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悠久レムニスケート(仮  作者: やまだうめた
魔女の国と少年
6/6

一人の少年 5

 あれから数日。怒涛の初日から新人歓迎会、そして座学に実技を経て、少しばかりこのアドネル騎士団領での過ごし方に慣れたポッコルとウェイトの最近の楽しみは『風呂上がりの談話室トーク』だ。

 丁度玄関ホールから大衆浴場までの通り道にこの談話室があるおかげで、すっかり常連となっている。

 話題は様々だが、最近はもっぱらアデルについてだ。

 一週間、アデルと長い時間を共に過ごすことが出来たおかげで、彼の人柄と勤勉さにすっかりと憧憬の念を抱いた2人は、班行動を解消した後も何かとアデルを慕いよく上級生のクラスへ顔を出すようになった。座学や実技で分からない事があるとすぐやってくるので、フレデリックから「水鳥の雛みたいだ」と笑われた。

 大衆浴場でのやりとりから同期達とも随分仲良くなれた。座学は難解で訓練は噂通り過酷なものだったが、このアドネルでの生活にいち早く適応し充実した生活を送ることが出来ているのは、1週間みっちりとマナーや騎士としての作法、この訓練所のことを教え込んでくれたアデルのおかげだと2人は感謝している。共に行動することで、彼と交流のある上級生や見習い騎士達と挨拶することが出来たことも大きな影響だった。

 そして現在、いつも世話になっているアデル先輩の力になりたいと思う純粋さから彼らは連日こうして思案を続けている。


「そもそもなぜ容姿が子どものまま成長しないのかって謎は解明すべきだよ」

「何か理由があるって考えてるんだ?」

「ドワーフの血が混じっているのかとも最初は考えたけど、ドワーフ特有の髭や大きな手足っていう特徴がないだろ?それに子どものような見た目のまま過ごしてきたと言っても、体のどこかしらは成長を続けているんだ」

「どこかしらって?」

「爪も髪も伸びるし鍛錬の積み重ねで出来た手の厚みは時間経過によるものでしょ?でも肉体の変化はない。これはすごく奇妙な事じゃない?本当にアデル先輩の肉体の成長が止まっているのだとしたら、多分爪も髪も伸びないし手の皮も厚くならないし筋力の成長も無いはずだ。だけど他の先輩方から聞いた話だと、アデル先輩は実技も優秀らしい。おかしいよね?」

「たしかに、他の上級生と同じ訓練をこなすだけの筋力がついているのに見た目が子どもの腕のままってのは違和感があるかも?ただ、生きていたら誰だって髪も爪も伸びてくるよね?成長が止まるのは肉体だけで、他の生理現象や知識はそうではないってことなのかな……」


 談話室の隅に置かれたふかふかのソファの上で、ウェイトはわざとらしく肩をぶつけポッコルに身を寄せると声を潜めて呟いた。


「僕は、アデル先輩の体は本当は成長できるんじゃないかと思ってる」

「ええ?」


 訝しそうに隣を見る。落ち着いた色調の明かりが足元を照らし、机の上に発光石の欠片が詰め込まれた手持ち型ランプが置かれているおかげで表情を見るのは容易い。冗談を言っているような顔ではなかったので、突拍子もない内容ながらもポッコルは真剣に向き合うことにした。


「何かが邪魔してるってこと?」

「分からないけど、もしかしたら記憶が無くなってる部分と何か関係しているのかも」


 そして真剣に考えた結果、記憶の隅においやられていた欠片に琴線が触れたのだった。


「そういえば、あまりにも苦痛を長期間与えられた子は成長が止まるって話、聞いたことある……」

「ど、どういうこと?」


 ぞっとするような事を言い始めた相棒から少し身を引き様子を伺う。断片的な記憶を手繰り寄せるように、ゆっくりとポッコルは話し始めた。


「その人は夏の時期に毎年来るお客さんで、貿易商に努めてるって話だった。ここだけの話、多分貴族の方だと思う。身なりがいつも小ぎれいで、彼が身に着けている物が秋ごろから流行り始めるのを何度も見たから確かだよ」

「貴族がそんな話を酒場の息子にしたってこと?なんか怖いな」

「時期が時期だからね。夏のはじめに原始の魔女の生誕祭、夏の終わりに鎮魂祭があるから、その時期はうちの酒場も街中も怖い話や不思議な話でもちきりになるよ」

「確かにそうだけど、故意に不安がらせようとしてる感じがしてなんかこう、やなかんじ。で?具体的にどんな内容だったの?」


 潜められた声は耳を峙たせなければならないほど小さく、体を傾けウェイトは聞き洩らさぬよう聞く姿勢に入った。それを見て、ポッコルもより雰囲気を醸し出すように声の調子を合わせる。


「西の大陸には忘れ去られた国があって、その国で生まれた子どもは選定をされるんだって。それで選ばれた子はその国の犯した罪を一心に背負わされてとんでもなく酷い罰を成人まで受けることになるんだけど、あまりの苦痛と絶望に精神と肉体の成長を止めてしまう子がいたんだって」


 一瞬何を告げられたか理解できなかったがゆっくりと脳内で言葉をかみ砕いた後、ぶるりと身震いをした。リラックスや談笑を目的としているため、やや薄暗く雰囲気のある部屋により一層恐怖が際立つ。


「なにそれ……逃げられないってこと?」

「わかんない。ただお役目が終わった後は国からとんでもない好待遇を受けて大切にされるんだって。その国の成人年齢がいくつかは分からないけど、死ぬまで国が生活を保障してくれるらしいよ」

「人体の成長が止まるって相当な事だと思うんだけど。……正直、やっぱりアデル先輩の状況とはちょっと違う気がするよ。先輩の体には大きな傷なんかなかったし、精神的にもすごく安定しているというか……健康的に見える」

「だからだよ、記憶が消えてるから今とても精神的に健康でいられているんじゃないかって思ったんだ。壮絶な何かを体験したら、人の記憶は消えてしまう事があるって『名探偵アンジェリカ』シリーズ第3巻でもあっただろ!」


 名探偵アンジェリカシリーズとは、現在王都で流行しているミステリー小説の一つだ。くるくるの癖っ毛が特徴的な赤毛の少女アンジェリカが、田舎貴族であり相棒でもある青年と2人で町おこしをするために奮闘する傍ら、なぜか事件に巻き込まれてしまうというストーリーで、子どもから大人まで楽しめる現在連載中の長編シリーズだ。2人はこの作品の大ファンである。


「そういえば前の巻で、貴族の間で流行してた香水が有毒だったって話、実は元ネタがあるって聞いたことがある。ってことは人の記憶が壮絶な体験で消えてしまったってあれも、もしかして」

「そうなんだよ、あのアンジェリカシリーズは実際この国で起きた事件を元にしているみたいなんだ。巨大図書館は行ったことある?実は最近アンジェリカシリーズ特集がされてて……」


 脱線し話がそれていたところへ、「あれ?」と素っ頓狂な声が出入り口から聞こえてきた。

 近づいてくる影に顔を上げると、そこには見知った2つの顔が並んでいる。方や背の高い男前で、方や非常に愛嬌のある顔をしていた。


「まだ話してたのか?」

「もう待機列無くなったぜ」


 どことなく爽やかな芋臭さをまとう2人は田舎町の平民出身でフレデリックと同郷だ。

 背の高い男、タロンは焦げ茶色の髪を短く切り上げ、堀の深い顔と高い鼻、灰色の瞳にがっしりとした顎と青少年らしからぬ肉付きの薄いこけた頬により妙に色気がある男だった。

 愛嬌のある男、マルクスは肩まで伸びた派手な金色の髪をハーフアップにしており、タロンほどではないにせよくっきりとした目鼻立ちのせいかどこか軽薄そうな印象を受けるが、彼ほどチャーミングという言葉が似合う男もなかなかいないだろう。笑った時の八重歯と人懐っこさからすぐに人と仲良くなってしまう彼は、上級生や見習い騎士とも気軽に会話している姿を何度か見たことがあった。

 最初は常に2人で行動しているため顔面偏差値の高さから取っつきにくい人物なのかと内心怯えていたポッコルとウェイトだったが、話してみると意外と気さくで田舎特有のおおらかさがあり楽しかった。

 夕食後2人で談話室へやってきて次の日の予習をし風呂に入って眠るというルーティーンを作っているためこの時間帯に顔を合わせることが多く、会話するようになってからすっかり仲良くなった。おかげで食堂の待機列状況を報告がてらよく談笑に付き合ってくれたりもする。


「そういえば、俺達が出る時おしゃべり貴族様がヨギドさんを捕まえてたぞ」

「なんでまた?」

「多分そろそろ任務に向かう頃だろうからってアデル先輩が言ってたからじゃないかな?聞きたいことがあるなら今のうちに行っといたほうがいいよ」

「マルクスは何か聞いたの?」

「俺ー?俺はね、待機中の鍛錬方法!タロンは錬気のこと聞いてたぜ」

「早く習得するに越したことは無いと思ったから」

「そうかぁ……ポッコル行く?」

「うん、同席させてもらえるならしたいかな」

「わかった。ありがとう2人共、僕等も夕飯食べてくるよ」

「いってら、今度さー教えてもらった事みんなで共有しよーぜ!」


 じゃーなー、と手を振り見送る2人は先ほどまでポッコルとウェイトが座っていたソファに落ち着いたようだ。開きっぱなしの談話室の扉を潜り職人街へと急ぐ。


 丁度ピークを過ぎた頃らしく、食事をとっている人々もまばらで適度に空いている。

 ポッコルは変わらずシェフファビリオの料理に興味津々だ。今夜の献立である盛大にとろけたチーズを乗せたチーズパン、不思議な匂いのする野菜のサラダ、こんがり焼いた骨付き肉を熱い視線で見つめているため、ウェイトはなるべく気を付けながら彼の前を歩く。 

 盆を手に持ち目的の人物を探していると丁度目が合った。食堂の一番奥に鎮座するヨギドに手招きされ同じテーブルに着くと、そこにはアデルとフレデリック、そして新入生の数名が相席しており、ヨギドの他にも壮年の男が2人並んで座っていた。予想より遥かに多い人数に動揺しながらも簡単に挨拶を済ませる。

 同じ新入生仲間の一人であるジュノが「ヨギドさんが仕事場について聞かせてくれるって!」と好奇心を隠しもせずに話しかけてきた。数日前風呂場での件からアドネル騎士団志望の彼が直談判し、食事しながらでいいならと話を聞く場を設けてもらったらしい。

 ポッコル、ウェイトと同じく王都出身王都育ちのジュノはくすんだ金髪とダークブルーの瞳を持ち薄い唇に小鼻の持ち主とパーツだけで言えば美男子を連想させるが、どことなくカエルを彷彿とさせる容姿をしていた。よく口が回るのは彼が貴族出身だからかと思っていたが、別の貴族出身の騎士志望を見ているとそうではないらしい。おかげで同級生からは”おしゃべり貴族”とあだ名を付けられてしまったが、本人は特に気にしている様子もなく、基本的に話すことが好きで非常に人懐っこい物怖じしない性格らしい。

 ただ渋い顔をしているのは壮年の騎士2名で、「いいんですかヨギドさん、彼等はまだ訓練生ですよ?」と嗜めているようだった。


「かまわんよ、アドネルを目指すなら遅かれ早かれ知らねばならぬことじゃろうて」


 風呂場で見た時よりもボリュームのある髭を撫でつけふぎふぎと笑うヨギドは食事を進める。暫しの逡巡の後、「いいかお前たち、こういったことは口外しないものだ。ヨギドさんのご厚意であることを忘れるなよ」と付け加えて彼らの仕事場であるブルーノ森林地区について教えてくれた。


 それはあまりにも荒唐無稽な内容だった。


 触れると体がクリスタル化する湖、毒が常に吹き上げる沼地、そんな極悪な環境に見合うだけの生命力を誇る動植物たち、そして魔物。木々が密集しすぎているため間伐を行っているが、ブルーノ森林地区の木々は何故か1日とたたずして元通りになってしまうのだという。ただ木の質がいいため木炭や加工用等多義にわたり活用され、熱源を常に必要とする国としては非常に助かっている、という話。何より未だ解明されていない資源もあるのではないかと言われるほど自然が豊かな場所だということ。ともあれ人知を超えた不気味な森であるため、ブルーノ森林地区の情報は一般人には隠蔽されている、と付け加えた。


「更に『ピカリノコ』という幻の光るキノコがあるらしい。このピカリノコという蛍光色に光るキノコの群生地に、かつて魔女の里があったという話だ」

「らしいとは……?」

「わしはこの40年間一度もピカリノコっちゅー発光するキノコを見たことがない」


 森の木は常緑樹。季節が変わろうと葉は落ちない為常に森の中は暗く湿気があった。特に冬場の降り積もる雪は全て木の葉の上に積もり、時々枝ごと降ってくるため非常に危険だ。暖かくなるとキノコが成長するには絶好の場所にもなるため注意深く見ているが、ピカリノコを現実で確認することは出来なかった、とヨギドは語った。

 しかしかつて魔女が沢山いた時代、スノー王国から魔女の里と呼ばれる小さな村まで騎士がピカリノコを頼りに行軍していた記述が残っているのだから驚きである。

 今は魔女が居なくなってしまったから閉ざされてしまったのだろうか?それともかつての魔女達が里を出る際に全てを清算してしまったのだろうか?新人達が興奮気味に質疑を繰り返す様を少し驚きながら見る騎士達だったが、若き青少年たちの熱量に押された騎士の1人がやや声を潜めて身を乗り出した。つられて訓練生たちも口を閉ざす。


「ブルーノ森林地区一番の不思議な話は、地面に(うごめ)き這う何かの存在だ」


 固唾をのむ彼等を一瞥し、語り口調で告げられる内容もまた不可思議なものだった。

 新月の夜に時々出るのだという。真っ暗闇の森の中、木の根と草の根の隙間に何かがいる。いや、ある。それは動物のようで、しかし植物のようで、まったく何か分からない。手に持つ発光石ランタンの明かりを足元へかざしてみても木の根の隙間、草葉の陰に隠れてしまいきちんと目視出来た者は誰もいない。人に危害を加えるでもなく、魔物の類でもない。棒で手繰り寄せようと試みたが、触れる瞬間周りの草花を騒めかせていたそれは消えてしまったのだという。

 とんでもない話だと皆半信半疑で聞いていた。確かに魔王を封印しているアメジストパレス付近は不可思議な事が起こりやすいという噂は聞いたことがあった。だが、訓練されSランクの魔物と渡り合う騎士がその何かの存在が分からないとはどういうことなのだろう?納得のいっていない顔、怪訝な顔、不思議なものを見ている顔、各々心情を素直に表情へ表し騎士を見つめている。

 そして隣に座っていたもう一人の騎士も、絞り出すように告白した。


「俺も見たんだ、それを」


 1人だけなら見間違いという線もあるだろうと踏んでいたアデルとフレデリックも、驚いてヨギドを見た。いつも通りの彼がそこにいるので見合わせる。ということは、彼もその何らかの存在について知っているか、見ているかだ。


「暗がりの中に恐ろしいものが居る、という先入観から見間違えたのだろうとみんな言う。でも俺は確かにみたんだ。蜘蛛の糸のような、擦り切れた繊維のような、こう……波打ち際の泡のような、黒いそれが影の中で蠢くのを見てしまった。でもそれすらも真実なのか、あの暗闇の中では確認する術もない」

「ただ俺達の班がよく見るだけで、他から聞いたことはない。だから……多分俺たちの巡回ルートには何かがある……ということなのかもしれない」


 しん、と辺りが静まり返ったような錯覚を覚えるほど、青少年たちの心に不安が染み込んでいく。平静を保とうと食事を再開する者も、握るスプーンの進みは酷く遅い。好奇心に満ち溢れ彼らの聞き入っていたジュノは、想像を絶する不可思議な事象と不気味な森に対してどう気持ちの整理を付けたらいいのか分からないと言った顔で固まっている。

 だが2人だけは違った。ポッコルとウェイトだけは瞳を輝かせわくわくが止まらないといった表情をしながら食事をとることも忘れ騎士を見つめている。


「その巡回ルートに何かあるということが確認出来ているだけでも調査し甲斐がありそうですね!」

「しかも主に足元にあるって部分も重要ですね。頭上の木の枝や幹にあるというより、影の中に潜んでいるということは、這う事しかできないってことなんでしょうか?もしかしたらこれだけ不思議な事が起こる森だし地下から湧き出ている何かなのかも?」

「少なくとも突拍子もなく飛んでくることはないってことなのかな?触れようとしたときに消えたというのは、動物的な動きじゃない気がするんだけど」

「実際なぜ魔物ではないと判断できたのですか?」

「この、魔物が近づくと知らせる魔道具を我々が携帯しているからだ」


 それは保護を求めやってきた魔女が王に謁見した際、手土産として献上した最初の魔道具であると言われており、各騎士達が携帯出来るように小型化されたものだ。

 【知らせの鈴】と呼ばれる木の実の殻のような形をした小さな鈴を騎士は皆腰に下げており、一定の範囲内に魔物が近づくとジャラジャラとした耳障りな音が鳴るので魔物かどうかを判別する。

 外してテーブルの上へ置いてくれたヨギドの鈴を見て物珍しそうに身を乗り出す面々を横に、思い出したかのようにアデルが呟いた。


「目が覚めた時沢山鈴がぶら下がっていたのって……」


 視線がヨギドへと向けられた。それらを受け止めても彼の表情は変わらず冷静で、アデルから視線を逸らすことなく静かな声が告げる。


「お前が見つかったのはブルーノ森林地区、しかもずぶ濡れの状態で倒れていた。近くに水源が無いと言うのにだ。発見した手前、危険ではないと証明する必要があった。魔女の残した文献の中には人に化ける魔物もいるとあったため、念のために鈴を近づけた。じゃが鈴のおかげもあって、お前さんが魔物ではなくただの迷い人だったと証明することも出来たわけじゃ」


 言ったところで鐘が鳴る。訓練生が寮へ戻る時間を示す鐘の音だ。あと数分もすれば消灯を告げる鐘が鳴るだろう。食事もせず話に夢中になっていたポッコルとウェイトは慌てて食事を掻きこみ始めた。勿体ない食べ方をしている自覚はあったものの、気づけば他の新入生達は席を立っていたためそうも言っていられない。しっかりと全てを平らげた後、アデルに引率されて寮へと向かった。

 2人は目の前を歩く先輩の背を見ながら、新入生歓迎会での自己紹介、そして先ほどヨギドが告げた衝撃的な言葉をどうにか咀嚼することで、彼がここに至るまでの全貌をぼんやりとだが形どることに成功していた。

 13年前、アデルはブルーノ森林地区で発見される。発見された場所はヨギド達が資源回収をし巡回するルートで、光の届かない森の中。近くに水源はなく、雪も木の枝に引っ掛かり滅多に落ちてこないという場所であるにも関わらず、ずぶ濡れの状態で発見される。そして彼には以前の記憶がない。身元の分かりそうなものは不思議な形のペンダントのみ。魔よけの鈴を近づけた状態で保護し、彼が目覚めた後も鈴が音を発しなかったことから人間であると確証を得ることが出来たため、迷い人としてスノー王国中におふれを出し情報をあつめた。だが数日とたたずしてそのおふれは撤去される。ヨギドさんという身元保証人を得ることができたおかげで、アドネル騎士団訓練所へとやってきた。

 しっかりと座学を履修してきた騎士であるほど、普通の人間が立ち入るべきではない場所に子どもがいれば警戒するだろう。だからヨギド達は倒れている彼に対し鈴の確認を行った。目覚めた後も鈴を離さず経過を見たが何の反応も示さなかったため、彼を保護する事に決めた、ということだろう。知らせの鈴には、王をも納得させるほどの確かな信頼があるらしい。

 だったら何故、国は迷い人のお触れをすぐに回収してしまったのだろう。

 記憶もなく、鈴の反応もない。何かしらの事件に巻き込まれブルーノ森林地区にいたのだとしたら、彼の身を案じている者がいてもおかしくはないだろう。安全性を考慮するなら、何か情報がつかめるまでおふれは撤去するべきではない。

 そもそも何故アデルは、この騎士団訓練所へやってきたのだろうか。正規の手続きをもってやってきたと言っていたが、記憶のない少年が目指す場所としては重過ぎる。

 ウェイトは”ここだ”と思った。


「アデル先輩はどうしてこの訓練所へ来たんですか?」


 突然の問いかけに少し驚いた顔をしてアデルは振り返る。段差により同じ高さになった視線がかち合った。あまりにも純粋な目をして問うウェイトにポッコルはぎょっとした顔をして静止し様子を伺う。どうにもこのウェイトという友人は、自分の興味や好奇心に対し素直すぎる帰来があった。


「騎士にならなければと思ったんだ」


 あまりにもシンプルな答えに、逆にウェイトが面食らってしまう。嫌な顔1つせず答えてくれたアデルへ「ヨギドさんの助けになりたいから、みたいな?」と更に質問を重ねると、手すりに身をゆだね中空へと顔を向けた。


「もちろんおれを助けてくれたヨギドさんの事を尊敬しているし、あんな風に頼れる男になりたいと思ったのも嘘じゃない、けど……どうしても騎士への憧れというか、なりたいという気持ちが消えなくてな。もしかしたら記憶が無くなる前のおれは騎士になりたかったのではと思ったんだ。だから、騎士になったら何か思い出せるものがあるのではとヨギドさんに相談して入所を希望した」


 発光石の原石が所々階段際の壁に埋め込まれているせいで問題なく表情を読み取ることが出来た。おかげで嘘も淀みも見当たらない真っすぐな返答だと分かる。


「先輩はヨギドさんの部隊に保護されて、迷い人のおふれを国から出してもらったんですね」

「そう聞いている」

「その……ご親戚やご家族からの連絡って、来てないんですよね?」

「まぁ、だからヨギドさんに身元保証人になって貰っているわけだが。どうした?何が気になってる?」

「どうしておふれはすぐにはがされてしまったのでしょう」


 沈黙が続く。ポッコルは肝を冷やしながらもただただ見守っていた。現状を知るために情報を得るのは重要だ。何より本当にアデルの助けになりたいのなら、自分たちに出来ることは考えることだと本気で思っているからだった。

 暫し考える素振りを見せた少年は、視線を漂わせてからばつが悪そうに頭を掻く。


「正直、当時は凄く混乱していてあまり覚えてないんだ。けど……確かどこかの貴族が、すぐにやめさせろと命令したらしい」

「理由って公開されていますか?」

「いや、詳細は分からないんだ」

「アデル先輩はなんでだと思いますか?」


 更なる衝撃がポッコルを襲う。本人に何故そこまでずけずけと言ってしまえるのか、彼には理解できなかった。だがウェイトには、直感的にアデルなら考えていることを教えてくれるだろうと分かっていた。

 うーん、と首をひねり逡巡の後、「俺は貴族じゃないから分からないが」と前置きされる。


「おそらくブルーノ森林地区で発見された、ということがまずかったんだろう。俺自身が人間である確証が得られても、500年間一般人の立ち入りを禁止していた場所から迷子が発見されたということは、都合が悪かったんじゃないか?」


 納得できる内容だと思った。だが何故だか妙に、距離のある返答だとも感じた。

 自分の事であると言うのに、アデルはどこか他人事のような感覚で答えを出してくる。

 客観視出来ている、ということでもあるのだが、当事者なのにそこまで冷静でいられるのは何故なのだろうと、また疑問が湧いてきてしまった。

 大部屋へと戻ってきてからも、別れ際のいつも通りのアデルの姿も、何故だか妙に引っかかって仕方がない。

 小さな発光石の欠片が詰まったランタンをベッドサイドに置き爪ではじくと、その衝撃で淡く輝きだす。

 か弱い力で石に衝撃を入れたため、この光はすぐに消えてしまう。急いで寝る準備を整えた2人はお互い小さな声であいさつを交わし横になった。

 消灯の鐘がなる。先ほどまで一か所に集まり今日あった出来事を話しあっていた他の同期達も、消えかかる発光石の光を頼りに自分達のベッドにもぐりこんでいく。

 薄暗い闇をじっと見つめたウェイトは、深く考えを巡らせていた。

 自分はもちろん当事者ではない。だとしても、あんなに冷静でいられるだろうか?

 もしも自分だったら、記憶が無くなっている時点でもっと取り乱しているし、何年も引きずるだろう。だって分からないということは恐怖だ。ずっと自分の頭の中に恐怖が巣食っていると思うと恐ろしくてしょうがない。

 あのような大らかで気配りも出来て、後輩の面倒見もいいまるで優等生のような男にはなれないと思う。

 なんとなく、自分たちの中にあるアデルへの憧れや違和感に感じた点はそこにあるのではないかと考えたが、徐々に疲れから眠りが体全体を覆い始めたため身をゆだねることにした。切り替えというのは大事だ。

 眠る間際、明日はアデルへ自分とポッコルの推理力について力説しようと考える。

 (僕らは、アンジェリカシリーズの魅力の一つでもある大人顔負けの謎解きシーンを、最後のタネ明かし前に解き切ったと言う実績があるのだから。だから、もっと僕らを頼ってくださいと言おう。あなたが困っているのなら、出来ることをやらせてくださいときちんと伝えよう。そうしたらきっと……)

 気付けば眠りについていた。

 いつも通りの明日が来ると疑いもせず、彼らは深い眠りへと落ちていく。

 のど元過ぎれば熱さを忘れるように、人は何度だって忘れてしまうのだ。

 安らぎとは、ある日突然失われてしまうものであることを。



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