第24話 それぞれの不安
交易都市ハンデルは鉱山都市ミッドナスマインに次ぐ大都市になっている。
東にウルズへイムがあり、北には港町ポータンオーテがある。
そこから運ばれる農作物や魚介類をミッドナスマインや王都サクラルーメンに運ぶ交易の中心地として街は発展を遂げた。
南に広がる大森林からの栄養をたっぷり含んだ川が、王の台地にぶつかり肥沃な大地があたりに広がっている。
しかし雨季になると川が氾濫を繰り返すため、湿地帯が多く農作物を作るのに向いていない。
よって主要な産業は畜産業になる。
特に馬の生産が盛んで、街道を通るとたくさんの放牧された馬を見ることができる。
その馬を使って物品を運ぶのだ。
人の往来が盛んな為、宿も街道沿いに沢山あった。
夕方になると食事処からいい匂いが漂って来る。
羊肉をスパイスなどで味付けして串焼きにしたものが名物らしく、店先や屋台などで盛んに売られていた。
シグヴァールは街道沿いの大きめの宿を取り、今はお風呂に入っている。
大浴場が宿の名物らしく、シグヴァールは目を輝かせて、すぐに行ってしまった。
……そういえば、エリザベッタもお風呂が好きで長風呂だったな。
今日の昔話のせいで、いやにセンチメンタルな気分になる。
エリザベッタは無事だろうか?
無事だとしたら、一体どこへ行ったのだろう?
そして襲ってきた輩は何者だったのだろうか?
そんな事を考えていたら、うとうとして来た。
木綿のタオルの上でしばし寝る事にした。
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☆シグヴァール視点
私は今、お風呂に入っている。
この宿自慢の大浴場ってやつだ。
ハンデルは大森林から大きな川が流れていて水が豊富だ。
この様な贅沢なお風呂は生まれて初めて入る。
夕食前という事もあって、大浴場に来る人はまばらだった。
ほとんど貸し切りのお風呂を堪能させてもらっている。
ミカエルの昔話は信じられない様な話ばかり。
もしかしてミカエルが王様だったかもしれない。
まあ今は猫だけど。
それにしても王立魔術学校に行くのが少し怖くなって来たな。
そもそも私はこの間、聖術が使える様になったばかりだ。
ミカエルが最大限にサポートしてくれているが、話を聞いている限り高レベルの魔術を使いこなせる気がしない。
そんな事を考えながら、湯船に浸かり右手に聖術の魔力をため、綿毛ほどの魔力の塊を桶に向かって『ぽい』となげてみる。
白い塊が柔らかい放物線を描いて桶に吸い込まれていった。
シグヴァールはため息をつく。
「もしエリザベッタさんが見つかったらミカエルはそっちに行ってしまうの?」
ふと無意識の中、口にした言葉に自分で驚いた。
そうか、なんとも形容し難い不安は、ミカエルを近い将来失ってしまうかもしれないから。
シグヴァールは湯船に顔を半分埋めてブクブクした。
なんにせよエリザベッタさんが見つかるに越したことはない。
ミカエルの為にも、この国の為にも。
だけどミカエルが私の元を離れてしまうと想像すると、悲しい気持ちになってしまう。
心に分厚い雲がかかり今にも雨が降りそうだ。
私はどうするべきなのだろう?
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☆ミカエル視点
「……ヘリオス、……ヘリオス、あなたを待ってるよ」
薄暗い森、霧がかかってる。見たことの無いところから声が聞こえる。
……何やら誰かに呼ばれてるようだ。
夢か現実か?狭間で寝ぼけて目を覚ます。
気がつくとシグヴァールが覗き込む様にこちらを見ていた。
「う、うーん。お風呂長かったにゃあ?」
俺は体を伸ばしながら、そう言った。
シグヴァールは俺を抱き抱えて
「ごめんお待たせしちゃった? ゴハンに行こうか?」
シグヴァールはお風呂あがりのいい匂いがした。
「それがいいにゃ。お腹減ったにゃ」
俺たちは宿の食堂に移動した。
街道沿いの大きな宿だけあって食堂も立派だった。
猫も一緒でいいか?聞くと、快く了承してくれた。
この街は家畜が多いだけでなく、犬や猫も沢山住んでいるそうだ。
シグヴァールは腸詰を焼いたものとスープとパンを注文して、俺には鶏肉を炭火で炙った物を注文してくれた。
とても香ばしくいくらでも食べられそうだ。
流石に食堂での飼い猫は珍しい、店員さんや他のお客さんから好奇の視線を感じる。
シグヴァールはどこか表情が優れないが、ここで話しかけるわけにはいかない。
食事が終わってシグヴァールは俺を抱えて部屋に戻った。
口を濯いで寝る準備を始めている。
流石に朝が早かったから、もう眠いのかもしれない。
俺は思い切ってきいてみることにした。
「にゃあ、何か悩み事でもあるのかにゃ?」
何か問題があるなら早めに解決しておきたい。
「んー……別に。どうして?」
「なんか、食事の時思い詰めた表情だったのが気になったにゃ」
「そっか、大した事ではないの。エリザベッタさんが見つかったらミカエルがいなくなっちゃうと思ったら、悲しい気持ちになって」
ああ、そういう事か。シグヴァールはしっかりしてそうだけど18歳の女の子なのだ。
そこら辺の優男なら甘い言葉でもかけるのだろうが、俺は猫だしな。
どうしたもんか?
「そうだにゃあ、シグヴァールが拾ってくれて本当に感謝しているにゃ。エリザベッタの事は心配だけど」
「でも、エリザベッタさんが見つかったほうがいいのはこの国の為でもあるわ。もちろんミカエルの為にも早く見つけてあげないといけないんじゃない?」
「うん、確かに……」
俺はしばらく考えて言葉を繋ぐ
「とは言っても、なんのヒントもにゃい。見つかる保証はどこにも無いにゃ」
「だから、もし何かあったら手伝わせて欲しいの。何も言わずに居なくなったりしないで……」
シグヴァールは眉間に力が入り今にも泣きそうな顔をしている。
「それはあたりまえだにゃ。それにシグヴァールが助けてくれたらありがたいにゃあ」
俺はそう言ってシグヴァールの肩によじ登った。
「うん、明日も早いからもう寝よ」
シグヴァールは俺の背中をポンポンと叩き、ベットに腰掛けた。
俺はタオルケットに潜り込んだ。
シグヴァールは灯を消しておれを抱き寄せ、ぎゅうとした。
心臓の音がやけにはっきりと聞こえる。
エリザベッタが見つかったとしてもどうなるか分からない。
無事であっても女王の座に再び着くのだろうか?
一体あの時に何が起こったのか?
不確定要素がありすぎてどう答えていいか分からない。
自問自答をしていたら、いつのまにか夢の中に吸い込まれていた。




