表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢元のレムニスケート  作者: やまだうめた
魔女の国と少年

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/16

異変 7

 辿り着いた岩戸の前。しゃがみ込んで雪を掻きだし、見えた薄い境界線の外側へ現れた窪みに、副団長より受け取った石の鍵を差し込む。

 この鍵は一般的に呼ばれる鍵の形とは異なっている。質感の違う2層の石が重なり、蓋のように平たく円形な表側と、一回り小さく円錐を多角形にしたような裏側とが合体し、表側にはアドネル騎士団の紋章が彫り込まれていた。窪みに鍵を差し込んだ瞬間紋章部分が跳ね上がり持ち手に変わる。


「手前2、外へ3、押し込んで引っ張る、……!」


 機密事項と教えられた手順に従い鍵を回す。中で形を変えているのが指先から伝わり、重く砂を噛んだような擦れた音を微かに出して岩戸の扉はゆっくりと開いていった。

 ぬるい空気が隙間から顔を撫で、少し埃っぽいような匂いのする真っ暗闇がアデルの前に現れる。


『この鍵を知っている者は部隊長クラスの者だけ。伝令をする時は必ず見せて伝えるように』


 ゴルド副団長の言葉を思い出して鍵を引き抜きしっかりと懐へ収め、暗闇の中へと滑り込んだ。

 踏み込んだ先の床が一瞬浅く沈んだかと思えば、背後で音も無く岩戸が閉まっていく。慌てて懐から組み立て式のランプを取り出し槍に引っ掛け、ポケットに収めていた手のひら大の発光石を一つ転がし乱暴に振って進む準備を整える頃、完全に外の世界と遮断された。

 ランプを掲げて辺りを確認する。話に聞いていた通り本当に人ひとり歩けるだけのスペースしかなく、体格のいい騎士なら身を窄めなければ通れないのではないかと思えるほど狭い。

 居住区内ともまた違う石の中、足早に進み始めた。

 作られた石壁と天然の岩が入り混じった奇妙な通路は進むたびに壁の色を変えていく。

 石の階段を駆け下りている最中、そういえば、と違和感に気付いた。

 埃っぽさや土っぽいような匂いは感じると言うのに湿気が無く、空気が圧迫されているような息苦しさも無い。

 窓も隙間も光もないような場所だ。カビが生えたり空気が淀んでいたりするものではないかと視線を上げた先、青白い苔が高い天井や壁にびっちりと生えているのが目に飛び込んでくる。

 居住区内にも沢山生えている苔だ。騎士達はこれを【雪苔(ゆきごけ)】と呼んでいた。

 しかしこれが自然の中で自生しているところを見たことが無く、フレデリック達もここへ来て初めて見たと言っていたことから、非常に不思議な苔でもある。だがこの苔が生えているからこそ、居住区内でも空気が腐らず湿気に悩まされる事も無いのだと教えられた。

 雪苔のおかげでこの密閉されたような空間の中でも呼吸をすることが出来るのかと納得しつつ、石をそのまま削って作られた階段を下りていく。

 所々壁には古い張り紙や直接彫り込まれたような文字が書かれており、行き止まり地点には緊急時の脱出方法としてネズミ返しの底にたどり着いた後の行動見本が描かれた紙が貼られていた。動物の皮を使った年代物の紙には似つかわしくないような簡素な絵で動きが示されている。

 行き止まりの床には、アデル程の大きさもある魔石がはめ込まれ立っていた。

 空調装置や給湯器等で見た加工された物とは違い原石のようで、魔法文字がびっしりと石に刻み込まれている。

 この魔石のおかげで下からの侵入は阻害され、石の中から脱出する時も目くらましをしてくれる、ということらしい。アデルは少しぞっとした。

 大きな石にはそれだけ魔素が宿っている。一体どれだけ長い時間この魔石が使われているのかは分からないが、効果は未だ健在のようだった。

 描かれた手筈の通り原石の枠にある少しの窪みを目印に回す。意外にもすんなりと魔石は動き、それに合わせて戸が開いていった。警戒しながら上体を外へ出す。


「……すごいな」


 岩石群とはまた違った氷の世界がそこには広がっていた。

 不思議な事に、ネズミ返しとなっている裏側は岩壁へ向かうにつれて少しずつ岩と氷の間に空洞が出来ており、岩肌を伝い落ちる雪解け水により出来たツララや冷たい風が外周に分厚い氷を作り出すことで、外見は巨大な氷のツララが何本もぶら下がっているように見え氷の洞窟を視認し辛くしていた。

 自然に出来たもを抜け道として利用したのか、それとも別の何かがあるのか。

 ランタンをしまい氷で出来た空洞内に降り立つと、岩戸は勝手に閉じていく。目視で確認した後、姿勢を低くし移動を開始した。氷の中は風が直接体を叩かないおかげか逆に暖かさを感じるほどだ。

 辿り着いた岩壁だったが、更にそのまま下へ降りて行けるようなでこぼことした氷が張り付いていた。横殴りの風のおかげで出来た天然の氷の階段は随分年季が入っているように見える。有難く細く狭い歪な氷の階段もどきを下り続けた。

 氷が風を遮ってくれたおかげで体力を温存したまま3分の1程度まで下ることが出来るも、ツララの加護はここまでのようだ。ここからは日々の鍛錬がものをいう、過酷な道のりが始まる。

 白いシーツを翻し槍を構え、岩石を降りる時と同じ動作で絶壁を下る。もちろん、上の岩石と違い足場や階段等は無い。岩の状態を確認し浅い出っ張りや窪みを足場に見立てて降りていく。

 魔物に見つからないよう音を最小限に抑えての動きだったが、緊張の中でも安定した体捌きで動くことが出来ていた。ぴょんぴょんと山を跳ねるヤギのように危なげなく槍と肉体を交互に使って下る姿は、外から見れば雪が氷の上を滑っているようにしか見えないだろう。

 しかしツララが無くなったこの場所では、直接風が体を叩く。

 ヒュド山脈の冷気が横から殴りつけるように吹き荒び、時折風にあおられて重力が無くなるかのような錯覚を覚える中、表情一つ変えず下っている。

 長居するべきではない。直感的にアデルはそう感じていた。

 上の岩石だったなら天辺から地上に到着している位の時間が経過する。アデルの髪や眉毛に薄く氷が張り白く覆われていく中でもネックチューブは非常に優秀だった。『妹お手製なんだから絶対返せよ』とフレデリックに半ば強引に被せられたものだったが肌触りも良く、危機的な状況であるにも関わらずかつて共に過ごしたフレデリックの故郷の匂いまでするような気がして呼吸は安定し冷静さを保ったままでいられた。

 槍と足を使い、風に煽られながら長い時間をかけて下り続け、漸く地上が近づいてきた。ここまで来ると風も随分大人しくなる。

 ある程度の高さまで来ると狙いを定め岩肌を蹴る。

 無茶な降り方をしたアデルだったが、雪がクッション代わりになってくれたおかげで無事に雪の上へ着地することが出来た。

 怪我もなく無事に地上へたどり着けたことを自分の脚と槍に感謝し、再び白いシーツのフードを被り直して雪の中を進み始める。

 目指すは森の入り口。

 分厚い雪に足を取られながらも、巡回隊や木こりが物資の運搬の為毎日道を慣らしている。そこまでたどり着くことが出来たら、あとは真っすぐ走るだけ。

 その時、上空から魔物の咆哮が轟く。

 振り返ると魔物が猛スピードでアデルに向かい滑空してきていた。

 寸での所でかわしたが、後方に気付き息をのむ。

 巨大な蝙蝠が地上の魔物を鷲掴み、こちらへ投げ落としてきたのだ。

 アデルは慣らされた道へ飛び出し全速力で森へと走り出した。背後では肉が潰れたような音や魔物の短い悲鳴が聞こえており、明らかに自分を狙って魔物を落としてきているのが分かった。聞きなれない水を含んだ粘着質な音も中には混じっていて、それが何なのか振り返って確認する前に自分の前方に偶然落ちてくる。

 あの巨大な蝙蝠についていた細長いぶよぶよだ。


「なんてものを体につけてるんだ……!」


 よくよく見るとそれはヒルに似た姿をしており、雪の上でのたうっている。アデルの身長半分か少し大きいくらいのそれは、太く細く、長く短くを繰り返しアデルめがけて口を開き始めた。

 アデルは槍を上手く使い高跳びしてそのヒルに似た魔物を飛び越えると、着地と同時に再び全速力で駆け出した。

 ブルーノ森林地区はその名の通り非常に広大で木を切ってもすぐに生えてきてしまうため閉ざされていると思われがちだが、侵入できるルートはいくつかある。

 その一つが、アドネル騎士団領より近い大木の大きく湾曲した根の下をくぐる道。

 太く立派な根っこにつるされている発光石のランプを揺らせば、糸の振動を伝って繋がっている全てのランプが輝きだす。この糸は森に人が入ったことを知らせると同時に目的の第3拠点まで繋がっているため、光を頼りに進んでいけばいい。

 アデルは槍を構えて突き進む。

 目的地はこの光の先。

 背後から迫りくる殺気と圧迫感に捕まらないよう、暗い森の中へと駆け込んでいった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ