9 自宅療養
毎日二話更新。こちら一回目です。
足の穴がふさがるまで二か月近くかかった。義足を作り始めるのは六月からだったと思う。それまでは、家で大人しくしていた。お医者様に指示された事を守りながら。
その指示というのは例の穴に毎日薬を塗るのと、右脚にきつく包帯を巻く事。薬は言うまでもないことだが、包帯についてもしっかり理由がある。まだ安定していない状態の右脚は、放っておくとどんどん膨らんでしまうそうなのだ。どこまでそうなるかは分からないが、それが義足制作の邪魔になるというなら真面目にこなす。
専用の巻き方を指示されたので、毎日きっちりと巻き続けた。定期的に通院したわけだが、その時に特に不味いと指摘をされなかったので失敗はしていなかったと思う。
無事足の穴も塞がり、義足への準備が整ったのが六月である。ついでにこの月は特別なイベントがあった。妹の結婚式である。入籍はすでに済ませていたのだが、式はまだだった。私が事故を起こした時はすでに六月に予定していたのだ。
なので、入院中に見舞いに来てくれた時は泣いて詫びた。せっかくめでたい話がまとまっていたのに、私の事故でケチをつけてしまって申し訳なく思った。
幸い退院も無事できた私は、妹の結婚式に参加できた。まあ松葉杖だし、背広のズボンの右側はひらひらしているしで見苦しかったとは思う。その辺の申し訳なさは、妹の子供への支援で返している。先日も自転車代をカンパしておいた。
そんな喜ばしい話もあった月に、義足の作成の許可が出た。足の状態がそれに耐えられるとお医者様に判断されたのだ。ちなみに、これは労災で全額補助が出る。義足一本で400ccのバイクと大体同じくらいのお値段がするのだ。具体的な数字は出さないが、ウン十万円である。やはり保険は入っておくべきものなのだ。
で、まず行われたのは右脚のかたどりである。ここで、私の義足の形について説明しておこう。人によって状態は様々なので、これ以外の形状があることをまずご理解いただきたい。私の義足は大きく分けて三つのパーツで構成されている。
私の右脚の形にかたどられたソケット。地面と接する足部。そしてその二つを繋げるパイプ。ソケットがぴったりとした形になっているのは、体重を分散するためだ。一か所に体重がかかっては負担が大きい。それでなくても切断した部分なのだし。
足部はカーボンのバネでできている。体重がかかった時に衝撃を和らげたり、歩くのを補助したりする。足の形のカバーがかけられているので、ぱっと見ただけでは義足とは分からない。
そしてパイプ。アルミ製のパイプである。この上にスポンジが巻かれていて、足の形を偽装している。さらにストッキングもかけられるので、長ズボンで覆い隠せば見ただけではそれとは気づけない。
この義足のソケットに、シリコン製のカバー(名前をシリコンライナー)を付けた右脚を差し込む。カバーは右脚にぴったりとくっついているから、ちょっとやそっとじゃ抜けたりしない。さらにそのカバーの先端には金属のボルトが五センチほどのびている。これはソケットの奥に凹部分があり、そこと合体することで義足が抜けないようにしてくれている。義足側面についたスイッチを押せばこの合体は解除されるので、脱ごうと思えば簡単にできる。
以上が私の義足の構造である。全体重を受ける部分なので、ソケット作りがどれほど大事かご理解いただきたい。ぴったりとした形を取るために使うのは、キプスなどでおなじみの石膏包帯だ。
まず、シリコンライナーを右脚に付ける。その上からサランラップを巻く。ラップの上から水性の色鉛筆を使い膝や骨の位置を書き込む。そこまで終わったらお湯で柔らかくした石膏包帯を巻く。固まったら引っこ抜く。ラップのおかげで変に張り付くことなく、すっぽりと抜ける。これで形が取れるのだ。さらに、石膏の裏側には色鉛筆で書いた膝や骨の位置もばっちり乗っている。初めて見た時は要領の良いものだと驚いた。
これを使って、まず作られるのは仮義足。加工しやすいプラスチックを使い、形を調整する。怪我をしてまだ半年程度しかたっていない事もあり、足の形は変わりやすい。そういった意味でも調整は必要だった。
だが、仮義足の完成には時間がかかった。確か一か月程度はかかったと思う。まだかまだかと心待ちにしていただけに、受け取った時は非常に心が躍った。もっともそれは、すぐに苦痛で消え去ったが。
なんといっても、切断して半年の足である。そこに体重をかけるというのは、心理的にも肉体的にも厳しいものがあった。具体的に言えば痛かった。こんなの無理だ! とも思った。まあ何とかなったけど。
松葉杖を使いながら、仮義足で歩く。辛いものがあったが、両足で歩くことは喜びもあった。自宅にもどってからは、毎日十分は仮義足で歩いた。一日でも早く慣れたかった。……が、私は少々頑張りすぎた。
まず、仮義足が破損した。ソケット部とパイプを繋ぐ場所にひびが入ってしまった。そのまま使うと根元からもげるという話なので、回収されてしまった。さらにもう一つ。膿が溜まっていた穴。この時点では塞がっていたのだが……そこが、水風船のごとく膨らんだ。仮義足で歩くと、体重が右脚全体にかかる。どうもその時の圧で、傷がふさがって間がなく皮膚の薄い場所だった穴の部分に体液が集まってしまったようだ。
お医者様に見てもらって処置してもらい、事なきを得た。たいしたことないと言われたがもう一つ。頑張りすぎだねとも注意を受けた。
仮義足が無くなったし、本義足が来るまでは大人しく療養生活を送った。季節は夏になっていた。