第28話 純白の結婚式
ついに、結婚式の日がやってきた。
帝都ガルディナの空は、雲ひとつない快晴。
鐘の音が街中に響き渡り、何万本もの花びらが舞っている。
「……綺麗だ、リリアーヌ」
大聖堂の控え室。
純白のタキシードに身を包んだカイル陛下が、私を見て息を呑んだ。
今日の私は、レースとシルクをふんだんに使ったAラインのドレス。
髪には、本物の白い小花を編み込み、真珠のティアラを乗せている。
「ありがとうございます、カイル様。……貴方も、とても素敵ですよ」
いつもの黒い軍服も格好いいけれど、白を着た彼は、まさに童話に出てくる「王子様」そのものだった。
ただ、その腰には儀礼用の剣ではなく、いつもの愛剣(魔剣)が差さっているけれど。
「行くぞ。……国民が、俺たちの『メインディッシュ』を待っている」
彼は私の手を取り、エスコートした。
扉が開く。
溢れんばかりの光と、割れんばかりの拍手が私たちを包み込んだ。
* * *
誓いの儀式を終え、私たちは中庭での披露宴会場へと移動した。
そこには、近隣諸国の王族や貴族、そして抽選で選ばれた帝国民たちが詰めかけていた。
「おめでとう、リリアーヌ!」
「皇后陛下万歳!」
歓声に応えながら高砂席に着くと、聞き覚えのある高い声が飛んできた。
「ちょっと! 主役が遅いですわよ!」
最前列でふんぞり返っていたのは、あのサンクレール王国のワガママ王女、エレオノーラだ。
隣には、外交官のヴァルダー伯爵もいる。
「あら、エレオノーラ様。来てくださったんですね」
「べ、別にお祝いに来たわけじゃありませんわ! ヴァルダーがどうしても『あのケーキ』を食べたいってうるさいから、付いてきてあげただけですのよ!」
彼女は顔を赤くしながら、そっぽを向いた。
けれど、その手には綺麗にラッピングされた箱が握られている。
「……これ、結婚祝いですわ。我が国特産の『最高級カカオマス』です。これでまた、あの『ティラミス』を作りなさいよね!」
「ふふ、ありがとうございます。喜んで」
かつてのライバルからの、最高のプレゼントだ。
ヴァルダー伯爵も、ハンカチで涙を拭いながら立ち上がった。
「ううっ、リリアーヌ様、本当にお美しい……! 以前いただいたシチューの味が忘れられず、今日は朝食を抜いてきましたぞ!」
「貴殿ら、少し静かにしろ。……今からメインイベントだ」
カイル陛下が苦笑しながら手を挙げると、ファンファーレが鳴り響いた。
そして、運ばれてきたのは――。
ズズズズ……ッ!
地響きのような音と共に現れた、高さ3メートルはあろうかという『超巨大ウエディングケーキ』だ。
「で、でかい……!」
「城の塔が動いているぞ!?」
会場がどよめく。
ガント料理長たちが徹夜で作り上げたそれは、もはや建築物だった。
真っ白なクリームの城壁。
イチゴの瓦屋根。
そして、飴細工で作られた二人の人形が、頂上で微笑んでいる。
「……約束通り、10倍にしてやったぞ」
カイル陛下が誇らしげに胸を張る。
私は呆れると同時に、胸が熱くなった。
こんな無茶な願いを叶えてくれる旦那様なんて、世界中どこを探してもいないだろう。
「さあ、リリアーヌ。……『共同作業』の時間だ」
陛下が魔剣を抜く。
私もその柄に手を添える。
きらりと光る刃が、ケーキの中段へと向けられた。
「せーの!」
ザクッ――!!
刃がスポンジに吸い込まれると同時に、周囲から「おめでとう!」の大合唱が巻き起こった。
カメラ(魔道具)のフラッシュが焚かれ、私たちは世界で一番幸せな瞬間を切り取られた。
「まだ終わりではないぞ。……次は『ファーストバイト』だ」
カイル陛下が、スプーンを手に取った。
……いや、それはスプーンではない。
どう見ても、スープをすくうための「お玉」だ。
「えっ、カイル様? サイズが……」
「新郎から新婦への一口は、『一生食べるものに困らせない』という誓いだそうだ。……ならば、これくらい大きくなくてはな」
彼はケーキをガバッとすくい取り、山盛りのクリームとスポンジを私の口元に運んだ。
私の顔の半分くらいの大きさがある。
「……むぐっ」
私は意を決して、大きな口を開けてかぶりついた。
鼻にクリームがつくのも構わない。
ふわっ、とろっ。
口いっぱいに広がる、幸せの甘さ。
スポンジは空気を抱き込んで軽く、クリームは濃厚なのに後味すっきり。
飲み込むのがもったいないほど美味しい。
「……美味しいです、カイル様」
「そうか。……次は貴様の番だ」
今度は私が、陛下に食べさせる番だ。
新婦から新郎への一口は、『一生美味しい料理を作ります』という誓い。
私はさらに大きなスプーン(もはやスコップ)で、特大の一切れをすくい上げた。
「……ほう。俺への愛は、そんなに重いか」
「はい。胃もたれするくらい、愛していますから」
陛下はニヤリと笑い、その巨大な塊を、男らしく一口で頬張った。
「んぐっ……!」
リスのように頬を膨らませて咀嚼する覇王様。
その姿に、会場からドッと笑いが起き、そして温かい拍手が送られた。
「……甘いな」
陛下はクリームを舐め取り、私を強く抱き寄せた。
「だが、やはり貴様の作る料理が世界一だ。……リリアーヌ、愛している」
「私もです。……これから毎日、美味しいご飯を作りますね」
青空の下、私たちは二度目のキスをした。
口の中に残るイチゴの酸味と、クリームの甘さが、永遠の愛を約束していた。
こうして、世界で一番甘くて、大きくて、幸せな結婚式は幕を閉じた。
けれど、私たちの物語はここで終わりではない。
ここからが、本当の「家族の食卓」の始まりなのだから。




