第22話 聖夜の奇跡
倉庫の怪事件(犯人は伝説のフェンリル)が解決し、帝都には本格的な雪が降り始めた。
街は白銀の世界に包まれ、静寂が訪れるはずだったが――今年の冬は違った。
今日は、帝国最大の祝祭『聖夜祭』。
かつては「寒さに耐え忍ぶ日」として、誰もが家に籠もり、震えながら過ごす日だった。
けれど、今年は私の提案で、城を開放しての大宴会が開かれることになったのだ。
「……信じられん光景だ」
カイル陛下が、バルコニーから中庭を見下ろして呟いた。
そこには、巨大なモミの木が魔石の灯りでライトアップされ、その周りを兵士や民衆が笑顔で囲んでいる。
屋台からは温かいスープや、甘いお菓子の湯気が立ち上っている。
「これこそ、貴様が作った『革命』の景色だな」
「ふふ、まだ終わりじゃありませんよ。……主役はこれからです」
私は彼の手を引き、暖炉の火が燃えるプライベートダイニングへと案内した。
今夜は、二人きり(と、足元で寝ている子犬サイズのルナ)のディナーだ。
テーブルの中央に鎮座するのは、私が丹精込めて焼き上げた本日のメインディッシュ。
琥珀色に輝く、見事な『ローストチキン(丸鶏)』だ。
「……でかいな。鳥が一羽、丸ごと焼かれているのか?」
「はい。お腹の中には、ハーブとバターライス、そして刻んだ野菜をたっぷりと詰めてあります。……皮目に何度もバターを塗りながら、低温でじっくり焼き上げた自信作です」
チキンの表面は、照明を反射して艶やかに光っている。
ローズマリーとガーリックの香ばしい匂いが、鼻腔をくすぐる。
私はナイフとフォークを手に取り、カイル陛下の目の前で入刀した。
ザクッ……!
皮が弾ける、乾いた音が響く。
その瞬間。
切れ目から、透明な肉汁がドワッと溢れ出し、皿の上に黄金の海を作った。
「おおっ……! 肉汁の洪水だ!」
「さあ、まずはこのモモ肉をどうぞ」
私は一番ジューシーな部位を切り分け、彼に差し出した。
陛下は豪快に手掴みで(今日は無礼講だ)チキンにかぶりついた。
バリッ、ジュワッ。
「…………っ!」
咀嚼した瞬間、カイル陛下の動きが止まり、その瞳が大きく見開かれた。
「皮が……パリパリだ! まるで薄氷を踏み砕いたような食感……。なのに、中の肉はどうだ! 驚くほど柔らかく、噛むたびに濃厚な鶏の旨味とハーブの香りが口いっぱいに広がる!」
彼は言葉を失い、夢中で二口目を頬張る。
「中の詰め物も美味い! 鶏の脂を吸ったライスが、ねっとりと舌に絡みつく。……これは、ただの肉料理ではない。一つの『芸術作品』だ」
「ルナにもあげましょうね」
私が切り分けた胸肉を皿に置くと、足元のルナが「わふっ!(待ってました!)」と飛びつき、幸せそうにハフハフと食べている。
カイル陛下は、ワイン(私が取り寄せた最高級ボルドー)を一口飲み、満足げに息を吐いた。
「……美味い。こんなに美味くて、温かい聖夜は初めてだ」
「カイル様……」
「俺はずっと、冬が嫌いだった。……寒くて、ひもじくて、孤独な季節だったからな。だが、貴様が来てから、冬が好きになった」
彼はチキンの脂で少し光る指先をナプキンで拭い、私の手を取った。
暖炉の火に照らされた彼の横顔は、今まで見たことがないほど穏やかで、そして情熱的だった。
「リリアーヌ。貴様は俺の太陽だ。……この先、どんな冬が来ても、貴様がいれば俺は凍えることはない」
「……私もです。カイル様がいれば、どんな場所でも温かいです」
見つめ合う二人。
雰囲気が最高潮に達したところで、私は「あ、忘れていました!」と手を打った。
「まだデザートがあります!」
「……まだあるのか? もう腹がはち切れそうだが」
「甘いものは別腹ですわ。それに、これを見たら食べずにはいられませんよ?」
私が運んできたのは、純白の生クリームで覆われ、真っ赤なイチゴが宝石のように飾られた『クリスマスケーキ(ショートケーキ)』。
雪のようなスポンジの間には、甘酸っぱいイチゴとクリームがたっぷりとサンドされている。
「……白い城壁に、赤い宝石か。美しいな」
「はい。口どけの良いスポンジと、濃厚な生クリームの相性は抜群です。……はい、あーん」
私がフォークでケーキを差し出すと、陛下は少し照れながらも、パクりと口に含んだ。
「……甘い。そして、軽い。口の中で雪のように溶けていく」
彼はとろけるような笑顔を見せ、そして今度は私の唇についたクリームを、自分の指ではなく――直接、唇で拭い取った。
「……っ!?」
「――やはり、貴様の方が甘いな」
不意打ちのキスに、私は顔から火が出るほど赤くなった。
ルナが「くぅ~ん(ご馳走様)」と呆れたように鳴き、暖炉の薪がパチリと爆ぜる。
外は吹雪いているけれど、この部屋は世界で一番熱かった。
こうして、帝国の聖夜は、甘いケーキとローストチキンの香り、そして二人の愛で満たされて更けていった。
――この幸せが、永遠に続けばいい。
そう願っていたけれど、季節は巡る。
年が明け、春が近づく頃。
私たちの元に、忘れていた「あの国」からの不吉な知らせが届くことになる。




