第14話 市場の奇跡と『黄金のトウモロコシ』
「……ちょっと、待ってください」
私は人混みをかき分け、泣いている男の子とその母親の元へと歩み寄った。
カイル様が慌てて「おい、リリアーヌ!」と止めようとするが、私の歩みは止まらない。
目の前では、痩せこけた母親が、申し訳なさそうに泥だらけの野菜を引っ込めようとしていた。
「ごめんね、ごめんね……。これしか買うお金がないの。我慢して食べて……」
男の子は「やだぁ、苦いよぉ」と泣きじゃくっている。
周囲の人々も、同情と諦めの混じった目でそれを見ていた。誰も助けないのではない。助ける余裕がないのだ。
「あの、よろしければこれを食べてみませんか?」
私が声をかけると、母親はビクリと肩を震わせ、警戒心を露わにして私を見た。
「……あんた、誰だい? 私たちは物乞いじゃないよ」
「物乞いだなんてとんでもない。私は……ただの通りすがりの『野菜ソムリエ』です」
とっさに怪しい肩書きを名乗ってしまったが、気にしない。
私はウィンドウから購入しておいた『あるもの』を取り出した。
それは、真空パックされた『スイートコーン(朝採れ・ボイル済み)』だ。
封を切ると、甘く香ばしい湯気がふわりと立ち上る。
中から現れたのは、太陽の光を凝縮したような、眩いばかりの黄色い粒が並ぶ一本の棒。
「な、なんだいそれは……? 黄金の棒……?」
「いいえ、野菜ですわ。『トウモロコシ』と言います」
私は男の子の前にしゃがみ込み、ニッコリと微笑んだ。
「ボク、お野菜は嫌い?」
「……きらい。つちのあじがするもん」
「そう。でもね、このお野菜は『魔法のお野菜』だから、とっても甘いのよ。騙されたと思って、一口ガブッといってみて」
男の子はおっかなびっくり、差し出されたトウモロコシに顔を近づけた。
甘い匂いに釣られ、彼は小さな口を大きく開け――黄色い粒にかじりついた。
プチッ、シャクッ。
小気味よい音が響く。
その瞬間、男の子の目がまん丸に見開かれた。
「…………!!」
彼は咀嚼し、ゴクリと飲み込むと、信じられないものを見る目でトウモロコシを見つめた。
「……あまい」
「甘いでしょう?」
「うん! あまい! おかしみたい! これ、ほんとにおやさい!?」
男の子は夢中で二口、三口とかぶりついた。
口の周りを黄色い汁で汚しながら、「おいしい! おいしい!」と満面の笑みを浮かべる。
その様子を見て、母親が呆然と呟いた。
「嘘だろ……。あの子は、野菜なんて一度も美味しいと言ったことがないのに……」
「お母さんも、どうぞ」
私はもう一本を取り出し、母親に手渡した。
彼女は震える手でそれを受け取り、恐る恐る口にした。
プチッ。
弾ける薄皮。溢れ出す果汁。
砂糖を煮詰めたような濃厚な甘みが、疲れた体に染み渡っていく。
「っ……!」
彼女の目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「なんだいこれ……。甘いよ……。野菜って、こんなに甘くて、瑞々しいものだったのかい……」
「ええ。これが本来の野菜の味です」
彼女は泣きながら、夢中でトウモロコシを頬張った。
それは単なる空腹を満たす行為ではない。
長く苦しい生活の中で忘れていた「美味しい」という感情を、心に取り戻す儀式のようだった。
「おい、あの黄色いのはなんだ?」
「あの偏食のガキが、貪るように食ってるぞ」
周囲の野次馬たちがざわめき始めた。
その視線は、羨望と好奇心でギラギラと輝いている。
「お姉ちゃん! 俺にもくれよ!」
「私にも売っておくれ! 金ならあるんだ!」
あっという間に人だかりができた。
私はカイル様に目配せをした。彼はやれやれと肩をすくめつつも、暴徒になりそうな群衆をその体躯で牽制してくれた。
「皆様、落ち着いて! 今日は特別に『試食会』を行います!」
私はウィンドウを連打し、大量のトウモロコシに加え、『フルーツトマト』や『スティックキュウリ(味噌マヨ付き)』を取り出した。
「うおおお! なんだこの赤い玉は! 宝石みたいに甘酸っぱいぞ!」
「この緑の棒、ポリポリしてて水が溢れてきやがる! 味噌をつけると酒が欲しくなるな!」
市場は一瞬にして、歓喜の渦に包まれた。
誰もが笑顔で野菜を齧り、隣の人と「美味いな!」「ああ、生き返るようだ!」と笑い合っている。
その光景を、カイル様は少し離れた場所から静かに見つめていた。
私が配り終えて戻ると、彼は私の頭にポンと手を置いた。
「……見事だ、リリアーヌ」
「え?」
「俺が武力で何年かけても作れなかった『民の笑顔』を、貴様はたった数本の野菜で作ってしまった」
彼の瞳には、私への愛情だけでなく、為政者としての深い敬意が宿っていた。
「貴様はやはり、この国の救世主だ。……だが、これだけの騒ぎだ。タダでは済まんだろうな」
カイル様の言う通りだった。
あまりの熱狂ぶりに、市場を管理する役人たちが、血相を変えて走ってくるのが見えた。
「おい貴様ら! 勝手に何をしている! 許可なく未知の作物をばら撒くなど、重罪だぞ!」
小太りの役人が、兵士を引き連れて怒鳴り込んできた。
せっかくの幸せな空気が凍りつく。
(あら、面倒なのが来たわね)
私が前に出ようとすると、カイル様がスッと私の前に立ちふさがった。
そして、深々とフードを被っていた外套を、バサリと脱ぎ捨てた。
「――ほう。俺の伴侶が民に施しをするのが、重罪だと言うのか?」
現れたのは、隠しようのない覇王の風格。
役人の顔色が、一瞬で青を通り越して土気色になった。
「こ……こ、皇帝陛下ぁぁッ!?」
市場に、先ほどとは別の意味での絶叫が響き渡った。
革命の火蓋は、こうして派手に切って落とされたのだった。
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