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悠久レムニスケート(仮  作者: やまだうめた
魔女の国と少年
4/6

一人の少年 3

 早朝、窓から外の景色を見ると吹雪は止んでいたものの所々ツララが伸びているのが見てとれる。おそらく外の気温は氷点下を超えているだろう。しかし近年急成長している魔道具の発展により、凍えるような寒さとは無縁の室内となっていた。

 この魔道具の手入れと点検をすることから、彼ら新人訓練生の朝は始まる。


「なんだって魔道具を……?」

「自分たちは魔道具師ではないのですが……」

「この魔道具は今後騎士団所属になってからも扱うことが多くなるらしいんだ。早めに慣れておくことで問題が発生した場合の対処方法も身につくだろう?」

「た、たしかに……」

「騎士団領に置かれているものは現在役所などの大型施設に置かれている魔道具を小型化したもので、数年間使用し問題がなければ一般化も進むかもしれない、という話だ」

「そうなのですか?!」

「それはありがたい、うちは年寄りが多いので実家に設置出来れば本当に助かります!」

「そうだよな、おれもそう思うが一応声は抑えよう。寄宿舎まで届いてしまうぞ」

「しっ、失礼しました……!」


 長くごつごつした岩肌の廊下をアデル、ポッコル、ウェイトが歩く。

 ウェイトはまだ眠気が抜けきれてないようだったが、制服はボタンを掛け違えること無くきちんと身に着けており、頭は揺れているものの遅れることなく2人へついていっている。ポッコルは初日同様きちんと制服を身に着けているが、思わず興奮気味に上がってしまった声を両手で抑え恥じ入っていた。

 昨日、新入生歓迎会の終わりにアデルが全員分の簡単な行動シフトを組んでくれた。新入生が見回りや点検をしたり担当する仕事がいくつかあるようで、上級生が外れた後もそのままシフトを続けられるようになっている。同じ部屋で眠る他の訓練生を起こさないように身支度を整え今、アデルに付き従い寮から居住区ごとに配備されている空調装置管理室へと向かっているところだ。


「着いたぞ。この鍵を使用する」


 たどり着いたのは訓練所。座学教室の一角にある普通の部屋と変わらない扉の前。鍵穴も平凡で、こじ開けようと思えばこじ開けられるような一般的な木造扉だ。

 魔道具という価値の高い物に対する警戒レベルではない。

 アデルは腰のベルトにかけていた鍵束から一つの真新しい鍵を取り出し扉を開け、勝手知ったるとばかりに中へ入り明かりを灯した。


 魔道具、という存在は実は、魔王を封印した後に出てきたものである。

 この世界には魔法が存在する。

 しかし魔法は魔女にしか扱えない。

 500年前の戦の後、唯一生き残った深淵の魔女もその後どうなったのか不明であり、もはや魔女はこの世に存在しないのでは、と思っていた矢先に事は起こった。

 なんと魔女の生き残りが国王の前に現れたのだ。

 彼女たちはスノー王国へ魔女の保護を求めやってきた。

 戦うことの出来ない、力のない魔女は原始の魔女の意向により、戦いが終わるまで魔女の里に留まるよう命令されていたのだという。

 『魔女の保護と待遇を条件に、魔道具の作り方と知識を授ける』

 魔法を使えるのは魔女のみ。

 その常識を覆したのはほかでもない魔女だった。

 国王は世界を救った英雄として、魔女達をスノー王国の庇護下に置く事を正式に宣言した。

 魔法の使えない魔女は今までもそれなりに居たらしく、彼女たちは己の存在意義の為【魔石】という大量の魔素を宿す石に活路を見出し、魔石に特別な魔法文字を掘ることで属性魔法を宿すことができると突き止めていた。

 長い魔法文字を石に余すことなく刻み込むことでようやく発動していた魔道具は、魔女達が天寿を全うした後も血族や人間たちが代を重ね、発見と閃きを友とし、そして近年魔道具に魅せられた2人の天才児の存在も相まって急速な発展を遂げている。

 少し前までは明かりを灯して回らなければならなかったが、今ではボタン一つで天井に設置された発光石のランプが明るく光るようになってしまったのだから便利なものだ。


 目の前に広がる見慣れない光景にウェイトとポッコルは感動で打ち震えている。

 木材とむき出しの石の部分が半々くらいでできた部屋。たくさんの細く柔らかそうな管が連なり石の壁に沿うように部屋の外へと伸びている。その管が集まる中心には様々なものが集約されており、いくつかのタンク、やや太めの短い頑丈な筒、そして一部の配管に斜めに生えた自動で動き続けるポンプ、これらすべてを含めて魔道具、ということらしい。

 あまりこの国の物とは思えないような作りだったが、実際魔道具を目にすることが初めてだった2人にとって些細な違和感でしかない。

 警戒レベルにも納得出来た。たとえ盗めたとしても、構造や原理が分かっていなければこの魔道具を使いこなすことはできないだろう。


「中を覗いてみろ」


 言われるがまま装置へ近づくにつれて、ほかの部屋と比べ非常に暖かい事に気づく。太めの短い筒の中心部がのぞき窓になっていた。透明な液体で満たされた筒の中央に小さな石が漂っている。


「これが魔石ですか?」

「こんな小さいものが?」

「近年急速に魔道具が発展してきているのも、この魔石加工技術によるものだ。このタンクの中には水が入っていて、魔石が熱を発しここで温水に変えている。中身が減るとこっちのタンクから水を吸い取ってるから、ここは常に密閉状態になっているんだ。管を通りここのポンプで循環させる。この管は細いけど魔法素材で出来ているから頑丈だ。部屋と石壁の隙間に通してこのパネルから放熱させているから、居住区内は暖かい、という原理らしい。廊下や部屋にもあっただろう?」

「な、なるほど確かに……!」

「それじゃあこの部屋にパネルがないのにこんなに暖かいのって……」

「この筒自体が熱いからだ」


 触ってみてもいいぞ、と言われたので恐る恐る指を近づけてみると確かに熱い。燃えるほどではないが触っていられるほどでもない熱は、近づくだけでも非常に体温を上げてくれている。

 しかしこんなすごいもの、本当に平民の家へ設置することができるのだろうか?この管も見たことのないもので、金属ではないように見受けられた。非常に柔軟で弾力性もあり、不透明なその管は束になって何本も伸びている。見える範囲でつなぎ目が無いことも非常に奇妙な点だった。魔法素材とはすべてこういうものなのだろうかと、ポッコルはまじまじと見つめて感嘆する。

 魔道具師は魔女の知識を引き継ぐ魔法のスペシャリストであると聞く。自分たちは魔法学においての基礎知識を学べるが、ただの平民は魔法の魔の字すらわからないだろう。更に魔石はとても希少なものだ。加工する技術がいくらか発展したところで、相当裕福な家でないと魔道具設置は難しいのではないか?設置コストもかなりかかりそうだし扱い方が難しそうだ。頭をよぎるそんな考えに一度蓋をした。


「それで、どこを点検するのですか?」

「魔石の目視、管や筒、ポンプに異常はないかを確認。他のタンクは触らなくていいが必ずこのタンクだけは水が減っていたら継ぎ足すこと。これは絶対に忘れるなよ、中の水が蒸発した状態で熱し続けると最悪爆発するらしいからな」

「しょっ、承知しました!」

「もし異常を発見した場合は入り口横の赤いボタンを押すように。魔道具師へ緊急信号が飛ぶようになっているから、指示に従い対処しろ。それじゃ水入れてくれ」


 部屋の端には保存用小型タンクが陳列されており、外の雪が大量に詰め込まれている。

 室内温度で水に代わったそれを注ぎ口へろ過布を巻き注ぎ入れ、口いっぱいまで入れた後しっかりとふたをした。水漏れや異常がないか確認し終えるとその場を後にする。


「このまま各空調管理室を周って水を継ぎ足していくぞ、小型タンクは全て周り終わった後、外の綺麗な雪を詰め込んでまた同じ場所へ戻すんだ。移動中もきちんと暖かさを感じられるか、水漏れはないか廊下の端を確認するように」

「はい!」

「訓練生として魔法の基礎を学び終えたら他の魔道具も確認することになるだろうから、しっかり学んでおくように」

「この訓練所にはそんなにたくさんの魔道具が配備されているんですね……!」

「今から楽しみです!」


 顔を輝かせる2人を見上げ、アデルは小さく笑って前を向く。

 次の空調装置管理室のあるフロアへ移動するため長い廊下を歩みながら、その胸中では様々な思いが巡っていた。

 魔道具は確かに便利だ。しかし実際に体験してみてあまりよい感情を抱けなかった。

 特に昨今この訓練所へ送られてくる量産型の生活用魔道具に対して、懐疑的な思いは強くなるばかりである。

 そもそも魔道具というものは希少な魔石と特別な魔法素材を使い構築されているため、一点モノが殆どだという話だ。魔石は割れると中の魔素が抜けただの石になってしまう。見つけるだけでも大変なのに見つけた後の加工で台無しにしてしまっては意味がない。それ故に今までの魔道具は原石のままでの使用を余儀なくされていた。

 原石のサイズは様々ではあったが、割れないよう周りの石ごと削り取って利用するため魔道具自体のサイズが非常に大きいものとなり、取り扱いも難しいものが多かったと聞く。

 だが魔道具に魅入られた天才児の研究成果により、魔素が抜けることなく魔石を割り砕く方法が発見された。そして、短縮された魔法文字でも望む魔法を発動出来るようにし、それにより複数体の同じ魔道具を量産することが可能となり、現在は魔道具「空調装置」のおかげで真冬の極寒地でも暖かく過ごせるようになったのだ。これはとても喜ばしいことであると理解している。

 だが、このような貴重な魔道具をタダでおいてもらっているわけではない。

 魔道具師より作られた魔道具は全て国へ献上されている。

 つまり保有者は国王となる。

 対魔物戦において魔道具を使用する際の周辺被害や効果範囲、二次被害等細かく見定めるため、戦闘用魔道具を主に騎士団へ送ってきていたのだが、最近では空調装置等の生活用魔道具ばかりが送られてくるようになっていた。

 これは国からの重要任務として使用するよう通達されており、表向きはここで問題なければ全国民が利用できるよう一般化させることが出来るため、という国民愛による名目だったが、本当の所は裏で何か大きな取引材料として使われるのではないか、と噂されている。

 こんな噂が騎士団内で出回る時点でとても健全とは言えない。更にこの国での噂話は侮れない。

 なんにせよ裏で何かが動いており、知らずのうちに騎士団が巻き込まれているのではないか、という疑念がどうしても拭えなかった。

 更にアデルが気がかりなのは、この生活用魔道具が騎士団領に来てからというもの、時折体調を崩す者が現れたことだった。

 アデルは任務から帰ってきた騎士たちへ教えを乞うべく寄宿舎へ定期的に顔を出している。その際に時々疲れがドッと出てくるようになった、室内で次の任務まで待機していると頭がボーっとしてくる、と言う話をよく聞くようになった。

 更に領内で風邪をひく者まで現れた。

 確かに未だ肉体が未熟な訓練生であるなら風邪の一つも引くだろうが、S級ランクの魔物をバッタバッタと倒していくような現役騎士たちが風邪気味かもしれない、などと言ってくるのだ。アデルは当時とてつもない衝撃を受けた。

 この空調装置がくるまでそんなことはなかった点から、あまりにも過酷な環境下だと生活用魔道具のような便利なものはかえって体に悪いのではないか?という疑問が湧いてくる。

 どうやら教官や役職のある騎士なども同じ考えに至ったらしく、「これをどう国へ伝えようか悩んでるらしいぞ」と親しい騎士が神妙な髭面で唸っていた様子を思い出す。

 この生活用魔道具というものが騎士団領へ来てから、あまりよくない話がなにかと付きまとうのだ。警戒してしかるべきだろうと自分に言い聞かせ、複雑な胸中に小さくため息を吐く。

 恐らくこの2人は魔道具に希望を見出しているのだろうが、所詮道具は道具なのだ。頼りすぎると後が怖い、という言葉を飲み込んで早朝任務を問題なく全うした。



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