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夢元のレムニスケート  作者: やまだうめた
魔女の国と少年

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9/16

異変 3

 普段通りの朝だった。

 外は暗く、今日も昼近くにならなければ光を拝むことは無いだろう。

 小窓から見る景色は澄んでいて見通しもよく、既にツララや氷が撤去された後のようだ。大手門側から眼下の広場まで除雪作業にいそしむ騎士達の姿が見える。

 ケケンは皆が寝静まる中手早く着替えを済ませた為少しよれた襟元を正しながら、発光石のランプを手に廊下で暇をつぶしていた。

 今日も変わらず岩石の中は暖かく、息が白くなることもない程に過ごしやすい。何なら少し汗ばむほどだ。

 これからケケンと相棒のアズロワは空調装置の見回りに向かう。

 身なりは整えるようにと上級生より注意が入ってからは焦げ茶色のざんばら髪をひっつめ、服の皺もなるべく伸ばすようにしているケケンだったが、髪を縛る感覚が慣れずおでこが気になり最近手のひらでさする癖がついてしまった。最初こそ重い頭が引っ張られる感覚と視界がやたらクリアになった居心地の悪さに何度も戻そうと考えたが、反発する方がもっと面倒なので従っている。

 現在はアズロワの身支度待ちだ。


「おいまだか」

「もうちょっと待って」


 声を潜めた扉越しのやり取りも何度目だろう。

 自然と零れ出る深いため息に嫌気がさす。

 空調装置の見回り当番の日は決まって待たされるため、慣れたものだが不満だけが溜まっていく。他の班よりも早めに目を覚まし準備しているにもかかわらず、大部屋を出て見回りに行く時間は他の班と変わらないという効率の悪さだ。嫌気がさして当然だろう。

 アズロワはグレンツ辺境伯の末っ子で、自ら希望し入所してきたという変わり者だ。

 おしゃべり貴族と揶揄されるジュノとは旧知の仲でもある、とは本人談。

 ケケンは彼らが何故騎士団訓練所に入所したのか、その理由を聞いてもいまいち理解出来なかった。

 貴族の子は、後継者争いから脱した者でも家名を背負うことになるため、名を売るためにその身を犠牲にする。つまり、騎士になれと親に訓練所へ入れられてしまう事が多かった。

 国への貢献が家の繁栄につながる。国に必要な職に就く為の国立学校もあるが、高額な受験料を払い入学試験に合格しなければならず、この入試が非常に難解で貴族の子でも選ばれたエリートしか入れないようになっているため、家が傾きかけていたり事業拡大など家へ貢献するための能力が足りない兄弟は、往々にして訓練所へ入れられているようだ。

 実力主義の縦社会で貴族階級の権力はほぼ無いに等しく、教養としてのスポーツ剣技は出来ても魔物を倒せるだけの技術を持つ貴族の子は少ない。

 そんな中で一体どうやって手柄を立てると言うのだろう?

 無理に決まっている。

 貴族の親は息子たちに手柄を期待して入れているのではなく、世間体を保つために入れているだけなのだ。

 愛されていないわけではない。ただ単純に、それが貴族として生き残る者の常識となっているだけ。

 ケケンはそういう部分も含めて、貴族と言う存在が嫌いだった。

 だがそんな場所に、貴族の子が自ら志願し入所してきたというのだから驚きである。

 新入生歓迎会の時の自己紹介では何でもないように「人手不足と言うこともあり自ら志願しました」と笑顔で告げた姿に、得体のしれない恐ろしさすら感じたほどだ。

 アズロワとジュノは、ケケンの目から見て異様な貴族の子として印象付けられた。

 実際の所、騎士の人材不足は一時かなり深刻だったらしい。

 騎士と言う職は国家の象徴。要するに国の顔でもあるため、滅多な人材を懐に入れるわけにはいかなかった。

 つまり、誰でも入れるわけではない。

 特に平民以下、貧民街出身の者に対して条件は厳しいものだった。

 訓練所へ入所するためには、町役場へ行きその土地の住民であることを証明する為の書類、もしくは、現役騎士か権力者からの推薦状どちらかを用意したうえで、土地を収める領主の署名を貰い受けなければならない。

 一般家庭の息子なら、金を払うことで役場の書類を手に入れることが出来るし、3年前の王都襲撃被害にあっている家の者ならその金は免除される。貴族への署名も役場に騎士団訓練所への入所希望を伝えれば後日領主の署名入りの許可証が届き、これらを近くのアドネル騎士団寄宿舎や駐屯所へ持ち込むことで、騎士団領に向かう日取りや必要なものを言い渡され、出立の日を迎える。

 だが貧民街の者はそうはいかない。まず定住地が存在しないし、そもそも町役場で必要な書類を手に入れるだけの金を持っていない。貴族と知り合うため貴族の炊き出しへ向かったとしても、護衛に守られている彼等には近づくことすらままならない。無理やり話をつけに近づいたところで、最悪強盗と間違われ命を落とすか、炊き出し事態を中止される事になる。

 ケケンは貧民街出身だが、とある事件を切っ掛けに街を取り仕切る長と物好きな貴族の推薦を得ることが出来たおかげで、アドネル騎士団訓練所に入所することが出来た。

 貴族は憎い。貴族のせいで被られてきた被害も多々ある。しかし貧民街からこうして衣食住全て整った環境の恩恵を得られた今、当然の資格であると豪語出来るほど、子どもでいられなかった。

 そういった複雑な心境から、アズロワやジュノに対し、どう接していいのか分からないというのが正直なところである。

 あの頃のように、全ての不幸を貴族のせいに出来たならどれだけ楽だったことだろう。

 子どもと大人の境目でケケンは理性と感情の違いに大きく揺れ動いていた。

 貴族ではなくもっと普通の平民と組むことが出来たなら、こんな複雑な感情ともおさらばできるのに。というのがもっぱらの悩みである。


「おまたせ」


 悶々と考えていた所へ扉が開いた。

 アズロワは貴族特有の傲慢さのない素直な男だ。

 見た目は派手なプラチナブロンドで、幼さが残っていながらも将来きっと色男になるだろう垂れた目元の泣き黒子がやたらと目を引く甘い顔をしており、瑞々しく艶を放つ肩まで伸びたおかっぱヘアーは女こどもの髪型であるというのに、どうしてだかやたら似合ってしまっていて笑えない。アイスブルーの瞳を彩るまつ毛の長さは町娘と比較しても異様で、瞬きした時に耳を峙てれば鳥の羽ばたきのような音だって聞こえてくるんじゃないかと思えるほどだ。

 貴族特有の洗礼された美しい所作は、いつだって自分とは住んでいる世界が違うのだと言われているようで、今日もまたどうすればいいのか分からない。

 ただただ引きながら、感想だけが口をついて出る。


「いい加減、その踊ってるみてーな動きやめろよ」

「踊っているだなんて、君はいつでも褒め上手だね」

「褒めてねぇ」


 げんなりと顔をしかめる。

 これだ。アズロワと会話すると、意趣返しが全て柔らかく包み込まれて横に置かれる感じがしていけ好かない。

 ケケンが貴族の事をあまりよく思っていないことは恐らく本人にも伝わっていることだろう。

 だがこの同級生は『騎士に貴族階級は無い』という理念をそのまま体現している。

 他の年代のクラスではそうはいかないと、ケケンより先に来ていた貧民街出身の兄貴分が言っていたのを思い出す。

 その男は街のまとめ役として貴族に顔と名前を売り、あぶない連中の手綱を上手く握っていた男で、ケケンとはまた別の貴族に気に入られこの訓練所へ入ることが出来たツワモノだ。


『俺達のクラスに男爵と子爵の子がいるんだが、そりゃーもうふんぞり返って手に負えねーよ。学ぶ上で貴族階級は意味をなさないって最初に教わることなのに、教官の見てないところだと人をコマみたいに使いやがる。更に可愛げねーのが、訓練所を卒業した後の事とか実家の事を引き合いに出して手下を増やしていくんだぜ。例えば?そうだなー、例えばちょっとした商売やってる家の息子だったら、お前の所の商品を毎月これくらい買い付けてやるとか、平民の息子ならお前の親父の仕事で融通効くようにしてやるとか?本当に出来るかどうかの保証もねーのにだぜ?おかげで派閥が3つも出来ちまってて面倒くさいったらねーよ。取り持つこっちの身にもなってくれってんだ』


 食堂で肩をすくめ首を振る姿はひどく疲れているようで、本当に面倒くさい相手なのだと理解できた。

 貴族になりたての成金貴族なのか、それとも元々育ちがそうであるのかは分からないが、とにかく手を焼いている様子は、かつて貧民街で住民が不満を爆発させた時暴動にならないように裏で暗躍していた時の姿と重なって、どこか懐かしい気持ちにもなった。

 それと比べればこのアズロワという男はとても素直だ。仲間が困っているとさりげなく助け船を出すような気配りも出来る非常に優秀な男であるが、この身だしなみに時間をかけるところだけは納得できない。

 悪い奴ではない、というのは分かる。分かるが、貴族生まれのぼんぼんだというだけでどうしてもケケンの本能が身構えてしまう。

 とにかく相棒や友人として相手を受け入れることの出来ない、このもやもやとした複雑な感情が、ケケンの悩みの種である。


「もうそろそろ手分けしてもいんじゃねーか?お互い手順は分かってるだろ」

「2重確認は大切だよケケン。君を信頼していないというわけではなくて、人間なんてふとした瞬間に自分でも気付かないミスを犯してしまうものだからね」


 否定することはできない。身に覚えがあるからだ。

 しかし一緒に行動していると小さなことが目に付いてイライラしてしまうのも事実。改善するためにはやはり相棒を解消した方がいいのではないか……と、再び悩みの坩堝に囚われながら廊下を歩いていた、その時。

 爆発音と同時に岩石全体を揺るがすような衝撃が彼らを襲った。


「なんだ!?」


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