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窓辺の猫


____________________







 家猫は往来に面した窓枠に腰を下ろすと、行き交う人々を眺めた。




 三十代のサラリーマンは仕事終わりにだというのに元気はつらつといった感じでちょっと高めのワインを持って帰路に着いていた。


 大学出たての初々しいカップルは互いの腹の中を探るように、顔を赤らめながら俯いてギクシャクとした足取りで手をつなぎながら歩いていた。


 七十代後半の老婆は腰を大変に曲げ一歩一歩はとても大事だというのに、一人で手押し車を押しながら心底楽しそうに朗らかにいつもこの道を散歩していた。


 男女の児童二人組は、書道の授業に使った硯に水を入れて、どちらが水をこぼさず早くに帰宅できるか競走していた。


 ワンカップ酒を片手に酔っ払いオヤジは女とギャンブルへの悪口をブツブツと言いながら通り過ぎた。






 家猫は気怠げに腰を上げると室内へと入っていった。



____________________













 家猫は今日もまた窓枠に腰を下ろし行き交う人々を眺めた。




 三十代のサラリーマンは特にとり立てて何もなく普通に、普通のありきたりな足取りで歩いていた。


 大学出たての初々しいカップルは女性の方が先を歩くその後を男性が追うように、二人ともパッパと、速い歩調で歩いていた。


 七十代後半の老婆今日も今日とて辛そうに足を引きずり手押し車を押し押し散歩していたが、やはり笑顔で和やかだった。


 男女の児童二人組は体操着袋で通学帽子を叩き合って落とせるかどうかを競い合って下校していた。


 酔っ払いオヤジワンカップ酒を片手に女性もののストッキングを持ちながらバツが悪そうに歩いていた。






 家猫は今日も仕事を終えた人のようにゆっくりと腰を上げると室内へと戻っていった。



____________________













 家猫は窓枠に気怠げに腰を下ろすと行き交う人々を眺めた。




 三十代のサラリーマンは歩きスマホをしながらどこか心ここに在らずといった様子で大変浮ついた足取りで帰路に着いていた。


 大学出たての初々しいカップルは今日は男性一人だけ寂しそうに歩いていて、いつものくせで隣の女性に何かを言おうとして顔を上げるのだがいないことに気づいてまた顔を俯けた。


 七十代後半の老婆は今日もまたいつも通りの苦しみながらの楽しい散歩をしているのだが、時折り胸をさすり気にするような素振りを見せた。


 男女の児童二人組は履いている靴を飛ばしあって飛距離を競っていたのだが、一人の靴が車道に出てしまい急いで取りに行こうするとあわや車とぶつかりそうになったが男子児童が慌てて引っ込んだので事なきを得た。


 酔っ払いオヤジは意気消沈した有り様でおでこの皮膚が剥けており流血していた。






 家猫は全てに興味なさげにあくびをして窓枠から立つと室内へと戻った。



____________________














 今日の家猫はどこか足取りがゆったりと重たげだが生気を感じさせない軽々しさで、窓枠に腰を下ろしいつものように行き交う人々を眺めた。




 三十代のサラリーマンは今日はいつもと逆の方向から女性と一緒に歩いて来て、すると叫び泣き出しすと女性にすがりつき女はそれを払い退け去り、サラリーマンは一人その場にへたり込んで、力無くフラフラと歩いて行った。


 大学出たての初々しいカップルはこの前の足取りが嘘のように同じ歩調で仲睦まじく歩いていた。


 七十代後半の老婆の散歩は、この前よりも胸の辺りを気にする頻度が多く、のたのたと息切れしながら歩いていた。


 男女の児童二人組が傘を振り回しながら楽しげに下校していたら傘の先端が片方の女子児童の左目に刺さり、二人はギョッとして慌てて走り去って行った。


 酔っ払いオヤジは前後を反社風の男達に囲まれながら、通り過ぎて行った。






 それと入れ違うように、危篤の家猫の診察に獣医がやって来た。



____________________













 家猫はこの前とは異なり楽しげに窓枠に腰を下ろすと、行き交う人々を眺めた。




 三十代のサラリーマンはいつもと逆の方向から大きなキャリーケースを引きずりながら歩いていた。


 大学出たての初々しいカップルはお互いに左手の薬指を見せ合いながら、楽しげに歩いていた。


 救急救命病院へと向かう救急車には七十代後半の老婆が乗っていた。


 男女の児童二人組は今日は男子児童一人で下校していた。






 家猫の飼い主の女性が家から出て来たのだが、その手には家猫の遺灰を持っていた。



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 家猫の魂は往来に面した窓枠に腰を下ろすと、行き交う人々を眺めた。




 三十代のサラリーマンと揉めていた女性が、サラリーマンとは別の男と腕を交わせながら楽しげに歩いて行った。


 大学出たての初々しいカップル肩を寄せ合いながら男はしきりに女の腹の辺りに手を当てていた。


 七十代後半の老婆がいつも使っていた手押し車を、五十代くらいの夫婦が何かを話しながら持ち歩いていた。


 男女の児童二人組の目を怪我しなかった男子児童が全身ずぶ濡れになりランドセルを傷つけられ大きなばつ印も描かれながら、涙を流しながら歩いた。


 ここ最近姿を見せていなかった酔っ払いオヤジが、全身あざだらけの姿で走り去ると、その後を続いて反社風の男二人が走って追いかけた。







 家猫の魂は気怠げにあくびをすると窓辺から腰を上げて室内へと戻っていった。



____________________














 家猫の魂は今日も往来に面した窓枠に腰を下ろすと、行き交う人々を眺めた。




 三十代のサラリーマンは身だしなみの崩れたまま亡者のごとくフラフラと歩いて、急に足を止めて車道の方を向き口をパクパクさせながら近づいていったが、車道直前で我に帰ると、哀しげに去って行った。


 大学出たての初々しいカップルはタクシーに乗っており、男は女の大きなお腹を気にし、女の息は乱れていた。


 七十代後半の老婆は五十代の夫婦に車椅子で押されながら、談笑しながら通り過ぎた。


 四十代の女性が傷つけられ大きなばつ印も描かれたランドセルを抱えながら、怒りを隠し切れず歩き去った。


 酔っ払いオヤジが家猫の魂の座る窓辺に近寄るとのぞき込んで、久しいトーラス・レイジングブルで別れの挨拶を笑顔でして、去って行った。






 今日はお日様がぽかぽかと温かい日和だった。

「オマエら今日も、頑張れよー」

 家猫の魂はいつもより早くお昼寝を始めた。




 終


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