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夢元のレムニスケート  作者: やまだうめた
魔女の国と少年

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17/21

助けを求めて 3

 大きく震える腕で槍を構え防御態勢を取る。

 ロップポップが跳ねてスピードに乗った後ろ蹴りを繰り出すが、傷だらけの体ではいつもの威力を出せるわけも無く、動きを見切り咄嗟に槍の柄で力を逃がし回転させた。

 小型の魔物は自分の力の反動をもろに食らい、逆に森の中へと吹き飛んでいく。

 バフォメエメの渾身の体当たりは、ほとんど飛んでいるかのような勢いだ。

 ロップポップをいなした体制から重い腕を引きずるようにして再び防御態勢をとろうとした。

 手負いとはいえS級を誇るスノー王国の魔物の攻撃力はすさまじく、中途半端にとった防御態勢では力を横へ受け流すこともままならない。

 容易く吹き飛ばされ沢山の根を巻き込み、最終的に幹に強く背中を打ち付け反動のまま入り組んだ影の中へと沈んでいく。

 意識がもうろうとしている中で、視界の端でちらちらと動いている何かを捕らえた。

 光が揺れている。

 恐らく拠点にいる騎士がランプの糸を揺らしてくれているのだろう、そういえば随分こちら側から糸を引けていない。

 森の紛い物の鋭い触手が木の根を薙ぎ払い始めた。

 更に奥へと逃げる。すぐに根は再生を始めるが、追撃を加えられ切り開かれていく。

 少しずつ触手が奥まで入ってきているのに気づき後ずさり距離を取った。

 しかしあまり奥へ進みすぎると光が届かなくなる。ここまで来て救援を呼ぶ役目も果たせず森の中に閉じ込められる状況は避けたい。

 戦うにしても大量の血を失い重度の貧血状態となっている今の体では、とても魔物を倒すことも、逃げ切ることもできないだろう。

 八方ふさがりだ、と認識した途端、恐怖が冷たい風となり足元から這い上がってきた。

 現状を打破するには。助けを呼ばなければ。寒い、腕が上がらない、血が落ちていく音がする。

 纏まらない思考、強烈な眩暈に視界が定まらない。

 痙攣する下瞼が邪魔だ。

 項の出血はいつのまにか木の根を伝いアデルの下に小さな血だまりを作っていた。出血が未だ止まっていない。

 既に赤い色も消え失せ、黄色い体液が布を湿らせている。もはや腕を上げることも敵わない。

 崖を下り走り続けた反動もあるのだろう、笑いだす膝を止められない。

 顔を上げることも出来ない程に、アデルの体は疲弊していた。

 ふと、視線を暗闇の中へと滑らせた。

 影が動いている。

 いや、影の中に黒い何かが這っている。

 森の紛い物の攻撃による風で揺れる草木にあわせ移動しているようだった。

 蜘蛛の糸のような、擦り切れた繊維のような、それはまるで、さざ波のような……。


「た、のむ」


 気が付けば小さな右手で黒い何かを掴んでいた。

 土ごと握りこまれたそれからはまるで手ごたえを感じない。

 振動も力も加わることなく、存在している事すら分からないような物質は手の中に納まっている。

 自分の血が、体液が防具にしみ込んでいくせいで体が重く寒い。

 目をまともに開けていられない。

 地面を震わせる魔物の咆哮。死が迫ってきていた。

 藁にもすがる思い、というのは、こういうことを言うのだろう。自然と言葉が口をついて出た。


「お前に意志があるなら、たのむ、騎士を……助けを、よんでくれ、アドネルが、魔族に、魔物が……だから……今すぐ、騎士達へ……知らせてくれ、おれは、もう……」


 とうとう身を起こしていられなくなりアデルは倒れ込んだ。

 粘着質な音が左の耳から突き抜ける。

 断片的な記憶がフラッシュバックのように脳内へ浮かんでは消えていく。

 影の中の黒い繊維に頬が触れた感触。

 ふと我に返りアデルは目を開いた。

 今自分は何を言おうとしたのだろう?

 おれはもう、なんだ?

 こんな得体の知れない物に縋って命を終えるのか?


「ちがうだろう、それは」


 握りしめた土は小さな手の両端から血だまりへ零れ落ちていく。

 横になった視界の中、入り組んだ木の根の先、未知が具現化している。

 まさにその森の中でアデルは発見された。

 光の届かないデッドラインを超えて自分を救ってくれたヨギド、受け入れてくれた騎士達、最初は衝突する事もあったが、共に切磋琢磨し合えるようになった同級生。そして友人。

 訓練所での生活が、同級生や友人と過ごす他愛ないひとときが、アデルにとって貴重な心安らげる時間であったことに変わりはない。

 はじめは騎士になることに対し訳も分からず強く惹かれている自分が居た。しかし今は、相変わらず騎士になりたいと強く願う自分とはまた別の感情が芽生えている事に気付いている。それはとても単純なものだ。

 失いたくない、という執着。

 魔族なんかに壊されて、無様に魔物に追いつかれた挙句、気づかぬうちに血を抜かれて伝令すらまともに出来なかったという汚名を、友人や副団長に背負わせるのか?

 いいわけがない。

 そもそも第3拠点に辿り着けなければ、騎士団領の人間が全員死ぬかもしれない状況なんだぞ?

 失っていいはずがない。

 それになにより、自分が何故1人でこの重大な役目を買って出たのか忘れてしまったのか?


「騎士、なら……」


 魔物の触手がアデルを捕らえた。

 掴んだ黒い繊維は打ち付けられたアデルの手に引っ張られて光の下へ姿を現す。

 獲物を捕らえた森の紛い物はまるでトロフィーのようにアデルを締め付けながら抱え上げた。

 倒れ込んだ姿勢のまま土ごと巻き込んで締め上げられたせいで、やたら泥臭く血なまぐさい。

 胸の前、握り込んだ手の上に絡みつく触手が骨を押しつぶそうと凄まじい力で圧迫している。

 殺される。しかしそんなことよりも。


「本物の騎士なら、約束を守るものだ」


 心の奥底で火が灯る。

 今までずっと灰の中で息をひそめていたものが蘇ったかのような熱が全身を駆け巡る。

 瞳に再び強い意志が宿り、アデルは魔物を見据えた。

 先ほど自分を吹き飛ばしたバフォメエメと森に消えたロップポップがいつのまにか森の紛い物の背後に迫ってきていた。


「おれは約束を忘れたりしない」


 どんな状態でも武器だけは手放すなと教え込まれた結果だった。

 心臓が爆音で鼓膜を叩いている。

 力みすぎて筋肉の繊維が千切れているのではないかと思うほど痛みと熱が全身をめぐっている。

 大げさな程に震える腕は槍の柄がへこむ程握り込んで無理やり収めた。

 やるしかない。皆を救うためには、生きて第3拠点に向かい伝令を伝えなければならない。

 槍の末端に片足を絡ませて無理やり刃を回転突きのように切り上げ触手を断ち切る。

 自由になった体に残された力は僅かだと理解していた。

 絡まる枯れ枝のような触手の残骸を振り払った。

 すぐさま追撃する森の紛い物の腕を体の反動を使い切り落とし顔へ狙いを定めた。

 そこには美しい花が咲いている。

 間近で見ても目玉があるようには見えないが、確かに顔がアデルを正面に捕らえていた。

 この極限状態でなら、騎士になるためのものを手に入れられる気がした。


「錬気発動!」


 教官や騎士達、同級生に友人たちから口々に伝えれられた言葉を思い出す。

 全ては感覚だと。


『下腹が熱くなってぐっと広げる感じ』

『血管を熱が巡るイメージ』

『自分の中からもう一回り大きな自分が体を包むような』

『体内の魔素を循環させるだけ』

『俺は強ェって思いながら気張んだよ』


 アデルは常々考えていた。

 魔素を循環させるように、という言葉の意味を。

 この世の命あるものには全て魔素が宿っており、騎士はその体内の魔素を身に宿し錬気として力を発動させる、と教えられている。

 アデルは体内に魔素を感じたことが無い。教えられたような、体温や血液などとはまた違う、目に見えないがそこにある”なにか”の存在を理解できていなかった。

 だからこそこの窮地で会得しなければならない。

 自分に残された最後のチャンスだと分かっていたからだ。

 しかし現実は、あまりにも非常だった。


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