助けを求めて 2
4年生になると遠征が始まる。現役騎士についていき現場での仕事を学ぶためだ。
騎士には様々な隊が存在している。ヨギドが所属している巡回隊、拠点を守る守備隊、王を守る近衛隊等々、アドネル騎士団内だけでも多岐にわたり分類分けがされており、将来的に所属する隊を決める為にも遠征は双方にとって必要かつ重要な課程の1つだ。
初めての遠征日。教官と第3拠点へ向かう巡回隊に引率され行軍した時とまったく同じ道を今、1人で走っている。
2本の頼りない線で繋がれたランプは命綱のようなものだ、と最初に教えられた。
顔に大きな傷痕が残る、壮年の騎士だった。
『定期的に糸を揺らし衝撃を与えるのは、明かりを絶やさない事と、まだ道を歩いている人間がいる事を拠点の騎士に知らせるために行う。だから必ず1人はこの糸の近くを歩かなきゃならない』
『質問よろしいでしょうか?』
『いいぞ』
『人が来たことを知らせる目的は最初に糸をひく事で伝わっているでしょうし、何より光を維持する事を目的とするならこちら側よりも向こう側で管理してもらった方が効率がいいように感じます。それをしない理由って何なんでしょう?』
疑問は最もだと思った。
道の中央より外れた場所は足場も悪く、魔物からの奇襲リスクもあるだろう。移動に専念出来ていれば、道の中央をひたすら早駆けすることもできる。
しかし騎士はその問いに対して、否定も肯定もしなかった。
大きな傷跡が皮膚を引きつらせあまり表情に機微は無い。
だというのに聞こえてくる声はとても穏やかで、それが印象的だった。
『効率も確かに大切だが、この森では繋がりが必要なんだ』
今はその言葉の意味がよくわかる。
得体のしれない森の中で、ランプの光が届かない場所は黒く塗りつぶされたように何も見えない。
時々横道が現れる度、ぽっかりと広がった暗闇が巨大な口のように見えて身構えてしまう。
耳馴染みのない異音、獣なのか鳥なのか分からない鳴き声、森の濃い匂いは通常のスノー王国の田舎の森とはかけ離れていて落ち着かず、それら全てが不安に爪を立てていく。
木の根の間隔は非常に雑多で密集している場所もあれば木の根がトンネルのように湾曲していない場所もあり、そのせいか揺らぐランプの光で出来た木の根の影が上空の枝や幹に影絵を付けて1つの巨大な怪物のようにも見えてしまうほど、この森は不気味だ。
もしもこの道に光が無ければ、恐怖と不安で足がすくんでいたかもしれない。
いや、それは光があっても同じことだ。
四方八方から様々な気配を感じている。動物、魔物、未知なるもの。
だからこそ、自分の起こした揺れではない糸の揺れに、アデルは勇気を貰っていた。
この道を進めば仲間がいるのだと、安全なのだと、細く頼りない糸とランプが教えてくれている。
木の根がのたうち出来た道なりだったが、この2本の線で繋がれたランプの光が照らす道は比較的平坦で土も露出しており、踏み慣らされ非常に走りやすい。
決して真っすぐな道ではないが、迷うことなく進めるのはありがたかった。
追いかけてきている魔物の影はつかず離れずの距離を保つ。
普通の魔物であれば自分の縄張りから侵入者を追い出したところで興味を失い戻っていく。臆病な2種も同様で、彼らの巣に近づけば排除しようと戦う意志を見せるが、そうでない場所で遭遇すればすぐに逃げるか隠れてしまう。
執拗さが否応なしに焦る気持ちを駆り立てる。
肩越し後ろを振り返り、縮まっていない距離に安堵していた時だった。
近くで木が鈍い音を立て折れる音がする。
「!!」
背後に気を取られ判断が遅れた。
突然木の根を破壊し鋭い何かがが真横からアデルめがけて襲い掛かる。
寸での所で何とかかわし、槍を使い木の幹と根を足場に大きく跳躍した。
枝に着地し見下ろした先では、白いシーツがネックチューブごとズタズタに引き裂かれ散っていくところだった。
首元を狙われた。あと少し動くのが遅ければ、体と頭が離れていたか太い血管が切られて絶命していただろう。
布吹雪の先に見える人型のシルエット、だが人ではないと伸びる触手が物語っている。
「森の紛い物」
アデルの中で1つの記憶が呼び起こされる。
それは初めて行く遠征前夜、職人街の外のテーブルでナジュが復習している姿を目にしたところから始まった。
『【森の紛い物】はブルーノ森林地区でのみ確認されている植物系の魔物。木と植物が歪に融合し女のような湾曲したシルエットを持っていて頭部に葉を茂らせ、顔の部分は洞のような空洞になっており、中に美しい花が咲いている……』
『復習してるのか?ナジュ』
『よぉアデル。まぁな、ブルーノ森林地区の魔物についての説明受けただろ?雪原平野の魔物とは系統が違うから出立前に覚えとけって。女の形してんなら助けに走っちまうからよ、頭に叩き込んで知っとかねーと』
『おれも見習わせてもらおう』
『丁度いいや、何か問題出してくれ』
『そうだなぁ……この魔物はどこで敵を感知している?』
『洞の中の花だと言われてる。騎士の動きを見るように顔の部分を動かしている、という報告から視認されている説が有力だ』
『正解だ。それじゃあ次は……この魔物の移動方法は?』
『根を地中で滑らせている。移動している様がまるで人が歩いてるように見えるって話だし、ランプの光が届かない暗闇の中だと普通に見間違えそうだよな』
『そういう文献を読んだことがある』
『ジーコ』
『文献?図書室で見たのか?』
『まあ、ちょっとな。発光石のランプも昔は少なかったから、大勢の騎士が森の紛い物の餌食になったって書いてあったの覚えてただけだよ』
『暗闇だと本当に人間の女に見えてしまうってことか』
『騎士ではない人間を立ち入らせないのも、そういった不用意な疑心を省く為なんだろうな』
『なんつーかよぉ、森の中ってのはもっと清々しいっつーかさ、身の引き締まるような自然の良さみたいなもんがあるのに、こういう森の紛い物みたいな不気味な魔物が出てくる森なんざ落ち着かねーよな』
『そういえばナジュは木こりの出だったな』
『ああ。ブルーノ森林地区って本来だったら資源の宝庫だろ?長い冬も食い物に困らないくらい、キノコや木の実果物だって取れるって話だったじゃねーか。だのにこの、意味わかんねーのがいるせいで食料集めもほぼ無理って聞いて、木こり魂に火がついたっつーかな。こいつを切り倒してやりたくてたまんねーよ』
『木こり魂ってすごいんだな』
『騎士は知らせの鈴を携帯してるよな?それでも無理なのかな』
『食料抱えて戦闘すんのか?終わるころには折角収穫したものも全部パアだろ。それに、攻撃範囲も広いってあるぜ。死角から串刺しにしてくる攻撃と、鞭みたいに触手を振り回す広範囲攻撃、あとは……』
『触手で捕縛してくる』
『そうだそうだ、全部腕の部分を伸ばして攻撃するんだ。足は地面に根を張ってるから地上から離れちまえば多少回避出来る、っつってもこの触手が何処まで伸びてくるのかがわかんねーし、鈴が鳴ってから手早く荷物を纏めたにしても移動準備が整う頃には触手の攻撃範囲内、とかだったら無理だろ。実際に騎士達がやってないんだから、出来ないってことなんだろうよ』
『そもそも道から外れたら命の保証はないと言われるような森だから、食料を集めるのは難しそうだけどな』
『くぅー!いい案だと思ったんだけどな』
『弱点は?』
『顔の部分の花を散らす』
『おい!今俺が復習してんだよジーコ!』
『えっ?!そうだったのかすまん』
『覚えてたならいいじゃないか』
『忘れてたから怒ってんだよ』
ささやかな時間の楽しい記憶。
大きく息を吸って吐く。もちろん座学はみっちりとこなしてきた。しかし現実の戦いの中で、あの時の思い出が今、自分の命を繋ごうとしてくれていることを自覚した。
トンネルと称する木の根のアーチは密集している個所とそうでない箇所とがまばらで、中の魔物も視認できるだけの空間が開いている。
こちらに顔の部分を向けているのはあの花の部分で”視て”いるからだと事前に知っていたおかげで、今自分が”目視”されている状況だと理解した。
枝の上で瞬時に移動ルートを確認、間を置かずしてトンネル上空の枝を伝い跳躍する。道を見失わなければ森の不思議な力にもある程度の猶予はあるらしい。
時折上空から聞こえてくる魔物の潰れる音や声はまだ続いている。
枝葉ごと無理やり落ちてくる細長いヒルの魔物を避けながら、なるべく光から離れず横道に逸れていかないよう位置取りで移動した。
この調子でいけば、日を跨ぐ前に到着することが出来る、と心のどこかで無意識の油断が漏れてしまったのかもしれない。
それは突然アデルに襲い掛かる。
「……っ!?な、んだ……!?」
跳躍した瞬間、膝から力が抜けた。
踏ん張りがきかない。そのまま傾き小さな体は落下する。
幸いなことに柄を握る力は残っていた為、落下中身をひねり木の幹に槍を突き立てて勢いを削いだ。
ウルネルラの木は耳障りな音をたて抵抗し、アデルはどうにか木の根元へと着地することが出来た。
刺したままの槍ごと再生しようとする気配を察しどうにか槍を引き抜いたが、立っていられず膝を着く。
耳元で大量の水が落ちていく音がする。
「一体何が、……?」
水の音と共にどんどん体から力が抜けていっている。
確かに走り続けたせいで息は上がっていた。疲労によるものだと思っていた。しかし突然喘息のように息苦しくなるものだろうか。
自分の体の異変が疲労ではなく外的要因だとしたら。
まさか、と体を見下ろす。
頭を振った時に違和感がある。
遠心力がかかっているような、引っ張られる感覚に手を頭部の後ろへと回した。
指先に生ぬるく湿った、ぶよぶよとした感触。
それはアデルの項に繋がっている。
力任せに鷲掴み引きはがした。
地面にたたきつけ、槍で突き刺しとどめを刺す。
雪の上で見た時の姿からは想像できない程まるまると太ったヒル型の魔物は真っ赤な血をまき散らし絶命した。
根を染め大きな血だまりとなって地面に広がっていく。
今アデルの体は、重度の貧血状態となっていた。
ふらつく体を槍で支えている最中、背後からの威圧感が急速に近づいてきていることに気付く。
動きに殺意が乗っている。
無理やり体を倒した。先ほどまで自分がいた場所の木の根が木っ端微塵に散っていった。
森の紛い物による広範囲攻撃の威力はすさまじく、あれを食らっていたら骨折どころでは済まなかっただろう。
しかしまだ脅威は去っていないと脳のどこかで危険信号が鳴り響いている。
バフォメエメとポップロップ。2匹はずっと後方にいたはずだ。
自分はどれだけの時間、ここに留まっている?
過った不安、視線を後方へ向け、2匹の魔物が攻撃を繰り出す。全ては同時だった。
避け切れない。
「くそ……!」




