表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢元のレムニスケート  作者: やまだうめた
魔女の国と少年

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/17

異変 4

 驚いて辺りを見渡すアズロワと対照的に、ケケンは音と衝撃がきた方向へ顔を向けた。

 そして足元へ視線を落とし、再び顔を上げて小さな窓の外に目をやり、一瞬で顔色が変わる。

 アズロワの腕を掴み進んだ道を足早に戻ると急いで同級生達が寝入っている大部屋を開け、無理やり中へ放り込んだ。すかさず自分も室内へ滑り込み、背中で扉を閉める。

 直後、四方八方から立て続けに起こる爆発音と衝撃。

 悲鳴が上がる。立っていられない程の揺れで倒れ込みそうなアズロワを近くのベッドに居た寝起きのマルクスが自分の寝床に引き上げたと同時にベッド同士が衝突した。人が乗っているにもかかわらず2段ベッドは床を跳ね、轟音と共に何か重いものが落ちてくるような鈍い衝突音が鳴り響き、数秒後に収まった。


「みんな怪我はないか!?」


 元の配置より大分変ってしまったベッドから寝起きの青少年達が這い出てくる。幸いベッド自体は壊れていないものの、動揺と恐怖でパニック寸前のようだ。

 マルクスは引き上げたアズロワに怪我が無いことを確認すると恐る恐るベッドから降り、上の段のタロンもゆっくりと体を起こして辺りを警戒している。ジュノとグズリ、他の同級生たちは身を寄せ合い震えていた。布団を被ったままベッドを降りてくる者や枕を盾代わりに構え辺りを見渡しつつ近づいてくる者、手早く身支度を済ませる者等が誘導せずとも自然と出入り口前に集まってくる。


「状況説明!」


 突然、真っすぐで冷静な男の声がこだまする。

 黒縁メガネの分厚い渦巻レンズを光らせたスワラグがきっちりと制服を着こみ前に出た。

 ツーブロックに刈られた焦げ茶色の髪が寝ぐせにより左側だけ微妙に跳ね上がっているが、彼は非常に誠実で真面目な男だった。平民出身であるのに人を纏める術に長けており、10人兄妹の長男だと雑談中に知ってからは皆の兄的立ち位置となっている。

 ケケンは扉から背を離さず、声を上げた。


「恐らく爆発が起きた、あとさっきの揺れ具合からどこか崩れてる!」

「爆発!?」

「他の人は大丈夫なのかな?」

「助けに行った方がいいんじゃない?」

「準備しよう!」

「待ってくれ、多分今、外に出ない方がいい」


 行動を開始しようと各自動く中、突然ケケンが皆を静止する。

 新入生達の目が一斉に彼を見つめた。


「どういうこと?」


 アズロワからの素直な質問に、ケケンは眉間に皺を刻んだまま視線を落とす。


「空に女がいたんだ」


 空に女、と言う単語の違和感が部屋全体を覆う。

 皆言われた瞬間脳裏に想像したが、あまりの異様さに一拍遅れて声が上がった。


「空を飛ぶ魔物を見間違えたんじゃないか?」

「つまらん冗談を言うなよこんな時に」

「おい!」

「ケケンが嘘言う訳ねーだろ!」


 ジュノに続きレナーゼが嫌見たらしくケケンを見る。

 彼はジュノの相棒であったが、貧民街出身の者に対してあまりよい感情を持っていないらしい。

 薄茶色の長く細い髪は一つに束ねられ、尖った顎と細く切れ長の目は髪の色と同じく茶色味を帯びており温かみを感じる色合いであるというのにケケンを見下ろす瞳は非常に冷たい。

 そんなレナーゼに猛反発する2人の同級生、ガルエドとイーゴン。

 彼らはケケンの子分であると自ら名乗った幼馴染でもある。

 ケケンが貧民街時代に解決した事件の助力をしたことで同じ貴族の推薦をもらい、訓練所へとやってくることが出来た。

 ガルエドは全体的に体の部位が長く、鼻も長ければ体も脚も長い。一部白髪の混じった明るい茶髪をチョンボにしている。

 イーゴンは対照的に全体的に角ばっている。頑固そうな太い眉とがっしりとした顎は15歳とは思えない程の貫禄があり、ドワーフよりも背は高いが同世代の平均よりは低い身長に脂肪の乗った筋肉をふんだんに纏い、既に北国の男の体になっていた。

 2人が庇うようにケケンとレナーゼの間に飛び出し圧をかけるが、レナーゼも一歩も引かない。このやり取りは入所してから続いているもので、大きな喧嘩に発展することは無いが度々小さな言い争いを起こしていた。

 しかしいつもなら便乗しつつも達者な口で宥めすかすケケンの表情は晴れず、このやりとりにも無関心で、ただじっくりと、自分の脳内で先ほど見た光景を何度も反芻しているようだ。


「座学で習ったろ、魔物は翼で空を飛ぶって。けど、あの女は翼も何も生えてなかった。人が立つ姿勢のまま空にいて、滑るように飛んでたんだ!あれは、普通じゃない。こっちへ近づいてきてた。黒いドレスを着てたんだ、見間違いなんかじゃねぇ……!」

「その人が爆発を引き起こしたってこと?」

「わかんねぇよ!」


 声を荒げる姿に全員が押し黙る。

 本人ですら自分の見た光景を信じられていないようだ。この短時間で色々な事が起こりすぎて、ケケンの中の本能がずっと危険信号を発し続けているのを対処できないでいることに、過度なストレスがかかっている。

 アズロワはそんな彼を察して近づくと、殊更穏やかな声で名を呼んだ。


「ゆっくり息を吐くんだ、ケケン。大丈夫、気付いたことを皆に伝えればいいんだよ、些細な事でもいいんだ」


 緊張で強張りっぱなしの肩に手を置いてさする。

 人に触れられることで我に返り、体の硬直が少し和らいだ。

 ずっと苦手だと思っていた相手の行動が、ケケンに羞恥と安心と、冷静さをもたらす。

 深く息を吐き出して、ぽつぽつと話し始めた。


「廊下に出た時、やけに暑いと思ったんだ。汗ばむ位だった。次に爆発が斜め上の方向から起きて、衝撃が来た。位置的に、隣の本拠点の上層階だ。それとは別に、足の裏がびりびりするような、地鳴りみたいな小さな振動がきた。少しずつ大きくなってるみたいだった。異変を確認するために小窓の外を見て、そしたら女が空にいた。こっちに近づいてきてた。滑るみたいに近づいてきてて、直感的に、見られちゃまずい手合いだと感じた。すぐ部屋へ戻った。そしたら連続して爆発が起こって、それで、……多分近くでも同じ爆発が起こってる。近い場所、訓練所あたり」


 思い起こせば廊下に出た時点でおかしかったのだ。

 確かに居住区内は寒さによる震えとは無縁なほど常に暖かいが、汗ばむほどの暑さなど今まで体験したことが無い。

 もしかしたらあの暑さは、爆発の前兆だったのではないだろうか。

 だとするなら、空調装置に異変が起こっていたと言うことになる。

 それに、とケケンは言葉をつづけた。


「爆発っつーイレギュラーな事が起きて、俺達新入生の元へ教官がこねぇ」


 言われて全員が息をのむ。

 確かに、これだけの大々的な異常事態に新入生の元へ教官が来ないと言うこと自体、冷静に考えればおかしい。

 普通なら指示なり状況説明なり、担当の教官がやってきてもいいくらいなのに扉越しに聞こえる音はやけに静かだ。

 沈黙が場を支配する。

 それを断ち切ったのはポッコルとウェイトだった。


「確認した方がいい」

「もし空調装置が突然おかしくなったのなら、原因があるはずだろう?爆発する程のなにかが。これが昨日の夜水を入れ忘れたってことだったら説明も付くけど……昨日は誰だっけ?」

「俺等んとこ。でもそんな変なところなかったよな?なぁタロン?」

「通常通りだった。朝も夜も変わったところは無く、水のタンクも満タンに入れたし、マルクスと俺とで2重確認もした。そもそも異様な暑さなんて無かった」

「だよな!異常なし報告入れて終わったぜ」


 当番だったタロンが昨日の見回りについて冷静に思い出し話す傍ら、マルクスが力強く頷き肯定する。

 ということは、少なくとも昨日の夜までは正常に作動していたということになる。

 おかしくなったのは、夜の見回りを終えた後から爆発までの間だと、全員が自分たちの寝る前の事を思い起こすが何も気になる点は無い。

 ともかく、ここでじっとしていても仕方が無いと結論付けたスワラグが長く息を吐きながら眼鏡を指で押し上げる。

 傍らのグズリが息をのみ、彼を見上げた。

 びくりと肩を震わせる姿は、丸くて重いのに小動物のようだ。


「で、で、出るの?」

「出てみる方が早い。窓の外に注意しつつ2手に分かれて行こう。1班を訓練所方面、2班を玄関ホール方面とし、情報を得たら一旦ここへ戻ってきて情報交換する。一旦はそれでいいか?」

「異議なし!」


 全員の声を聴きグズリは更に縮こまった。しかし皆の視線に耐えかね、一呼吸置いてから震える声で異議なしと唱える。

 迅速な班分けにより2手に分かれる彼らを見て、ケケンも覚悟を決めたようだ。

 ゆっくりと上体を起こしてドアに向き合う。


「離れてろよ」


 忠告を入れてから、取っ手に手をかけた。

 そーっ、という言葉の通り彼はゆっくりとした動きでドアを開く。

 最初に感じたのは何かが焦げたような匂い。

 火災でも発生しているのかと一瞬いやな考えが過ったが、廊下に顔を出し辺りを警戒しても特に異常はなく、遠くで地鳴りのような音が聞こえるだけで静かなものだ。

 最初に廊下に出た時に感じた暑さも今は感じない。若干湿度が上がっているような気がするが。

 小窓越しに見えた空を飛ぶ少女の姿も見当たらず、だが地上の大手門付近でやけに土埃が立っているのが見て取れる。

 拍子抜けしそうになったその時、突然連続した衝突音が響き始めた。

 岩石が揺れるほどではないが、これだけ連続して当たり続ければきっと削れていくだろう、と簡単に予測できるほどの鈍く耳障りな音が上空から聞こえてくる。1つではない。同時に沢山の音が上から降り注いできている。


「魔物だ……魔物が攻めてきてるんだ……!」


 窓越しに見える光景にグズリが呟いた。

 大手門に立ち上っていた土煙は魔物の群れによるものだった。それを騎士達が隊列を組み押し戻しながら倒していっている。

 時折小窓から見える狭い視界の範囲に、翼を持つ魔物の影がチラチラと見えた。つまり現在、このアドネル騎士団領は魔物による攻撃を受けていると言うことだ。

 その事実に気付いた時、王都生まれの彼らの脳裏に、3年前の王都襲撃事件で起こった凄惨な光景がよみがえる。

 怒り、憎しみ、恐怖、悲しみ、様々な負の感情が心の内側から湧き出てくる。

 微かに体が震えている者、拳を強く握りこむ者、皆自分の中に燻り続けているものをどうにか逃がそうとしている。乗り越えなければいけない目に見えない壁を、彼らは既に持っているようだった。

 ポッコルとウェイトも例外ではない。こぶしを握り、無意識に呼吸を止めている。

 だがタロンとマルクスが、2人の背を音が出る位の強さで叩いた。

 気付けのような強さは目論見通り2人の意識を現実へと引き戻す。

 マルクスは驚くほどの眩しい笑顔で片目を瞑って見せた。


「大丈夫だって。ここはアドネル騎士団本拠点だぜ?飛んで火に入るなんとやらってやつだ!」

「簡単にやられるような者はここには居ない」

「なによりラバヤンシュの騎士も休養しに来てるんだ、難攻不落のアドネル騎士団領が堕ちることなんて早々ねーよ。今はとにかく出来ることからやろうぜ!」


 明るいマルクスと落ち着くタロンの声は、ポッコルとウェイトだけではなく他の王都出身者にも届いたようだった。

 緊張状態だった体の強張りは深呼吸と共に解けていく。

 何より、勇気付け励まそうとしてくれる彼らの心遣いが嬉しかった。


「ありがとう」

「もう大丈夫、行けるよ」


 ポッコルとウェイトの言葉に同調するように、王都組も頷きスワラグを見る。

 彼らの視線を受けたスワラグが、大きく手を上げた。


「行動開始!」


 力強い号令と同時に2手に分かれた班は互いに背を向け合い走り出す。

 そうして数分後、再び大部屋前へと戻ってくるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ