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悠久レムニスケート(仮  作者: やまだうめた
魔女の国と少年
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一人の少年 4

 この訓練所では、いくつかの生活用魔道具が使用されている。

 魔道具「空調装置」は居住区全体を温める。フロアごとに空調装置が設置されており、多少効果範囲にムラはあれど快適な温度を保つことが出来る優れものだ。

 魔道具「電気回路」はこの騎士団領内だけでなく、既に王室や役所などの公共施設でも使用されている。通常では使い物にならない程の小さな発光石の欠片が詰め込まれたランプも、スイッチに仕込まれた魔石の力で足元まで明るく照らす。

 そして天才魔道具師が発明した生活用魔道具の代表作が、風呂だ。


「魔道具『給湯器』。最初の生活用魔道具としてここに運び込まれてきたんだ。一度魔道具師がここへ視察に来た際に風呂も体験されたそうなんだが、その後すぐ作られたのがこれらしい。この仕組みを元に魔道具『空調装置』が作られているんだそうだ。だから基本的に構造は同じ」


 スノー王国では、風呂といえば蒸気浴を指す。国の性質上、必要な材料が手に入りやすかったため一般家庭にも普及しており、王都には公共サウナ施設もあった。

 しかし西の国からやってきた人間からしてみれば、葉で体を叩き汗をひたすら流して雪や水の中へ飛び込む行為は入浴とは言わないらしい。岩石の外に作られたサウナ室を体験した天才魔道具師は、帰宅したその日から研究に没頭し自ら設置と建設を手掛けたと、今でもアドネル騎士団領内で語られている。

 たちこめる湯気の中、奇妙な形のペンダントを腕に巻き付けたアデルより説明を受ける新入生達は呆けた顔で辺りを見渡した。

 洞窟風呂、と言ってしまえばそれまでだが、丁寧に研磨され段差のある浴槽は真新しく清潔だ。壁に埋め込まれている発光石の原石は明るすぎず暗すぎず室内を照らしている。洞窟内は広々としており、一度に訓練生全員が入れるのではないかと思えるほどだ。

 ここは【アドネル大衆浴場】。

 地下の1フロアをまるごと浴場にした憩いの場だ。

 元々石壁だった箇所を柱にして見通しよく作られている。が、湯に浸った柱が至る所に点在しているためどこか迷路じみているという不思議な造りだった。

 そして一番驚きなのは、ベランダが設置されていること。

 アデルを含めた上級生が面倒を見ている新入生達を引き連れてやってきたのは、もちろん浴場の使い方を教えるためだ。まとめて入った方が面倒も少ないだろうと言うジーコの意見に賛同し夕食前の時間に合わせて訪れてから、新入生達の口は開きっぱなしである。

 洗い場や湯船の浸かり方など実践形式で指導された後、「騎士の間で流行っている入浴方法をやってみるか?」とジーコに促されベランダへ続く分厚い木製扉を開けた。

 円くやや大きめに削り取られた岩肌と風呂場の木壁の間がスペースになっており、木製の湾曲した寝椅子まで置かれている。騎士であろう体中傷だらけの男たちが既に何人か寝椅子で涼んでいたため、大きめの火皿の回りで暫し休んでから再び湯に浸かった。

 新入生達は呆けた顔をし体を弛緩させている。胸元辺りまで湯に浸かることで外で冷えた体が再び芯から温められるような感覚に脱力した。

 「湯船に浸かるってこんな感じなんだぁ……」「なんだか気が抜けすぎてしまう気がする」「生活用魔道具ってすごいんですね」という思い思いの感想から話題は魔道具師について流れて行った。


「そもそも件の天才魔道具師とはどんな方なのですか?」


 そう言って上級生のそばに移動してきた新入生達は座り込む。

 給湯器近くはとんでもなく熱いが離れた分だけ湯もぬるくなっていくので、ベランダに近いここは談笑するにはもってこいの場所だった。

 のんびりと段差部分で足をのばし休んでいたアデルは他の上級生達と顔を見合わせる。


「おれ達もそれほど詳しいわけじゃないぞ」

「僕らよりもお詳しいのは確かですよ!」


 やいのやいのと騒いでいると話を耳にした一人の老齢な騎士が近づいてきた。


「なんじゃお前等、魔道具師殿について知りたいんか?」

「ヨギドさん!」


 アデルがうれしそうな声で立ち上がり彼を迎え入れた。

 その体躯は丸い岩石を思わせる。やや皮がたるんではいるが中の筋肉は引き締まっており、脂肪の乗った北国の男の体はまだまだ現役であるようで肌艶もいい。肉体を一目見ただけで、沢山の修羅場を潜ってきたのだとわかる。にも拘わらず彼の纏う空気は穏やかで、長い眉毛に覆われた目は沢山の苦楽を乗り越えてきた静かな色をしていた。湯に濡れてしなびた焦げ茶色の剛毛髭が顔半分を隠し、髪も癖がついてはいるもののきちんと洗われた後のようで高齢男性特有の匂いはない。

 文化に馴染みのない彼のような年配者でも、この浴場の決まり事をきちんと守っているようだ。

 のびのびと両足を伸ばし湯船に浸かると深く長い息を吐き、彼は簡単な自己紹介をしはじめた。


「わしはヨギド。ブルーノ森林地区で資源回収と巡回を主にしておる。現在は次の任期まで待機中の暇じいさんじゃ」

「任期って、大体2~3か月ほど別の拠点で生活されるんですよね?ブルーノ森林地区にはいくつも拠点があると聞いたことがあります!」

「待機中は一体どんな鍛錬をなさるのですか?」

「資源とは主にどんなものを回収されるのですか?」

「今まで出会った魔物の中で一番の強敵は一体どんな魔物でしたか?」

「おーい、一気に言われてもヨギドさん困るだろ、一人ずつにしな」


 新人たちの勢いにも動じることなくにこにこと話を聞くヨギドだったが、矢継ぎ早の質問責めにジーコが見かねて嗜める。我に返った彼らが慌てて頭を下げると「かまわんよ」と片手をあげた。

 しかしアデルは神妙な面持ちで彼等を諭し始める。


「俺の命の恩人でもあり、親代わりでもある。今こうして訓練所へ在籍できているのも、ヨギドさんのおかげなんだ。すごい人なんだぞ、敬意を忘れずにな」


 思わぬ告白に新人は素っ頓狂な声を上げた。新人歓迎会の時、軽く自己紹介をする中で彼が13年前に出回ったおふれの迷い人であることを知った彼らは、彼についての質問を控えるよう配慮していた。

 出自不明だというのに何故、国の中枢を担う騎士になるための訓練所へ入所することができたのか、という謎を解消する機会がまさか風呂場であろうとは予想だにしておらず動揺が走る。

 すごい人だと言われたタイミングで声が上がってしまったため、「まぁそうじゃろうなぁ、わしそんなじゃもんなぁ」とふぎふぎ笑うヨギドに、違いますよヨギドさん!と急いで訂正する新入生達の慌てっぷりを見て、熊のような上級生が豪快に笑った。


「怖いもの知らずもここまでくると傑作だな!」

「ちょっとナジュさん!僕らそんな意味で言ったわけじゃないんですってば!」

「シシ、からかってるだけ、本気にするなよ」

「言うんじゃねーよベヒナ」


 熊のような男、ナジュは言葉とは裏腹に楽しそうだ。

 黒い毛並みの巨大な熊を思わせる彼の手は普通の男より大きく厚い。その手で作り出す水鉄砲はなかなかの威力を持っているようだった。

 吹っ掛けられた蛇のような男、ベヒナは新入生を盾にして避け続けている。

 焦げ茶色の長い髪は洗った後に手拭いで頭上に纏められており、特徴的な「シシ」という笑い声と髪の重さでゆらゆら頭部が揺れる様は蛇の威嚇のようだ。

 どうやら同じ班になった新入生達とは上手くコミュニケーションをとれているようで、見た目の印象より幾分雰囲気は和やかだ。

 ただ同じ班の者なのだろう、盾にされた哀れな同級生たちはナジュの水鉄砲でひっくり返っている。


「それで、どっちが聞きたいんじゃ?わしの仕事か、魔道具師のことか」

「ぜひ、魔道具師についてお教え頂きたいです!」


 我に返った青少年達が先ほどよりも落ち着いた口調で教えを乞う。

 頷いたヨギドは朗々と語り始めた。


「魔道具師とは、人が魔法を行使することができる道具を作り出す者のことを言う。作り上げた品は全て王国へ献上することが義務化されており、所有権もスノー王国帰属となるため、魔道具全てスノー王国の管理下に置かれることとなるわけじゃな」

「あの、最初の魔道具師は魔女だったと学びました!現在の魔道具師も魔女の末裔なのでしょうか?」

「もちろん魔女の末裔も中にはおるらしいが……簡単に言うと、何か一つ魔道具を発明しており、それが国王に認められてしまえば誰でも魔道具師にはなれるのだ」


 初耳だった彼らは素直に驚きの声を上げた。

 王国公認魔道具師となれば一つ発明するだけでも多額の報奨金が出ると聞く。ざわつく新人達へ、ヨギドは更に言葉を続けた。


「ただ魔道具とは知恵と技術の結晶。知識を得るだけでも非常に難しく、更には魔法素材など手に入れるのも難しいうえ、組み上げるための技術も必要じゃ。ただの平民がおいそれと作れるような代物ではない、という話じゃよ」

「それじゃあ作り手はあまりいないんでしょうか?」

「定かではない。魔道具師はいわば人間国宝、万が一の事を考え隠匿されておるのじゃろう。ただ近年巷を騒がせておる、天才魔道具師殿は別のようじゃがな」

「天才魔道具師シフ!」

「9年前にやってきたっていうのは聞きました!でも西の国って魔道具師はいないのでは?」

「それはじゃな、かつて魔女をスノー王国の庇護下に置いた際に結んだ平和条約が関係しておるんじゃ」


 平和条約とは、ヒュドの大血戦の後初めて各国より同意を得た上で決定された世界条例の一つで、端的に言うと、『全ての国は武力による侵略行為を行わず、平和的に問題を解決する』というルールだ。

 かつて魔女の生き残りを庇護下に加えた時、西の国より平和条約に違反していると抗議文が届いた。元々魔女の国とまで呼ばれていたスノー王国ではあったが、魔女は魔王を封印できるほどの力をもっていると証明されたが故、問題視されてしまう。魔女を国の庇護化に置く限り復興支援条約を破棄するとまで言ったらしい。

 しかし当時のスノー王国国王は、平和条約に基づき、魔女から得た魔法の知識、基礎魔法学を必ず世界中へ平等に伝えることを約束した。文献や書物など保存したものを公開し、学ぶ機会を全ての国へ平等に作るとも宣言したのだ。

 ただ庇護を求めている彼女達へ直接の教えを乞うことは本人たちの意志により叶わず、紆余曲折あったものの最終的に西の国はそれを了承し、支援を続ける限り魔法に関する知識を得ることとなる。

 当時西での魔道具作りは非常に難しく、魔法素材の取り扱い知識や技術的な遅れもあり困難を極めたため、まず素材の確保が最優先だと決断し、長い時間をかけて魔法素材の流通ルートを確保する事に尽力した。貿易大国となったのも、地道な流通ルートの拡大や安定した貿易船の運航、鍛冶や造船など、人の手による技術進歩が大きい。

 魔道具師を育てる土壌が出来上がってからは技術交流が活発に行われるようになり、両国より優秀な若き技術者や学者が学びを得るため国家間を行き来している。

 そうしてやってきたのがシフだった。

 シフは技術系一家の名に違わず大変手先が器用であったことから魔道具師となる素質ありとして推薦され、西の国の王もそれを承諾し技術交流生としてスノー王国へやってきた、と視察時に自ら語ったという。

 現在シフは王都にあるイブリス教会でスノー王国公認魔道具師兼技術交流生として滞在している。


「なぜイブリス教会?」

「女神の信仰者だったのですか?」

「詳しくは分からん。じゃが元は単なる技術者だと言うちょる者が西の王にお目通り願えたのも、司祭の推薦によるものが大きかったのだろうともっぱらの噂じゃ」


 イブリス教とは広く信仰されている宗教で、この世界は女神イブリスにより創造されたという教えを説いている。人間に愛をお与えくださった慈愛の女神でもあり、万物の母と言われている。スノー王国にもイブリス教信仰はあるが、騎士たちにとっては武の神レブエラへの信仰の方が熱いためあまり馴染みがない。お国柄というものだろう。


「そのおかげで、スノー王国へやってきてから魔道具に関わる魔法の知識を5年間ひたすら学び続けたシフは、魔道具『給湯器』で西の国初の公認魔道具師として頭角を現したわけじゃ」

「これが最初の発明なんですね……!」


 かけ流しの湯は傾斜になっている床に沿って排水溝へと流れ落ちていく。掃除も手早く済ませることが出来水はけもいい。初めてとは思えない効率の良さ。別の魔道具師が作り出した戦場用の浄化装置で汚水を浄化しているのも、導線を引いたのはシフである。


「けど、それだけの技術力を持っているのに何故魔道具なんでしょうか」

「スノー王国公認魔道具師って称号がよほど欲しかったという事なのかも?」

「いや、魔物情勢が原因なのでは?」

「急激に増えましたからね、魔物」

「ここ2、3年くらいか?」

「実はこれが初めてではない」


 「え!?」と声をそろえて訓練生たちがヨギドを見る。ほどよく温まってきたのか血色のいい顔を揃えてどよめく面々。その声に気を引かれたヨギドと同年代か少し年下位の男たちが湯船の淵に腰かけてこちらへ顔を向けた。


「もちろん最近でも魔物が活性化したり今までと違う行動をとることはあった。じゃが元をたどれば20年前から始まっておる。だよなぁ?」

「ああ、先代は魔物調査のため今の団長にここを任せて出て行ったんだ」

「魔物の急激な活性化を調べるために旅に出たって話じゃよ」

「以降音信不通だからなぁ、何しとるんだかなぁ」

「えっと……それってもう……」

「いやぁ、魔物にやられて野垂れ死になんてこたぁないと思うぞ」

「ただちいとばかし、特殊な質だったから……そっちは危ねぇかもな」


 豪快に笑いながらも「いい団長だっただけに惜しい」「本当になぁ」と思い思いの言葉を口にする男たちはすっかりと老人の面構えで昔語りに花が咲いている。いまいちピンと来ていない新人達へ、ジーコが「俺も聞いた話だけど」と補足を加えてくれた。

 今から約20年前、突如世界中に黒渦が出現し生み出された魔物が近隣の村や町を襲いだした。どういうわけか生まれたばかりの赤子を狙うというかなり特異的な殺意を持っており、黒渦から生み出された魔物は自然やダンジョンに住む魔物とはまた別の習性を持っていた。見た目も黒い煙のような物に巻かれながらより獰猛で禍々しい。調査してきた魔物の行動学も意味をなさない事態に、暗黒時代の再来とまで言われたほどだ。

 長い間魔物と戦い続けてきたスノー王国はすぐに対処すべきだと考え、各村や町の防衛を強化、騎士達もフル稼働で戦い続けることとなった。が、一向に魔物は減らず、更に黒渦の魔物は倒すと霧散していくため資源にもならず兵が疲弊していくばかり。元団長は原因を究明すべきだと国王へ進言したが、被害を食い止めるのが最優先だと却下されてしまったため、ならば自分で究明してみせようとアドネル騎士団団長の座を降りた。突然の辞任に混乱を極めたアドネル騎士団だったが、自分の後任として指名したのが、当時一介の騎士だった現騎士団長だという。

 「この時期から世界中で黒渦が目撃されるようになったらしい」と締めくくり、新入生達を見た。真っ赤な顔をして鼻血を出している青少年が一人。ギョッとして2度見をするジーコにつられて視線が集中し、慌てて彼は鼻を抑えた。


「のぼせましたぁ」

「こりゃいかん、ベランダへはこべ」


 他の者よりも背の低い彼はドワーフと人間のハーフだ。新入生歓迎会では「グズリです」と恥ずかしそうに自己紹介していたのが印象的で、どうにも面倒を見てやりたくなる空気を(かも)し出している。

 ドワーフ特有の髭は生えておらずつるつるの丸い頬がリンゴのように赤くなっていた。小柄でずんぐりとした体は、ベランダへ運ぼうと肩を貸す新人達が逆に湯の中へ沈んでしまうほど重いらしい。太い手足でなんとか自力で起き上がり、介抱されながらベランダへ向かう姿を見送ると、貴重な老齢騎士との交流はお開きの空気となってしまった。


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