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7 ボウガイ(望外/妨害)の話

毎日二話更新。こちら一回目です。

 主治医の先生は、退院についてはっきりと教えてくれない人だった。人間の体調は変動するもの。はっきりと確定する前に日程を伝えて、変更があったら恨まれる。そんなのは簡単に推察できるわけで。なので私の時も確定するまではいつという話をしてくれなかったのだろう。


 焦れながら、入院生活を続けていた。この頃の楽しみは、売店に行く事だった。車椅子とエレベーターを使い、一階にあるそこへ行く。紙パックのコーヒーを二つ買い、一つは十五時に。もう一つは夕食後腹が落ち着いてから飲む。入院生活の中でこれを優雅なものであると笑いながら楽しんでいた。多分一つ百円以下であったはずだ。安い優雅である。


 そんなものに楽しみを見出す程度に、暇に飽きていた。ニンテンドーDSのソフトはハズレを引いて、面白いものが無かった。弟に新しいものを買ってきてもらうのは気が引けた。そもそも携帯機のゲームにはそんなに詳しくなかった。


 なので、ある日いつものようにひょいと現れた主治医の先生の一言には混乱した。


「うん。そろそろ退院できるね」


 先に述べたように、先生は退院について具体的な事は全く述べない人だった。期待させてくれる言葉をこれっぽっちもくれない人だった。なので、待ちに待ったその言葉を飲み込むのに時間がかかった。


「え? ……あの、足の穴は」


 この時、まだ例のうみが溜まっていた穴は開いたままだった。


「それは、薬塗って時間をかけるしかないから。自宅でも大丈夫だし。退院、したくない?」

「したいです!」

「じゃあ、そういう事で」


 家族に連絡を取るように言われ、先生が返った後にそのようにした。……そうするまでに、数分の時間を要した。え? 帰っていいの? 本当に? 喜びたいのに混乱でそれが上手くできない。


 何とか落ち着いて、母に電話した。私の話を聞いて、母はこう返してきた。


『え? 本当? ……でも、まだ手すり付いてないよ?』


 手すりが付いていない。これは、私の右脚切断手術が終わった後に話した事なのだが。私の自室は自宅の二階にある。他にも、風呂場には片足で入らなくてはいけない。これらの行動をサポートするために、大工さんに各所に手すりを付けてもらおうという話になっていたのだ。


 それがまだ。つまり家での生活の準備ができていないという話である。私の脳に焦りが広がった。やっと家に帰れるという喜びを受け止めきれていた所にこれである。手すりが付いていない程度で阻まれてたまるか。二か月以上、この日を待っていたのだから。


「手すりが付いてなくても何とかするよ! 座りながら移動するとか! だから退院したい!」

『そう? わかった。じゃあそうしましょう』


 そういう事になった。何とかなった。胸をなでおろした。じわじわと喜びがあふれた。今日もコーヒー紙パックで乾杯だな!


 数日後、私は無事退院という事になった。移動は当然松葉杖。母の運転する自動車まで移動するのが地味に大変だったが、家に帰れるならばなんのその。外はまだ肌寒く、しかし冬のそれではなかった。


 三月が終わろうとしていた。桜には花がついていた。真冬に入院し、季節が変わるほど病院にいたという事になる。帰りながら母と桜を見ながら、退院の日に桜が咲いていたことが思い出になるねという話をした。正にそう。私はそれを今思い出している。


 こうして私は、長い入院生活を終えた。次に待っていたのは自宅療養生活である。

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