第21話 倉庫の怪事件
木枯らしが吹き始め、帝都にも本格的な冬が近づいていたある日。
私の元に、料理長のガントが血相を変えて飛び込んできた。
「た、大変だリリアーヌ様! 倉庫が……俺たちの食糧庫が荒らされた!」
「えっ!?」
私は執務室のカイル陛下と共に、現場へと急行した。
そこは、私がグルメギルドの権限で管理している、城の地下食糧庫だ。
厳重な鍵がかけられ、魔法による警備も敷かれているはずの場所。
しかし、中に入って愕然とした。
棚に並べていたはずの最高級の干し肉、熟成中のチーズ、そして私の『お取り寄せ』でストックしておいた高級ハムが、ごっそりと消えていたのだ。
「……鍵は壊されていない。魔法結界にも反応がなかった」
カイル陛下が鋭い眼光で現場を検分する。
「内部の犯行か? あるいは、結界をすり抜けるほどの高位の密偵か……」
陛下の手が剣の柄にかかる。
もしスパイなら、帝国の安全に関わる大事件だ。
しかし、私は床に落ちていた「あるもの」を見つけ、首をかしげた。
「お待ちください、カイル様。……これを見て」
私が拾い上げたのは、ほんのりと発光する銀色の毛。
そして、床には小さな、けれど鋭い爪痕が残されていた。
「この毛並み……ただの獣ではありませんわ。それに、盗まれたのは『特に美味しいもの』ばかり。野菜には手を付けず、肉とチーズだけを狙い撃ちにしています」
「……美食家の泥棒か」
「ええ。人間離れした嗅覚を持つ、食いしん坊な何者かです。……正体を暴くには、向こうから出てきてもらうしかありませんね」
私は不敵に微笑み、ガントたちに指示を出した。
「今夜、ここで『犯人逮捕パーティ』を開きます。……最高に香ばしくて、我慢できないほどの『罠』を仕掛けましょう」
* * *
その夜。
私たちは倉庫の影に身を潜めていた。
中央のテーブルには、私の作った『罠』が山盛りにされている。
今回の作戦名――『唐揚げホイホイ』。
鶏もも肉を、醤油、酒、すりおろしたニンニクと生姜をたっぷりと使った特製ダレに漬け込むこと一時間。
しっかりと味が染みた肉に、片栗粉をまぶす。
ここでのポイントは、皮を広げて丸めること。
そして、170度の油で一度揚げ、少し休ませてから、190度の高温で『二度揚げ』する。
ジュワアアアアッ……!!
パチパチパチッ!!
厨房で揚げている時から、その破壊力は凄まじかった。
醤油の焦げる香ばしい匂い。ニンニクと生姜の食欲を刺激する香り。
揚げたての唐揚げは、きつね色よりも濃い、黄金色の輝きを放っている。
噛めば「カリッ」と音が鳴るであろう衣の質感。
その山盛りの唐揚げから漂う湯気が、換気口を通って夜の帝都へと拡散されていく。
「……リリアーヌ。この作戦は、俺への拷問か?」
隣で張り込みをしているカイル陛下が、ゴクリと喉を鳴らした。
「あの匂いを嗅いでいるだけで、白米が恋しくなる。……犯人が来る前に俺が食ってしまいそうだ」
「我慢してください、カイル様。……あ、来ました!」
深夜二時。
どこからともなく、銀色の影が倉庫にするりと侵入してきた。
警戒心ゼロ。鼻をヒクヒクさせ、唐揚げの山へと一直線だ。
月明かりに照らされたその姿は――。
「……犬? いや、狼か?」
体長一メートルほど。
全身が銀色の毛で覆われ、額には三日月のような模様がある、美しい狼だった。
狼は唐揚げの山を見上げ、嬉しそうに尻尾を振ったかと思うと、大きな口を開けてガブリと噛み付いた。
カリッ、ザクッ!
静寂を破る、クリスピーな咀嚼音。
次の瞬間、狼の動きが止まった。
「……!?」
衣を突き破り、中から溢れ出した熱々の肉汁。
ハフハフと熱がりながらも、その旨味の爆弾に、狼の瞳がキラキラと輝き出した。
「わおーん! (美味い! なんだこれは!)」
狼は夢中で二つ目、三つ目を頬張る。
ニンニク醤油のパンチが効いた味付けに、完全に理性が吹き飛んでいるようだ。
口の周りを油でテカテカにしながら、「もっとくれ!」と言わんばかりに皿を舐めている。
「……今だ、カイル様!」
「おう!」
カイル陛下が飛び出し、一瞬で狼の退路を断った。
狼は「しまった!」という顔で身構えたが、陛下が放つ覇気に圧倒され、キャンと情けない声を上げて縮こまった。
「確保だ。……随分と可愛らしい泥棒だな」
陛下が狼の首根っこを掴み上げる。
すると、ガント料理長が目を丸くして叫んだ。
「へ、陛下! その額の三日月……まさか、伝説の守護獣『フェンリル』の幼体では!?」
「フェンリルだと?」
フェンリル。帝国の建国神話に登場する、国を守る聖なる獣。
数百年前に姿を消し、伝説上の存在と思われていたが……。
「……なるほど。どうやら、ここ数百年、帝国の食事が不味すぎて山に引きこもっていたようだな」
カイル陛下が呆れたように言うと、フェンリル(幼体)は「その通りだ!」とばかりにワンと吠えた。
そして、私の足元にすり寄り、クゥ~ンと甘えた声を出して、尻尾をブンブンと振った。
その瞳は、私ではなく、私の手にある「唐揚げの残り」に釘付けだ。
「……どうやら、リリアーヌの料理に釣られて戻ってきたようだな」
「あらあら。伝説の守護獣まで餌付けしてしまいましたか」
私は苦笑し、残りの唐揚げを差し出した。
フェンリルは嬉しそうに飛びつき、私の手をペロペロと舐めた。
「よし。今日からお前の名は『ポチ』だ」
「カイル様、伝説の獣にその名前はあんまりですわ。……『ルナ』にしましょう」
「……ふん。まあいい。リリアーヌ、こいつの餌代はグルメギルド持ちだぞ」
「もちろんです。帝国の守り神なら、美味しいご飯を食べる権利がありますものね」
こうして、食材消失事件は解決した。
犯人は、伝説の守護獣フェンリル。
美味しい匂いに釣られて復活した彼は、その日から城の番犬(兼マスコット)として、私の厨房の前に常駐することになったのだった。
……ただし、彼が一番好きなのは高級肉ではなく、私が揚げる『B級グルメ』だということは、ここだけの秘密だ。




