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第38話 森の民


 その魔獣は尾先まで入れれば5メートルはあろうかという巨体で、バイソンの何倍もの筋肉の鎧を纏っていた。頭から生えた2本の角は金色に輝き、黒い体毛に覆われた見事な体と相成って美しさと威厳を兼ね備えていた。


 俺は飛び出そうとするシグヴァールを静止させた。

「ちょっと待つにゃ、あれはベヒーモスにゃあ。迂闊に出たらやられてしまう」

「でも、女の子が危ない!!」

「あいつは逃げ足は早そうだにゃ、うまく逃げてくれればちょうど良いにゃ。ベヒーモスとはまともにやり合わず、逃げるのを助けるのが上策にゃ」

「……分かったわ、どうすれば良い?」

「とりあえず離れず様子をみよう、チャンスがあれば逃げる手助けをするにゃ」


 女の子は木の間を上手に縫う様に逃げる。

 ベヒーモスはその大きな体躯が邪魔で思う様に追い詰められない。

 木を何本か倒しながら強引に距離を詰める。

 それにしても強い魔獣が出現しないのでは無かったのか?

 あんなものが街に現れれば天災クラスの被害が出る。


 なるべく狭い所を狙って逃げたのが災いしたのか、女の子は崖に追い詰められてしまった。

 切り立った岩の崖はさすがに超えられそうも無い。

 追い詰めたベヒーモスはジリジリと女の子を囲む。


 片方のベヒーモスが大きな咆哮と共に角の間に魔力を貯めた!


「今だにゃ、女の子を頼む」


 俺は咄嗟に飛び出して女の子の前に立ちはだかる。

 ベヒーモスから岩弾丸が放たれた。

 さっきの地響きの正体はこれか。


 岩弾丸は俺の前の紫のオーラに包まれてぐるぐる回っている。

「にゃはは、吹っ飛べにゃー」

 数倍に膨れ上がった弾丸たちが岩の塊になってベヒーモスに返っていく。

 咄嗟に身を屈め防御姿勢をとったが、2匹とも吹っ飛ばされた。


「シグヴァール! 逃げるにゃ!!」

「準備はオッケーよ」

 女の子をを脇に抱えたシグヴァールは、もう片方の手を大きく広げて俺をキャッチした。


 聖術で強化された身体能力は以前よりもはるかに早く強く動けている。

 あっという間に離脱して、川沿いの見通しのいい丘まで到達する。


 〜〜〜〜〜〜


 女の子はあまりの恐怖でシグヴァールに抱えられて固まっていた。

 尖った耳に鋭い犬歯、ふさふさの灰色の尻尾を持っている。

 おそらく狼の獣人族、俺も見るのは初めてだ。

 獣人族やエルフなどは絶滅されたと言われ、伝説上の存在として伝えられているからだ。

 

 「もう大丈夫だにゃ」


「……っ!! 猫が喋ったー!」

 女の子はまるでお化けでも見る様にびっくりしてアワアワしている。


「心外だにゃ。どちらかと言えば珍しいのはそっちだにゃあ」

 シグヴァールは笑いを押し殺してプルプル震えている。


「ご、ごめんなさい。助けてもらったのに! 私は狼の獣人のサラ。 危ない所を助けてくれてありがとうございます」


「うむ。俺はミカエル、こっちはご主人様のシグヴァールだにゃ」


「シグヴァールさん、ありがとうございます。 とてもお強いんですね」

 何故かシグヴァールを見て顔を赤らめている。

 どこか変な所でも触ってしまったのだろうか?


「私達はウアン湖という所に行きたいのだが、同じ所に留まってるのは危ないから移動しないか?」


「ウアン湖ならうちの集落の近くなの。 もし良かったら道案内も兼ねてご一緒させて頂いても良いですか? 一緒なら帰り道も安心ですし」


「もちろん、助かるよ! 色々と聞きたいことがあるから歩きながら聞いても良いかい?」


「ありがとうございます」


 俺達は再びウアン湖に向けて歩き出した。

 基本的には川沿いを進めば良いので変わったことはない。

 大森林は大小の山や丘が連なり、その間を川が流れているのでそこが一番歩きやすいのだ。


「シグヴァールさん達は何をしにウアン湖に?」


「ああ、実は冒険者ギルドの入会試験なんだ。ウアン湖まで行って花を積んで帰ってくるという内容なんだが」


「花というのは水色の?」


「そうだ、有名なのか?」


「はい、花弁は傷薬になるので森の民にも重宝されているの」


「森の民というのは?」


「私達は狼の獣人族ですが、その他のも猫や猿や鹿の獣人、エルフ族やドライアド族なんかもいるらしいですよ」

 

「らしい……?」


「他の部族とはあまり交流が無いの。私は今まで獣人以外に会ったことがないの」


「私達にとって獣人もエルフも伝説上の物だと思っていたぞ。 まさか本物に会えるなんて!」


「私にとっては喋る猫ちゃんの方がすごいですよ」


「ふっふっ、そうだにゃん」

 シグヴァールによじ登り、猫背をまっすぐ伸ばして腕を組む。

「ところで魔獣が全然出ないと聞いてたんだが、あのベヒーモスはなんだにゃん?」


「実は……数ヶ月前から森の様子がおかしくて、魔獣も全然見かけなくなったの。 それで安心して狩りに来たらベヒーモスのつがいの寝ぐらに入ってしまって、追いかけ回されていたの」


「つまり、魔獣がいなくなった訳ではなく、隠れて表に出てこなくなっているという事かにゃん?」


「うん、お父さんも言ってた。 とてつもない魔力を感じると」


「魔力?」


「そう、突然現れた強い魔力に魔獣達は警戒してるらしいの」


 ……魔力ね。俺達は近づかなければ探知する事はできないが、獣人や魔獣などはセンサーが敏感なんだろう。

 俺も猫だからひょっとしたら感じることが出来るかもしれない。


「話は変わるが、獣人達にとって人間は珍しいと思うんだけど、警戒しないのかにゃん?」


「うーん。……そうねえ。昔は争いがあったり仲が悪い時期もあったらしいのだけど、不可侵の誓いを立てたそうなの。 詳しくはわからないの」


「不可侵? 獣人が人族にかにゃ?」


「よくわからないけど、多分お互いにって事なの」


 王都の文献にも『森の民』についての記述は無かった。

 おそらくこの国が建国される時に、なんだかの事情で隠蔽されたのだと考えるのが自然だ。

 誰が?何の為に?

 それを紐解くには情報が足りない。

 それよりも強い魔力の正体が気になるな。


「サラ、もし良ければにゃんだが、君たちの集落に行っても良いかにゃ?」


「え!? どうだろう? お父さんに聞いてみないと分からないの」


「そっか、そうだよにゃ」

 少し残念な気持ちでシグヴァールを見ると、何故か目を輝かせてこう言った。


「じゃあ、ウアン湖で待ってるからお父さんに聞いてきてもらえないか?」

 ……シグヴァールさん図々しいですよ。

 しかしサラはまんざらでは無い様子。

「分かったの、じゃあウアン湖着いたらちょっと待ってて。あ、もしダメだったらごめんなさいなの」


 〜〜〜〜〜


 ウアン湖に着いた俺たちは一旦サラと別れて待つ事にした。



 

 

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