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第29話 受け継がれる笑顔

 あの盛大な結婚式から、早五年。

 かつて「鉄血の覇王」と恐れられたカイル陛下が治めるガルア帝国は、今や大陸一の「美食の国」としてその名を轟かせていた。


 そして、皇城のプライベートダイニングにも、新しい風が吹いていた。


「やだー! みどりのおやさい、たべないー!」

「ぼくも! これ、にがいもん!」


 朝の食卓に、子供たちの元気な(そしてワガママな)声が響き渡る。

 テーブルの上で、フォークを放り出して抵抗しているのは、四歳になる皇太子レオンと、二歳の皇女フローラだ。


 レオンはカイル様譲りの黒髪と、私に似た翠玉の瞳を持つ活発な男の子。

 フローラは私の金髪と、カイル様の紅い瞳を受け継いだ、お人形のように可愛い女の子だ。


 二人の目の前には、サラダに入っている「ピーマン」が、ポツンと残されている。


「こら、レオン、フローラ。好き嫌いは許さんぞ」


 上座に座るカイル陛下が、わざと眉を寄せて厳しく言った。

 しかし、その顔はどこか緩んでいる。

 彼はすっかり「親バカ」になってしまい、子供たちが可愛くて仕方がないのだ。


「だってパパ、これにがいよぉ」

「パパも、にんじんさん、よけてたでしょー?」


「ぐっ……! そ、それは昔の話だ! 今はママのおかげで食べられるようになった!」


 子供たちの鋭い指摘に、最強の皇帝陛下がタジタジになっている。

 その様子を見て、私はクスリと笑いながら厨房からワゴンを押して出てきた。


「さあ、二人とも。パパをいじめないのよ。……今日は、ピーマンさんが『変身』して美味しくなったから、食べてみましょうね」


「へんしん……?」


 レオンとフローラが、興味津々でワゴンを覗き込む。

 そこに乗っているのは、いつもの苦い緑色の輪切りではない。

 こんがりと焼き色がつき、とろりと溶けたチーズが乗った、食欲をそそる匂いの塊だ。


 本日のメインディッシュ――『ピーマンの肉詰め・特製チーズ焼き』。


「これはね、苦いピーマンさんの中に、みんなが大好きなハンバーグのお肉を詰めて、フライパンでジュージュー焼いたのよ」


 私は子供たちの皿に、アツアツの肉詰めを取り分けた。

 半分に切ったピーマンの器の中に、挽き肉がぎっしりと詰まっている。

 その上からは、ケチャップとウスターソースを煮詰めた特製ソースがたっぷりとかかり、さらに黄色いチェダーチーズがとろ~りと溶けて覆いかぶさっている。


「……これ、ほんとにピーマン?」

「ハンバーグのにおいがする!」


 レオンがおっかなびっくり、ナイフを入れた。

 スッ……。

 火が通ってクタクタに柔らかくなったピーマンは、抵抗なく切れる。


 断面からは、肉汁がジュワッと溢れ出し、溶けたチーズと絡み合って糸を引く。


「さあ、一口食べてごらん。……苦くないから」


 私が促すと、レオンは覚悟を決めてパクリと口に入れた。


「…………!!」


 もぐもぐと咀嚼する彼の目が、パァァッ! と輝いた。


「おいしい!!」


「えっ! ほんと!?」


「苦くないよ! お肉がジューシーで、チーズがトロトロで……ピーマンが甘い!」


 レオンの言葉に、フローラも慌てて自分の分を頬張った。


「んん~っ! おいちい! これならたべられるー!」


 二人は夢中でフォークを動かし始めた。

 ピーマン独特の苦味は、じっくり焼くことで甘みに変わり、さらに肉の旨味と濃厚なチーズがコーティングしてくれる。

 これなら、野菜嫌いな子供でも無限に食べられる「魔法のメニュー」だ。


「……ほう。あんなに嫌がっていたのが嘘のようだな」


 カイル陛下も、感心しながら自分の分の肉詰めを口にした。


「……なるほど。ピーマンのシャキッとした食感は残しつつ、肉厚なジューシーさが勝っている。この甘酸っぱいソースも子供好みだが、大人が食べても十分に美味い」


「ふふ、でしょう? カイル様も、昔はピーマンが苦手でしたものね」


「……余計なことを言うな。威厳に関わる」


 陛下は顔を赤らめつつも、子供たちと同じペースでおかわりを要求した。


 足元では、すっかり成犬(というか、巨大な狼)になったフェンリルのルナが、「わふっ!(僕にもくれ!)」と尻尾を振っている。

 彼には、味付けなしの特製肉詰めをあげよう。


「ママ、おかわりー!」

「フローラもー!」


「はいはい、たくさん食べて大きくなってね」


 私は幸せな気持ちで、家族の皿に料理を盛り付けた。

 かつて冷え切っていたこのダイニングは今、世界で一番賑やかで、温かい場所になっている。


 窓の外には、春の花が咲き乱れる庭園が広がっている。

 子供たちの笑い声と、カイル様の優しい眼差し。

 そして、美味しい料理の香り。


 これ以上の幸せなんて、どこにもない。

 ……そう思っていたけれど、幸せというのは、さらに増えていくものらしい。


「――ところで、カイル様」


 食後のコーヒーを淹れながら、私は少し頬を染めて切り出した。


「……実は、三人目の家族が増えそうなんです」


「……ッ!?」


 カイル陛下が、コーヒーを吹き出しそうになった。

 レオンとフローラが「あかちゃん!?」「おとうと!?」と大はしゃぎする。


「ま、誠か!? リリアーヌ!」


「はい。……今度は、女の子のような気がしますわ」


 カイル陛下は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、私を強く抱きしめて、子供みたいにグルグルと回った。


「やったぞ! でかしたリリアーヌ! ああ、神よ感謝する! ……よし、今日は祝宴だ! 国中に餅を配れ! 赤飯を炊け!」


「もう、気が早いですよカイル様」


 彼の腕の中で笑いながら、私は思った。

 この国の食卓は、これからもずっと、笑顔と美味しさで満たされ続けていくのだろうな、と。

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