助けを求めて 4
何も起こらない。
一度腕を引いて体重を乗せた突きを繰り出すと、あっけなく花は散っていった。
友人や騎士からの言葉を改めて意識する。
生命の危機に瀕しているからか、冷たい体の中にある熱をいつも以上に感じることが出来ていた。赤が失われた血の流れる音と定まらない視界のおかげで、逆にイメージとしての自分をとらえやすい。
意識を腹に集中させ、整わない呼吸の中、声を上げ叫ぶ。
「錬気発動!!」
変化は訪れない。
やはり自分の体内に魔素を感じることは出来なかった。
出来ないのなら、やれることは1つしかない。
着地と同時に狙ってきたバフォメエメの突進攻撃を立ち眩みを利用した回転でかわし、2撃目を繰り出される前に同じように攻撃してきていたロップポップの弾丸蹴りを正面に捕らえて槍を構える。
敵の超高速なスピードで繰り出された攻撃は避けることも出来ず、自ら槍へ串刺しとなり、足から脳天まで貫通した。
これでもう槍は使えない。
重力に従い落ちる腕から槍が離れる。流れる動作で腰に携えた短剣を抜きバフォメエメの2撃目として繰り出された後ろ蹴りの脚を狙った。
片手で二の腕を支えながら逆手で持った刃を撫で上げ、バフォメエメの片足は跳ね飛んでいく。
手負いの魔物は出血状態で追いかけてきていたため致命傷となり、最後の断末魔を残して絶命した。
全て倒した。だと言うのに、希望は訪れない。
「錬気、発動……!」
森の紛い物が四方から顔を出す。
魔物の断末魔につられたのか、それとも森の紛い物には目に見えないつながりがあるのか。明らかに引き寄せられてここへ集っている。
尋常ではない数の女の形が薄暗闇の中で揺れ動く。
木の根を踏み荒らし、森の魔物達はアデルを囲むように近づいてくる。
崩れ落ちそうな体を奮い立たせ必死に足を動かした。少しでも前に進むために。
どれだけ息を吸い込んでも体が楽にならない。
喉からはひたすらに耳障りな音が漏れ出てくるだけ。
酸素が体に取り込まれないせいで脳まで痺れてきていた。
地面でのたうつ自分の影に違和感を感じ、ようやく異変に気付く。
発光石のランプが揺れている。
先程までと比べ物にならない程、揺れが激しくなっている。
遠くから嘶きと共に何人かの男の声がした。
全神経を耳に集中させる。
微かに金属が触れ合う音、土を蹴る蹄、男たちの怒鳴り声。
拠点の騎士達が異変に気付き探しに来てくれたのだ。
望みはまだある。
「みんなが、……アドネル……っ……たすけを……」
声を上げようとしても空気と共に掠れた音しか出てこない。
自分の手に絡まっていた黒い繊維はいつのまにか腕まで登ってきている。
しかしそれを払う力も、もはや残っていなかった。
振り上げられた数多の触手がアデルに狙いを定める。
この攻撃の雨を受け止めることも、さばき切ることも今の自分にはできないだろうと理解していた。
スローモーションの世界の中で必死に考えながら足を踏み出す。
重要なのは、伝令としての責務を全うする事。みんなを救うことが、自分の命より優先されるべきこと。
残された武器は短剣のみ。視界は定まらず、呼吸も整わない。戦うだけの力がもはや残っていない状態だ。
残っていないのなら、燃やせばいいのだ。命の炎を。
死ぬつもりは毛頭ないが、命惜しさに役目を果たせないのなら出し惜しみをするつもりもない。
今まで自分がしてきたことの集大成をもって、アドネルを救う。
恩を返すために。そして、仲間を守るために。
誇りがアデルの体に再び力を宿した。
数えきれない程の触手がアデル目掛けて伸びてくる中で、向かうべき道の先を見据える。
たとえ直接目にすることが出来なくとも、この先に騎士達がいると分かる。
声が出ないのなら、聞こえる程近くへ行けばいいだけだ。
攻撃を受け止めることも、さばき切ることも出来ない体なら、当たらず前へ進めばいい。
最初から自分の脚だけが己の武器だっただろう。
走り切ってやる。
大きく息を吸い込んで吐き出した。
呼応するように小さな衝撃が胸を叩く。
いつのまにか飛び出していたペンダントを黒い繊維が絡みついた震える手で掴み取った。
なぜ、こんな似つかわしくない物を自分が持っているのか分からない。
これを持つことになった理由さえ、自分には思い出せない。
しかし、恐らくだがお守りのようなものなのだろう、このペンダントを手にすると、不思議と心が安らいだ。
目前に迫る無数の先端を見つめながら、ペンダントを胸に押し当て、音のない声で呟いた。
「どうかおれを導いてくれ」
突然、言葉に呼応するかのようにペンダントが輝きだし眩い光がアデルを包みこんだ。
魔物の攻撃は光に弾かれたかのように逸れていく。
「なんだ!?」
体が浮いているような感覚。いや、実際に浮いていた。
桃色の石と同じ色の光がとめどなく溢れ出てきている。
徐々に強くなる光に目を開けていられない。
「うわっ!!」
瞼を閉じるだけでは防ぎきれない光の暴力で脳が揺れている。
前後不覚になる程の光を浴びて一瞬意識が遠のいた。
だが全てはすぐに収まり、光も浮遊感も消えたところで恐る恐る瞼を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「……光るキノコ?」
木の根や幹に自生し、大小さまざまな大きさだったが一貫して分厚くずんぐりとした見た目をしたキノコが、黄色味を帯びたあたたかな光を纏っている。
この光が、まるで春の日差しのごとく森の中を照らしていた。
時折伸縮することで同じ光を放つ胞子を噴き出し、付着した木の根や幹に沈んでいくとそこからすぐ小さなぷっくりとしたキノコが発芽して、胞子を吐いた元のキノコはゆるやかに朽ちて土に還っていく。
このサイクルが至る所で常に行われているため、光る胞子が空中を漂い辺りを照らし続けていた。
言葉を失うほどの幻想的な光景だ。目が無意識に色づくものを追いかけ始める。
生い茂る草木、カラフルな多肉植物や花に果実、青白く光る苔。
雪苔だ、とすぐに気づいた。
スノー王国中どれだけ探しても発見することのなかったものが視界の至る所で自生している。
ブルーノ森林地区の強く鼻に残るような森の匂いを感じない。
先程まで居た場所とはまったく別物の空気の軽やかさ。明確に浄化されていると理解できる心地よさがあった。雪苔のおかげだろう。
ウルネルラの木と同じ形をしている木の枝には沢山の実がなっていて、果実の甘い香りがほのかに鼻孔をくすぐっていく。アデルの両手でも収まらない程のまるまるとして瑞々しい赤い木の実は、今までに見たことが無いものだ。
気が付けばアデルはそんな場所に立ち尽くしていた。
『更に【ピカリノコ】という幻の光るキノコがあるらしい。このピカリノコという蛍光色に光るキノコの群生地に、かつて魔女の里があったという話だ』
『らしいとは……?』
『わしはこの40年間一度もピカリノコっちゅー発光するキノコを見たことがない』
食堂でのヨギドの言葉が脳裏を過る。
彼が40年間一度も見たことのない光景が今、目の前に広がっていた。
「なんだここは」
呟いた声に返事をするものは居ない。
ただ、確かな事は。
先程まで声を出すことすら出来ない程血を失っていた自分の体が、スムーズに動いていると言う事だった。




