第15話 旅立ち
今回でウルズヘルム編は最終回です。
次回からミカエル回想編が始まります。
更新は毎週土曜日を予定してます
俺は今、風呂に入れられている。
大きめの桶の中で泡まみれにされているのだ。
会議が終わった後、カッルフッドに連れられ事務所の2階に上がると、見覚えのある茶トラと少し小さいハチワレが2匹いた。
まごうことなく俺の母猫と兄弟達だ。
一ヶ月ほど前、怪我をしていた猫達を警備隊が保護していたようだ。
兄弟達はそれぞれ隊員達に里親に出され、今は3匹がこの事務所に住んでいるとの事だった。
感動の再会と行きたかったが、母猫は警戒心が強く、しばらく俺の匂いをスンスン嗅いで、ようやく体を舐めてくれた。
兄弟達は、どこ吹く風でその辺を走り回っていた。
何はともあれ母猫達が無事で本当に良かった。
四家会議の方はエリザベッタの話が出てから、俺は上の空になってしまったのだが、ディアナ女史の主張が全面的に認められて、街の補修費用は四家が持つ事になったようだ。
デイアナ女史の肩書きは修道院院長及び中央評議委員とのことだったが、簡単に言えば学校の校長で病院の院長でこの街の知事で国会議員ということになる。
この国では怪我人や病気の治療を修道院が一手に行っており、それで得たお布施という名の治療費で子供の教育や福祉を行っている。
その修道院を含む国の統治機構の長が王であり、全ての国民から魔力が優れた者を10年に一度選ぶのだ。現在の女王がエリザベッタである。
体の泡が洗い流され、毛がぺちゃんこの情けない感じにされた。
「なあご主人様、『名物のアマゴ』ってなんだにゃん?」
「アマゴっていうのは鮭の仲間なんだけど、川にずっと住んでる魚よ。ウルズヘルムではアールクラン家が養殖をしているわ」
「カッルフッドさんは今日食べさせてくれるのかにゃ?」
「そうね、今日は久々に家族で夕食にしようと言っていたから、買ってくるかもしれないわ。それに私も父に相談したい事があるの」
「相談したい事って何だにゃ?」
「私はずっと王立魔術学校に行きたいと思ってたの。でも魔術が使えないから反対されてた。魔術が使える様になったから許可を得たいと」
「なるほどにゃ、じゃあ王都についていってもいいかにゃん?」
「ミカエルはこの街でお母さんとかと一緒にいた方がいいんじゃない?ご飯もちゃんと食べさせてもらえるし」
「ご飯は魅力的にゃ。でもやらにゃいといけない事があるにゃ」
「やらなきゃいけない事?」
「探さなきゃいけにゃい人がいるにゃ。でも何の手がかりも無いから王都に行ければ1番いいにゃ」
「それはミカエルの前世に関わりのある事?」
「そうだにゃ。女王のエリザベッタは幼馴染にゃ。行方不明とさっき聞いて探さないといけない気がするにゃん」
「え……なんかとんでも無い話が出て来たわね。幼馴染ってどうゆうこと?」
「俺とエリザベッタは小さい頃親を亡くして、修道院で育てられたにゃん。それから王立魔術学校に行って、王選の儀を一緒に受けて、エリザベッタが女王になったにゃ」
「うわ……まるでお伽話ね、信じられない。それと私が王立魔術学校に受かれば、ミカエルは大先輩って事になるわね」
「そうだにゃん。先輩と呼ぶがいいにゃ」
「はいはい、先輩。体を乾かしましょうね」
そう言ってご主人様は俺の体をタオルでゴシゴシした。
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カッルフッドさんはアマゴを買って来てくれた。
結構大きい魚で、体に赤い斑点があるのが特徴的だ。
冷術で凍っていて解凍して食べるらしく、半解凍で生のまま食べるルイベという調理法があるようだ。
夕食にはハインさんも来ていた。この家はご主人様のお母さんの生家、つまりハインさんの生まれた家でもある。カッルフッドさんがミッドナスマインから来た時に、この家を譲ったそうだ。
夕食は大変美味しかった。
俺には半解凍のアマゴをしっかり刻んだ、トロトロのたたきと、塩分控えめで皮目をパリパリに焼いた香ばしい焼き魚が出て来た。うすいピンク色の身は鮭をさらに上品な味わいにしたような味で、うっすらスイカのような甘い香りもする。
うん、これは絶品!
ご主人様達の食卓には、ルイベに香辛料などが添えられた物や、アマゴのムニエル、そして採れたての色とりどりの野菜のサラダが並んでいた。
食事の後は、魔術学校の件を話していた。
ハインさんの後押しもあり、カッルフッドさんも特に反対するつもりはないようだ。
それにご主人様は、街には居難い事情も出来てしまったから。
カッルフッドさんはおもむろに席を立ち、装飾された細剣を持って来た。
「お前の剣は折れてしまっただろう、これを持って行きなさい」
「これは?ずいぶんと高そうな剣だけど?」
「これは、ソレスが冒険者だった頃使っていた剣で、銘は『クレイブソラッシュ』という」
「お母さんが……剣を」
「ああ、お前が生まれる前の話だ。ソレスの光術で強化されてるのでそう簡単には折れないはずだ」
「いいの?お母さんの形見ではないの?」
「御守りとして持って行け。それにお前が持ってる方が剣も喜ぶだろう」
「ちょっと抜いてみても良い?」
そう言ってご主人様は剣を抜く
刀身は両刃の直ぐ、やや平べったく、レイピアよりも短い。
装飾された鈍色の鍔とは対照的に、眩しいくらいの輝きを放っている。
「こんなすごい剣を……ありがとう」
ご主人様の頬を涙が伝って行った。
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1週間後、いよいよ旅立ちの日だ。
俺たちは今、街の入り口でカッルフッドさんたちに見送られてる。
王立魔術学校は王都『サクラルーメン』にある。
ここウルズヘルムからは約1ヶ月の旅になるそうだ。
「ミカエル、これからは私達は旅の仲間よ。ご主人様というのはやめて、シグヴァールと呼んで!」
「え、でもご主人様はご主人様だにゃん」
「私は魔術学校に行くのが夢だったけど、冒険者というのも憧れていたのよね。お母さんも冒険者だったって言ってたし、これから私達はパーティメンバーよ。良いわね!!」
彼女は腕を組んで鼻息が荒い。これは断れないやつだ。
「わかったにゃん、シグヴァール。じゃあ出発するにゃ」
そう言って俺は馬の上に飛び移った。荷物運搬用に一頭馬を買ったのだ。
「じゃあ行ってくるねお父さん、ハイン叔父さん。ちゃんと家のお掃除しなさいよ」
「ああ、シグヴァールも風邪ひかないようにな」
ハイン叔父さんは細い目をさらに細くした。
「ちゃんと手紙をよこせよ、あと変な男に引っかかるなよ」
「そうね、お父さんみたいな冒険者には気をつけるわ」
カッルフッドは鼻をならす。
「言うようになったじゃないか。それじゃミカエル、娘のことをよろしく頼む」
「任せるにゃん。カッルフッドさんもハインさんもまた会いたいにゃん」
シグヴァールは馬に乗り、2人に視線を向ける。
声を上げようとするが感極まって言葉が出ないようだ。
カッルフッドは馬のお尻を軽く叩き、馬を歩かせる。
「シグヴァール行ってこい!!」
カッルフッドの大きな声があたりに響く
「お父さん行ってきます……いろいろとありがとうございました」
シグヴァールは何度も振り返り、2人が見えなくなるまで手を振っていた。
ーウルズヘルム編完
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