覇王による強制連行
「……これが、『旨味』だと?」
カイル陛下は、空になった自分の掌と、私が差し出した小さなおむすびを交互に見つめていた。
彼ほどの男が、たかが塩と米の塊にここまで動揺している。
その様子がおかしくて、私は少しだけ肩の力を抜いた。
「ええ。甘味、酸味、塩味、苦味。それらに続く第五の味覚ですわ。私の故郷……いえ、前世の知識にある概念です」
「前世……?」
彼は怪訝そうな顔をしたが、すぐにその興味は食欲にかき消されたようだ。
彼は私の手から二つ目のおむすびをひったくると、今度は警戒することなく頬張った。
「……美味い」
一口噛みしめるたびに、彼の鋭い瞳がとろんと和らいでいくのが分かる。
「戦場で乾パンと干し肉ばかり食らっていた俺の舌には、刺激が強すぎるほどだ。……なぜだ。ただの塩味が、なぜこれほど甘く、優しく感じる?」
「それは、お米自体が上質なものだからです。それに、誰かのために握ったおむすびには、不思議と温かさが宿るものですから」
「誰かのために、か」
彼は最後の一口を飲み込むと、満足げに息を吐いた。
そして、獲物を狙う鷹のような目で私を射抜いた。
「女、名を何という」
「リリアーヌです。……先ほど、国を追い出されましたが」
「追い出された? この『神の味』を作り出せる貴様をか?」
彼は鼻で笑った。
それは私への嘲笑ではなく、私を捨てた祖国への侮蔑の色が強かった。
「愚かな国だ。宝をドブに捨てるとはな。……だが、俺にとっては好都合だ」
カイル陛下は突然、私の手首を掴んだ。
軍人らしい、硬くて大きな掌。
強い力で引かれ、私は彼の胸元によろめいた。
「リリアーヌ。貴様を我が城へ連行する」
「……はい?」
「その『旨味』とやら、俺が飽きるまで毎日献上しろ。これは命令だ」
拒否権などないと言わんばかりの口調。
でも、その紅い瞳の奥にあるのは、冷酷な支配欲だけではなかった。
もっと切実で、子供のような渇望。
……どうやら私は、とんでもない男の胃袋を掴んでしまったらしい。
「拒否したら、斬りますか?」
「斬らん。……だが、ここへ置いていく。この森は夜になると人食い狼が出るぞ」
「乗ります! 連れて行ってください!」
私は即答した。
狼の餌になるくらいなら、イケメン覇王の専属料理人になった方が何億倍もマシだ。
彼はニヤリと口角を上げると、指笛を鳴らした。
闇の中から現れたのは、彼の軍服と同じ漆黒の毛並みを持つ、巨大な軍馬だった。
「来い、黒王」
彼が鞍に飛び乗ると、私に向かって手を差し伸べてきた。
私がその手を掴むと、ふわりと体が浮き上がり――気づけば、私は彼のアームの中にすっぽりと収まっていた。
いわゆる、二人乗りだ。
「きゃっ……!?」
「暴れるな。舌を噛むぞ」
背中に感じる、彼の広い胸板の感触と体温。
耳元で響く低音ボイスに、私の心臓は早鐘を打った。
怖い。怖いはずなのに、なぜか安心感がある。
少なくとも、あの冷たい王宮にいた時より、ずっと温かい。
「飛ばすぞ」
彼が手綱を引くと、黒王はいななきを上げて駆け出した。
夜風が頬を切り裂くように流れていく。
私は振り落とされないよう、必死に彼の腕にしがみついた。
しばらく走ると、森を抜け、視界が開けた。
月明かりの下に広がっていたのは、無数の松明が揺れる巨大な野営地だった。
ガルア帝国の前線基地だ。
「陛下のお戻りだーッ!!」
見張り兵の声と共に、重厚な門が開く。
馬上のカイル陛下を見た兵士たちが、一斉に最敬礼をした。
その空気はピリピリと張り詰めていて、ここが軍事国家であることを思い出させる。
「……おい、見ろよ。陛下が女を連れてるぞ」
「まさか、敵国のスパイか?」
「いや、あのなりはどう見ても貴族の令嬢だろう。……まさか、現地妻か!?」
兵士たちのひそひそ話が聞こえてくる。
現地妻って。
訂正したかったけれど、馬の速度が速すぎて口を開けられない。
やがて、基地の中央にある最も大きな天幕の前で、馬は止まった。
カイル陛下は軽やかに飛び降りると、私を抱き下ろしてくれた。
「入れ。ここが俺の仮の宿だ」
通された天幕の中は、驚くほど殺風景だった。
簡易的なベッドと、地図が広げられた机。装飾品など何もない。
そして、そこには先客がいた。
「おかえりなさいませ、陛下!」
立ち上がったのは、顔に大きな刀傷のある強面の大男と、片目に眼帯をした鋭い目つきの男。
帝国の将軍たちだ。
彼らは私の姿を見ると、あからさまに眉をひそめた。
「……陛下。その細腕の女は何者です?」
隻眼の将軍が、私を睨みつける。
「まさか、捕虜ですか? それとも夜の相手……」
「言葉を慎め、ガルド」
カイル陛下は椅子にドカッと座り、不敵に笑った。
「こいつは俺の『胃袋』を握った女だ。……リリアーヌ、あれを出せ」
「あれ、とは?」
「決まっているだろう。あの白い塊……オムスビだ。あと百個くらい出せ」
「百個!?」
私は素っ頓狂な声を上げた。
さすがにおむすびばかり百個も食べたら飽きるだろうし、ポイントも勿体ない。
それに、この殺伐とした将軍たちにこそ、もっと強烈な「飯テロ」が必要な気がした。
(おむすびで落ちたのは陛下だけ。この強面の将軍たちを黙らせるには……もっと暴力的で、脂の乗った『主菜』が必要ね)
私はニッコリと微笑んだ。
「かしこまりました。……ですが、おむすびだけでは味気ございません。皆様の度肝を抜く『極上のお肉』をご用意してもよろしいでしょうか?」
「肉だと?」
将軍たちの鼻がピクリと動いた。
この国も食料事情は良くないのだろう。彼らの体は大きいが、どこか肌艶が悪い。
私はウィンドウを操作し、『調理家電』のカテゴリから『ホットプレート(大型・コードレス魔力駆動タイプ)』を購入した。
そして、次に選んだのは――。
『最高級A5ランク黒毛和牛・サーロインステーキ用』。
さあ、日本の技術と食文化の結晶で、この野蛮な帝国を制圧して差し上げましょう。
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