第27話 帝都凱旋
国境での一件を片付け、私たちは帝都ガルディナへと帰還した。
季節は巡り、柔らかい春の日差しが降り注ぐ午後。
私たちの馬車が城門をくぐると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「うおおおおお!! 皇帝陛下万歳!!」
「リリアーヌ様ー!! おかえりなさーい!!」
「俺たちの食卓の女神様だー!!」
沿道を埋め尽くす、数万の民衆。
かつては飢えと寒さに震えていた彼らが、今は皆、血色の良い顔で手を振り、紙吹雪を舞い上げている。
その熱狂ぶりは、凱旋パレードというよりはお祭りのようだった。
「……凄い人気だな、リリアーヌ」
隣に座るカイル陛下が、苦笑しながら窓の外を眺めた。
「俺が戦に勝って帰ってきた時よりも、歓声が大きいぞ。……どうやらこの国の真の支配者は、俺ではなく貴様だったようだな」
「あら、焼き餅ですかカイル様? 彼らは貴方のお腹を満たしてくれる『お嫁さん』を歓迎しているだけですよ」
私がクスクスと笑うと、カイル陛下は急に真面目な顔になり、私の手を強く握った。
「……そうだな。そろそろ、その『お嫁さん(仮)』という肩書きを外さねばならん」
彼は真っ直ぐに私を見つめた。
「リリアーヌ。国中の民が見ている前で、改めて誓わせてくれ。……俺と結婚し、正式に帝国の皇后となってほしい」
「はい。……喜んで、カイル様」
馬車の中で交わした口づけは、外の歓声にかき消され、二人だけの甘い秘密となった。
* * *
城に戻ると、息つく暇もなく結婚式の準備が始まった。
ガルド将軍をはじめとする重臣たちが、式の段取りや招待客のリスト、警備体制について熱い議論を交わしている。
「陛下! 衣装は当家の伝統ある純白の軍服で!」
「いや、料理はどうする!? 肉か!? 魚か!?」
喧々諤々の議論が続く中、私は静かに手を挙げた。
「あの、皆様。一番大事なことを忘れていませんか?」
「一番大事なこと?」
「ええ。……『ウエディングケーキ』ですわ!」
私が宣言すると、男性陣はポカンと顔を見合わせた。
「うえでぃんぐ……けーき? なんだそれは?」
「祝いの席で菓子を出すのは通例だが……それが『一番大事』なのか?」
どうやらこの国には、結婚式でケーキに入刀するという文化がないらしい。
なんてことだ。
結婚式とは、花嫁が一番輝く日であり、そして――人生で一番豪華なケーキを食べる日ではないか!(個人的見解)
「いいですか、皆様。ウエディングケーキとは、ただのお菓子ではありません。……新郎新婦が初めて行う『共同作業』であり、その甘さは『二人の未来の幸福』を象徴するものなのです!」
私は熱弁を振るい、懐から一枚のスケッチを取り出した。
「これが、私の考える理想のケーキです」
描かれているのは、高さ1メートルはあろうかという、豪華絢爛な『3段重ねのケーキ』。
純白のクリームでコーティングされ、真っ赤なイチゴと、砂糖で作ったバラの花が散りばめられている。
「……で、でかい」
「城の塔みたいだ……」
ガルド将軍たちが圧倒される中、カイル陛下だけは興味津々で身を乗り出した。
「ほう。これを俺と貴様で切るのか? 面白そうだ。……だが、こんな巨大な菓子、本当に作れるのか?」
「もちろんです。……というわけで、さっそく試作品を作ってみました!」
私がパチンと指を鳴らすと、控えていたガント料理長がワゴンを押して入ってきた。
そこに乗っているのは、本番用の4分の1サイズだが、それでも十分に見事な『ミニ・ウエディングケーキ』だ。
フワァ……ッ。
甘いバニラエッセンスと、フレッシュなイチゴの香りが執務室に広がる。
「おおお……! 白い! 雪山のようだ!」
スポンジ生地の間には、濃厚なカスタードクリームと生クリームのダブルクリーム、そして薄くスライスしたイチゴがたっぷりとサンドされている。
表面のナッペ(クリーム塗り)は、私が精魂込めて仕上げたシルクのような滑らかさだ。
「さあ、カイル様。味見をお願いします」
私がナイフで切り分け、小皿に乗せて差し出すと、陛下はフォークを突き立てた。
ふわり、とフォークが沈む。
パクッ。
「…………っ!」
カイル陛下の目が、カッと見開かれた。
「……軽い。まるで雲を食べているようだ」
彼は咀嚼しながら、恍惚の表情を浮かべる。
「スポンジの卵の風味と、クリームの濃厚な乳脂肪分……。それらが口の中で溶け合い、最後にイチゴの酸味が爽やかに駆け抜けていく。……甘いのに、くどくない。いくらでも食べられそうだ」
「結婚生活も、こうありたいですね。甘いけれど、飽きのこない関係で」
私が微笑むと、陛下はニヤリと笑い、フォークに残ったクリームを私の口元に差し出した。
「……食え。貴様も共犯だ」
「ん……」
私がパクリと食べると、彼と同じ甘さが口いっぱいに広がった。
美味しい。
今まで食べたどのケーキよりも、幸せの味がする。
「うむ! 採用だ! このケーキを式のメインイベントとする!」
カイル陛下が高らかに宣言した。
「ガント! 当日はこの4倍……いや、10倍の大きさで作れ! 国民全員に振る舞うぞ!」
「じゅ、10倍ですかぁ!? 厨房がパンクしますよぉ!」
悲鳴を上げるガント料理長だが、その顔は嬉しそうだ。
周りの将軍たちも、「俺も早く食いたい!」「当日は警備を忘れて並ぶぞ!」と盛り上がっている。
窓の外には、春の青空が広がっている。
かつて「処刑されるかもしれない」と怯えていたこの国で、私は今、世界で一番甘いケーキの計画を立てている。
式まであと一週間。
私たちの「世界一幸せな食卓」の完成は、もう目の前だ。




