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スキル『お取り寄せ』の覚醒

「……お取り寄せ、ですって?」


 揺れる馬車の中で、私は目の前に浮かぶ半透明のウィンドウを凝視した。

 青白く発光する画面は、前世で毎日のように見ていた『ネットスーパー』や『通販サイト』の画面そのものだ。


『条件【理不尽な追放】を達成しました。次元収納型配送スキル《お取り寄せ》の使用権限が付与されます』


 無機質な音声ガイドが脳内に響く。

 私は震える指で、恐る恐る画面をタップしてみた。


「……すごい。本当に動くわ」


 画面には、【食品】【日用品】【衣類】【家電】……と、懐かしいカテゴリーが並んでいる。

 【食品】をタップすると、そこはまさに宝の山だった。

 

 精米したての真っ白な米。

 不純物のない透き通ったサラダ油。

 新鮮な醤油に、味噌、マヨネーズ。

 そして、色とりどりのパッケージに包まれたお菓子たち。


 この世界では、どんなに大金を積んでも手に入らない「安全」で「美味」なものばかりだ。

 私の目は釘付けになり、喉がゴクリと鳴る。


「でも、これ……どうやって買うの?」


 タダではないはずだ。画面の隅には『所持ポイント:0』と表示されている。

 私は考え込み、ふと自分の首元に手をやった。

 そこには、公爵家を出る時に唯一持ち出しを許された、母の形見のサファイアのネックレスがあった。


「……これ、使えるかしら」


 私は試しに、ネックレスを画面に近づけてみた。

 すると、『高純度の魔石を確認。ポイントに換金しますか?』という表示が出た。


「換金して!」


 迷いはなかった。

 過去の思い出よりも、今の空腹と未来の美食の方が大事だ。

 ネックレスが光の粒子となって消えると、ポイントの数字が『0』から『5,000,000』へと跳ね上がった。


「五百万……! これなら、当分は食いっぱぐれないわ!」


 私はガッツポーズをした。

 公爵令嬢らしからぬ行動だけれど、誰も見ていないから構わない。


 その時だった。

 馬車が急ブレーキをかけて止まった。


「降りろ」


 御者のぶっきらぼうな声がした。

 扉が開かれると、そこは深い森の中だった。

 うっそうと茂る木々。遠くから聞こえる獣の遠吠え。ここは、隣国との国境付近にある緩衝地帯だ。


「ここからは歩いて行け。運が良ければ隣国に拾ってもらえるだろうよ。……ま、野垂れ死ぬのがオチだろうがな」


 御者は嘲笑うと、私のトランクを地面に放り投げ、さっさと馬車を反転させて去っていった。

 砂煙を上げて遠ざかる馬車を見送り、私は一人、荒野に取り残された。


 普通なら絶望して泣き崩れる場面かもしれない。

 でも、今の私には『これ』がある。


「さて……まずは腹ごしらえね」


 私は近くの切り株に腰を下ろし、再びウィンドウを開いた。

 今の私が一番食べたいもの。

 豪華なフルコースじゃない。もっとシンプルで、心に染み渡るもの。


「検索……『おむすび』」


 表示された商品の中から、私は『炊きたて塩むすび・2個セット』を選び、購入ボタンを押した。

 ポイントが減り、光の粒子が私の手元に集まる。


 ポンッ、という軽快な音とともに現れたのは、竹皮に包まれた温かい物体だった。


「……いい匂い」


 包みを開くと、湯気と共に炊きたてのご飯の香りが立ち上った。

 真っ白で、ツヤツヤと輝くお米。絶妙な力加減で握られた三角形。


 私は両手でそれを持ち、大きく一口かじりついた。


「んっ……!」


 口いっぱいに広がる、お米の甘み。

 表面にまぶされた塩が、その甘みを極限まで引き立てている。

 具なんてない。ただの塩と米。

 それなのに、どうしてこんなに美味しいのだろう。


「美味しい……本当に、美味しい……っ」


 王宮で出されていた、パサパサで砂利の混じったパンとは別次元だ。

 これが「食事」だ。これが「生きる」ということだ。

 目から自然と涙が溢れて、私は夢中でおむすびを頬張った。


 その時。


「――おい、女」


 背後から、低く、地を這うような威圧的な声が響いた。

 心臓が跳ね上がる。

 私は食べかけのおむすびを持ったまま、恐る恐る振り返った。


 そこに立っていたのは、一人の男だった。

 闇夜のような漆黒の軍服。夜風になびく黒髪。

 そして、血のように鮮やかな紅い瞳。

 

 その整いすぎた顔立ちは、美しくも恐ろしい「死神」を連想させた。

 彼の手には、抜き身の長剣が握られ、その切っ先は私の喉元に向けられている。


(う、嘘……。この紋章、隣国の……!)


 ガルア帝国。

 武力で周辺諸国をねじ伏せる軍事国家。

 そして目の前にいるのは、その頂点に立つ「覇王」、カイル・ヴァン・ガルアその人だった。


 噂に聞く冷酷な暴君。出会ったら最後、生きて帰れる者はいないという。

 殺される。

 そう覚悟して身をすくませた、その時。


「その白い塊から漂う、妙に食欲をそそる香りは何だ」


 カイル皇帝の視線は、私ではなく、私の手の中にある『おむすび』に釘付けになっていた。


「……貴様、魔法使いか? 毒物を精製しているのか?」


 剣先が近づく。殺気が肌を刺す。

 でも、私は気づいてしまった。


 グゥ~~~~……。


 彼の整ったお腹のあたりから、なんとも切ない、盛大な音が鳴り響いたことに。


「…………」

「…………」


 沈黙が森を支配する。

 覇王様のこめかみが、ピクリと引きつった。


「……毒ではありませんわ。ただの『おむすび』です」


「オムスビだと? 聞いたことのない呪文だ」


 彼は警戒を解かぬまま、しかし視線はおむすびから離れない。

 その瞳の奥にあるのは、殺意ではなく――純粋な「飢え」だ。


 私は苦笑した。

 どんなに恐ろしい暴君でも、お腹は空くのだ。

 私はウィンドウから、もう一つ購入しておいた予備のおむすび(個包装)を取り出した。


「お一つ、いかがですか? 覇王陛下」


 私は毒見をするように、自分の食べかけを一口食べて見せてから、新しい方を差し出した。


「……ふん。貴様、命が惜しいと見える」


 彼は剣を納めると、ひったくるように私からおむすびを受け取った。

 そして、いぶかしげに匂いを嗅ぎ、恐る恐る端をかじった。


 瞬間。

 カイルの紅い瞳が、驚愕に見開かれた。


「……!?」


 彼は自分の舌の上で起こっている奇跡が信じられないといった様子で、その白い塊を凝視した。


「なんだ、これは……」


 彼は震える声で呟く。

「ただの穀物のはずなのに……なぜ、これほどまでに心が安らぐ? 口の中に広がるこの深い味わい、そして鼻に抜ける芳醇な香りは……魔法か?」


「いいえ。魔法ではありません」


 私はニッコリと微笑んだ。


「これが『旨味うまみ』です」


最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!

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