大国の軍勢が全然攻めてこないので、不安になった兄嫁からの文章の対応に疲れ切った私は竜を飛ばして王宮に乗り込むことにしました
「な、なんでまだシュタイン軍は来ないのよ!」
私は完全にぷっつん切れていた。
シュタイン王国から10万の大軍が出撃したと聞いてから早くも10日経ったが敵軍はまだ、半分の距離も来ていなかったのだ
「だから言っただろう! シュタイン軍は1日10キロくらいしか進まないって」
「遅すぎない?」
「飛竜や騎士だけじゃないんだから。歩兵とか重装歩兵、それに食料や武器なんかを運ぶのはとても大変なんだよ」
私の不満にレックスがきちんと答えてくれた。
私と竜ちゃんならここから王都でもひとっ飛びなのに!
私一人でも身体強化して走れば1日の距離だ。
そう言ったら、
「リディと一般人を一緒にしちゃだめだよ」
と言われてしまった……
「はっはっはっはっ、姫様、レックス殿に言われてしまいましたぞ。『姫様は化け物だと』」
私に王宮から遊びに来た……いや、からかいに来た、本当は来なくてよいのに使者としてきたレナードが指摘してくれた。
「えっ!」
レックスの言った意味ってそういう意味なの?
私がむっとすると、
「いや、違うってリディ、そんな風には言っていないって!」
必死にレックスが言い訳してくれた。
「一般人と違うということはそういう事では無いですかな?」
「レナード様。違いますって。普通の人間と違ってリディは凄いなって言っただけです」
「本当に?」
私は疑い深そうにレックスを見た。
「そうだって! もう、レナード殿、お願いしますよ」
「ほっほっほっほ、口は災いの元ですな。アレックス様」
「レックスです、レナード様」
「そうでしたそうだした。レックス様でしたな。年寄りは物覚えが悪くて」
間違えたレナードは笑って誤魔化していた。
「物覚えが悪いなら、この書類も王宮に忘れてきなさいよ」
私はむっとして言った。
レナードは山のような書類を持ってきたのだ。私が一番切れていたのはこれが原因だ。
王宮から状況報告をしろという催促が毎日のように来るのだ。
その上、レナードが今日は山のような書類を持ってきたし、これは私に対する嫌がらせなんたろうか?
「見てよ、レックス。この書面の山。シュタイン軍が遅いから、私がこの書面の相手をしないといけないのよ。どうしてくれるのよ」
私はヒステリックに叫んでいた。
「まあ、姫様はいつも報告書がいい加減ですからな。これを機にちゃんと書けと龍神様の思し召しではありませんかな?」
レナードがお気軽に言ってくれたけれど、
「レナード、あなたには言われたくないわよ。あなたが報告書を書かないからいつも私があなたの分まで書かされているんでしょ」
私が切れて言うと
「これはこれは姫様。師匠の分も弟子が書くのは太古の昔からの決まりでございますからな」
「それはレナードだけの事でしょ。それが事実だったら私の報告書は全てレックスとアーチとハワードに書かさないといけなくなるじゃない」
「姫様、お一人を除いて後の二人に任せると姫様の仕事が3倍くらいになるのは確実ですが」
レナードの指摘にそれもそうだと私は気づいてしまった。
「いや、リディアーヌ様。俺も報告書を書きますよ」
ハワードが言い出してくれたが、
「いえ、良いわ。私がやる」
これ以上仕事が増えたらたまらない。
現実を見ているアーチはほっとしていたけれど、アーチとハワードは剣士として十分に戦力になるから、それ以上求めるのは酷というものだった。任せて私の仕事をこれ以上増やす訳にはいかなかったし。
本来は文官仕事も完璧なレックスに書いてほしい所だけど、レックスはこの砦の兵糧、武器の管理から、金銭関係のまとめまで文官仕事のまとめを全部してもらっているのだ。そういうのが不得意な砦の指揮官のジェフが恐縮していた。
これ以上、仕事を増やす訳にはいかなかった。
「何々、飛竜は1日に飼料100キロを食べるが、それが1日にいくらかかるか判っているのかって、知らないぞ」
資料を見たアーチが言ってくれた。
「敵が10万の軍で一斉に壁を乗り越えてきた時の対処法を知らせてほしいだの、一部の兵が崖を超えて攻撃してきたらどう対処するのか教えろだの、何でそんな対策方法をいちいち書いて王宮に送らないといけないのよ。その時は叩き潰すで終わりでしょ」
私が怒って言うと、
「さすが姫様。相も変わらず脳筋ですな」
レナードが笑って言ってくれた。
そう書いたら質問書が倍になって返ってきたのだ。
「もっと具体的に報告しろだ? 出来ないわよ!」
私は質問書を思わず怒りのあまり握りつぶした。
「まあまあ、丁度良い暇つぶしになるんじゃないのか?」
アーチが言ってくれるが、
「限度があるわよ。これは絶対に兄嫁の嫌がらせよ」
「あの元王女、そこまで頭が回らないだろう」
「だから、その補佐官のあのいけ好かないシュバルツが入れ知恵をしているのよ」
「それと出身国のギンガルメもからんでいるのかも知れないな」
レックスが教えてくれた。
「確かに食料の調達とかは全部お兄様に頼っているけれど、これはないわ。今まで魔獣討伐の時とかはお兄様もここまでうるさく言わなかったのに。兄嫁に気を遣いすぎているんじゃないの!」
私はさすがにむっとして言った。
「どうする。シュタインは来るまでまだまだかかるし一度王宮に乗り込むか?」
レックスが提案してくれた。
「えっ、私はあの兄嫁の相手嫌なんだけど。お兄様と喧嘩もしたくないし」
私がいやそうに言うと、
「そうだな。王太子とリディが喧嘩するのは悪手だ。今度は俺も手伝うよ」
レックスが申し出てくれた。
「本当に?」
「いや、リディアーヌ様。対応なら私が」
ハワードが言い出したンだけど……。
「あんたは下手したらお兄様や兄嫁に斬りつけるでしょ」
私がむっとして言うと、
「いえ、最悪の時以外はやりません」
「何言っているのよ。あなた、既に何人斬り倒したと思っているのよ」
「いや、あれは仕方がありません。あそこまでリディアーヌ様を蔑ろにされたら当然のことです」
当然のようにハワードが言ってくれるんだけど、このまま行くと斬りつけ確定だった。
こいつだけは連れて行くことは出来ない。
「判った。ハワード、あなたにはこの砦を頼むわ」
「えっ、そんな私の同行が許されないなんて」
見捨てられた犬のような顔をするな!
私は珍しく思案した。
「私がいない時にもしシュタイン王国が攻めてきたらどうするの? ハワードがいないと困るわ」
私がそう目をうるうるして言うと、
「そうですか。仕方がないですね。リディアーヌ様にそこまで言われたら、私ハワード・ノール、必ずやこの砦守って見せましょう」
単純なハワードは残ってくれることになった。
これからややこしい時にお留守番させるのに、こういうふうにしようと私は密かに思ったのだった。
結局、手紙を持ってきたレナードと私とレックス、それに飛竜隊のザカリーとトーマスがついてくることになった。レナードは魔術で飛べるので、ドラちゃんには私とレックスが乗ることになった。
大きくなったドラちゃんに私が前でレックスが私の後ろに乗る。
私は少しムカムカしていたので、ドラちゃんを飛ばして兄嫁に与えられたストレスを解消しようと思った。それにレックスにはさっき化け物扱いされたし……少しくらい意趣返ししても良いわよね……
「レックス、ちゃんと捕まってね」
私が確認すると
「えっ、ちょっとリディ、俺まだそんなに慣れていないから」
「レックスなら大丈夫よ」
慌てるレックスの手を私のおなかに回させると、
「ドラちゃん、ゴー」
「ギャオー」
私の声にドラちゃんが喜びの声を上げて全力で飛び出したのだ。
ビュンとあっという間に加速する。
「ぎゃっ」
慌ててレックスが私にしがみついてきた。
背中に温かみを感じて、何故か機嫌を良くした私は、
「ようし、ドラちゃん加速」
「ギャオーーーー」
「ち、ちょっと……待って…………」
「待たない」
私は必死に私の腰にしがみつくレックスを後ろに乗せて、ドラちゃんを思いっきり飛ばさせたのだった。
とんだ災難のレックスでした。
ドラちゃんでストレス解消したリディの前に兄嫁一行が立ち塞がります
次回は今夜です。
お楽しみに