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第17話 魔法都市フィレンチェ


 俺の前世の名はヘリオス・ジークムンド、魔法都市フィレンツェで生まれた。


 魔法都市フィレンツェはとっても古い歴史のある街で、円形の城塞に囲まれた中規模の都市だ。

 その名前の通り魔法の研究が盛んで、この国に流通する魔道具などの生産が主な産業である。


 現女王のエリザベッタ・ダラゴナの家は、フィレンツェの名家で何人もの有名魔術師を輩出して来たグディナガーラッド建国以前から存在していた由緒ある家だ。

 俺の両親は、エリザベッタの両親の経営する魔法工房で働いていたんだ。

 魔法工房では、様々な魔道具の生産や開発、魔術の研究などをしていた。例えば調理用のコンロ、あれはダラゴナ社が開発したもので、魔法陣を魔石に仕込む事で魔力を込めれば誰でも火が起こせるどこの家にもある最も有名な発明品である。

 

 俺とエリザベッタが5歳のある時、ダラゴナ社の工房が魔法災害を起こして吹っ飛んだ。

 俺の両親はもちろん、エリザベッタの両親、他の従業員も全滅だった。

 のちに聞いた話によると、相反する属性の魔法を一つの魔石の中に封じ込める実験をしていたらしい。

 建物一棟が吹っ飛んだ災害は街全体に被害が及んで、後始末が大変だったそうだ。


 それから俺とエリザベッタは修道院で育てられた。知っての通りこの国の福祉制度は修道院が担っていて、他にもたくさんの人達との共同生活が始まったんだ。

 共同生活は確かに息苦しい所もあったが、博愛主義のこの国らしく何一つ不自由する事はなかった。

 何より勉強という意味では、学校に住んでいるようなものなので、人より先んじることが出来た。

 特に魔術に関しては2人とも才能があったのはもちろんのことだけど、良い先生に適切な指導を受けることで、10歳になる頃には大人顔負けの魔術師になっていた。


 〜〜〜〜〜

 

「ねえ、ミカエルの両親もエリザベッタの親の会社の事故で無くなったんでしょ? 何かわだかまりの様な物はなかったの?」

 シグヴァールは俺の背中を撫でながら質問した。


「うーん、2人とも幼かったし、そういう感情は無かったにゃ。どちらかというとある日突然、両親を失った仲間という気持ちが強かったにゃ」


「ふーん、大変な幼少期だったのね。私もお母さんを亡くしたけど想像できないわ」


「まだ子供だったし、現実がよくわかってなかったにゃん。それに修道院での共同生活は厳しくて悲しんだりする余裕は無かったにゃ」


「そっか。話を止めてごめんね、続きを聞かせて」


 〜〜〜〜〜


 少し時間が経って、10歳か11歳くらい頃だったとおもう

 ある日エリザベッタはこう言った。


「私達はこのままこの街にいて、このまま大人になって、このまま死んで行くのかな?」


 俺は今までそんな事は考えてもいなかった。

 衣食住が事足りて、話がてきる友達がいれば、何の不満もなかった。

 むしろこの現状に身を任せる以外に選択肢など存在していない。そう思い込んでいたんだよ。

 しかしエリザベッタは違った。

 漠然とであるけれど、将来の事を考えていた。不安や不満があるというよりも、何か目標や夢を持っていたい。そんな意思と力強さを感じた。

 俺たちは毎晩のようにその事を話し合った、しかし具体的にどうなりたいという結論は出なかった。

 なぜなら俺たちの世界は狭すぎたんだ。


 12歳になった時に、修道院の院長先生に休日に仕事をさせてもらえないかお願いしてみたんだ。

 子供のお手伝いなので大したお金は貰えないが、俺達は一つの計画を立てていた。

 それは15歳になったらこの街を出て、王都に行って、王立魔術学校に入学する事だった。

 この国の学校は全て無料だけど、路銀や家賃が必要だった。それに編入試験に合格するとは限らない。

 でも、3年間はお金を貯めるという目標を持つ事で、俺たちの日常は色着き、世界は変わった。


 院長先生は理由を聞いて、街の人たちに仕事を募集してくれた。

 驚くことはエリザベッタに大量のオファーが来たという事だ。

 確かに街の名家のお嬢様だったし、利発で才女との呼び声も高かったから不思議では無いのだけれども。

 大量のの死者を出した事故の原因となったダラゴナ社の一人娘だ。そこら中から恨みを買っているのではと思っていた。

 仕事の内容がいかがわしいのは院長先生が事前に弾きだしてくれたが、それでもオファーは13件もあったのだ。

 エリザベッタはそこから建築現場の作業員を選んだ。

 何故建築現場かというと、給料が大人と同じだった事と、彼女が土術使いだった事が理由だ。


 一方俺には2件のオファーが来た。笑えるだろ?

 来てた仕事内容は、葬儀屋の火葬の職員と畜産業者の肉の解体業務だ。

 どちらも素晴らしく俺に向いてる仕事だと思ったよ。

 なぜなら、火葬場なら一日中魔道具に魔力を流し続けても魔力が尽きないし、牛や豚なら綺麗に各部位に切り分けるなんて闇の刃を使えばワケが無いからだ。

 俺は畜産業の方をメインに、手が空いたら葬儀屋も手伝った。


 1年もたったら俺たちの評判は街中で有名になっていた。

 エリザベッタは建築現場や道路工事では引っ張りだこになっていたし、給料もどんどん上がっていった。

 俺の方は、街の外での魔物退治や害獣駆除、農作物の収穫など、オファーがあればなんでもやらせてもらった。

 街の大人達は非常に良くしてくれた。もちろん修道院の後ろ盾があったからなのだろうけど、給料を誤魔化すことも無く、嫌な仕事を押し付けられることもなかった。

 それで俺達は王都に行く為の充分なお金を貯める事ができた。修道院では家賃も生活費もないし、この国は税金など無いからだ。


 修道院での教育期間は15歳の12月で終わるのだが、王都への移動が冬だと難しいので春が来るまで修道院に居させてもらって街を出ることにした。


 〜〜〜〜〜


 シグヴァールは眠そうに大きな欠伸をした。

「ふあぁぁー。うー王都って冬は行けないの?」


「行けない事はないのだけど、王都は標高2000m以上ある王の台地という所にあるにゃ。だから道中の寒さが厳しく、初めて行く人には難しいと院長先生が教えてくれたにゃん」


「街の人はみんな良い人だったわね」


「そうだにゃん。随分とみんなにはお世話になって、街を出る時も送別会を開いてくれたにゃ」


「ところで、昔話の時は語尾に猫語が付かないのね?」

 シグヴァールはニヤケ顔でそう言った。


「う、その方が話が聞きやすいと思ってにゃ」


「ふふっ、面白いお話だったけど眠くなってきたわ、続きはまた今度聞かせて」


「わかったにゃ。じゃあもう寝るにゃ」

 俺はすっと立ち上がって部屋のランプを消して、再びシグヴァールの懐に潜り込んだ。


「おやすみミカエル」

 シグヴァールの細くて長い指が俺の顔を撫でる。ほのかに甘く、柔らかい匂いがした。


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