌そうに眺めていた。

 手元には、私が一番最初に切り分けた特上の部位が乗った皿がある。


「……ふん。部下たちが無様な姿を見せてすまないな」


「いえ。作り手としては、これほど喜んでいただければ本望です」


 私が微笑むと、彼はフォークで肉を刺し、口へ運んだ。

 優雅な所作。けれど、口に入れた瞬間、彼の眉がピクリと跳ねた。


「…………」


 彼は無言で噛み締め、飲み込み、そして深く息を吐いた。


「……危険だ」


「お気に召しませんでしたか?」


「逆だ。美味すぎる。……こんな味を知ってしまったら、兵士たちの士気に関わる。いや、俺自身がもう、戦場の飯を食えなくなるかもしれん」


 彼は真剣な眼差しで私を見つめた。

 その瞳には、肉への感動と、私という存在への強い執着が宿っていた。


「リリアーヌ。貴様はやはり魔女だ。……俺の胃袋だけでなく、軍そのものを掌握する気か?」


「まさか。私はただ、美味しいものを食べて生きたいだけです」


「ならば、その望みを叶えてやる。……帝国軍の全権限を持って命じる」


 彼は立ち上がり、私の手を取った。

 脂と熱気で少し汗ばんだその手は、驚くほど熱かった。


「一生、俺の傍でこれを作れ。……他の男に、その料理を食わせるな」


 それはプロポーズのようにも聞こえたけれど、背後の将軍たちが「陛下! 独り占めはずるいですぞ!」「我々にも配給を!」と叫んでいるせいで、ムードは台無しだった。


 私は苦笑しながら、アイテムボックスからとっておきの『最終兵器』を取り出した。


「ふふ。皆様、お肉だけで満足しては駄目ですよ? この最高級のお肉には、相棒が必要ですから」


 ドンッ、とテーブルに置いたのは、湯気を立てるおひつに入った『炊きたて銀シャリ』。


「うおおおお! あの白い穀物だ!」

「肉をこの白米に乗せて食うと……? まさか、更なる高みがあるというのか!?」


 その夜、帝国軍最強の将軍たちと覇王陛下は、日本の「焼肉定食」の前に完全敗北したのだった。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!

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