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ラブソングス

「私がイジメだと感じたらイジメなんです!」と男爵令嬢

作者: 間咲正樹

「にゃっにゃにゃっにゃにゃー」

「……!」


 とある朝。

 登校する前に貴族学園の中庭に行くと、今日もダレイオス殿下が、花壇の花たちに笑顔で水をあげていた。


「おはようございます、ダレイオス殿下」

「おお、セルマさん! おはようございますにゃ!」


 ダレイオス殿下がいつもの太陽みたいな笑みで、私に挨拶を返してくれた。

 ああ、ダレイオス殿下の笑顔は、いつ見ても癒されるわ。

 語尾に「にゃ」がつくニャッポリート訛りも、猫ちゃんみたいで可愛いし。


「殿下は本当に、お花がお好きなのですね」

「はい、大好きですにゃ! ご存知の通り我が祖国のほとんどは砂漠地帯で、植物にとっては過酷な環境ですにゃ。その点この国は素晴らしいですにゃ! 四季もあって、季節によって実に様々な花が愛でられる。花が好きなボクにとって、この国は天国ですにゃ!」


 身振り手振りを交えて熱弁するダレイオス殿下の全身からは、幸せオーラが溢れ出ている。

 ふふ、見ているだけで、こっちまで胸が温かくなるわね。


 ――大陸一の大国、ニャッポリート帝国の皇太子殿下であらせられるダレイオス殿下が、我が国に留学してきて早や半年。

 皇族とは思えないくらい気さくな性格のダレイオス殿下は、すっかり我が学園にも馴染み、今やちょっとしたアイドル的な存在にまでなっている。

 これがカリスマ性というものなのかしら。

 ……我が国の王太子殿下も、少しは見習ってくださればいいのに。


「そう言っていただけると、私も我が国の一員として鼻が高いです。とはいえ殿下、そろそろホームルームが始まるお時間です。クラスに参りましょう」

「おっと、もうそんな時間でしたかにゃ!? いやあ、花を愛でてると、時間が経つのが早いですにゃあ」


 カラカラと笑うダレイオス殿下は、まるで太陽の化身みたいに眩しかった。




「セルマ、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!」

「「「――!!」」」


 教室に入った途端浴びせられた、私の婚約者であり、我が国の王太子殿下でもあらせられるロバート殿下からの台詞に、私は思わず言葉を失った。


「あ、朝からタチの悪いご冗談はおやめください殿下。みなさん困惑されているではありませんか」


 突如始まった王族の婚約破棄劇に、クラスメイトたちからの視線が集中する。

 皆一様に畏怖と好奇が入り混じったような表情で、事の成り行きを見守っている。


「もちろん冗談などではないさ。君にはつくづく失望したぞセルマ。君がイジメをするような、最低な人間だったとはな! 君のような人間は、僕の婚約者に相応しくない!」

「イ、イジメ……!?」


 まったく身に覚えのないワードが出てきて、一瞬意味が理解できなかった。


「しらばっくれても無駄だぞ! 僕がこの目で、何度もその現場を見ているのだからな! そうだよな、ララ!?」

「は、はい……」


 ロバート殿下に呼び掛けられ殿下の隣に立ったのは、男爵令嬢のララさんだった。

 ララさん……!?


「わ、私がララさんのことをイジメていたとでも仰るのですか!?」

「その通りだとも。――昨日も掃除の時間、君がララに罵声を浴びせているのを、僕はしっかりと目撃していたぞ!」

「ば、罵声って……! あれはいつも掃除の時間になると、ララさんがトイレに行って掃除をサボっているので、それを注意しただけです!」

「だーかーら! それがイジメだと言っているんだよ僕は! 君は軽く注意しただけのつもりかもしれないが、それで心に深い傷を負ったララは、放課後僕の胸で小一時間泣き続けていたんだぞ!」

「……!」


 『僕の胸』という部分に引っ掛かりを覚えたものの、今はそれどころではないので、グッと自分を抑える。

 落ち着きなさい私。

 こういう時は、冷静さを失ったほうが負けるわよ。


「う……うぅ……」

「嗚呼! 昨日の恐怖を思い出してしまったんだなララ!? 可哀想にッ!」


 しくしくと泣き出したララさんのことを、ロバート殿下がギュッと抱擁する。

 まるで出来の悪い三文芝居を観ているようで、現実感がない。


「……ララさんが掃除をサボっている点は、殿下はどうお考えなのですか? そのことについては、咎める必要はないとでも?」


 こうなったら、少しずつ説得していくしかないわね。


「そもそもそのサボっているということ自体が、君の主観に過ぎないだろうが! たまたま掃除の時間と腹痛が、何度か重なっただけだ!」

「で、ですが、一度や二度ではないのです! 毎日欠かさず掃除の時間だけお腹が痛くなるなんてこと、あり得ますでしょうか!?」

「可能性はゼロではないだろう!? それなのに勝手にサボっていると決めつけるのは、イジメ以外の何物でもない! 違うか!?」

「……」


 ダメだ……。

 取り付く島もない……。

 こんなデタラメな理屈でこられたら、私の意見はとても聞き入れてはくれないだろう……。

 当のララさんは、依然殿下の胸でめそめそ泣いているだけだし。


「そして君の愚行はこれだけじゃない。一昨日は金魚の世話の件で、ララをこれでもかと追い詰めていたじゃないか!」

「なっ……!? あ、あれは、金魚の餌やり当番だったララさんが餌をやり忘れていたので、それを注意したのです! 私が気付かなかったら、危うく金魚たちは死んでしまうところだったのですよ!?」

「だったら何だ!? 金魚の一匹や二匹、死んだところで別に構わんだろう!?」

「――!」


 そんな……!!


「そんなことよりも、たった一度のミスを執拗に責め、心を傷付けることのほうがよっぽどの重罪だ。――君のしていることは紛れもないイジメだ! 恥を知れ、セルマ!」

「…………」


 ああ、まるで高熱でうなされてる時に見る悪夢のようだわ……。

 私が正しいと思ってやったことが、ことごとく悪だと断じられている。

 私のしたことは、本当に間違っていたの?

 ……いや、そんなはずはない。

 私は貴族として、一度も誇りに背くことはしていない自負があるわ――。


「……イ、イジメてはいません」

「……何?」

「わ、私はララさんのことを、イジメてなどおりません!」

「いいや、私はセルマ様にイジメられてましたッ!!!」

「「「――!!?」」」


 その時だった。

 今の今までロバート殿下の胸でめそめそしているだけだったララさんが、突如豹変し、鬼のような形相になった。

 ラ、ララさん……!?


「どれだけセルマ様がイジメじゃないと主張しても、被害者の私がイジメだと感じたらそれはイジメなんです! そうじゃなかったら、権力者は立場の弱い人間をイジメ放題になっちゃうじゃないですか!? そんなのとても健全な国とは言えませんッ!」

「そ、その通り! ララの言う通りだ! 間違ったことをした人間は、たとえどんなに立場が上だろうが罰せられるべき! それが本来あるべき国の姿だ!」

「そ、それはそうかもしれませんが、それは私が本当にイジメをしていた場合の話であって……」

「まだ言うか!? いい加減自分の罪を認めろ! 他でもない、王太子である僕がこう言っているんだぞ!? この僕に逆らうというのか、痴れ者め!」

「――!」


 何というダブルスタンダード……。

 直前まで間違ったことをした者は権力者でも罰するべきという主張をしておきながら、舌の根の乾かぬ内に、権力を振りかざして威圧してくるとは……。

 こんな方が私の婚約者で、我が国の王太子殿下なんて……。

 私も我が国の未来も、もう終わりよ……。

 思わず縋るように周りに視線を向けると、誰もが気まずそうに、そっと目を逸らした。

 嗚呼、そうよね……。

 私に非がないと思ってはいても、今この場でロバート殿下より立場が上の人間なんていない。

 所詮人間は、権力には勝てない……。

 どんなに間違っていたことでも、権力者が黒と言ったら黒になってしまうのだわ――。


「ちょっとよろしいですかにゃ?」

「「「――!!」」」


 その時だった。

 ずっと無言で静観されていたダレイオス殿下が、唐突に手を上げて私の前に立たれた。

 ダ、ダレイオス殿下……!?


「な、何でしょうか……」


 途端、借りてきた猫のように大人しくなってしまったロバート殿下。

 嗚呼、そういえば一人だけいらっしゃったわ。

 今この場で、ロバート殿下より立場が上のお方が――。


「先ほどララさんは仰ってにゃしたよね? 『私がイジメだと感じたらそれはイジメなんです』と」


 いつもの朗らかな笑顔で、ララさんに語り掛けるダレイオス殿下。


「え、ええ、それが何か……」


 ダレイオス殿下が何を考えているのかわからないらしく、慎重に言葉を選ぶララさん。


「ふむ、ではどうですかにゃ? 今のこの、理不尽に悪者に仕立て上げられようとしている状況、セルマさんは、イジメだとは感じてないですかにゃ?」

「――!」


 ダレイオス殿下は太陽みたいに、ニッコリと私に微笑み掛けてくださった。

 ダレイオス殿下――!!


「はい、感じております! 私はロバート殿下とララさんに、イジメられてますッ!」


 一歩前に出た私は、ハッキリと大きな声でそう断言した。


「なにィィイイイ!?!? そんな屁理屈が通るとでも思っているのか!?」

「そ、そうですそうですッ! そんなのは屁理屈ですッ!」


 お二人とも、頭に特大ブーメラン刺さってますけど大丈夫ですか?


「屁理屈なのかどうかは、公平な立場の人間に判断してもらいましょうですにゃ。例えば教師だったり、場合によっては国王陛下にだったりとか、にゃ。もちろんその場には、証人としてボクも出席させていただきますにゃ」

「そ、それは……!」

「そ、そんな……!」


 どう考えても分が悪いことに気付いたらしい二人は、顔面蒼白になって絶句した。

 哀れね……。


「あっ、イタタタタタタ……!?」

「ララ!?」


 その時だった。

 ララさんがお腹を押さえて、その場にうずくまった。


「うぅ~、痛い痛い! お腹が痛いッ! わ、私ちょっと、トイレ行ってきます!」

「ララ!? 待ってくれよララ!! オーイ!!」


 物凄い速さで教室から出て行くララさんを、慌てて追い掛けるロバート殿下。

 教室には、何とも言い難い、苦い空気だけが残った。


「多分ララさんの腹痛は、仮病ではないと思いますにゃ」

「……!?」


 ララさんの出て行った方向を見つめているダレイオス殿下が、ぽつりと呟く。


「そ、そうなのですか?」

「結果的に掃除をサボることになった最初の腹痛は、おそらくただの偶然だったのですにゃ。――だが、それでララさんの()()が、味を占めてしまったのですにゃ」

「身体、が……?」

「ええ、腹痛でトイレに籠れば掃除がサボれることを知ってしにゃったララさんの身体は、楽する手段を覚えてしにゃった。――人間というのは、元来弱い生き物ですにゃ。それで楽ができるにゃら、生理現象ぐらい自在に操れるようになるのが、人間の身体というものなのですにゃ。注射が嫌いな子どもが、予防接種の当日だけ熱を出すようなものですにゃ」


 なるほど……。

 流石大国の皇太子殿下。

 人間というものの本質を、よくご存知だわ。


「……では、私がララさんが掃除をサボっていることを注意したのは、やはり間違っていたのでしょうか……。ララさんの腹痛は、本物だったのですから……」

「いや、ボクはそうは思いませんにゃ」

「――!」


 殿下……!?


「それとこれとは別問題ですにゃ。むしろあのままでは、ララさんは一生周りに甘えたまま生きることになってしにゃったことでしょう。人が正しく生きるためには、時には厳しく言い聞かせてあげることも必要ですにゃ。その辛い役目を進んで負ったあなたを、ボクは心から尊敬しますにゃ」

「ダ、ダレイオス殿下……!」


 ダレイオス殿下から労うように頭を撫でられ、私は思わず涙が出そうになった目元にグッと力を込めた。


「おーい、ホームルーム始めるぞー。みんな席着けー」


 こんな事態になっているとは露程も知らないのほほんとした声で、担任の先生が教室に入って来た。




「にゃっにゃにゃっにゃにゃー」

「……!」


 あれから一ヶ月。

 今日も登校する前に貴族学園の中庭に行くと、いつものようにダレイオス殿下が、花壇の花たちに笑顔で水をあげていた。


「おはようございます、ダレイオス殿下」

「ああ、セルマさん! おはようございますにゃ!」


 ダレイオス殿下がいつもの太陽みたいな笑みで、私に挨拶を返してくれた。

 そんなダレイオス殿下の笑顔を見ていたら、私の胸に込み上げてくるものがあった。


「ダレイオス殿下、改めてお礼を言わせてくださいませ」

「にゃ?」


 私はダレイオス殿下に、深く頭を下げた。


「一ヶ月前のあの日、殿下が私を助けてくださらなかったら、きっと私はこの場にいなかったことでしょう」


 多分私はイジメの犯人に仕立て上げられ、退学に追い込まれていたに違いない。

 しかもダレイオス殿下はあの後、国王陛下に直訴までしてくださったのだ。

 それにより、私に濡れ衣を着せようとしたこと、そして王家の決めた婚約を勝手に破棄したことなどの理由から、ロバート殿下は廃嫡のうえ王家を追放され、この学園からも退学させられてしまった――。

 ロバート殿下という後ろ盾を失ったララさんは、それ以来不登校になってしまい、毎日家で引きこもっているらしい。

 ダレイオス殿下がいらっしゃらなければ、私がそちらの立場になっていたかと思うと、今でも身震いがする……。


「いえいえ、ボクは当然のことをしたまでですにゃ。――それに、下心がなかったと言ったら、嘘ににゃりますし」

「え?」


 下心?

 殿下の仰っている意味がわからず、ポカンとした顔で頭を上げる私。


「――!」


 すると、目と鼻の先に殿下が立たれていたので、思わず胸がドクンと跳ねた。

 で、殿下……!?


「実はずっと前から、ボクはセルマさんのことをお慕いしていたのですにゃ」

「……っ!?」


 そ、そんな――!!

 いつもは朗らかな笑顔を浮かべているダレイオス殿下が、燃えたぎる炎のような、熱い真剣な瞳で私を見つめている――。


「あなたの何事にも真面目に取り組む真摯な姿勢。間違っていることは決しておざなりにはせず、ハッキリと断じる強い意志。それらの内面から表れる、凛とした美しさ。まるで風雨に晒されても無言で咲き誇っている、この花たちのようですにゃ」

「……殿下」


 殿下は両手を大きく広げ、天使のような、慈愛に満ちたお顔で私を見下ろす。

 嗚呼、殿下は本当に、お花がお好きなのですね――。


「だからどうか、ボクの妻になってほしいですにゃ。――一生幸せにすると、ここに誓いますにゃ」


 ダレイオス殿下はその場に片膝をつき、すっと右手を差し出された。


「――はい、ありがとうございます。私もきっと、あなた様のことを幸せにしてみせますわ」

「にゃふふ」


 私はダレイオス殿下の右手に、左手をそっと重ねたのであった。


 ――花壇の花たちが祝福するかのように、さわさわと風に揺れていた。



拙作、『「私たちは友達ですもんね」が口癖の男爵令嬢 』のコミカライズ化が決定いたしました。

よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)

発売日やレーベル等は、告知タイミングが来次第ご報告いたします。

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[良い点] ニャッポリート訛り最高ですにゃ! おかげさまで終始ときめきっぱなしでしたにゃ! しかしこれは深みのあるよい特大ブーメランですにゃ。 人間は弱い、体が味をしめてしまった……わかりみがパないの…
[一言] 語尾が「にゃ」の殿下 そんな殿下にしか出せない魅力がありました ぶっささりました笑 面白かったです!
[良い点] 草花を愛でてお世話する優しく心正しい王子からしか摂取できない成分がある。   (・`◇´・)キリッ! 今夜は久しぶりの、 【池の水ぜんぶ抜く】放送だっ!(関西地域の放送予定です) 作者様…
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