異変 2
「アデルはいるか!!」
「はい!ここに!」
医療隊の作った簡易救護スペースを何度か往復すると、先ほど見かけた第6小隊隊長ガロンが目の前へとやってきた。
彼は「副団長が呼んでいる」と短く告げ再び踵を返し職人街方面へと歩み始める。
背負っていた2人の男を降ろし医療隊へ引き継ぐと、アデルは駆け足で立派な銀色の甲冑を着こんだ背を追いかけた。
時折玄関ホールの天井から砂埃が降ってきている。
自分と同じ上級生の制服を身に着けた男たちが裏口の方へ岩を運び出していたり、下級生達が沢山の鎧や兜を抱え騎士の後ろへついて走る姿も見て取れたが、馴染みの顔ぶれが何処にも見えないことに気付いてしまってから口内の乾く速度が増していく。
たどり着いた職人街へ向かうための大扉は片側が取り払われ先へ進めるようになっていたが、居住区までの短い通路が崩落しており沢山の男たちが絶え間なく石を運び出している。
天井の一部が崩れ片側の壁がひび割れている事から、二次崩落が起こる可能性が高い状態であることはアデルにも理解できた。
それでも職人街方面の通路を完全に塞ぐほど堆い壁へ近づいていくと、発光石のランタンを頭上と足元に沢山運び込んでいる自分と同じ色の制服をした後姿を発見した。
ジーコ、フレデリック、ナジュ、ベヒナがアデルに気付き、あっ、と一瞬目を見開く。
どこか安堵した表情を浮かべている彼等に、心配されていたのだと気付くと同時に、自分も彼らの身を心底案じていたことに気付かされた。だが、やはりまだ不安は残る。
下級生もいたが、目にしたのは2年生まで。新入生の制服を身に着けた彼らを、何度も玄関ホールを往復していると言うのに見ていないのが気がかりだった。
ガロンが封鎖された岩の前で立ち止まると道を開けた。皆彼に倣い壁の方へと身を寄せる。
近付けば近付くほど異様な匂いが鼻につく。
数年かけて嗅ぎなれた職人街の不思議な匂いが火災により鼻をしかめるようなすえた匂いに変わっており、呼吸がし辛い。
崩落し塞がれた岩越しでもこれだけ臭うのだ。向こう側は恐らくこれよりもっとひどい事になっているだろう。
示された石の隙間に顔を近づけた先、向こうからも同じように覗く男の顔が見えた。
いつもはすっきりと整えられている角刈りは乱れ、額に出来た打撲と切り傷から血が流れている。それを隣から伸びる手が必死に止血していた。
焦げ茶色の髪も髭も煤けて黒く見えるが、目に宿る生気が彼の無事を知らせている。
「ゴルド副団長、お呼びですか」
「アデル、お前に今から重要な任務を与える」
普段よりもしわがれた低い声が冷静に告げると、アデルは短く返事を返した。
一呼吸の沈黙。
副団長でもためらいや迷うことがあるのかと、すこしだけ驚いた。
「現在、このアドネル騎士団領は魔族による攻撃を受けている。他の拠点へ連絡を入れようにも【親子石】が置かれている兵舎が崩落により探し出すのが困難な状況だ。よって、昔ながらの方法で助けを呼ぶしかない」
親子石とは、このチャチャ岩石群特産の音声通信が出来る不思議な石のことだ。
大きさは大小さまざまなで、一見すると灰色のどこにでもありそうな石だが、割ると中が黒や赤、青や緑等マーブル状になっていて、美しさの欠片もない模様をしている。
使用できるようにするのも簡単で、親子石から人間の拳大程度の大きさに削り取るだけですぐ使えるようになる。
元の石の方を親石、拳大に小さく分割された方を子ども石と呼ぶ。
この石はどういう訳か人の体温に反応し、触れて石に向かい話すとマーブル状の模様が揺らぎ、一つの親子石から削り取られたすべての石に声が届くようになる。手を離せば模様の揺らぎが止まり、どんなに近くで話しても声は向こうに届かない。
性能は削り取り方や大きさにもよるが、安定した音声のやり取りが出来る基準が大体拳大であるため昔ながらの方法で現在も利用されている。
逆に、親石が子ども石より小さくなるとその性能は失われてしまう。
土地の連絡手段として各拠点に置かれており、この本拠点には親石が兵舎に置かれていた。
もし崩落により石が割れていたとしたら、たとえ見つけ出せたとしても石の特質により機能するとは限らないだろう。
確実な方法を取るために、自分は呼ばれたのだと理解した。
「これよりアデルを伝令班に任命。ブルーノ森林地区第3拠点へ向かい救援要請、他拠点への厳戒態勢の伝達。負傷者の数はおおよそで100~200、行方不明者、発見できていない者も多数。内部崩落により医療物資が不足しているため、救援物資要請。更に王都へ緊急連絡、現在魔族による襲撃を受けている事と、魔道具師殿を原因究明にあたらせるように」
アデルは槍の石突で床を2度鳴らしきをつけの姿勢を取った。
騎士が任務を与えられた時の敬礼だ。
「敵の目が多い為、少数精鋭で目立たぬように西側からアドネル領を脱出、実技訓練で行ったルートで森へ入れ」
「騎士を連れてですか?」
「いや」
否定され納得する。先ほどの彼の迷いはこれだったのだ。
「空調装置の爆発といい突然の魔族襲来といい、偶然とは考えにくい。今は難なく魔物を打ち倒せているためやや優勢のように見えるが、これは持久戦だ。無尽蔵に増え続ける魔物の山を越えて魔族を仕留めない限りこの戦いは続くだろう。今の状況から戦力を減らすことはできない」
張り詰めた空気がじわじわと背中を這い上る。
つまり、副団長がアデルに課した任務とは。
「動ける訓練生だけで、ブルーノ森林地区第3拠点まで向かえ、ということですね」
一時の静寂がその場を支配する。
地上と空、はては魔族の目を掻い潜り応援を呼びに行けと、そう言っているのだ。
なにせここは自然要塞としても名高いアドネル騎士団領。正面の大手門以外からの侵入なんて空を飛ぶ以外に思いつかないような場所である。侵入が困難と言うことは、脱出も困難だと言うことだ。
アドネルを大手門以外から脱出しようとすると、ネズミ返しの断崖を降りていかねばならない。
もちろん侵入者の手助けになるような取っ手や装備は一切打ち込まれておらず、岩肌が氷と雪を化粧にしている状態だ。
鎧と装備を着込んだ男たちが、そんな場所を降りて行けるのかと問われたら、誰しも無理な話だと一笑するだろう。
そう、毎朝訓練している者でもない限り。
異議を唱えようと勇気を振り絞り一歩前へ出た見習い騎士をガロンが手を上げ静止させた。
そのガロン自身も苦虫を嚙みつぶしたような顔で巨大な壁の先を睨んでいる。
「今、この現状を打破することが出来る可能性があるのは、アデル。お前だ」
副団長にまで認められるほどの実力を備えていることを、これだけの人の前で告げられるのは嬉しかった。
認められた、この国に。そんな気がして、アデルの心は燃え上がる。
だからそんなに、苦しそうに告げないでほしいとにっかり笑った。
「お任せください、必ずや援軍を連れ戻ってまいります!」
アデルの声は殊更に明るく、周囲の男たちの苦しみを少しだけ和らげる。
「少人数で、と言うことですが、人員はおれの一存で決めてもよろしいのでしょうか」
「もちろんだ。もう決めているのか?」
「おれ1人で行きます」
途端にどよめきが起こった。
その返答は副団長も想定外だったようで小さな穴の向こうで慌てている。
「流石に無謀すぎるだろ。それにお前は、」
「錬気も使えないのにどうやって向かう気だ!」
突然背後から伸びてきた手がアデルの肩をつかみ振り返らせた。
フレデリックが鬼の形相で見下ろしている。
美しい男が本気で怒る顔はいつもと違う迫力があり、手練れの騎士も目を見張るほどだった。
しかしアデルは身構えることも驚くこともなく、普段と変わらぬ様子で彼を見上げている。
「これだけの数だ、どんなに気配を消したとしても目や耳で気付かれることもあるだろう!気付かれた後きっと魔物は仲間を呼ぶ!沢山の魔物を相手に錬気の使えないお前は身を守れるのか?打破する術は?確かにお前は強いよ、何度もこの目で見てきたさ!でも!!お前が失敗すればこのアドネル騎士団領に住む沢山の命が脅かされることになる!そんなこと絶対にさせられない、失敗が許されない任務なんだから成功率を上げるべきだろう!?僕を連れていけ!!」
一呼吸の内に捲し立てるフレデリックの剣幕に口出しする暇もない騎士達は、呆気に取られて見守っていた。
しかしアデルは本質を既に理解しているようで、彼の物言いにも動じない。
ともすれば慈愛すら感じるような、子どもの頃感じた父の眼差しのような、不思議な安らぎを称えた目がフレデリックを捉えている。
「心配してくれてありがとな。でも、副団長がおれを選んだ理由、分からないわけじゃないだろ」
疑問ではなく断定だ。
それに気づいたガロンは、他の上級生達へ目を向けた。
どうやら彼等もきちんと理解しているようだった。
理解したうえで、納得していないのだ。
それは何故か。
(騎士としての素質はしっかりとあるようだ)
騎士にとって、絆とは最後の命綱だ。
性格、生い立ち、戦い方の相性、様々な要素から信頼や絆を結ぶことが難しくなるこの世界で、純粋な想いを抱ける相手との出会いは奇跡に近い。
ただの仲間を助けるのに、理由はいらない。そう言い切れるほどの関係を、どれだけの人間が築くことができるだろうか。
ただの同級生ではない、命を預け命を懸けることの出来る仲間を、彼らは既に得ているようだった。
だからこそ、この決定がもどかしいのだろう。
たとえ氷の岩肌を降りていく術がなかろうと、1人で行かせたくない想いは純粋な気持ちだと分かる。
守りたいという思いが強いのは、騎士たらしめる精神の表れだ。
「おれは錬気が使えない。だから魔素に反応する魔物達を欺くことが出来る。おれはずっと体幹と脚を鍛えてきた。万が一魔物に見つかった場合、おれは戦わず第3拠点まで走り切る自信がある。地上が無理なら樹の枝を、それもダメなら道なき道を飛んで走ろう。どんな場所でもおれはバランスを崩さず高所を上れるし、駆け下りられるように訓練してきた。今こそ訓練の成果を見せる時じゃないか?それに、極限状態や命の危機に瀕した時、錬気が発動するという話もあったろ?おれはまだ諦めてないからな」
あまりにものんきな声にフレデリックは毒気を抜かれてしまったようだった。
大きなため息と同時に肩を落とし、それでも顔全体で不満であることを表現している。
「ついてこられると逆に目立つ。お前たちは騎士の指示をしっかりと聞いて、騎士団の為に尽力してくれ。それから、何度か玄関ホールを往復したが新入生達の姿が一切見えないんだ。もしかしたら身動きが取れなくなっているのかもしれないから、気にかけてやってほしい」
ぽん、とフレデリックの肩を叩くと同時、背後に控える他の上級生達へも視線を向けた。
ジーコは困ったように笑っている。きっと納得してくれたのだろう。ベヒナは感情の読みにくい男ではあったが、薄い唇がやや弧を描いているように見えるので恐らく引き下がってくれる。ナジュは不貞腐れたように眉を寄せ顔を反らしてはいるが、いつも文句があるときは大音量の声で吠えてくるので、何も言わないのが彼の答えだ。
しかし、とアデルは目の前の男を改めて見た。
そして肩をすくめて見せ、きつく睨みつける。
「頼んだぞ」
一語一句言い含めるような物言いだ。
はっ、と息をのむフレデリックは悔しそうではあるものの、強くこぶしを握り一歩後ろへと身を引いた。
ガロンは感心する。
今年の上級生は全員平均以上の身体能力、学問も歴代平均を更新する程度には励んでいるようで、一体何故これだけ優秀な訓練生が多いんだと隊長クラスの間でも話題になったほどだ。
切磋琢磨する相手が身体的なハンデがあるにもかかわらずこれだけ優秀では、訓練せざるを得なかったろうと、同情にも似た気持ちが自分の中にあったことを自覚する。
しかし実際に彼らを見ればわかるのだ。ただ、負けたくないという思いだけではないのだと。
肩を並べて戦い守れる位に強くなる必要があった彼らは、自分の得意分野を磨き上げてきたからこそ、今回の伝令についていきたかったのだろう。1人に背負わせず、いや、アデルに背負わせず、と言った方が正しいか。
最初は、副団長が命運を託す男がどんなものかきちんと確かめておきたかった、という名目でアデルを自ら探した。実際目の前にした時、なんて小さな男なのだろうと驚いた。ドワーフではない、人間の、成長出来ない体を持った小さな男。
しかし彼の立ち振る舞いはどうだ、自分を卑下することなく、出来ることを最大限やってきた男の覚悟は体現されている。人を惹きつけ、人を導く素質を持ったその男は、一体どのような人生を歩んできたのだろう。
隊長クラスが一目置く男なだけあると、改めて納得したガロンだった。
「話はついたか?」
穴の向こうから副団長の声が聞こえてくる。
「はい。おれだけで行きます」
アデルがそう答えると何事かを飲み込むように副団長は押し黙った。
単独でのリスクと成功率を天秤にかけ、そうして何度も何度も同じ結果になることに心を痛めてきたのだろう。
アデルはここへ来ることが出来て本当に良かったと心から思う。
自分のような得体の知らない出自の者を、ここまで鍛え上げてくれた。
まるで兄弟のように、息子のように接してくれた。
その思い出だけで、自分に出来ることの全てをかけてこの人達のために尽くしたいと思える。
そういう場所で過ごすことが出来て、本当によかったとアデルは心から感謝した。
「これから言う内容は機密事項だ。非常事態により、お前に開示する」
宣言された後壁に耳を付けろと指示されそれに従った。
声を潜め伝えられた内容にアデルは驚愕する。
それは、西側の断崖絶壁に建てられた壁からネズミ返しの底まで、人ひとり分が通れる位の通路がある、というものだった。
この5年間、壁の中に入れるだなんて知らなかった。岩石群と山の岩が淵を固めその隙間を縫うように作られた壁、という仕上がりとなっているが、実は岩も大地も壁も全て中で繋がっているということだった。
出入り口は丁度訓練所の居住区が入っている岩石と木造の馬小屋の間にある小ぶりな岩で、手渡された特別な鍵を使うことで中に入ることが出来ると言う。
細い通路を進み下へ降りる階段をそのまま降りて行けば、ネズミ返しの底まで行くことが出来るため、後はヒュド山脈の絶壁を降りていくだけでいい。いつものやり方で降りていくことが出来れば、問題なくブルーノ森林地区へ入ることが出来るだろう。ネズミ返しとなっているため、上から視認される確率も極めて低いのではないだろうか。
アデルの中でルートが構築される。いける、と思った。
「武運を祈る」
小さな穴の向こうから、騎士の敬礼が向けられた。
同じく敬礼を返し、決意を新たに振り返る。
「行ってきます!」
こうして、アドネル騎士団領の命運は誰よりも小さな男に委ねられたのだった。




